3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第101話 同類の匂い

 今日初めて出会ったのだから仕方のないことなのだが、ヴォルフという男がどんな人物なのかレイはまるで知らない。ただ、仲間の山賊への態度を見る限り、義理や人情が全くないとは思えなかった。そんな男が自分の育った村を襲うとはどうにも腑に落ちない。

「自分の両親も手にかけたってこと?」

「あぁ? ……そうだよ。この力を見た途端、実の息子を化け物扱いして、村から追い出した親のかがみともいえるあいつらを、天国へと招待してやったんだ。これ以上ないくらいに親孝行者だろ?」

「化け物……」

 なぜかレイの心がずきりと痛む。どうやら遠い過去の日の自分を投影してしまったようだ。自分の場合は化け物ではなく無能のレッテルを貼られたのだが、それこそ大差ないだろう。

「それが村を滅ぼした理由?」

「んなわけねぇだ、ろ!」

 ヴォルフが鼻で笑い飛ばしながら拳を前に突き出した。

「別にあんな奴らになんて呼ばれようが俺には関係ねぇよ。それこそ村から追い出してくれて礼を言いたかったくらいだ」

「だったらなんで?」

「……知りたがりは嫌われるぞ? それに俺がどんな理由で村を滅ぼそうがお前には関係ないだろうが!」

 ヴォルフの右手がレイの胴を捉える。だが、手ごたえはなし。威力を減衰させるため瞬時に後方へと飛んだレイにダメージは入っていなかった。ヴォルフはそのまま休むことなく、追撃を加えていく。

「なんで村を滅ぼしたの?」

「……こだわるじゃねぇか。そんなに知りたいのか?」

「うん、知りたい」

 自分の猛攻を華麗にさばきながら、変わらぬ口調で尋ねてくるレイに、ヴォルフは顔をしかめて舌打ちをした。

「……命よりも大事な女を奪われたからだよ!」

 渾身こんしんの上段蹴りがレイに炸裂する。ガードした腕がミシミシと嫌な音を上げ、そのまま後方へと吹き飛ばされた。

「くだらねぇ理由だと思っただろ? お前みたいなガキんちょにはわからねぇだろうな。だがな……俺には命を賭しても守りたい女がいたんだよ……それをあいつらは薄汚い手で奪っていきやがったんだ……!!」

 激しい怒りを押し込めたような声。体勢を立て直しつつそれを聞きながらレイは僅かに眉を落とす。命を賭してでも守りたい女性がいる自分には、痛いほどヴォルフの気持ちが理解できた。仮にデボラの命が奪われようものなら、その相手をレイは地獄の果てまで追いかけ、全てを無に帰すだろう。

 だが、そうはならない。

 レイは頭の中でリミッターを解除する。ヴォルフがいくら強くても所詮は喧嘩のやり方しか知らない素人。才能にまかせて戦う男に、みっちりと鍛えられたレイが本気を出せば後れを取ることはない。

「なるほど。ありがとう、すっきりしたよ。…………でもね?」

 使い物にならなくなった左腕をだらんとさせながら、一瞬にしてヴォルフの懐に飛び込む。目を見開かせたヴォルフはすぐさま迎撃しようとするが、レイに足を絡めとられ、その場でバランスを崩した。

「命を賭して守りたい女がいたのなら死ぬ気で守れ。他人に奪われた時点であんたの負けだ」

「なっ……!!」

 驚きの表情のまま地面に倒れたヴォルフ。そんな彼の上に馬乗りになったレイが亀裂模様の入った干将を喉元に押し付ける。

「…………へっ」

 自分の命を奪い取る寸前の黒刀に目をやりながら、ヴォルフは諦めたように笑った。

「'金狼'が聞いて呆れるぜ。まさかこんなガキに手だけじゃなく、口でも負けちまうとはな」

「気持ちはわからないでもないけどね。でも、そもそもの話、奪われないようにするのが筋でしょ?」

「本当手厳しいな、おい……耳が痛いぜ」

 ヴォルフは少しだけ寂し気な笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと目を閉じる。

「……あいつらに首輪をつけたら出来るだけ優しくしてやってくれよ? 悪い山賊を追っ払って感謝されたことだってあんだからよ」

「ん? それは素直に仲間の居場所を吐いてくれるって事かな?」

「ばーか。んなことするかよ。俺を殺した後、頑張って探せって話だ。それくらいの意趣返しはさせてもらわねぇとな?」

 からかうような口調で告げるヴォルフの顔をレイが静かに見つめていた。恐らく、この状況で彼は自分が助かるとは思っていないのだろう。それでも、自分の思っていた通り、見苦しく命乞いなんてしてこない。
 レイは静かに剣を引くと、ヴォルフの上からどいた。すぐにでも殺されると思っていたヴォルフは怪訝な表情をレイに向ける。

「……なんの真似だ?」

「こういうのはどう?」

 ヴォルフの問いかけには答えず、レイは干将・莫邪を腰へと戻した。

「今すぐに山賊なんて止めて、あんたは僕の仲間になる。他の連中は今後二度と山賊として活動はしない。'山賊潰しの山賊'なんて初めから存在しなかった」

「はぁ!?」

 ガバッと起き上がりながら、ヴォルフがありえないといった顔でレイを見る。対するレイはいたって涼しい顔をしていた。

「正気かお前!? つーか、山賊をなかったことになんてできねぇだろ!?」

「僕には無理だね。でも、僕の雇い主なら可能だと思うよ?」

 レイの上についているのは何を隠そうこの国の女王。山賊の一つや二つ、事実を捻り潰すくらいわけないはずだ。
 開いた口が塞がらないといった顔をしているヴォルフを見て、レイが小さく息を吐く。

