3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第116話 狼と虎

 ヴォルフは倒すべき敵をしっかりと見据えながら一歩ずつ進んでいく。地平線の彼方から太陽が顔を出し始め、その身体を照らしていた。他のものに目をやる必要など一切ない。なぜなら、心強い家族が自分の進むべき道を切り開いてくれるからだ。

「……結局こうなったか」

 近づいてくるヴォルフを見ながら、ハリマオは小さい声で呟いた。彼の目に映るのも、もはや長年憎しみを抱き続けた男の姿しかない。
 ヴォルフはハリマオまで数メートルという所で立ち止まり、その顔に目をやる。一緒に酒を飲みながらバカ騒ぎをして笑っていたハリマオはもういない。憎悪に身を焦がし、ゆがんだ笑みを浮かべるかつての仲間を見て、一抹の寂しさを感じていた。

「まぁ、お前とあの男をぶつけて共倒れさせろって話を聞いた時は多少不満を感じていたんだ。勝手におっんじまうのは楽な話なんだが、それだと俺の気が収まらねぇよなぁ?」

「…………」

「やっぱりお前は俺の手で殺してやりたかったんだよ……俺の事なんかまるで眼中にねぇ、すかしたてめぇをよぉ!!」

 そう言うと、ハリマオは凶暴な笑みを浮かべながら持っていた巨大な鉈をブンブンと振り回す。そのさまを、ヴォルフは静かに見つめていた。

「……そんなに俺が怖いのか?」

「…………あぁ?」

 ハリマオの動きがピタリと止まる。

「久しぶりに会ったのもここだったよな? 墓参りに来るだろう俺をお前は一人で待ってた。その時に気づいちまったんだろ……俺との力の差をよ。じゃなきゃ、あのタイミングでお前は仕掛けてきたはずだ」

「……何言ってんだ」

 ハリマオはそう返すのが精一杯のようだった。それは、ヴォルフの言った事が正しいという事を示していた。

「別に強がることはねぇよ。相手の強さが肌で感じるっていうのも、自分が強い証拠だ。格の違いが分からなくて俺に噛みついてくる連中もごまんといるからな」

「やめろ」

「お前の判断は正しかったと思うよ? もし、仮にあの時お前が襲い掛かってきたら、俺はそのままお前をぶちのめしてたからな」

「やめろって言ってんだろっ!!」

 ヴォルフの言葉を妨げるように、ハリマオが乱暴に鉈を地面に叩き落とす。

「ベラベラとわけのわからねぇことをぬかしてんじゃねぇぞ!! てめぇが怖いだと? そんなことあるわけねぇ!! '金狼'だか何だか知らねぇが、調子に乗ってんじゃねぇよっ!!」

 喉がはち切れんばかりに声を張り上げた。その姿が虚勢を張っているようにしかヴォルフには見えない。

「殺してやるよ……今すぐに殺してやるっ!! 俺が……俺が頂点に君臨するんだ……!! 俺を差し置いてトップに立ったこと……あの世で後悔し続けろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! ヴォルフゥゥゥゥゥゥ!!」

 地面から鉈を引き抜き、ハリマオは猛然とヴォルフに襲い掛かった。それでもヴォルフは慌てず騒がす、その場に佇んでいた。

「死ねぇぇぇぇぇ!!」

 振り下ろされる大鉈。それを、ヴォルフは僅かに身体を横にずらして避ける。

「てめぇの存在が俺を狂わせるっ!! てめぇが生きてると、俺の邪魔になるんだよ!!」

 鍛え上げられた腕力により、高速で鉈を振りぬくハリマオ。その凶刃をヴォルフは最低限の動きで躱していった。

「てめぇをっ! 殺すことだけがっ!! 俺のっ!! たった一つのっ!! 願いなんだっ!!」

 当たることのない鉈を、ハリマオは一心不乱に振り続けた。それを止めてしまえば、今まで築き上げてきたものが音を立てて崩れ落ちる。警鐘を鳴らす自分の本能に従い、攻撃の手を一切緩めない。

