主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸

第98話


『これが彼のいる領域なのか……』

 ティベリオに対し強気の発言をした俊夫。
 そうしたくなるだけの理由が彼にはあった。
 体内の魔力が今までに感じたことが無いくらいの速度で巡っており、身体強化の魔術によって体は羽のように軽い。
 もちろん、今の状態は伸の操作によるもので、自分の力によるものではないということは分かっている。
 しかし、それでも万能感を感じてしまう。
 この状態が当たり前なのだと思うと、伸の強さの理由が分かった気がする。

「腕治している僅かな間に何をしたのか知んねえが、ちょっと動きが速くなったからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」

 伸の操作によって恐怖や焦燥感が消え冷静な状態になった俊夫に反し、ティベリオは怒りで我を忘れ、牙をむき出しにして俊夫を睨みつける、
 先程の俊夫の蹴りによるダメージは全然ないようだ。

「速度で俺に勝てる奴なんていねえ!!」

「っ!!」

 一瞬太ももとふくらはぎが膨らんだように見えると、次の瞬間にはティベリオの姿が消える。
 伸の操作によって動体視力も強化されているはずだというのに、俊夫の目で追うのが精一杯だ。

『この速度を目で追えているだけ驚きだな……』

 少し前は、ティベリオの動きに全くついていける気がしていなかった。
 しかし、怒りで更に加速したというのに目で追えている。
 伸の操作によって、これまで以上の肉体強化がされているからだ。
 これだけでも、俊夫としては伸の凄さを感じる。

『死ね!!』

 俊夫の視線が、ティベリオの反対方向の右へ動く。
 それを見て、ティベリオは俊夫が自分の動きに付いてこれていないと判断して背後へと回る。
 そして、背後に回ったティベリオは、武器となる爪で俊夫の心臓を狙った。

“ブンッ!!”

「なっ!?」

 心臓を一突きし、先程自分の腕を斬り飛ばした餓鬼を探そうと考えていたティベリオだったが、その計画はすぐに崩れる。
 完全に仕留めたと思った一撃が、俊夫にあっさりと躱されたからだ。

「フンッ!!」

「っ!!」

 一撃で済ませるつもりでいたため、力を入れていたティベリオは大振りになっていた。
 そのため、躱されると体が崩れる。
 その崩れた状態を見逃す訳もなく、俊夫は刀でティベリオに斬りかかった。

「あのタイミングで躱すなんて、確かに速さ自慢するだけあるな……」

「くっ!」

 俊夫の攻撃を、ティベリオはギリギリのところで躱す。
 その反射神経に、俊夫は感心するように呟いた。

「っ!? 血だと……」

 俊夫から距離を取ったティベリオは、頬に僅かに痛みを感じる。
 その部分を触れて確認してみる、指には血が付いていた。
 先程の俊夫の攻撃を、ティベリオは完全に躱したわけではなかった。
 頬を浅く斬り裂いていたのだ。

「この野郎!! 殺してやる!!」

 自分の血を見たティベリオは、更に頭に血が上る。
 猫科の肉食獣のため毛で覆われているので分からないが、恐らく血管が至る所に浮き上がっていることだろう。
 そして、我を忘れたティベリオは、目を血走らせて俊夫へと襲い掛かった。

「ガアァー!!」

「フッ! っと!」

 自慢の脚力で高速接近したティベリオは、伸ばした両手の爪を振り回す。
 怒りによって思考が鈍っているのか、単調な攻撃になっているため、俊夫は迫り来る攻撃をヒラリヒラリと躱した。

「このっ!!」

 単調なだけに、振り回す攻撃が当たらない。
 それが更にティベリオをイラ立たせた。

「シッ!!」

「っ!!」

 攻撃を躱しているうちに高速の動きにも慣れてきた俊夫は、ティベリオの攻撃に合わせるように刀で右切り上げを放つ。
 その攻撃に反応したティベリオは、攻撃を中断して体を捻ることで回避する。
 動物的勘によるものなのだろう。
 その反応は見事だが、俊夫の攻撃を完全に躱すことはできず、ティベリオの腹は浅く斬られた。

「……おのれ! 何故だ!?」

「……何がだ?」

 僅かとはいえ腹からも血が流れたのを確認し、ティベリオは信じられないといった表情をする。
 そして、喚くように疑問の声を俊夫へと投げかけた。
 疑問を投げかけられた俊夫からすると、何のことを言っているのか分からないため、首を傾げるしかない。

「何故貴様ごときが俺の速度に付いてこれるんだ!?」

 鷹藤家と共に柊家も標的ではあった。
 だが、ティベリオからすると少し前まで俊夫は何の脅威にもならない相手だったため、さっさと殺して鷹藤家の2人と戦うカルミネの所へ向かうつもりだった。
 自分の速度に付いてこれるのは鷹藤家の者たちですら無理だという自信があったというのに、何故だか俊夫は対応できている。
 明かに自分の動きが見えているということだ。
 この世界に、自分の動きに反応できる人間なんて片手で数える程度でしかないと思っていた。
 それなのに、どうして俊夫が反応できているのか理由が分からなかった。

「全くだ。俺も驚いているよ」

「何っ!?」

 質問された俊夫は、ティベリオが慌てている理由を理解した。
 余程自分の移動速度に自信があったのだろう。
 しかし、どうして反応できているのかと言われても応えるつもりはない。
 自分が動かしているのは口だけで、それ以外は伸が別の場所から操っている。
 そのお陰でティベリオの高速の攻撃に反応できているのだ。
 つまり、自分の実力ではない。
 俊夫がそんな思いをしているとは知らず、返答を受けたティベリオは馬鹿にされているのかと感じた。

「話さないならそれでいい。俺は全力で貴様を潰すだけだ」

「チッ! 落ち着きを取り戻しやがったか……」

 ティベリオは深く息を吐き、怒りを鎮める。
 俊夫が自分の攻撃に反応できているのは、怒りで攻撃パターンが単調になっていたのも理由だと気付いたようだ。
 冷静さを取り戻した様子を見て、俊夫は思わず舌打をする。
 怒りに任せたままの攻撃なら、自分を操っている伸も戦いやすいのではないか。
 そう思うと、怒りに任せたままでいてくれた方が気が楽だった。
 
「八つ裂きにしてやる! そして、さっきの餓鬼も殺す!」

 冷静さを取り戻したようだが、怒りはまだ治まっていないらしく、かなりの殺気を放っている。
 まずは目の前の俊夫を殺し、その後に自分の腕を斬り飛ばした餓鬼を殺すことを決めたティベリオは、武器である両手の爪を伸ばして構えをとった。

『頼むぞ新田君……』

 ティベリオが放つ殺気に、背中に嫌な汗を掻く。
 動かせる口でティベリオをイラ立たせ、動きを単調にさせるという役割はここまでのようだ。
 後は自分を操る伸に任せるしかない。
 もしかしたら大怪我を負うかもしれないことを覚悟しつつ、俊夫は内心で伸に今後の戦いの勝利を願った。


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