3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第110話 ファルの思い

 睨み合う両者の間に生暖かい風が吹く。片や第零騎士団の鎧をまとい、素性を知られぬよう仮面で顔を隠した二人。もう一方は普段着もいい所の格好。だが、その眼光は猛禽類もうきんるいのように鋭い。かわたれ時が近づく中、まだ夜の闇が辺りを包み込んでいるというのに、その金髪は太陽のようにきらめいていた。

「……やっと捕まえたよ、ヴォルにい

 感情を抑え込んだ静かな声でそう呟くと、ファルは一歩踏み出そうとする。だが、その身体を隣にいるレイが腕を伸ばし遮った。

「……ボス?」

 ファルが怪訝な表情を浮かべ、レイの方へと視線を向ける。その声には答えず、レイは真剣な目でヴォルフの方を見ていた。
 ここに来るまで、レイはヴォルフの相手をファルにさせるつもりでいた。今回の件で一番心を痛めていたのは間違いなく彼女だ。だから、ヴォルフに灸を据える役はファルが適任だとそう思っていた。
 この場に立ち、ヴォルフの姿を見るまでは。
 身体に充満した気から、ヴォルフが自分達と本気でやり合うつもりであることを察したレイは、ファルでは荷が重いと判断する。彼女ではヴォルフを痛めつけることはできても、殺すことはできない。

「いやー、こんな所で会うなんて奇遇っすね」

 いつもと変わらぬ軽い口調。だというのに、声の端々はしばしから敵意のようなものを感じる。

「あれ? ファルは少し痩せたか? ダメだぞー、若いうちはダイエットなんて。体型を気にするのはもう少し大人の女になってからで十分だろ」

「…………」

「カシラの方は何も変わらないっすね。何事にも興味なさそうで、女が寄り付かなそうな無愛想なつらしてて……それで、相も変わらず痺れるような殺気だ」

 楽しげに笑いながらも、ヴォルフの目は一切笑っていない。それを見据えるレイの目には光すら宿っていなかった。

「僕との約束、忘れたわけじゃないよね?」

 業務連絡をするような淡々とした調子でレイが尋ねる。その言葉を聞いたファルがピクッと反応した。

「まだ物忘れが酷くなるような歳じゃないっすよ」

「という事は、覚えていながらそっち側につくって事でいいんだね?」

 レイからの最後通告。すがるような目でファルがヴォルフを見つめる。今ならまだ間に合う。ベアトリスから話を聞いた限り、ヴォルフは騎士団と揉めただけで山賊行為に手を貸していたわけではない。それならば、山賊に戻らない、というレイとの約束を破ったことにはならないはずだ。彼が否定さえしてくれれば──。

「ここに立ってあんたらと相対してるってことが、それの答えじゃないっすか?」

 だが、そんなファルの淡い期待は簡単に打ち砕かれる。無慈悲なヴォルフの言葉を聞いた瞬間、ファルの顔がぐにゃりと歪んだ。それに対し、レイの表情は一切変わらない。

「なら、僕がやることは決まったね。約束一つ守れない悪い子はお仕置きしないと」

「意外と教育熱心なんすね。いいパパになれるかもしれませんよ?」

 軽口を叩きつつも、ヴォルフの纏う空気が一変した。獣の様に猛々しい気を放つ彼をレイは静かに見つめながら、腰に差している干将かんしょう莫邪ばくやにスッと手を伸ばす。

「待って! ボス!!」

 そんなレイの前にファルが両手を広げ立ちふさがった。

「……ファル」

「わかってる!! わかってるけど……!! 少しだけ時間を頂戴っ!!」

 ファルの叫びは助けを求める悲鳴にも聞こえた。こちらを一心に見つめる彼女の目を黙って見つめ返していたレイだったが、小さくため息を吐きつつ愛刀から手を引く。

「……ありがとう」

 か細い声でお礼を言うと、ファルは表情を引き締め、ヴォルフの方へと向き直った。

「どうしたファル? そんなに怖い顔しちゃって」

「……ヴォル兄、あたしの言いたいこと分かるよね?」

 ヴォルフの柔らかい声とは異なるファルの硬質な声。普段の明るく、活発な彼女からはおおよそ想像もつかない一切の感情を排した声音。だが、それを聞いてもなお、ヴォルフにはまだ笑みを浮かべる余裕がある。

「さぁ、よくわからねぇな。……つーか、そういう回りくどい言い方は姉の専売特許だろ? 言いたい事をズケズケ言うお前らしくもない」

「そうだね。じゃあ、はっきり言わせてもらうよ。……今すぐあたしに殴られろ」

「……はっ?」

 予想外の言葉にきょとんとした表情を浮かべるヴォルフ。後ろにいるレイも僅かに眉をひそめた。

「本気で殴るつもりだから無事に、とはいかないだろうけどね。その後で、ボスに土下座しよう。……大丈夫、あたしも一緒に謝ってあげるから」

「……なるほど、そういう事か」

 ファルの言わんとしていることを理解したヴォルフは手を口元に当て、クックックッと愉快そうな笑いを漏らす。今回の件における粛清しゅくせいをレイではなく自分が執り行えば、二人が殺し合わなくても済む、と彼女は考えているのだろう。

