3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜
第119話 エピローグ
「……~♪」
冒険者ギルドに併設された小綺麗な酒場に藍色髪の美少女が一人、鼻歌を歌いながらアールグレイを楽しんでいた。昼間という事で酒場には人が少ないが、それでも、ここにいる者達の殆どが、その少女の事を盗み見ている。彼女が思わず目を奪われる美しさを持つという事もあるが、それ以上にこんなに機嫌がいいところを見たことがなかった。
Bランク冒険者、'氷の女王'グレイス。
その卓越した剣技とレベルⅤという極めて稀有な魔法の才能により、齢一八にして高ランクの冒険者である彼女を知らない者はいない。'氷の女王'とはよく言ったものだ。彼女の絶対零度の微笑みは、ちょっかいをかけに近寄った男共を例外なく凍り付かせる。
そんな彼女が上機嫌に笑っている。冷たさどころか、むしろ温かみすら感じるその表情に、ここにいる冒険者達は自分の目が信じられずに、ずっと彼女の事を目で追ってしまっていた。
そして、当の本人の近くにも、戸惑いを隠せない者が二名。
「……随分と機嫌がよさそうですね、グレイスさん。何かあったのですか?」
ギルドの人気受付嬢である猫の獣人のアリサが隣に座っている金髪ツインテールの少女にこそこそと話しかけた。今日の仕事が終わったという事で、仲のいい冒険者からお茶に誘われたアリサだったが、いざ席に着くと普段とはまるで様子が違うグレイスに出くわしたのだ。
アリサから質問を受けたエステルは微妙な顔で曖昧に首を縦に振る。
「あったと言えばあったんだけど……そこまで大したことじゃないのよね」
「そうなんですか? 凄い気になる……」
アリサの猫耳がピクピクっと動いた。大したことではない理由でグレイスがこんなにも上機嫌になるなど、逆に興味をそそられる。
「えーっとね、レイって覚えてる? 前にストーカー騒ぎで手を貸してもらった男の子」
「っ!? お、覚えてます!! 助けてもらったのだから当然です!!」
「そ、そう?」
鼻息を荒くして顔を近づけてくるアリサに、エステルは両手を向けながら引きつった笑みを浮かべた。
「彼がね、体調を崩してしまって長いこと学校を休んでいたのよ」
「えぇ!?」
衝撃の事実に目を見開いたアリサであったが、徐々にその表情が心配するものへと変化していく。
「それでね? さっきそのレイと」
「レイさんが病気で寝込んでる……これは一大事よね……」
「ここに来る途中」
「早く看病しに行かなきゃ! あっ、でも、レイさんの住んでいる場所がわからない……」
「偶々会って」
「うぅ……せっかくの仲良くなるチャンス……間違えた、レイさんが大変だというのに私は何もしてあげることができないよぉ……」
「…………私の話、聞いてる?」
完全に自分の世界に入ったアリサにエステルがジト目を向けた。例の一件以来、すっかりレイに熱を上げている彼女にとって、グレイスが上機嫌でいる理由よりもレイの事の方が気になって仕方がなかった。それでも白けた顔でエステルがこちらを見ていれば、妄想の世界にいつまでもいるわけにもいかない。
「すいません……つい」
「……まぁ、いいわ。要するに、病気で休んでいた同級生が元気になったって報告してくれたのよ」
「あっ、レイさんは元気になったんですね。それでどうなったのですか?」
「それだけよ」
「え?」
「それだけ」
きっぱりと告げられ、ポカンとした顔でエステルを見る。なんとなくこの展開を予測していたエステルは小さくため息を吐いた。
「まぁ、そんな顔になるのも無理ないわね」
「え? それでグレイスさんはこんなにも上機嫌なの? 他にはなにかなかったんですか?」
「何もないわ。道端でばったり会ってグレイスが『病気の方はどう? よくなった?』って聞いて、レイが『お陰様でばっちりだよ。ありがとう』って笑顔で答えただけ」
「ふ、普通ですね……!!」