「……ふっ」

「がはっ!!」

 攻撃の隙を縫って繰り出されたヴォルフの拳が、ハリマオの顔面に突き刺さる。怯んだハリマオに、ヴォルフはさらなる追撃を加えた。

「ぎっ……!! な、めんじゃねぇぞ!!」

 鼻血をまき散らしながら、それでも大鉈でヴォルフを狙う。攻撃する度、腹に、胸にヴォルフの矢のように鋭い強打が襲い掛かるが、決して攻める手を止めなかった。

「ハリマオ……」

「はぁはぁ……ぶっ殺してやるよ……!!」

 ヴォルフの声など耳に入らない様子で、ハリマオは憑りつかれた様に大鉈を振るう。闇雲に攻撃を仕掛けてくる彼にあわれみの感情すら湧いてきたが、オリビアの事が脳裏によぎり、その思いをかき消していった。

「お前じゃ俺には勝てない。俺を殺すために鍛えたって言ってたっけか? どうせ、格下の相手をぶちのめして満足してたんだろ? ……それじゃあ化け物相手に血反吐ちへど吐いて強くなった俺の相手にはなんねぇよっ!!」

 渾身の右ストレートがハリマオの頬に炸裂する。後ろに吹き飛んだハリマオは立ち上がりながら、口から流れる血を拭い、憎々し気にヴォルフを睨みつけた。

「その化け物っていうのはあの男の事か?」

「……カシラは俺以上にボコボコにされてんよ。その人は今頃、どっかのオンボロ屋敷で掃除でもしてるだろうよ」

「……はっ! それを聞いて安心したぜ! 死にぞこないのてめぇらを殺したら、その化け物が来る前にこんな場所からおさらばしてやるよっ!!」

 ハリマオは最後の力を振り絞り、大鉈を振り上げる。そして、ヴォルフの脳天目掛けて勢いよく振り下ろした。それを左足で難なく受け止めると、ヴォルフは右足で地面を蹴り、回転しながら呆気にとられているハリマオを容赦なく蹴り飛ばす。

「げはっ!!」

 防御する暇などなく、まともにヴォルフの蹴りを受けたハリマオは、無様に地面を転がっていった。奇麗に着地したヴォルフは、遠くでうずくまっているハリマオの方へと歩いていく。

「ま、待てっ!!」

 ゆっくりと近づいてくるヴォルフに、ハリマオは血を流しながら片手をあげて制した。だが。ヴォルフの歩みは止まらない。

「待てって言ってるだろ!! こ、こいつがどうなってもいいのか!?」

 そう言って立ち上がりながら懐から取り出したのは、綺麗な青い石。クリムトの村から強奪した賢者の石だ。ピクっと眉を動かしたヴォルフを見て、ハリマオの顔に笑みが浮かぶ。

「欲しいよなぁ……なんたってこいつは死人を蘇らせるっていう代物だ……!! あの女に会いたいと思ってるお前は、喉から手が出るくらいに手に入れたいと思ってるはず!!」

 見せびらかすようにハリマオは賢者の石を前に突き出した。だが、ヴォルフの足は進み続ける。

「こいつが欲しいんならその場で土下座しろっ!! そして、俺に懇願こんがんしろっ!! 賢者の石を譲ってくださいってなっ!! さもなくば、この石を崖から投げ捨てるぞっ!!」

 その言葉に立ち止まるヴォルフを見て、ハリマオの笑みが益々深まった。ヴォルフは目を細めて下卑たように笑うかつての仲間を見つめる。そして、呆れたように小さく首を左右に振った。

「……お前が根っから腐ってて助かったよ。これで俺は何の憂いもなくお前を殺せる」

「…………へ?」

 ハリマオが言葉の意味を理解するよりも素早く懐に潜り込み、魔力を練り上げる。

「ゆっくり眠れ、兄弟。……"大口径マグナム"」

 そう囁くと、ヴォルフはハリマオの持っている賢者の石ごと、濃密な魔力が込められた右手で彼の身体を貫いた。

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