3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第105話 晴天の霹靂

 たかだか山賊退治の現場にまさか天下の副団長が出張ってくるとは思いもしなかった。百歩譲って王都で待機しているであろう団長であるジルベールの代わりに責任者としてクリムトの街まで来るのは分かる。でも、副団長まで上り詰めたら、ちんけな現場仕事なんて部下に任せるだろ、普通。……いや、ないか。うちの筆頭も自ら率先してやるタイプだった。そんなレイと同族であるこのシアン・バルセロナが部下に任せて大人しくしてるわけがねぇか。

「他の山賊はどうしたんだ?」

 俺を取り囲む騎士の一人に、シアンが軽い口調で尋ねた。問われた騎士は目で仲間に助けを求めるが叶わず。仕方なく気まずそうな面持ちでシアンに向き直った。

「も、申し訳ございません! お面をつけた珍妙な男に苦戦を強いられ、他の山賊まで対処しきれませんでした!」

 珍妙な男って間違いなく俺のことだよな。もうちょっと言い方があるんじゃねぇの?
 部下の言葉を聞いたシアンは自分の口元に手をやり、俺を見ながら何やら考え事を始めた。いや、そんなことよりまずいことがある。シアンの隣にいるベアトリス・ハプスブルクがめちゃくちゃ俺の事を凝視してるんだよな。しかも、敵を睨みつけるっていうか、いるはずのない人間を見て自分の目を疑っているような感じ。
 綺麗な女性から見つめられるのは嬉しいだけだと思っていたけど、そんなことなかったわ。ぶっちゃけシアンに関してはそんなに絡んだことがないから、ばれる危険性は低いだろうけど、何度か冗談半分で口説いたことのあるベアトリスはやばい。こりゃ、さっさととんずらこかないと、確実に面倒くさい事になる。

「……ベアトリス、お前は部下を引き連れ逃げた山賊共を追え」

「副団長、あの男は」

「奴の相手は俺がする」

 ベアトリスの言葉を遮りながら告げると同時に、シアンの身体から雷がほとばしった。第六騎士団副団長、シアン・バルセロナ。またの名を‘雷帝’。久しぶりに雲一つない空だっていうのに、雷なんて落とすんじゃねぇよ。

「実力の知れない敵……だが、手練てだれであることは間違いない。ここは俺が出るのが一番被害を抑えられるだろう」

「……本音は?」

「あんな面白そうな相手、他の奴に譲るわけがない」

 猛獣のように目をぎらつかせながら答える上司を見て、ベアトリスは頭をおさえてため息を吐く。相変わらず'雷帝'の旦那はバトルジャンキーだな。こういう所はカシラと似てない……いや、そんな事もねぇか。鍛錬をしている時とかあんな顔してんな。

「そうなってしまったあなたに何を言っても無駄なことはわかっているので、私は命令通り他の山賊を追います」

「そっちはまかせた」

 なかばあきれ顔でベアトリスが部下を連れて去っていく。いつもなら可憐な華がいなくなるこの状況を嘆き悲しむところなんだが、今は感謝しかねぇ。これなら正体を隠したままこの場をしのげるかもしれねぇぞ。

「さて、と……」

 有能な部下の姿が見えなくなったところで、シアンが静かに口を開いた。

「俺の部下達がこれだけやられているんだ、手加減は必要ないな? あぁいや、答えなくていい。どうせ声を出す気がないんだろ?」

 どうやって出し抜くか考えていた俺にシアンが軽い口調で話しかけてきた。あれ? もしかしてこれって……。

「それにしても趣味の悪いお面だな。貴様にはもっとお似合いのがあっただろ? そうだな、例えば……狼のお面なんかどうだ?」

 バレてるね、こりゃ。完全にバレてる。

 舌打ちしたいのを我慢して、俺はシアンの動きに備える。本当は嫌味の一つでも言ってやりたいが、奴から溢れ出る魔力がそれを許してはくれない。

「お手並み拝見と行こうか……'界雷かいらい'」

 シアンが魔法を唱えた瞬間、凄まじい稲光が発生した。咄嗟に横へと身体を向けた俺は腕を交差させる。間髪入れずに襲い掛かってくるのは、バチバチッと雷をたぎらせたシアンの拳。

「'界雷'で強化した副団長の攻撃を防いだだと!?」

「雷を身に宿し、光速を越えた副団長の攻撃を!?」

 おうおう、ギャラリーが湧いてやがる。こちとらただのパンチを受け止めるだけで必死だっていうのによ。

「……別に驚くことではない。この男なら、な!!」

 流れるような連打。いかずちのように鋭い突きなんてたとえはあるが、こいつの場合は本当に雷を纏ってやがるからな。しゃれにならねぇよ。

「どうした? 防戦一方じゃないか」

 受け流すのに精一杯な俺に対し、シアンは余裕綽々なご様子。くそが……武器か魔法が使えれば太刀打ちできると思うけど、生憎どっちもこんな茶番劇でお披露目するほど安いもんじゃねぇんだよ。