誰が聞いても変わったところなど何一つない。だが、実際に『凍てつく微笑』と一部の冒険者に恐れられている彼女がこんなにも嬉しそうにしているのだ。そうなれば、考えられることは一つしかない。
「あのぉ……エステルさん?」
その事実を確かめたい反面、聞くのが怖いと思っているアリサが恐る恐るといった様子でエステルに話しかける。
「なに?」
「もしかしてグレイスさんって……」
それ以上の言葉はアリサの口からは出なかった。だが、それだけで彼女の言いたいことをエステルは察する。
「……それはねぇ、常日頃私も感じている事ではあるの」
「やっぱり……」
それを聞いてアリサはがっくりと肩を落とした。グレイスは女の自分でも思わず見惚れてしまうほどの美少女。そんな彼女がレイに恋をしているのだとしたら、どう転んでも自分に勝ち目などない。
「でもねぇ……何か違うのよねぇ……」
「何か違う?」
「えぇ。好きって感じじゃないのよ。それはレイにも同じことが言える。大抵の男子はグレイスを前にすると、少しくらいは顔色を変えるっていうのに、あの人には全くというほどそれがない。……でも、お互い信頼し合っている感じはするわね」
「そうなんですか……」
「まぁ、先の事はわからないけど、今の状態なら恋人関係になることはまずないわね。だから、まだ諦める必要はないわよ」
「……!! そ、そうですよね!!」
元気を取り戻したアリサをエステルは微笑ましく見ていた。もはや、彼女がレイに恋心を抱いていることをエステルは察している。そのひたむきさがどこか自分にも通ずるところがあり、どうにも応援してみたくなった。
「……それに、#あの__・__#グレイスが誰かに恋をするところなんか想像できる?」
「あー……確かに。ちょっと想像できませんね」
「でしょー? そもそも恋をしてグレイスが告白したら首を縦に振らない男なんていないって!」
「そう考えると、グレイスさんって生まれてこの方、一度も恋をしたことがないんじゃないでしょうか!?」
「あり得る! グレイスならあり得るわ!!」
「……二人とも、ちょっといいかしら?」
それまで楽しそうに話していた二人の表情が固まる。壊れかけのゼンマイ人形のようにギギギッとぎこちない動きで首を動かすと、頬杖をついたグレイスがこちらを見ながら微笑んでいた。
「さっきから全部聞こえているんだけど?」
なるほど、温かな笑みしか向けられたことがなかったアリサが今初めて理解する……彼女の微笑みが氷のようだと言われる所以が。
高速で目を左右に泳がせる二人を見ながら、グレイスは盛大にため息を吐いた。
「恋をしたことがない可哀想な女みたいな感じで言われてたけど、私だって恋をしたことはあるわ」
「「え?」」
あまりの驚きに二人の声が見事にはもる。その様子を見て、グレイスは思わず苦笑いをしてしまった。
「く、詳しく聞きたいわ!!」
「わ、私もです!!」
思いのほか二人が食いついたことに多少面喰いつつも、グレイスは笑みを崩さない。
「別に大した話じゃないわ。私が五歳の頃の話よ」
「ご、五歳……」
「そ、それは……」
果たして恋と言えるのか。流石にそこまで言い切ることはできなかったが、グレイスにはしっかり伝わった。彼女自身、こんな話を聞いてもどんな反応していいのかわからないと思う。
「……それでも私にとっては唯一の恋よ。そして、今でもそれは続いている。……恋を知らないと思っていた女が十年以上も初恋をしているなんて驚きでしょ?」
「いや、その……」
「ははは……」
意地悪な言い方をするグレイスに二人は微妙な態度を見せた。予想通りの反応に、グレイスは満足そうな顔で笑いながら紅茶をすする。
「でも、グレイスならその人と上手くいったんじゃないの?」
「んー……」
ふと頭に浮かんだ素朴な疑問をエステルが率直に聞いてみる。先ほども言った通り、グレイスの容姿は完璧だ。それに靡かない男など、この世には殆どいないはず。
そんなエステルの質問には答えず、グレイスは柔和に笑いながら、ティーカップを静かに傾けるのであった。
