3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第100話 特異体質

 水波模様と亀裂模様が美しく刻まれている黒い双剣が眼前まで迫る。ヴォルフはその動きをしっかりと見据えながら身体を捻り、寸でのところで回避した。だが、単に避けるだけではない。流れるようにレイの顔面へとおのが拳を突き出す。

「避けながら反撃までしてくるとは」

 矢の様に鋭いヴォルフの拳をさらりと躱したレイが称賛の声を上げた。ヴォルフは空を切った拳を止めることなく、そのまま勢いに任せて身体を半回転させ、レイ目掛けて斜め上からかかとを落とす。

「恐ろしく無駄がない動きだね」

「お前に言われたくねぇっつ-の」

 なんの焦りもなく必要最低限度の動きで自分の攻撃をすり抜ける相手に、ヴォルフは顔をしかめて舌打ちした。もはや、目の前にいる男がこれまで相手にしてきた有象無象うぞうむぞうとはまるで違う、ということは疑いようがない。少年と呼んでも何の違和感もないような男が、だ。

「……今時のガキは恐ろしいわ」

「そういう発言は歳を感じるから止めた方がいいよ?」

「ばーか。若さを羨むほど歳くってねぇよ」

 まるでコーヒーでも飲みながら会話をしているようなゆったり感。実際は無呼吸運動で繰り出されるヴォルフの連撃を、レイが機敏な動きで躱しているという、おおよそ軽い口ぶりとは相反する状況。

「戦い慣れしすぎだし、場数踏み過ぎなんだよお前。そんくらいの年頃ならもっと他にあるだろ? 恋とか青春とかよ」

「残念だけど、そういうのは品切れだったのさ」

 隙を狙ってレイが干将かんしょうを突き出す。その鋭い刺突を、ヴォルフは肘と膝で白羽取りをした。

「あーぁ、絶対お前は早く老けるわ。人生、もっと楽しく生きていこうぜ?」

「その楽しく生きるっていうのが人の奪ったものを奪ってえつに浸る事だったら御免被るね」

「……それは山賊俺達の事を言っているのか?」

 迫りくる莫邪ばくやを上体を反らし紙一重で躱しながらヴォルフが硬質な声で問いかける。剣を押さえていた肘と膝を離し、そのままレイに回し蹴りを放った。咄嗟に腕で身体をかばったレイは空中で一回転しつつ、地面へと華麗に着地する。

「確かに褒められた役じゃねぇのは重々承知だが……これでも多少は役に立ってるんだぜ? それこそ、そのへんにいる悪党を野放しにして、汗水たらして自己鍛錬に励んでいるご立派な騎士様達に比べたらな?」

「……それに関しては本当に耳が痛いね」

 レイは肩をすくめてため息を吐いた。そんなレイを見て、ヴォルフは意外そうな表情を浮かべる。

「なんだ? 騎士様だったのか? ……そんなわけねぇよな? 市民の羨望せんぼうを一身に受ける人気者が、こんな物騒な空気をまとってるはずがないもんな」

「あんな太陽達と一緒にしないで欲しい。僕はいいとこ、遠く見える月に憧れを抱きながら必死にゴミをむさぼる哀れなからすってところだね」

「……へー? 詩的なことも言えるじゃねぇか。モテるぜ? そういうの。可愛い子、紹介してやろうか?」

「山賊に女性を紹介してもらうほど落ちぶれちゃいないよ」

 僅かに嫌悪感の混じったレイの声音にヴォルフはピクリと眉を動かした。

「随分と山賊を嫌っているようだな」

「別に山賊が特別嫌いってわけじゃないよ。僕が嫌いなのはこの国に害を及ぼす全てのものだね。……病原菌は排除するに限る」

 そう吐き捨てるように言うと、レイは獣のように襲い掛かる。一振り一振りが命を奪えるほどに研ぎ澄まされた斬撃。それを、ヴォルフは生まれもった感性だけで躱していった。

「魔法は使わなくていいの? 死んでから後悔したら流石に同情しちゃうよ」

 レイがヴォルフの右手の甲を見ながら言う。そこには最高級の魔力位階である『Ⅴ』の文字が刻まれていた。

「……そういう余裕綽々よゆうしゃくしゃくな態度が気に入らねぇな。これだから負けを知らない天才ってやつは」

「ご期待に沿えなくて申し訳ないけど、いつも負けてるよ。それこそ、目が覚めたら病院のベッドにいるのが当たり前なくらいボコボコにね」

「なるほど……化け物を育て上げたのはさらなる化け物ってわけね」

 レイの剣速がさらに加速する。’金狼’と恐れられるヴォルフも流石に躱しきることができず、身体に無数の切り傷が作られていった。

「くっ……!! 鬱陶うっとうしいぜ、まったく……!!」

「そろそろ降参してくれる気になった?」

「いや……リクエストに応えようと思ってなっ!!」

 野獣のように獰猛な笑みを浮かべるとともに、ヴォルフは一気に魔力を練り上げる。それを見たレイは双剣を振りつつ、彼が放つであろう魔法に備えた。

「"弾丸バレット"」

「なっ!?」

 レイが初めて驚きの声を上げる。ヴォルフの右手から超高速で放たれた魔法を奇跡的な反射神経で躱したレイは思わずその場で地面を蹴り、得体のしれない魔法を使ったヴォルフから距離を取った。