「あんたみたいな男を野放しにしておくよりも、手元に置いておいた方が安心するって思っただけだよ。別にそれ以上の深い理由なんてない」

「……それなら今ここで殺しちまった方が早いだろうが。元々そのつもりだったんだろ?」

 ヴォルフの言葉にレイは閉口した。はっきり言って彼の言うとおりである。元より、レイはヴォルフがどんな男であろうと始末するつもりであった。それなのにどういうわけか、今はこの男を第零騎士団の一員に据えようとしている。自分で自分が何をしたいのかよくわからない。

「……とにかく僕の提案はそれだから。もし、拒否するようなら、命令通り'金狼'を始末して、他はしょっぴいていくだけだね。その後のことは僕のあずかり知るところじゃない」

 レイがきっぱり言い切ると、ヴォルフはその端正な顔をわかりやすく歪めた。

「……そう言われてもそう簡単に信用できねぇだろ? 俺がおたくの下につくだけで他の奴らは無罪放免だなんて……虫が良すぎる話には裏がつきものだってことくらい学のねぇ俺でも知ってる」

「…………」

「それこそ、今まで殴り合ってた相手を、だ。納得できる理由が欲しいって思うのが人情だと思うけどな」

 ヴォルフが真剣な顔でレイを見つめる。その目は適当な方便など許しはしない、と雄弁に語っていた。レイはしばらく黙ってヴォルフを見ていたが、盛大にため息を吐くと小さく首を左右に振る。

「……納得できる理由が欲しいのは僕の方だよ。なんでこんな提案をしているのか自分でもわかってないんだから」

「へぇ?」

 興味深げな視線を向けるヴォルフから顔を逸らし、レイは決まりの悪そうな表情で自分の頬をポリポリと掻く。

「まぁ、しいて理由を挙げるとしたら匂い、かな?」

「匂い?」

「うん。ヴォルフと僕、なんとなく同じ匂いがした」

 レイの言葉を聞いたヴォルフが目をぱちくりとまたたいた。そして、唐突に吹き出したと思えば、たかが外れたかのように笑い始める。

「……面白いことを言った覚えはないけど?」

「いやー、悪い悪い」

 レイが不機嫌そうに言うと、目じりに溜まった涙をぬぐいながらヴォルフが立ち上がった。

「あんたが山賊達あのバカ共を本当に見逃してくれるって言うなら、俺はその話に乗るしかねぇよなぁ」

「納得してもらえたのかな?」

「あぁ。あれこれ言葉を並べられるより、よっぽど刺激的な口説き文句だったぜ? どのみち俺が勝てないんじゃ、あいつらだと逆立ちしたってお前にゃ勝てねぇ。……おっと、これから上司になる男をお前呼ばわりは失礼だよな。悪い、あんまり育ちがいい方じゃねぇんだ」

「別に僕は上司になるつもりはないんだけどね。……名前はレイだよ」

「レイ、ね……これからよろしくっす、カシラ」

「名前を教えた意味……それに、随分とまぁ切り替えが早いね」

 なぜか楽しそうにしているヴォルフをレイは呆れた顔で見つめる。

「なーに、カシラの事が気に入っちまっただけっすよ」

「……まぁ、なんでもいいけどね。それよりも早く他の山賊の所に連れてって。山賊なんてさっさと辞めてもらわないと仕事が増える」

 そう言うとレイは背を向けて歩き始めた。ヴォルフはその背中をジッと見つめる。

「──なぁ、カシラ?」

 そして、静かに声をかけた。

「なに?」

 レイは足を止め顔だけヴォルフの方へと向ける。

「もし、あいつらがもう一度山賊を始めたらどうする?」

 ヴォルフの声は真剣そのものだった。その質問の意図が読み取れず眉を顰めたレイだったが、これ見よがしにため息を吐く。

「聞く必要のないことだよね、それ。一度忠告したんだ、二度目は」

「それで、もし俺があいつらの味方をしたとしたら?」

 レイの言葉を遮るようにしてヴォルフは言った。少しだけ黙ったレイがヴォルフの顔を見ながらゆっくりと口を開く。

「ヴォルフが僕の仲間になって、他の人達はもう二度と山賊家業には戻らないっていうのが条件だ。……それを違えれば排除するだけだよ。例えそれが仲間に引き入れた男だとしてもね」

「……なるほどな」

 ヴォルフは小さく笑いながらポケットから煙草を取り出し、口にくわえた。

「こりゃ、ちゃんとあいつらを説得しねぇとな。約束を破ったら恐ろしい地獄への案内人がお前らの所にやって来るってよ」

「その辺は任せるよ。あんまり説明が得意じゃないからね」

「あれ? もしかしてカシラはコミュ障っすか?」

「必要のないコミュニケーションは取りたくないだけだよ」

 吐き捨てるように告げ、レイは再び歩き始める。ヴォルフも煙草に火をつけると、ポケットに手を突っ込みながらその隣についた。

「くくっ……これから面白くなりそうだ」

 その呟きはレイの耳にしっかり届いていたが、特に反応を示すことはない。ヴォルフも特に気にした素振りはなく、紫煙をくゆらせながら、黒い鎧に身を包み、鴉の仮面をつけた男の横をのんびり歩いていった。

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