エルティモエルフォ ―最後のエルフ―
第139話
「陛下! どちらへ向かわれるのですか?」
玉座の間を出たベルトランは、城内を西へと向かって行く。
側に付く近衛兵たちは護衛のために付いて行くが、どこへ向かっているのか分からない。
この緊急時に動き回られるのは困り、近衛兵の一人がベルトランに向かって行き先を尋ねた。
「この城には西の塔から脱出できる王族用の通路がある。そこから脱出する」
「そんな物が……」
これまで1度として使用したことがないために、近衛兵たちもそんなものが存在しているということを知らなかった。
息子のサンダリオは、いつの間にかいなくなっていたので、恐らくは脱出したのだろう。
ベルトランからすれば、息子のことは気にしていない。
むしろ、この機に侵入者に始末されても構わないとさえ思っている。
ベルトランはまだ40代。
子が出来にくいとは言っても、まだ子供が作れる可能性はある。
あんな不出来な息子以外ならどんな者でも構わないため、自分の血さえ継いでいればいい。
ようは出来さえすればいいのだ。
「脱出さえしてしまえば、奴らは王都から逃げられない」
「なるほど!」
城門が開いたのなら、エルフと獣人の侵入者はもうすぐ城の中に入ってくるだろう。
しかし、数はそれほど多くない。
奴らの狙いは王族の首、その王族が城内にいないとなれば、逆に奴らは袋の鼠に変わる。
たしかにベルトランの言う通り、奴らの狙いも無に帰すことだろう。
「それは無理だ」
「っ!?」
西の塔に近付いたところで、ベルトランを止める声が聞こえて来た。
その声に反応し、近衛兵たちはベルトランの周りを固めるように武器を構えた。
「サンダリオ!? 逃げたのではなかったのか?」
しかし、そこにいたのはサンダリオだったため、近衛兵たちはすぐに武器を収めた。
「確かに俺は西の塔からさっさと脱出しようとした。……けど、駄目だった」
ベルトランの思った通り、サンダリオは他のことなど気にせず早々に西の塔の通路から脱出しようとしたようだ。
よくよくサンダリオの服を見てみると、至る所に血が染みついていた。
そして、疲労を感じているような様子を見る限り、何かあったのだと分かる。
「……どうして西の塔から脱出できなかった?」
「もう敵が入っていたんだ」
サンダリオが一人で勝手に逃げ出そうとしてことは不愉快だが、この情報には価値がある。
城門を開けた者がいたことから、少なくない人数がこの場内に潜入している可能性があった。
もしかしたら、この脱出路も発見されていたのだろう。
このまま西の塔に向かっていたら、もしかしたら自分は命を落としていたかもしれない。
それを考えると、サンダリオにしては珍しく役に立った。
「城の中はだいたい調べられたみたいだな。数人の護衛と脱出しようとしたところに、待ち伏せしていた敵が襲い掛かって来てこの様だ。護衛の者たちが体を張ってくれなかったら、殺られていたかもな……」
「……その護衛らは任務を全うしたのだ。自分のせいだと思うなよ」
どうやら自分だけが助かったことに、申し訳ない気持ちになっているようだ。
ベルトランからすると、ただのクズだと思っていたサンダリオにこのような一面があることを初めて知った。
「何かないか? 奴らをぶっ潰せそうな策は……」
「………仕方ない。あの悪魔の封印を解く……」
もう脱出は不可能。
そうなれば、敵をどうにかして城から排除するしかない。
いつもは駄目なサンダリオが、まともな感情も持っていることを知り、ベルトランはついでにサンダリオも始末してくれないかという思いが失せていた。
こんな息子でも、もしかしたら教育次第で王として相応しい人間になれるかもしれない。
そう思ったベルトランは、なんとしても侵入者を排除しなければならないと思った。
そして、サンダリオの敵を排除しようとする姿を勇敢に感じたベルトランは、真剣に悩んだ結果、ある考えに至った。