 それにしても……。

 俺は間一髪のところでシアンの拳を躱しながら、その腰に下げられている剣に目をやる。かすったせいで髪が焦げるような匂いが鼻をついたが、そんな事は関係ない。
 シアン・バルセロナ。レベルⅤという最高峰の魔力位階を持つ男。だが、こいつの真価は魔法だけではない。騎士団でもトップクラスとうたわれるほどの剣の使い手であるジルベール・バーデンからその全てを引き継いでいるんだ。
 そんなシアンが剣を使わずに素手で俺に殴りかかって来てる。これが意味するところ……要するに舐められてるってわけだ。
 いやー俺も全力で挑んでないから人のこと言えないんだけどさ。嫌いなんだわ、舐められるの。

「むっ!?」

 俺の動きが変わったことを感じたのか、シアンの表情が僅かに厳しいものになった。確かに速ぇよ。つーか、速すぎてうっすらとしか姿が見えねぇ。魔法で強化してるんだから当たり前だけど、うちのカシラとは比べものにならないくらいにな。……自分じゃ魔法が使えないくせに、素の状態であそこまで素早く動けるあの人も大概だけど。
 でもまぁ、そんなに一辺倒いっぺんとうな攻撃じゃ流石に目も慣れてくるって話だ。俺は動きを予測しつつ、右足を思いっきり振りぬいた。

「ぬぅ……中々に強烈だ」

 俺の蹴りがクリーンヒットし、シアンの身体を吹き飛ばす。奴は寸でのところで身体を腕でかばったらしく、大したダメージを受けずにくるりと一回転して後方へと下がった。俺はその場でトントンと小さく飛びながら、相手の出方をうかがう。

「魔法を使わずにここまでやるのだから驚嘆に値する。レベルⅤの魔法師はそれにかまけて鍛錬をおろそかにする者が少なくないというのに、基礎戦闘能力も相当に高いというわけか。山賊などにくみしていなければ、俺の騎士団に勧誘していたところだぞ?」

 にやりと笑みを浮かべるシアンを見て、思わずお面の下の顔を歪めた。俺の正体に気が付いていながらのこの発言。こういうところもカシラと似てて嫌になるぜ、まったく。

「と、まぁ……貴様とこのままたわむれていたいのは山々なのだがな。あまり度が過ぎると、口うるさい部下に怒られてしまう」

 そう言うと、シアンは静かに自分の剣へと手を伸ばす。ここからが正念場って事か。こいつがあの剣を抜いて戦っているところなんて、カシラとのじゃれあいでしか見たことがねぇ。ただ、半端なく強いって事だけは自信を持って言える。

「悪いが身柄を拘束する。そして、どんな悪だくみをしているのか、じっくりと話を聞かせてもらおうか?」

 この口ぶり、シアンは俺が零騎士の任務で動いてると思ってんのか。なら、なおさら捕まるわけにはいかねぇな。自分達に迷惑かけるな、ってカシラから大目玉食らっちまうぜ。
 そんな事を考えながら俺は魔力を練り上げる。使うつもりなんてなかったけど、そうも言ってられなくなってきたからな。出し惜しみなんてしてたら一瞬で負ける。それほどに今のシアンは威圧感に満ちていた。

「行くぞ……失望させるなよ……!?」

「"弾丸バレット"!!」

 剣を抜き、こちらに向かって来ようとしているシアンに向けて俺が魔法を放った瞬間、シアンと俺の間に突然二人の人物が割って入ってきた。そのうちの一人が俺の魔法に自分の掌を静かに向ける。

「"削減リデュース"」

 呆気なく消える俺の魔法。俺は茫然と現れた二人に目を向けた。同じ黒い鎧に身を包み、一人はからすを模した仮面を、もう一人は赤い蝶の仮面をそれぞれ顔につけている。一瞬にして俺の身体から冷や汗が噴き出した。

 鴉の仮面をつけた男がゆっくりとあたりを見回す。呆気に取られている第六騎士団の面々に目をやり、お面で見えないだろうけど盛大に顔を引きつらせている俺を一瞥し、射殺すように自分を睨んでいるシアンに向き直った。

「……悪いけど、この獲物は僕達のだから」

 この緊迫した場に似つかわしくない軽い口調。シアンの視線を物ともせず、悠然と構えている男に対し、蝶の仮面をつけた少女は微動だにせず、片時も目を離さないでこちらを見ている。そんな少女を見て、俺は思った。

 あー……俺、死ぬかも。

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