エルティモエルフォ ―最後のエルフ―
第107話
「行けー!!」
船を西の海岸沖に定着させ、リシケサ王国の兵たちは小型船に乗り換えて上陸を計った。
上陸するまでに何か仕掛けてくるかもしれないと警戒をしていたのだが、何の攻撃もして来なかったことに意外な思いもする。
しかし、多くの仲間が海に沈んだ。
見捨てざるをえない状況に追い込まれた怒りが、セレドニオだけでなく他の兵にも少なからずあり、上陸と共に我先に敵を殺せと血気に逸った。
セレドニオとライムンドの指示により、船ごとに隊長となる者を配置していたのだが、数に溺れているのか指示を出す気配がない。
一応隊ごとに固まってはいるが、何の考えもなしに森へと入って行った。
「ん? 何だ? この甘い香りは……」
最初の隊は森に入った。
少しすると、先頭の兵が何かに気付き、小さく呟く。
「……本当だ。甘い香りがする」
他の兵たちもその言葉に反応し、鼻を動かして周辺の匂いを嗅ぎ始める。
すると、先頭の男が言ったように確かに甘い香りがする。
「こっちか……?」
兵たちはつられるように、香りのする方へと足を進めていった。
「待てっ!! いったん止まれ!!」
誘われるように進んで行っていた彼らは、気付かないうちに森の深くに入っていた。
そのことにようやく気付いたのか、隊長の男が隊の者たちに停止を呼びかける。
「はっ……!! 何だ?」「何でこんな所に……?」
隊長の言葉によって正気に戻ったのか、隊の者たちは周囲を見渡して首を傾げる。
獣人を探していたはずの自分たちが、何故こんな森の奥に来ているのか分からなかったからだ。
「何かの罠か?」「こんな罠に意味があるか?」「所詮は知能も獣並みなんだろう?」
全員が引っかかったと言うことは、何かの罠にかかっていた可能性がある。
しかし、周囲を見渡しても、樹々が生えているだけで獣人の姿は全く見えない。
「……とりあえず、ここから出るぞ!」
「「「「「了解!!」」」」」
何が目的で敵がここに連れ込んだのか分からないが、さっさと森から出ることにした。
隊長の男もここに来てようやく冷静になったようだ。
他の隊員たちも素直に指示に従い、森の出口を探して動き始めた。
「ぎゃあ!!」「ぐわっ!!」「ほげっ!!」「あべし!!」「ひでぶ!!」
「なっ!? 何だ!? 何が起きた!?」
動き始めたとたん、隊長の男にはそこかしこから悲鳴が聞こえてきた。
中には、どこかの世紀末のやられ役のような声を上げている者もいる。
声は聞こえても兵たちが密集しているため、隊長の男は何が起きているのか分からないでいた。
「魔、魔物……!!」
「っ!? 魔物が現れたのか!?」
辛うじて聞こえて来たのは魔物という単語だけだった。
確認のために聞き返すのだが、先程叫んだ男の返事は戻ってこなかった。
想像できるのは、現れた魔物に襲われた可能性があるということだ。
「くっ!? 急い……」
何が起きているのか確認をしようにも、悲鳴が響き渡ってくるだけで全く要領を得ない。
このままでは被害がどんどん広がっていくだけだ。
隊長の男は、兵たちに急いでここから出るように言おうとしたのだが、それを言うことができずにこの世から去った。
ケイたちですら、ここまで森の深くに来ない。
生きて出られるか分からないからだ。
この島の住人の場合は、探知魔法や獣人特有の鼻ですぐに罠だと分かるので、こんな罠に引っかかることはないのだが、人族軍の彼らはそういった危機察知能力が低かったようだ。
あっさりと罠に引っかかり、あっという間に100人近い兵が魔物の餌となったのだった。
『上手くいった……』
通称トレントの森。
ケイたちが用意していた罠の1つが、この森へ誘導することだった。
甘い香りで催眠状態にして、自分の近くへ得物を誘導する。
そして、近くまでおびき寄せ、ただの樹だと思って背中を見せたらパックリ逝かれるという、擬態の名人だ。