「……それってただの言い伝えじゃないのか?」
「分からん。分からんが、もうそれにすがるしかない」
この国ができた時、この周辺には強力な悪魔が暴れ回っていたという話だ。
そして、その悪魔を封印したのが、リシケサ王国の初代国王だったという。
長い年月によって、それはただの言い伝えのようになっていたのだが、縋れるならばそれに縋るしかない。
「封印を解いて、奴らが悪魔を相手にしている最中に城から脱出する」
悪魔の強さはどれほどかは分からないが、大昔に比べてこの国の王都は大きく発展した。
分散しているが、王都にはかなりの人数の兵がいる。
今回の襲撃者のエルフと獣人に、いきなり現れた悪魔の相手をさせ、その間に脱出したベルトランたちが王都の兵を集結して城を囲んでしまえば、どちらも倒せて一石二鳥にできるかもしれない。
そうなれば、前回のエルフの島での惨敗も帳消しにできるかもしれない。
「……城内の魔導師たちを集めろ! 封印を解くぞ!」
「了解しました!」
ベルトランの作戦を聞いて、サンダリオと近衛兵たちは笑みを浮かべた。
むしろ、ベルトランの言う通り、この襲撃は城にある悪魔という不安を払拭できるのと、前回の汚名返上をすることができる絶好のチャンスなのではないかと思うようになっていた。
ベルトランの指示を受けた兵たちは、すぐに封印を解くための魔導士たちを集めに向かったのだった。
「じゃあ、俺はその封印が解かれるまで敵の相手をするか……」
「サンダリオ!?」
悪魔を封印してある地下への通路はここから近い。
近衛兵の一人に様子を見に行かせたところ、そこには敵の影は見えなかった。
近衛兵たちが集めてきた魔導士がくると、ベルトランは地下へと向かい出した。
しかし、封印を解くまでの間、敵が下りて来るとも限らない。
一緒に行動している兵の数は少ないため、誰かが敵がここに来ないようにしなければならない。
その役割に手を上げたサンダリオに、ベルトランは目を見開いた。
「何だよ? 意外って言いたいのか?」
「あぁ……」
サンダリオの問いにベルトランは素直に頷く。
いつも武術の訓練をサボっているにもかかわらず、まさか手を上げるなんて思わなかったからだ。
「まぁ、仕方ねぇか……。いつもがいつもだから……」
サンダリオ自身、そのベルトランの反応は当然だと分かっている。
そのため、真剣な顔をして熱く続けた。
「腐ってるが俺は王子だ。こんなときくらい動かないとな……」
「サンダリオ……」
その言葉に、ベルトランは感動した。
本人が言ったように、ベルトランはサンダリオをクズで名ばかりの王子だと思っていた。
それが今日に限っては、まともな王子に思える。
期待した王子の姿になってくれたことに、感動してしまうのも仕方がないことだ。
「少ないが兵を置いていく。死ぬなよ! サンダリオ」
「あぁ……」
悪魔の封印さえ解いてしまえばどうにかなる。
それまでサンダリオには何とか持ちこたえてもらいたい。
その思いをサンダリオに告げ、ベルトランは護衛の兵を2人だけおいて、地下へと降りて行ったのだった。
「……さてと、んじゃ行くか……」
階段を下りて行った父を見送り、サンダリオは一言呟く。
そのすぐ側には父に付けてもらった兵が、2人とも胸を貫かれて息絶えている。
「まぁ、頑張ってくれや父上殿……」
剣に付いたその2人の兵の血を拭い、鞘にしまうと、サンダリオは思惑通りに動いてくれた父をあざ笑うかのように呟く。
そして、そのまま西の塔に向けて足を進めた。
「ちゃんと人の言ったことは確認しないとな駄目だぜ」
西の塔の脱出路は、王族が知っていることで、他に知っている者はかなり少ない。
いくら侵入者が調べていたとしても、その存在を知る者がいなければその情報を得ることもできないだろう。
つまり、西の塔の脱出路は使用可能。
敵もいる気配はない。
サンダリオは逃げる確率を上げるために、父を犠牲にすることにしたのだ。
