エクスクラメーション

桜綾つかさ

第1章 Scalar 第1話 本当の自分①


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 -五月十八日- 十五時三十分~




 僕には好きな人が居る。と思う。
 だけど、それを認めてしまったら僕は僕でいられなくなってしまう。そんな予感めいた不安が僕の感情を...いや僕自身を分からなくさせていた。


 自分でもこの感情を......溢れんばかりの衝動をどうして良いのか分からないでいる。


 いやこれも多分嘘、だと思う.........。


 どうしたいのかなんてことは本当は心のどこかでわかっている気がする。ただ恐いんだ。拒絶されてしまった時のことが.........。こんな自分を...認めてしまうことが......。


 そりゃそうだ、のは僕なんだから。
 かも知れないなんてそんなアブノーマルを誰が分かってくれると言うんだろうか。自分さえ認められないというのに......。


 それにもし相手に告白出来たとしても迷惑だろうし、もしかしたらショックを受けて同性に対するトラウマを植え付けてしまうかもしれない.........。
 そんなことは絶対に出来ないし、してはならない。
 かけるのことを考えれば考えるほど伝えることが恐ろしく躊躇ためらわれた。
 いっそのこと自分勝手に告白してしまえればどれだけ楽だろうか.........。相手のことなど気にせず、世間の目さえ関係無しに。


 でもそんな身勝手は出来ない。だって...それをしてしまった後のことが全くもって分からないから。


 矛先を見失った感情はゆがなりに悶々と渦を巻いている。この渦が質量をはらんでブラックホールにでもなってしまえば良いのに。そうしたらこの感情ごとみ込んで全部無かったことにできるのに。僕という異分子を消滅させられるのに。
 そう出来たらどんなに楽だろう…こんなに悩まなくて良いし.....こんなに苦しまなくて済むのに.........。


 どうして、どうして僕は.........。


............普通じゃないんだろう。


 自分にほとほと嫌気が差す。
 チカチカと青色が点滅する歩行者信号をぼぅと眺める。次の瞬間には真赤に点灯する。まるで問題に不正解したみたいに僕のセクシャリティが間違っている、駄目なことだと訴え掛けてきてるようだった。


──ぅるさぃ


 小声で吐き捨てる。
 “ごちゃごちゃと面倒臭いことは考えないで正直になれ!”という安直で直情的な考えが頭を過るが、それを“世間体や自分の将来を考えて”となだめる常識的思考が制止を掛け、なんとか理性を保てている、そんな状態だった。




「ねぇ?そこのあなた」


「………」


「ねぇってば?聞こえないの?それとも聞こえない振り?」


「…………」


「たー!けー!だー!しー!げー!おー!みーッ!!」


「………え?何?」 


 "武田茂臣たけだしげおみ"と急に僕の名前を叫ぶものだから吃驚びっくりする。


「何?じゃないでしょ!!?さっきから何回呼んだと思ってんの?!ぼーっとするにも程があるでしょッ?バカなの?死ぬの?!」


 物凄い剣幕でまくし立てる女子生徒はどうやら僕と同じ天尚あまます高校の生徒らしい。特に見覚えもないから他のクラスだと推測出来た。


「ごめん、考え事してて」


「まぁ別に良いわ。それよりもそんなぼぅーとして大丈夫なの?体調悪いなら保健室に寄った方が良いんじゃない?」


 長い黒髪を慣れた手付きで払う女子生徒。よく見たら制服の左袖には風紀委員の腕章が光っていた。どうやら業務の一環で声を掛けてきたらしい。


「大丈夫。体調は悪くないから…。僕ってそんなにぼぅーとしてた?」


 はぁ、と一つ溜め息を吐かれる。


「自分で気付いてないの?多分あなたずーっと信号の所で立ち止まってたわよ?」


「え、えっ?!それほんと?」


 僕は素っ頓狂な声を上げてしまう。まるで記憶が無かった。
 さっき信号機前に辿り着いたのだとばかり思ってたけど、どうやらずっと立ち尽くしていたらしい。


「ふふ。本当も何も、私が巡回パトロールし始めた時からそこにいたから、彼是かれこれ三十分くらいはそこにいたんじゃないかしら?」


 さ、三十分!?気絶してたのか僕は。


──他の生徒も気味悪がってたし


 悪戯な笑みを浮かべながら彼女は付け加えた。
 その様相が酷く似合っていて、ほんのりと化粧を施した顔と相俟あいまってとても魅力的に見えた。
 これだけ可愛ければきっと悩みなんて何も無いんだろうな.........それはさすがに言い過ぎだろうか。


 どうして僕は男なんだろう。
 そんなどうしようもない疑問が沸き起こった。


「……ごめんなさい。決してあなたに意地悪言ってる訳じゃないの。ただ、こう…反応が面白かったからつい」


 僕が気分を害したと思った女子生徒は慌ててその場を取りつくろおうと言葉を並べるが、何も取り繕えていなかった。謝る気があるのだろうか。


「別に。何とも思ってないから……。それじゃ」


 なんだか気分が悪い。それは意地悪を言われたことが原因ではなく、何かこう歴然とした差を見せ付けられて劣等感を煽られているみたいだからだ。
 一刻も早くこの場を離れたい。僕はそそくさと逃げるように信号を渡ろうと歩き出す。


「──ッ!駄目ッ!!!」


 瞬間、思い切り腕を引っ張られる。


──え?


 視界がぐらりと揺れ、気付けば天を仰いでいた。


 バランスを崩した僕は慌ててもう片方の腕をしきりに振り回して体勢を保とうとするが、こんな細身の僕に成す術などありはせずえなく後ろに倒れ込んだ。




 直後に鳴り響くクラクション。






 そして




──ドシャッ!




 という金属と肉とがぶつかる鈍い音がした。
 




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