そのトレントたちによって森が血の海になったのを、離れた樹の上で姿を隠しながら確認したレイナルドは、次の隊を引き入れようとまた海岸近くへと移動した。
本来はそこまで遠くに催眠香が届かないのだが、森の浅い位置で兵たちが甘い香りを感じたのは、レイナルドの風魔法によるものだ。
風を操り、上陸してきた敵へ無理やり誘導する罠だ。
「いたぞ!! 獣人だ!」
レイナルドによって1つの隊がトレントの森へ誘導されている頃、他の隊はモイセスたち獣人を見つけ、別方向へと向かって行っていた。
「待ちやがれ!!」
足の速い男が、逃げる獣人の一人に追いついた。
あと少しで手が届きそうな距離になり、捕まえて引き倒そうと右手を伸ばす。
「なっ!?」
足の速さが自慢なのはいいが、突出しすぎだ。
その男の上空から、他の獣人が男の目の前に下りてきた。
ここの島民で狼人族のルイスだ。
突然のことに男は慌てて足を止め、前へ伸ばしていた手を、今度は腰に下げている剣へと伸ばした。
「遅い!!」
「ウゲッ!!」
男が剣を抜くより、ルイスの拳の方が早かった。
ルイスのボディーブローが鳩尾に入り、その1発で男は昏倒した。
「くっ!? 貴様!!」
少し遅れて追いついてきた敵兵たちは、仲間がルイスにやられたのを見て逆上した。
ルイスに向かって走りながら剣を抜き、そのまま斬りかかろうとした。
“ブンッ!!”
「……?」
ルイスは、腹を殴って気を失わせた男をそのまま持ち上げ、ある方向へ放り投げた。
その意図が分からず、敵兵たちは気を取り直してルイスに向かって行こうとしたが、ルイスは樹々を跳ねるようにして高速移動し、姿を消した。
ルイスが現れたことで、他の獣人の姿はもういなくなっていたため、人族の兵隊たちは追う対象を見失った。
「速い! あんなの追いつけるわけないだろ……」
最初の男が獣人の1人に追い付きそうになったのは、当然わざとだ。
魔闘術もまともに使いこなせない人間が、獣人の足に追いつくわけがない。
ここまで追わせたのは、もちろん罠に嵌めるためだ。
「仕方ない。あいつを回復させよう……」
追うのは無理と判断した男は、ルイスに放り投げられた男の容態を見ようと近付いて行った。
「ブルル……」
「っ!? い、猪!?」
放り投げられた男の側には洞窟のような穴が側にあり、その穴から猪がゆっくりと現れた。
しかも、1頭ではない。
その穴を集団で住処にしていたらしく、ぞろぞろと猪たちが外へ出てきた。
「ブル……」
「あっ!? おいっ!!」
“ガツガツ!!”
突然の猪の魔物に、男たちは後退りを始めた。
猪たちは後退りする男たちには目が行かず、住処前でピクピクと動いている男に目を向けた。
そして、そのままその男を食べ始めた。
「……………………」
人族の兵たちは、その様子を青い顔をし唾を飲みこんだ。
生きたまま四肢を食いちぎられていく仲間の姿に、猪のことを恐れおののいたからだ。
「し、静かに逃げるぞ……」
食われた奴には悪いが、猪の気がそっちに向いているうちに逃げたほうがいい。
隊のうちの1人が小声で言うと、他の者も黙って頷き、音を立てないように静かに後退を始めた。
「「「「「ブルル……」」」」」
「ま、まずい!!」
音はたてなくても、猪は鼻が良い。
猪たちの1頭が、男たちの方へ振り向いた。
明らかに男たちをロックオンしたようだ。
こうなったら静かになんて言っている暇はない。
男たちは隊列など気にすることなく、散り散りに逃げ出した。
「「「「「ブル!!」」」」」
「ぎゃあ!!」「ぐわっ!?」「げふっ!!」
それが合図になったのか、猪たちは逃げる男たち目掛けて突進し始めた。
そして、猪たちの群れがリシケサの兵たちを蹂躙し始めた。
突進を受けて内臓をやられた者や、踏み潰されて四肢の一部を潰された者、牙によって体に穴を開けられる者と様々だが、どんどんと猪の餌食になって数が減らされていったのだった。
