異世界に来ましたが俺はスローライフを送りたいだけです

ベレット

停戦協定は賄賂から

「このお店ってこれから毎日やってますか?今度友達と来たいんですけど」
「あー、いや、うちは不定期にやるつもりで....あんまり間空けないように営業するからまた来てくれるかな?」
「そうなんですかー....残念ですね....だったら開いてる時にまた来ますねー」
「すみませーん。またお願いしまーす」
残念そうに帰っていったお姉さんを見送り、他にお客さんがいないかキョロキョロと見渡すが、買ったアクセサリーを着けてふざけあったり、うちの看板メニューとなりつつあるハーブティー(20セルカ)に舌鼓をうちながらテーブルにもたれている人ばかりである程度は捌けたようだ。
「もう15時ぐらいだしな。そろそろ客足も遠のくかもな」
と、裏手でアイスクリームを食べながら休憩しているルカを微笑ましく眺めていると、女性客がまた一人、カウンターにやってきた。
「いらっしゃいませー....ってあれ?ギルドのお姉さん?どうしたの?もしかして様子見に来たりとか?」
「お疲れ様です、ユウトさん。それもありますが随分と評判が良いと聞きましたので、そっちが本命ですね。あのクズトさんの店なのにって......す、すいません.....」
俺、影でクズトって呼ばれてるの?酷くない?
間違っては無いけども!
まあ、今回のでそれなりに払拭出来たかもしれないので余り深く追及しないでおこう。
「い、いや.......あっ、そ、そうだ。ちょっと待っててくれる?」
「え?は、はい。」
お互いに気まずくなり、逃げるように作業台に置いてあった出来上がったばかりの髪留めを掴み取り、お姉さんの手のなかに収めた。
「これ良かったら貰ってくれない?心ばかりのお礼って事で」
何をされたのか理解出来ていなかったお姉さんだったが、手のなかに収められた桃色を基調とした花形の髪留めを見るやいなや、慌てて突っ返そうとしている。
「も、貰えませんよ!これ売り物ですよね!?」
「そうだけど、貰ってよ。いつものお礼だから」
「いつものってなんでしょうか?」
不思議そうに困り顔を晒すお姉さんの手を包み、髪留めごと押し返す。
「そりゃあこの町に来て、右も左も分からない俺達に色々教えてくれたろ?」
「そ、それは....仕事ですから.....」
「分かってるけど感謝してるのは本当だし、感謝の気持ちとして貰ってくんない?」
じっと目を見つめ、何とか持っていって貰おうと言いくるめようとしていると、お姉さんが頬を染め、ぷいっと顔を逸らした。
「わ、分かりました....そ、その.....ありがとうございます......ユウトさん」
「ん?ああ、別にお礼言われるほどの物じゃないんだけど」
「......そんな事ないと思います。ユウトさんの気持ちがこもった品ですよ」
そんな大それた物じゃないんだけど。
気まずくて、話を逸らすために目についたのを適当に渡しただけだし。
「大事にしますね。それでは私はこれで....」
「う、うん。じゃあまた....」
何故か逃げるようにギルド方面へと去っていった。
そんなに急がなきゃならない用件でもあるんだろうか。
「なんだったんだ一体....無駄にメンタルダメージ負ったんだけど」
「相変わらずですね、エロトさんは」
「ふわっ!」
またしても女性の声で....だがこの呼び名と声色に聞き覚えがあり、ゆっくりと振り向くと。
「お久しぶりですね、エロトさん.....ああ、お名前は確かユウトさんでしたか?」
「お兄ちゃんひっさしぶりー!やっほー!」
「よ、よお久しぶり。髪切った?」
「切ってませんけど。何ですか、それ」
渾身のギャグをからぶり、相変わらず汚いものを見るような眼で射抜いてきているのはまだ少ししか経ってないのに、懐かしく思える。
シトリーとシトロン親子だった。


