主人公は高みの見物していたい
第51話
「夏休み中悪いね」
「お気になさらず」
夏休みに入って1週間経ち、柊家の仕事を手伝わせてもらうことになっていた伸は、当主の俊夫に魔物魔物退治に参加して欲しいといわれた。
それに了承した伸は、学園寮付近で迎えに来た車に拾われた。
車内に乗り込むと俊夫から感謝の言葉をかけられたが、伸としても小遣い稼ぎをさせてもらうために頼んだ側なので、恐縮したように返答した。
「おぉ! 海だ!」
車は高速を走り、そのまま八郷地区の東に位置する木南州へとやってきた。
窓から見える景色に、伸は思わず声をあげてしまう。
海に囲まれた大和皇国といっても、伸が住んでいた花紡州はかなり離れた内陸地位置であり、しかも山奥に住んでいた伸は、海に来るなんて初めてのことだったからだ。
「やっぱり夏は木南州だよな……」
木南州は海と山があり、夏には学生や家族に人気の高い州だ。
海で海水浴もできるし、山でキャンプもできる。
海の幸や山の幸どちらも豊富で、人気店も多いという恵まれた地だ。
「こんな所に魔物が出たの?」
「あぁ」
俊夫の対面の席に座り同乗する綾愛も窓の外の海に目を奪われているようだったが、この地に来た理由を思いだしたのか、真剣な表情で父の俊夫へと問いかけた。
伸だけでなく、綾愛も一緒に魔物の討伐に参加することになっていた。
恐らく、娘を溺愛する自分だと心配で指導できない俊夫は、綾愛の訓練を伸に任せるのが狙いのようだ。
魔人を倒すような伸ならば、危険なことが起きても大丈夫だと思っているのかもしれない。
「今回は何の魔物ですか?」
前回は、初心者向けに虫の魔物の討伐を綾愛にさせるのが目的だったが、今回はどんな魔物を相手にするのか気になった伸は、あらかじめ聞いておこうと俊夫へと問いかけた。
今回には綾愛だけでなく、伸の向かい側に座っている杉山奈津希も一緒だと言っていた。
そのことを考えると、それ程危険な魔物ではないような気がする。
「君たちには人里付近に現れた一角兎の魔物を相手してもらおうと思っている」
「そうですか。じゃあ大丈夫そうですね」
今回の対象を聞いて、伸は安心したように呟く。
一角兎とは、その名の通り頭に1本の角が生えた中型犬ほどの大きさをした兎の魔物だ。
角による攻撃に注意すれば比較的安全に倒せる魔物なので、まだ魔物との戦闘経験の浅い綾愛と奈津希にはもってこいといえるだろう。
「お父さんたちは?」
「猪の魔物だ」
綾愛たちの相手するのは一角兎だが、俊夫たちは違う魔物の相手をする。
それが猪の魔物のようだ。
普通の猪と同様に、一直線に突き進むというイメージがあるが、俊敏性もあるので気を付けなければならない相手だ。
得意の体当たりが直撃でもすれば、プロの魔術師でも内臓破裂で死ぬこともあり得る。
「一角兎もそのせいですか?」
「あぁ、そうだね」
一角兎はたいして強くない魔物で、訓練を積んでいればプロの魔術師でなくても倒せる。
そのため、一角兎は他の魔物だけでなく人からも隠れるように生息している。
その一角兎が人里付近に姿を現しているということは敵から逃れるためで、そうしなければならなくなったのは俊夫たちが相手にする猪の魔物によるものだろう。
そう予想して伸が問いかけると、俊夫は正解と言うように頷きを返した。
「猪の魔物がどれだけ出現しているのか分からないが、今回は魔人が出るなんてことないだろう。だから君は綾愛たちの訓練に専念してくれ」
「分かりました」
魔人と遭遇することなんてそう滅多にあることではない。
2体現れただけでも稀な話だ。
1年に何度も魔人が出現するようなら、高位魔術師たちによる特別部隊でも作らないと対処できないだろう。
今回の魔物は、そこまで大量に出現している訳でもないので、魔人が出現することはまずないだろう。
そのため、伸には綾愛たちの訓練に集中してもらいたい。
俊夫の言葉に安堵した伸は、了承するように頷いた。
「魔物の討伐が済めば、猪肉や兎肉のバーベキューをするのもいいかもな」
「それは楽しみですね」
倒した魔物の肉は、解体すれば食材として利用できる。
猪や兎の肉なんて、ジビエ料理として有名だ。
斯く言う伸も、一角兎は実家付近の山で食料として密かに狩ったりしていたものだ。
ちょっと遠出し過ぎて、誘拐事件に出くわしたこともある。
育ち盛りの高校生男子としては、肉料理は楽しみで仕方がないところだ。
「私はお肉よりも海に入りたいわ……」
「私もです」
肉に喜ぶ伸と違い、綾愛と奈津希は海の方が気になるようだ。
山の方での魔物退治とは言っても、海が近い。
綾愛たちも滅多なことでは海に来ることなんてできないのだから、この機会に海を楽しみたいと思っているのだろう。
「魔物退治に4泊する予定だから、討伐完了が早く終われば海水浴もできるんじゃないか?」
「えっ? 本当?」
「あぁ」
猪の魔物が散らばっている可能性もあるため、俊夫は部下に言って少し多めに宿泊するように手配していた。
魔物による被害のことを考えれば、早く終わるに越したことはない。
仕事が早く終われば、後の時間は娘の機嫌取りに使ってもいいだろう。
魔物の討伐が済めばすぐに帰ると思っていたのか、綾愛は俊夫の言葉に反応した。
楽しみができて嬉しそうだ。
「そうと決まれば、魔物を狩りまくるわよ! 奈津希!」
「うん!」
「……意気込み過ぎないようにな」
やる気になったのはいいが、相手は魔物。
一角兎とは言っても、危険であることは変わりない。
あまり張り切り過ぎて注意がおろそかになっては、思わぬ怪我を負いかねない。
娘を溺愛するあまり心配な俊夫は、2人に注意する。
「もう着く。あの山だ」
海水浴場からは少し離れ、進行方向に山が見えてきた。
俊夫はその山を指差したので、どうやら目的の山に到着したようだ。
「荷物は他の者がホテルへ運んでくれるから、魔物と戦うために必要なものだけ持って降りてくれ」
「「「はい」」」
ホテルに寄らずにそのまま目的地へと来たので、着替えなどの入ったバッグは車のトランクの中だ。
しかし、この付近の民家に被害が及ばないように、すぐに魔物退治を開始しなければならない。
さすが柊家というか、荷物を運んでくれる人も手配しているらしい。
俊夫に指示され、伸たち3人は武器と少しの荷物を手に車から降りたのだった。
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