船を西の海岸沖に定着させ、リシケサ王国の兵たちは小型船に乗り換えて上陸を計った。
上陸するまでに何か仕掛けてくるかもしれないと警戒をしていたのだが、何の攻撃もして来なかったことに意外な思いもする。
しかし、多くの仲間が海に沈んだ。
見捨てざるをえない状況に追い込まれた怒りが、セレドニオだけでなく他の兵にも少なからずあり、上陸と共に我先に敵を殺せと血気に逸った。
セレドニオとライムンドの指示により、船ごとに隊長となる者を配置していたのだが、数に溺れているのか指示を出す気配がない。
一応隊ごとに固まってはいるが、何の考えもなしに森へと入って行った。
「ん? 何だ? この甘い香りは……」
最初の隊は森に入った。
少しすると、先頭の兵が何かに気付き、小さく呟く。
「……本当だ。甘い香りがする」
他の兵たちもその言葉に反応し、鼻を動かして周辺の匂いを嗅ぎ始める。
すると、先頭の男が言ったように確かに甘い香りがする。
「こっちか……?」
兵たちはつられるように、香りのする方へと足を進めていった。
「待てっ!! いったん止まれ!!」
誘われるように進んで行っていた彼らは、気付かないうちに森の深くに入っていた。
そのことにようやく気付いたのか、隊長の男が隊の者たちに停止を呼びかける。
「はっ……!! 何だ?」「何でこんな所に……?」
隊長の言葉によって正気に戻ったのか、隊の者たちは周囲を見渡して首を傾げる。
獣人を探していたはずの自分たちが、何故こんな森の奥に来ているのか分からなかったからだ。
「何かの罠か?」「こんな罠に意味があるか?」「所詮は知能も獣並みなんだろう?」
全員が引っかかったと言うことは、何かの罠にかかっていた可能性がある。
しかし、周囲を見渡しても、樹々が生えているだけで獣人の姿は全く見えない。
「……とりあえず、ここから出るぞ!」
「「「「「了解!!」」」」」
何が目的で敵がここに連れ込んだのか分からないが、さっさと森から出ることにした。
隊長の男もここに来てようやく冷静になったようだ。
他の隊員たちも素直に指示に従い、森の出口を探して動き始めた。
「ぎゃあ!!」「ぐわっ!!」「ほげっ!!」「あべし!!」「ひでぶ!!」
「なっ!? 何だ!? 何が起きた!?」
動き始めたとたん、隊長の男にはそこかしこから悲鳴が聞こえてきた。
中には、どこかの世紀末のやられ役のような声を上げている者もいる。
声は聞こえても兵たちが密集しているため、隊長の男は何が起きているのか分からないでいた。
「魔、魔物……!!」
「っ!? 魔物が現れたのか!?」
辛うじて聞こえて来たのは魔物という単語だけだった。
確認のために聞き返すのだが、先程叫んだ男の返事は戻ってこなかった。
想像できるのは、現れた魔物に襲われた可能性があるということだ。
「くっ!? 急い……」
何が起きているのか確認をしようにも、悲鳴が響き渡ってくるだけで全く要領を得ない。
このままでは被害がどんどん広がっていくだけだ。
隊長の男は、兵たちに急いでここから出るように言おうとしたのだが、それを言うことができずにこの世から去った。
ケイたちですら、ここまで森の深くに来ない。
生きて出られるか分からないからだ。
この島の住人の場合は、探知魔法や獣人特有の鼻ですぐに罠だと分かるので、こんな罠に引っかかることはないのだが、人族軍の彼らはそういった危機察知能力が低かったようだ。
あっさりと罠に引っかかり、あっという間に100人近い兵が魔物の餌となったのだった。
『上手くいった……』
通称トレントの森。
ケイたちが用意していた罠の1つが、この森へ誘導することだった。
甘い香りで催眠状態にして、自分の近くへ得物を誘導する。
そして、近くまでおびき寄せ、ただの樹だと思って背中を見せたらパックリ逝かれるという、擬態の名人だ。
そのトレントたちによって森が血の海になったのを、離れた樹の上で姿を隠しながら確認したレイナルドは、次の隊を引き入れようとまた海岸近くへと移動した。