玉座の間を出たベルトランは、城内を西へと向かって行く。
側に付く近衛兵たちは護衛のために付いて行くが、どこへ向かっているのか分からない。
この緊急時に動き回られるのは困り、近衛兵の一人がベルトランに向かって行き先を尋ねた。
「この城には西の塔から脱出できる王族用の通路がある。そこから脱出する」
「そんな物が……」
これまで1度として使用したことがないために、近衛兵たちもそんなものが存在しているということを知らなかった。
息子のサンダリオは、いつの間にかいなくなっていたので、恐らくは脱出したのだろう。
ベルトランからすれば、息子のことは気にしていない。
むしろ、この機に侵入者に始末されても構わないとさえ思っている。
ベルトランはまだ40代。
子が出来にくいとは言っても、まだ子供が作れる可能性はある。
あんな不出来な息子以外ならどんな者でも構わないため、自分の血さえ継いでいればいい。
ようは出来さえすればいいのだ。
「脱出さえしてしまえば、奴らは王都から逃げられない」
「なるほど!」
城門が開いたのなら、エルフと獣人の侵入者はもうすぐ城の中に入ってくるだろう。
しかし、数はそれほど多くない。
奴らの狙いは王族の首、その王族が城内にいないとなれば、逆に奴らは袋の鼠に変わる。
たしかにベルトランの言う通り、奴らの狙いも無に帰すことだろう。
「それは無理だ」
「っ!?」
西の塔に近付いたところで、ベルトランを止める声が聞こえて来た。
その声に反応し、近衛兵たちはベルトランの周りを固めるように武器を構えた。
「サンダリオ!? 逃げたのではなかったのか?」
しかし、そこにいたのはサンダリオだったため、近衛兵たちはすぐに武器を収めた。
「確かに俺は西の塔からさっさと脱出しようとした。……けど、駄目だった」
ベルトランの思った通り、サンダリオは他のことなど気にせず早々に西の塔の通路から脱出しようとしたようだ。
よくよくサンダリオの服を見てみると、至る所に血が染みついていた。
そして、疲労を感じているような様子を見る限り、何かあったのだと分かる。
「……どうして西の塔から脱出できなかった?」
「もう敵が入っていたんだ」
サンダリオが一人で勝手に逃げ出そうとしてことは不愉快だが、この情報には価値がある。
城門を開けた者がいたことから、少なくない人数がこの場内に潜入している可能性があった。
もしかしたら、この脱出路も発見されていたのだろう。
このまま西の塔に向かっていたら、もしかしたら自分は命を落としていたかもしれない。
それを考えると、サンダリオにしては珍しく役に立った。
「城の中はだいたい調べられたみたいだな。数人の護衛と脱出しようとしたところに、待ち伏せしていた敵が襲い掛かって来てこの様だ。護衛の者たちが体を張ってくれなかったら、殺られていたかもな……」
「……その護衛らは任務を全うしたのだ。自分のせいだと思うなよ」
どうやら自分だけが助かったことに、申し訳ない気持ちになっているようだ。
ベルトランからすると、ただのクズだと思っていたサンダリオにこのような一面があることを初めて知った。
「何かないか? 奴らをぶっ潰せそうな策は……」
「………仕方ない。あの悪魔の封印を解く……」
もう脱出は不可能。
そうなれば、敵をどうにかして城から排除するしかない。
いつもは駄目なサンダリオが、まともな感情も持っていることを知り、ベルトランはついでにサンダリオも始末してくれないかという思いが失せていた。
こんな息子でも、もしかしたら教育次第で王として相応しい人間になれるかもしれない。
そう思ったベルトランは、なんとしても侵入者を排除しなければならないと思った。
そして、サンダリオの敵を排除しようとする姿を勇敢に感じたベルトランは、真剣に悩んだ結果、ある考えに至った。
「……それってただの言い伝えじゃないのか?」
「分からん。分からんが、もうそれにすがるしかない」