冒険者ギルドに併設された小綺麗な酒場に藍色髪の美少女が一人、鼻歌を歌いながらアールグレイを楽しんでいた。昼間という事で酒場には人が少ないが、それでも、ここにいる者達の殆どが、その少女の事を盗み見ている。彼女が思わず目を奪われる美しさを持つという事もあるが、それ以上にこんなに機嫌がいいところを見たことがなかった。
Bランク冒険者、'氷の女王'グレイス。
その卓越した剣技とレベルⅤという極めて稀有な魔法の才能により、齢一八にして高ランクの冒険者である彼女を知らない者はいない。'氷の女王'とはよく言ったものだ。彼女の絶対零度の微笑みは、ちょっかいをかけに近寄った男共を例外なく凍り付かせる。
そんな彼女が上機嫌に笑っている。冷たさどころか、むしろ温かみすら感じるその表情に、ここにいる冒険者達は自分の目が信じられずに、ずっと彼女の事を目で追ってしまっていた。
そして、当の本人の近くにも、戸惑いを隠せない者が二名。
「……随分と機嫌がよさそうですね、グレイスさん。何かあったのですか?」
ギルドの人気受付嬢である猫の獣人のアリサが隣に座っている金髪ツインテールの少女にこそこそと話しかけた。今日の仕事が終わったという事で、仲のいい冒険者からお茶に誘われたアリサだったが、いざ席に着くと普段とはまるで様子が違うグレイスに出くわしたのだ。
アリサから質問を受けたエステルは微妙な顔で曖昧に首を縦に振る。
「あったと言えばあったんだけど……そこまで大したことじゃないのよね」
「そうなんですか? 凄い気になる……」
アリサの猫耳がピクピクっと動いた。大したことではない理由でグレイスがこんなにも上機嫌になるなど、逆に興味をそそられる。
「えーっとね、レイって覚えてる? 前にストーカー騒ぎで手を貸してもらった男の子」
「っ!? お、覚えてます!! 助けてもらったのだから当然です!!」
「そ、そう?」
鼻息を荒くして顔を近づけてくるアリサに、エステルは両手を向けながら引きつった笑みを浮かべた。
「彼がね、体調を崩してしまって長いこと学校を休んでいたのよ」
「えぇ!?」
衝撃の事実に目を見開いたアリサであったが、徐々にその表情が心配するものへと変化していく。
「それでね? さっきそのレイと」
「レイさんが病気で寝込んでる……これは一大事よね……」
「ここに来る途中」
「早く看病しに行かなきゃ! あっ、でも、レイさんの住んでいる場所がわからない……」
「偶々会って」
「うぅ……せっかくの仲良くなるチャンス……間違えた、レイさんが大変だというのに私は何もしてあげることができないよぉ……」
「…………私の話、聞いてる?」
完全に自分の世界に入ったアリサにエステルがジト目を向けた。例の一件以来、すっかりレイに熱を上げている彼女にとって、グレイスが上機嫌でいる理由よりもレイの事の方が気になって仕方がなかった。それでも白けた顔でエステルがこちらを見ていれば、妄想の世界にいつまでもいるわけにもいかない。
「すいません……つい」
「……まぁ、いいわ。要するに、病気で休んでいた同級生が元気になったって報告してくれたのよ」
「あっ、レイさんは元気になったんですね。それでどうなったのですか?」
「それだけよ」
「え?」
「それだけ」
きっぱりと告げられ、ポカンとした顔でエステルを見る。なんとなくこの展開を予測していたエステルは小さくため息を吐いた。
「まぁ、そんな顔になるのも無理ないわね」
「え? それでグレイスさんはこんなにも上機嫌なの? 他にはなにかなかったんですか?」
「何もないわ。道端でばったり会ってグレイスが『病気の方はどう? よくなった?』って聞いて、レイが『お陰様でばっちりだよ。ありがとう』って笑顔で答えただけ」
「ふ、普通ですね……!!」
誰が聞いても変わったところなど何一つない。だが、実際に『凍てつく微笑』と一部の冒険者に恐れられている彼女がこんなにも嬉しそうにしているのだ。そうなれば、考えられることは一つしかない。