◇◇◇


やはりあのリンカとの事故が尾を引いているのか、シトリーの眉がつり上がっている。
色々醜態晒したからな、嫌われていても仕方がないだろう。......つら.....。
「それにしても相変わらず女性の尻を追っかけているんですか?やっぱり噂通りだったんですね。」
「ぐっ......べ、別にそんなつもりは無いけど....」
「それはどうでしょうか。先程もナンパしていらっしゃいましたし」
どうにも聞く耳を持ってくれない。
さっきのだって全くそんなことは考えていないんだが。
「いや、それは違うからな?あれはただ....えっと.....」
「何で口ごもるんですか?図星だからですよね?全く....ユウトさんはあの人と違って、エッチだし、甲斐性無いし、不真面目なのに、どうしてリンカさんは......こんな人のどこが良いんでしょう」
ぐうの音も出ないとはこの事か。
全く違うとは言いきれないので、言い返すことが出来ない。
黙って大人しく聞いていると母親の頬を膨らました顔を見ながら首を傾け、はてなを浮かばせている。
すると突然....
「お母さん、何で家にいる時と違うこと言うの?何で怒ってるの?」
と、言い出した。
「ちょ、ちょっとシトロンちゃん!?な、何言ってるの!?そ、そんなことないでしょ?」
「そうなのか、シトロンちゃん?」
何故かシトリーが俺をキッと睨み付けてきた。
心が折れそうだ....
「えー!だって、だって!お母さん、家だとお兄ちゃん、ごはん食べてるかなとか、寝るとこあるかしらとか、たまには会いに来てもいいのにとか、溜め息ばっかりついてるもん!寂しそうだもん!」
「そうなのか?....その....じゃ、じゃあ今度お邪魔しようかな.....っていうか覚えてたんだなー....ははは、俺なんて今の今まで忘れて.....」
「っっ......!」
シトリーが更に目付きを厳しくした瞬間、商業区の開けた空にパァンと小気味良いビンタの音が木霊した。


ーー「ばいばーい、お兄ちゃーん!またねー!」
「もう会いたくありませんから!家に来ないで下さいね!」
ぷりぷり怒っているシトリーがシトロンの手を引いてずかずかと立ち去ろうとしている最中、俺は腫れた右頬を擦っている。
「お母さんが早くお家でご飯作ってあげたいってー!」
「~~~~!」
相変わらず空気の読めないシトロンを抱えて、頭から湯気を出しながら猛ダッシュで走っていってしまった。
「いってえ.....あれ、本気ではたいただろ....」
「お兄ちゃん.....色んな女の人と.....知り合い....なんだ....ね」
いつも通り淡々としながらも、ボソッとした喋りだったが何やら背筋がゾクッとした。
どうにも今日は女性陣に精神を攻められる事が多い気がする。
「はあ.....今日は女難の相でも出てんのか?....いつもか....はあ.....マジで痛い.....」
未だ収まらぬ腫れを収めようと、薬効成分のあるハーブティーを口に含んでいると街角から風呂敷を抱えたリンカの姿が見えた。
「おーい、ユウトくーん!お待たせー!」
「おおいぃっ!いつまで行ってんだよ!遅いんだ....よ......ぶぅぅぅぅっ!」
その背後に居る奴らの姿を見るなり、俺はハーブティーを吹き出すはめになった。
「は?は?は?なんでそいつらいんの?」
「なんかご飯奢ってくれて、ここまで送ってくれた」
お前はアメ貰った付いていっちゃうのかい?
それはともかくとして、リンカが連れ立ってきたのは俺にとって最も最悪な奴らである....。
「やあ、ユウト!久しぶりだね!元気にしてたかい!?」
銀色のフルプレートのイケメンくそ野郎と。
「全くなんで私がお前の店なんかに....どうせ猥褻物ばかりでしょうに」
危険人物ナンバーワン。辻斬りの女騎士に。
「私はお姉さまとなら何処でもいいです。勇者、それ以上近づいたら殺すです」
テロリスト魔法少女で構成された勇者御一行だった。