本来はそこまで遠くに催眠香が届かないのだが、森の浅い位置で兵たちが甘い香りを感じたのは、レイナルドの風魔法によるものだ。
風を操り、上陸してきた敵へ無理やり誘導する罠だ。
「いたぞ!! 獣人だ!」
レイナルドによって1つの隊がトレントの森へ誘導されている頃、他の隊はモイセスたち獣人を見つけ、別方向へと向かって行っていた。
「待ちやがれ!!」
足の速い男が、逃げる獣人の一人に追いついた。
あと少しで手が届きそうな距離になり、捕まえて引き倒そうと右手を伸ばす。
「なっ!?」
足の速さが自慢なのはいいが、突出しすぎだ。
その男の上空から、他の獣人が男の目の前に下りてきた。
ここの島民で狼人族のルイスだ。
突然のことに男は慌てて足を止め、前へ伸ばしていた手を、今度は腰に下げている剣へと伸ばした。
「遅い!!」
「ウゲッ!!」
男が剣を抜くより、ルイスの拳の方が早かった。
ルイスのボディーブローが鳩尾に入り、その1発で男は昏倒した。
「くっ!? 貴様!!」
少し遅れて追いついてきた敵兵たちは、仲間がルイスにやられたのを見て逆上した。
ルイスに向かって走りながら剣を抜き、そのまま斬りかかろうとした。
“ブンッ!!”
「……?」
ルイスは、腹を殴って気を失わせた男をそのまま持ち上げ、ある方向へ放り投げた。
その意図が分からず、敵兵たちは気を取り直してルイスに向かって行こうとしたが、ルイスは樹々を跳ねるようにして高速移動し、姿を消した。
ルイスが現れたことで、他の獣人の姿はもういなくなっていたため、人族の兵隊たちは追う対象を見失った。
「速い! あんなの追いつけるわけないだろ……」
最初の男が獣人の1人に追い付きそうになったのは、当然わざとだ。
魔闘術もまともに使いこなせない人間が、獣人の足に追いつくわけがない。
ここまで追わせたのは、もちろん罠に嵌めるためだ。
「仕方ない。あいつを回復させよう……」
追うのは無理と判断した男は、ルイスに放り投げられた男の容態を見ようと近付いて行った。
「ブルル……」
「っ!? い、猪!?」
放り投げられた男の側には洞窟のような穴が側にあり、その穴から猪がゆっくりと現れた。
しかも、1頭ではない。
その穴を集団で住処にしていたらしく、ぞろぞろと猪たちが外へ出てきた。
「ブル……」
「あっ!? おいっ!!」
“ガツガツ!!”
突然の猪の魔物に、男たちは後退りを始めた。
猪たちは後退りする男たちには目が行かず、住処前でピクピクと動いている男に目を向けた。
そして、そのままその男を食べ始めた。
「……………………」
人族の兵たちは、その様子を青い顔をし唾を飲みこんだ。
生きたまま四肢を食いちぎられていく仲間の姿に、猪のことを恐れおののいたからだ。
「し、静かに逃げるぞ……」
食われた奴には悪いが、猪の気がそっちに向いているうちに逃げたほうがいい。
隊のうちの1人が小声で言うと、他の者も黙って頷き、音を立てないように静かに後退を始めた。
「「「「「ブルル……」」」」」
「ま、まずい!!」
音はたてなくても、猪は鼻が良い。
猪たちの1頭が、男たちの方へ振り向いた。
明らかに男たちをロックオンしたようだ。
こうなったら静かになんて言っている暇はない。
男たちは隊列など気にすることなく、散り散りに逃げ出した。
「「「「「ブル!!」」」」」
「ぎゃあ!!」「ぐわっ!?」「げふっ!!」
それが合図になったのか、猪たちは逃げる男たち目掛けて突進し始めた。
そして、猪たちの群れがリシケサの兵たちを蹂躙し始めた。
突進を受けて内臓をやられた者や、踏み潰されて四肢の一部を潰された者、牙によって体に穴を開けられる者と様々だが、どんどんと猪の餌食になって数が減らされていったのだった。
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