エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸

第23話

 人族大陸の南西の地、フードを深くかぶった1組の男女が、町中の人混みを歩いている。
 2人とも腰に2本の刀を差している。


「…………っ!? 父上!」


「あぁ、つけられている」


 お互い顔を見る訳でもなく、小声で話し合う2人。
 会話からすると2人の関係は親子のようだ。
 後方からは数人が人混みに紛れながら、付かず離れず2人を追いかけてきている。


“バッ!!”


 尾行に気付いた2人は街角を曲がると走り出した。


「っ!?」


 急に走り出した2人を尾行していた者たちも、追いかけるように走り出す。
 リーダーらしき男が指で合図を送ると、どこからか現れた者たちが増え、先行していた者たちを追いかけ始めた。


「っ!? 速い!?」


 懸命に逃走する親子だが、追っ手から距離を取ることができない。
 それどころかジワジワと詰められてきている。


「…………美花! 俺が囮になる。先に予定地に向かえ!」


 このままでは追っ手を撒けないと判断したのか、父親の方は腰に刺した刀を抜いた。
 迎え撃つつもりのようだ。


「そんな、私だけ……」


 追ってきている者たちは、その速さからいってその道に長けた者なのだろう。
 そんな者たちが、探知で分かるだけで5人。
 自国ではそれなりに名を馳せた実力を持つとはいえ、父1人で抑えきれる保証はない。
 父を置いていくことにためらい、美花と呼ばれた娘は足を止める。


「いいから、行け!!」


「…………はい!」


 自国では女が武術を習うなど良く思われない風潮がある。
 しかし、美花は追われる身。
 父の憲正のりまさは娘の美花が自らの身を守るように剣を教えだした。
 剣の才があったのか、美花はメキメキ腕を上げたが、それでもまだまだ父には遠く及ばない。
 今この場に自分がいるのは、父にとって足手纏い。
 それを理解した美花は、役に立てない悔しさに唇を噛みながらも父の指示に従い走り出した。










「あった!!」


 数隻の船が停泊している予定の場所にたどり着いた美花。
 そこから少し離れた所にある岩場に隠れるように、1隻の船が隠すように停泊してあった。


「……はっ!?」


“スタッ!”


 父が来たらすぐに出せるようにと船に乗り込もうとした美花だったが、その手前で1人の男が目の前に降り立った。
 そのすぐ後、その者と同じ黒の忍び装束をした者たちが降り立ち美花を囲んだ。
 それに対し、美花は刀を抜いて構える。


「美花様。大人しく我々についてきてもらえませんか?」


「断るわ!」


 船の前に降り立った男が言うと、囲んだ者たちは全員膝をついて美花へと頭を下げた。
 この男がリーダーのようだ。
 しかし、その言葉を美花は取り付く島無しと言わんばかりに斬り捨てる。


「御爺様で在らせられる貞満さだみつ様の御加減が宜しくありません」


「………………」


 御爺様とは、首都に住む皇族より統治を任された綱泉将軍家、その初代の血を受け継ぐ一族の一つで、国の西方を任された一族、西方将軍家と呼ばれている。
 そこの現当主は子に恵まれず、唯一の娘は一人の男と姿をくらました。
 その娘が美花の母である。
 大陸へ逃げ美花を生むが、美花が7歳の時病にかかり命を落とした。
 美花からしたら、見たこともない祖父の名前を出されても知ったことではない。
 どうやって彼らの囲みを突破するべきか、話を聞き流しながら無言で隙をうかがう。 


「現在西方将軍家の血を受け継ぐ方は美花様しかおりません」


「私の知ったことではないわ!」


 話していたリーダーの男がさらに深く頭を下げた。
 それを隙ありと判断した美花は、地を蹴り斬りかかった。


「申し訳ありませんが、少々手荒でも構わぬと申し使っております」


 美花の攻撃をあっさりと横に躱し、男は拳を握った。


「っ!?」


 その男の拳が美花の腹に振るわれる寸前、男に向かって刀が飛んできた。
 腹を殴るのを中断し、男は大きく後ろに飛び退きその刀を回避する。


「待たせた……」


「父…………上?」


 飛んで来た刀から分かっていたが、追っ手を相手にしていた父が来たことで美花は安心感から笑みを浮かべた。 
 が、笑みはすぐに驚愕へと変わった。
 美花を背にかばい、敵に目を向ける父の憲正は体中血まみれで、斬り傷だらけだった。


「……美花。済まんが俺はここまでのようだ」


「……父上?」


 父娘2人を囲む者たちも、憲正が現れたことで背中に背負っていた鞘から短刀を抜いた。
 殺気のこもった目を見る限り、憲正は殺害対象なようだ。
 これまでとは比べ物にならないほどの実力の追っ手に、憲正も自分の命の最期を悟ったように呟いた。


「美花、お前には剣の才能がある。生き抜いて自由に生きろ! お前の母のように……」


「父上!」


 今まで一度として褒めたことなどなかった父の言葉に、美花も父との逃走が終わりだと分かった。 


「切り開く! 行け! 美花!」


「…………はい!」


 斬りかかり、そのままぶつかるように体をぶつけて先程の男を抑え込む憲正。
 父との別れに涙を流しながら、美花は父の空けた道を走って船に乗り込んだ。


「待て!」


「逃がすな! 追え!」


 止められたリーダーの男は、他の男たちに向かって美花を追うことを指示する。


「行かせん!」


 船を出発させた美花が陸を離れるまで男たちを行かせるわけにはいかない。
 美花を追おうと動いた者たちに向かって憲正は斬りかかる。
 わざと大振りし、男たちに躱させ距離を取らせる。


「さらばだ! 美花!」


「父上!」


 背後の美花が少しずつ離れて行き、流石に追っ手の者たちでも飛び移れないほどの距離に達すると、憲正は大きな声で別れの言葉を告げた。
 そして、憲正はそのまま男たちに斬りかかる。


「父上!!」


 遠く離れ、小さく見える父が斬りかかるが、多勢に無勢。
 1人を斬るも、浅かったのかそのまま抱きつかれる。
 身動きできなくなった憲正は、左右から腹を刺され血を吐く。
 その一部始終を見ていた美花は、大きな声で叫んだ。


「父うえぇ~……!!」


 腹を短刀で刺され、それでも倒れまいと踏ん張る憲正。
 しかし、力が抜け、手から刀が落ちる。
 その状態の憲正をリーダーの男がゆっくり近づき、首を刎ねた。  
 大粒の涙を流しながら、美花は大声で叫んだ。
 もう届かないと分かっていながらも……。


 追っ手から逃れ、どこへ向かっているかも分からず、それから何日の漂流を続けただろう。
 美花は船をこぎ続けた。
 元々少なかった食料も底をついた日、望遠の魔道具で僅かに島が見えた。
 しかし、希望が見えたと思った美花と船を、悪天候によって荒れた波が飲み込んだ。






























″ザッ! ザッ! ザッ!″


「……………………」



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