「そいつは中々魅力的な提案だけどよ、ごめんなさいして許されるような問題でもねぇだろ?」

「あたし達のボスは意外と優しいから、誠心誠意頭を下げれば許してくれるって」

 苦笑いしながらヴォルフは言うが、ファルは一歩も引くそぶりを見せない。当の本人は何も言わずに二人のやり取りを眺めていた。

「それは甘いぜ、ファル。カシラが優しいのは身内に対してだ。裏切り者は身内とは言えない」

「ヴォル兄は身内だよ。あたし達第零騎士団はみんな家族なんだから」

 一瞬、ヴォルフが言葉に詰まる。本当の家族に恵まれなかったファルの重みのある台詞。同じく家族に苦い思い出のあるヴォルフに響かないわけがない。

「……そう言ってくれるのは嬉しいけどな。もう引き返せない所まで来ちまってんだよ」

「どうして? まだヴォル兄は女王様に反してないよ?  だから、まだあたし達の敵じゃない」

「そんなの時間の問題だろ? 現に俺は女王にとって害になる山賊の味方をしちまってるんだぞ?」

「そんなことない。昔の友達を助けているだけなんでしょ? 女王様だってわかってくれるはず」

「ばーか。それこそ甘いんだよ。一国の王であるあの人が、山賊に加担した俺を側に置いておくはずがない。まぁ、そもそもの話、俺なんかを零騎士にスカウトしたのが間違いだったんだけどな。本当にあの人は器が広いっつーか、怖いもの知らずって言うか──」

「──そんなに会いたい人がいるの?」

 その一言でヴォルフから笑みが消える。それを見たファルの顔に僅かな悲しみの色が浮かんだ。

「……聞いたよ。山賊達が盗んでいったもの。賢者の石でしょ? ……死んじゃった人がもう一度生き返ることができるっていう奇跡の石」

「…………」

 ヴォルフは真顔でファルの話を聞きながらポケットから煙草を取り出し、火をつける。

「ボスからも聞いた。ヴォル兄が大切な人を失ったってことも」

「…………」

「あたしは今まで生きて来てそんな経験ないからさ……辛さとかよくわからないんだよね。零騎士に入るまでは大切な人なんてお姉ちゃんくらいしかいなかったし」

 えへへ、と眉を下げながら笑うファル。そんな彼女をヴォルフは何も言わずに見つめていた。

「でもね、あたしにも他に大切な人ができたんだよ? いつも仏頂面なのにこんなあたしを本当の妹みたいに優しくしてくれる人や、からかわれてばっかりなのに、その度にあたしを笑顔にしてくれる人」

 胸に手を当て目を閉じると、少し笑いながら顔を伏せる。

「……そんな大切な二人が今あたしの目の前で争おうとしている。そんなの絶対に嫌だ……!!」

 そして、ゆっくり目を開き、力強く顔を上げヴォルフを見た。

「お願い! ヴォル兄!! あたし達のもとに帰って来て!!」

 ファルの魂の叫び。痛いほど思いが詰まっている言葉。それを受けてなお、ヴォルフは無表情のままファルを見ていた。
 静寂が流れる。その中でヴォルフは空を見ながらゆっくりと口から煙を吐き出し、そして、ファルの方へ目を向ける。

「……言いたいことはそれだけか?」

 その口から出てきたのは絶対零度のそれだった。今まで一度も聞いたことのない声に、ファルは思わずたじろいでしまう。

「家族ごっこに飽き足らず、自分が嫌だから帰ってきてだぁ? まるでガキだな」

「……え?」

 言葉の意味がまるで理解できなかったファルが気の抜けた声を上げる。だが、ヴォルフの表情は相変わらず厳しいままだった。

「さっさと帰って大好きなお姉ちゃんに構ってもらえ。ガキの出る幕じゃねぇんだよ」

 怨敵を見るような視線に一瞬怯むファルだったが、涙が出そうになるのを必死に堪え、ヴォルフに向かっていく。

「なんて言われようとあたしの気持ちは変わらないよ!! ヴォル兄が戻ってくるまで……!!」

「ファル」

 そんな彼女を止めたのは、黙って成り行きを見ていたレイだった。ファルは怯えたように振り返り、レイの顔を見る。

「この先にヴォルフが滅ぼした村がある。恐らくそこが山賊のアジトだろう」

「ボ、ボス……?」

「先に行って掃除しといて。少しでも第六騎士団に借りを返しておかないとね」

 死刑宣告を受けたかのようにファルの顔に絶望が広がった。それでも諦めきれない彼女は震える足でレイの方にすがり寄る。

「……ボス……あたしは……!!」

「これは第零騎士団筆頭からの命令だ。背くことは許さない」

 そんなファルの気持ちを知りながらも、レイは機械的な声できっぱりと言い放つ。しばし茫然と立ち尽くしていたファルだったが、顔を下に向けるとおもむろに走り出した。その背中に優しい眼差しを向けていたヴォルフが、表情を真剣なものにし、レイに向き直る。

「さて……邪魔者もいなくなったところで、そろそろおっぱじめようか?」

「……はぁ」

 そんなヴォルフを見て、レイはこれ見よがしにため息を吐いた。

「女性の扱いに関しては天下一品と自称していた男が、あんな言い方でしか女性を追い払えないなんて呆れて物が言えないね」

「……あれ以上話してたら口説かれそうだったんでな」

 そう言いながら、ヴォルフは懐から籠手こてのようなものを取り出し、手に装着した。それを見たレイの瞳がスッと細まる。

「……本気なんだね?」

「あぁ……あんた相手に手を抜いたら、一瞬でお陀仏だからな」

「……そう」

 少しだけ思案気な表情を浮かべたレイだったが、すぐにいつもの表情に戻り、躊躇ちゅうちょなく干将・莫邪を抜いた。その身体からほとばしる野獣のような闘気を当てられたヴォルフが静かに口角を上げる。

「……行くぞ、レイ。 手加減して死んじまっても、文句なんか言わせねぇからなぁ!!」

「……それはこっちのセリフだよ!」

 しっかりと相手を見据えながら、二匹の獣が同時に地面を蹴った。

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