この国ができた時、この周辺には強力な悪魔が暴れ回っていたという話だ。
そして、その悪魔を封印したのが、リシケサ王国の初代国王だったという。
長い年月によって、それはただの言い伝えのようになっていたのだが、縋れるならばそれに縋るしかない。
「封印を解いて、奴らが悪魔を相手にしている最中に城から脱出する」
悪魔の強さはどれほどかは分からないが、大昔に比べてこの国の王都は大きく発展した。
分散しているが、王都にはかなりの人数の兵がいる。
今回の襲撃者のエルフと獣人に、いきなり現れた悪魔の相手をさせ、その間に脱出したベルトランたちが王都の兵を集結して城を囲んでしまえば、どちらも倒せて一石二鳥にできるかもしれない。
そうなれば、前回のエルフの島での惨敗も帳消しにできるかもしれない。
「……城内の魔導師たちを集めろ! 封印を解くぞ!」
「了解しました!」
ベルトランの作戦を聞いて、サンダリオと近衛兵たちは笑みを浮かべた。
むしろ、ベルトランの言う通り、この襲撃は城にある悪魔という不安を払拭できるのと、前回の汚名返上をすることができる絶好のチャンスなのではないかと思うようになっていた。
ベルトランの指示を受けた兵たちは、すぐに封印を解くための魔導士たちを集めに向かったのだった。
「じゃあ、俺はその封印が解かれるまで敵の相手をするか……」
「サンダリオ!?」
悪魔を封印してある地下への通路はここから近い。
近衛兵の一人に様子を見に行かせたところ、そこには敵の影は見えなかった。
近衛兵たちが集めてきた魔導士がくると、ベルトランは地下へと向かい出した。
しかし、封印を解くまでの間、敵が下りて来るとも限らない。
一緒に行動している兵の数は少ないため、誰かが敵がここに来ないようにしなければならない。
その役割に手を上げたサンダリオに、ベルトランは目を見開いた。
「何だよ? 意外って言いたいのか?」
「あぁ……」
サンダリオの問いにベルトランは素直に頷く。
いつも武術の訓練をサボっているにもかかわらず、まさか手を上げるなんて思わなかったからだ。
「まぁ、仕方ねぇか……。いつもがいつもだから……」
サンダリオ自身、そのベルトランの反応は当然だと分かっている。
そのため、真剣な顔をして熱く続けた。
「腐ってるが俺は王子だ。こんなときくらい動かないとな……」
「サンダリオ……」
その言葉に、ベルトランは感動した。
本人が言ったように、ベルトランはサンダリオをクズで名ばかりの王子だと思っていた。
それが今日に限っては、まともな王子に思える。
期待した王子の姿になってくれたことに、感動してしまうのも仕方がないことだ。
「少ないが兵を置いていく。死ぬなよ! サンダリオ」
「あぁ……」
悪魔の封印さえ解いてしまえばどうにかなる。
それまでサンダリオには何とか持ちこたえてもらいたい。
その思いをサンダリオに告げ、ベルトランは護衛の兵を2人だけおいて、地下へと降りて行ったのだった。
「……さてと、んじゃ行くか……」
階段を下りて行った父を見送り、サンダリオは一言呟く。
そのすぐ側には父に付けてもらった兵が、2人とも胸を貫かれて息絶えている。
「まぁ、頑張ってくれや父上殿……」
剣に付いたその2人の兵の血を拭い、鞘にしまうと、サンダリオは思惑通りに動いてくれた父をあざ笑うかのように呟く。
そして、そのまま西の塔に向けて足を進めた。
「ちゃんと人の言ったことは確認しないとな駄目だぜ」
西の塔の脱出路は、王族が知っていることで、他に知っている者はかなり少ない。
いくら侵入者が調べていたとしても、その存在を知る者がいなければその情報を得ることもできないだろう。
つまり、西の塔の脱出路は使用可能。
敵もいる気配はない。
サンダリオは逃げる確率を上げるために、父を犠牲にすることにしたのだ。
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