「あのぉ……エステルさん?」
その事実を確かめたい反面、聞くのが怖いと思っているアリサが恐る恐るといった様子でエステルに話しかける。
「なに?」
「もしかしてグレイスさんって……」
それ以上の言葉はアリサの口からは出なかった。だが、それだけで彼女の言いたいことをエステルは察する。
「……それはねぇ、常日頃私も感じている事ではあるの」
「やっぱり……」
それを聞いてアリサはがっくりと肩を落とした。グレイスは女の自分でも思わず見惚れてしまうほどの美少女。そんな彼女がレイに恋をしているのだとしたら、どう転んでも自分に勝ち目などない。
「でもねぇ……何か違うのよねぇ……」
「何か違う?」
「えぇ。好きって感じじゃないのよ。それはレイにも同じことが言える。大抵の男子はグレイスを前にすると、少しくらいは顔色を変えるっていうのに、あの人には全くというほどそれがない。……でも、お互い信頼し合っている感じはするわね」
「そうなんですか……」
「まぁ、先の事はわからないけど、今の状態なら恋人関係になることはまずないわね。だから、まだ諦める必要はないわよ」
「……!! そ、そうですよね!!」
元気を取り戻したアリサをエステルは微笑ましく見ていた。もはや、彼女がレイに恋心を抱いていることをエステルは察している。そのひたむきさがどこか自分にも通ずるところがあり、どうにも応援してみたくなった。
「……それに、#あの__・__#グレイスが誰かに恋をするところなんか想像できる?」
「あー……確かに。ちょっと想像できませんね」
「でしょー? そもそも恋をしてグレイスが告白したら首を縦に振らない男なんていないって!」
「そう考えると、グレイスさんって生まれてこの方、一度も恋をしたことがないんじゃないでしょうか!?」
「あり得る! グレイスならあり得るわ!!」
「……二人とも、ちょっといいかしら?」
それまで楽しそうに話していた二人の表情が固まる。壊れかけのゼンマイ人形のようにギギギッとぎこちない動きで首を動かすと、頬杖をついたグレイスがこちらを見ながら微笑んでいた。
「さっきから全部聞こえているんだけど?」
なるほど、温かな笑みしか向けられたことがなかったアリサが今初めて理解する……彼女の微笑みが氷のようだと言われる所以が。
高速で目を左右に泳がせる二人を見ながら、グレイスは盛大にため息を吐いた。
「恋をしたことがない可哀想な女みたいな感じで言われてたけど、私だって恋をしたことはあるわ」
「「え?」」
あまりの驚きに二人の声が見事にはもる。その様子を見て、グレイスは思わず苦笑いをしてしまった。
「く、詳しく聞きたいわ!!」
「わ、私もです!!」
思いのほか二人が食いついたことに多少面喰いつつも、グレイスは笑みを崩さない。
「別に大した話じゃないわ。私が五歳の頃の話よ」
「ご、五歳……」
「そ、それは……」
果たして恋と言えるのか。流石にそこまで言い切ることはできなかったが、グレイスにはしっかり伝わった。彼女自身、こんな話を聞いてもどんな反応していいのかわからないと思う。
「……それでも私にとっては唯一の恋よ。そして、今でもそれは続いている。……恋を知らないと思っていた女が十年以上も初恋をしているなんて驚きでしょ?」
「いや、その……」
「ははは……」
意地悪な言い方をするグレイスに二人は微妙な態度を見せた。予想通りの反応に、グレイスは満足そうな顔で笑いながら紅茶をすする。
「でも、グレイスならその人と上手くいったんじゃないの?」
「んー……」
ふと頭に浮かんだ素朴な疑問をエステルが率直に聞いてみる。先ほども言った通り、グレイスの容姿は完璧だ。それに靡かない男など、この世には殆どいないはず。
そんなエステルの質問には答えず、グレイスは柔和に笑いながら、ティーカップを静かに傾けるのであった。
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