◇◇◇


「ふん....まあ商品はまともな様ですね。店主は最悪ですが」
「お姉さまに触れたら殺すです。」
なんやねん、こいつら。
どうして来ちゃったの....
「文句あるなら帰れよ....痴女騎士が....」
「だ、だだだ、誰が痴女ですか!誰が!あれはお前のせいでしょう!」
「ああ?いきなり斬りつけてきた常識知らずに言われたくないね。このエロパンティ騎士がぁっ!」
「な、何ですってぇ!?お前、ここで言いますか!?品性を疑いますよ!?」
「はっ!てめえがそれ言えるのかよっ!ちょっ!剣!剣を抜くな!卑怯だぞ!こっちは丸腰なのにぃ!」
周りの男性客がシンクレアーの下着に興味を引かれるなか、バチバチと火花を散らしていると、いきなり腰に携えた剣をしゃらっと音をさせながら引き抜いた。
だがくそったれイケメンこと、智也が間に入る。
「まあまあ、クレア。彼は確かに酷い所もあるけど、僕の友人なんだ。剣を収めてくれるかい?」
「は、はい....申し訳ありません....ですが....」
「何友達面してんだよ。イケメンのリア充くそったれ野郎の情けなんかいらねえんだよ。」
「ですがこの男はここで切り捨てるが吉だと出ています!ええ、そうですとも!お前、いい加減そのふざけた口を閉じなさい!」
ぎゃいぎゃいと構わず騒ぎ立てていると、深い溜め息を吐きながらゆらりとテロリストが立ち上がり、杖を構えた。
「お姉さまにそんな口を聞くなです。殺しますですよ?今すぐ殺しましょうかです?そうしますです。」
「ま、待って、はは。彼は悪気は無いんだ。悪気は........ぶへっ!」
「ええ.......」
止めに入った筈のリーダーの智也が杖でフルスイングされた。
「近付いたら殺すと言ったです。そんなに殺されたいなら殺してあげますです」
「クルフェ止めなさい。殺るならあの男を」
「はいです。お姉さま」
「や、止めろぉ!杖を向けるなぁ!すいませんっしたぁぁぁあっ!」
もうやだこいつら...それにしてもこのパーティーどんな関係性なのだろうか。
......うん。何度も思うがやっぱり関わりたくない。


ーー「さっきは悪かったな、女騎士」
「先程だけでは無いでしょうが。あの時の事も謝りなさい。俗虫が」
「お前そんなんだと智也に女として見て貰えねえぞ。」
「ぬあっ!?な、ななな、何を言って!お前は何を言っているのですか!?おい!聞いているのですか!?」
顔を真っ赤にして隠す気があるのか、無いのか分からない女騎士にネックレスを二個手渡す。
「何ですか、これは。お前とペアネックレスなんか冗談ではありませんが」
「俺だってそうだわ。いいからちょっとこっち来い」
「はあ?.....何なんですか、本当にお前は.....」
カウンター裏に来るように手招きするとぶつくさ呟きながらも以外と素直に入ってきた。
騎士をやってるぐらいだから根は良いやつなのかもしれない。
俺とは相容れないだけで。
「どうしたんだろ、ユウトくん」
「クレアさん、どうしたんだい?」
「お兄ちゃん?」
「いかがわしい事をするなら殺しますです」
シンクレアーと共に他の奴らも来ようとするので。
「お前らに用は無いんだよ!あっち行ってろ!」
と、しっしっと追い払うなり、カウンター下にシンクレアーを引きずり込んだ。
「一体何のつもりですか!お前、本当に私にいかがわしい行為を!」
アホなのかこいつも。仲間の言葉を鵜呑みにし過ぎだろ。
「するわけ無いだろ....なんつーか悪かったな。マジで。これを俺達の和解の印にしないか?」
「そんな言葉だけで.....!」
強情な女騎士の手からペンダントを引ったくり、それをちゃらりと両手に乗せ、シンクレアーからも良く見えるようにし。
「いいか?これ、色が違うだろ?こっち白いのが女用、こっちの黒いのが男用」
「.....?それが一体なんだと....」
「いいか?これはな、今日のお客さんから片思いの男と両思いになりたいから作ってほしいと頼まれて製作した両思いになれるペンダントだ。確実ではないがな」
「.......!?」
女騎士の眼の色が変わった。
ここが押し所だろう。
「これには特殊効果が付与されていてな?渡された相手は、渡した方を特別カッコ良く見えたり、可愛く見えるんだよ。分かるか?」
「お、お前....これは!」
「そう....両思いになるスタートラインが切れるアイテムなんだよ、これは!」
「.......やはりお前は最低な人間ですね。こんなもので人心を掌握しようとするとは.....」
その鋭い目付きにあてられ失敗したかと思った矢先、いそいそとペンダントを胸元にしまい込み、シンクレアーが握手をする形で手を差し出してきた。
「人間性は疑うべくも無いですが、その能力は活かすべきでしょう。精進なさい.....ところでどう使うのかしら?使い方教えてくれる?」
釣れた。もうぐいぐい釣れた。
余りにも良い食いつきにふっと、微笑み彼女の手をとり耳元で囁く。
「勿論だとも。俺達は一蓮托生だろ?任せとけ」
「やはりお前は悪ですね。恐ろしく思います」
「おいおい、世の中正義だけじゃまかなえないだろ?そういう事だ。」
「ふっ.....なるほど。必要悪という訳ですか。では私達はこれより同盟と言うことで」
こうして俺とシンクレアーの間に停戦協定が結ばれたのだった。



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