「今のは……なに?」

 小さい声で呟きながら後ろに目をやると、そこにはこぶし大の穴があいた木が静かに生えている。

「初見で避けるとは恐れ入ったぜ」

「速射魔法なの? それにしても魔力を練ってから放出するまでが早すぎる」

「さぁ? 俺はガッコの先生じゃねぇからな。手取り足取り優しく教えてやるってわけにはいかねぇんだよ」

 視線を木から戻しながらレイが尋ねると、再び魔力を充填させたヴォルフの手の甲が輝く。

「"機関銃マシンガン"!!」

 そして、間髪入れずに放たれる魔法。レイは慌てて横へと飛び退いた。だが、今度の魔法は先程の単発のものとは違い、いくつもの小さな球体が襲い掛かってくるため、レイは動き続けることを余儀なくされる。

「どうした? 近づかねぇと自慢の剣もただのお飾りになっちまうぞ?」

「……見たことのない属性魔法。厄介極まりないね」

 ヴォルフの右手の照準から逃れるように走りながら、レイは魔法を観察していた。僅かに青白く発光しながら硬貨くらいの大きさの球体が際限なくヴォルフの手から放たれている。驚くべきはその威力。先ほどの木もそうであったが、地面を抉るそれには無駄な破壊が一切ない。矢のように一点集中でありながら、矢よりもスピードが速い。

「ちっ……ちょこまかと動きやがるな。野ウサギだってもう少し大人しいぜ?」

生憎あいにく落ち着きはない方でね。常に動いていないと気が済まないんだ」

「そうかよ。……でも、そっちばかりに気を取られていいのか?」

 レイに右手を向けながらヴォルフは不敵な笑みを浮かべた。正体不明の魔法を避けることに集中していたレイは、そこで初めてヴォルフの左手に巨大な魔力が集まっていることに気が付く。

「もう遅いぜっ!!」

 ヴォルフはにやりと笑いながら右手を切ると、魔力が溜まり切った左手をレイへと向けた。

「"破壊砲キャノン"!!」

 そこから放たれたのは今までと同じ不可思議な魔法。だが、規模がまるで違う。人の身体を軽く飲み込むほどの巨大な球体が猛スピードでこちらに飛んできた。躱すのは不可能、瞬時にそう判断したレイは目の前まで迫っている魔法へ静かに自分の右手を重ねる。

「……"削減リデュース"」

 ささやくように紡がれた言葉。その瞬間、レイの前からヴォルフの魔法が消え去った。

「……は?」

「なるほどね。どんな魔法を使っているのかと思いきや、魔力を直接飛ばしてきているのか」

 目の前で起こったことがまるで理解できず唖然としているヴォルフをよそに、レイは自分の右手を見つめながら、身体に取り込んだ魔法の解析をする。

「魔法というのは魔力を'充填じゅうてん'し、その魔力を使って魔法を'構築'してから体外に'放出'する……この三ステップを経なければなり得ないというのに、'構築'をすっ飛ばしちゃってるんだね。道理で魔力を練ってから放出までが速いわけだ」

「……おいおい、まじか」

「普通の人間じゃ到底できない芸当だね。つまり、あんた#も__・__#特異体質ってことか」

 淡々と話すレイを見ているヴォルフのこめかみから冷たい汗が流れた。自分の魔法を躱すだけじゃなく、一瞬にして消し去る異能。それに加えて、特異な自分の魔法をあっけなく看破する洞察力。タダ者じゃないという認識はあったが、どうやらそれでは甘すぎたようだ。

「魔法を消しちまうなんて反則だろうが」

「正確には消したわけじゃないけどね。まぁ、なんでもいいよ」

「……あの連中も今のを見たら俺じゃなくて、お前の方を化け物って呼んだだろうな」

「あの連中?」

「俺が滅ぼしてやった村の奴らさ」

 ヴォルフがあっけらかんと言い放つと、レイの目がスッと細まる。

「そして、俺が生まれ育った村でもある」

「えっ?」

 初めて聞いた事実にレイは眉をひそめた。その声を耳にしてヴォルフは自嘲じみた笑みを浮かべる。

「なーんだ、知らなかったのか。てっきり調べがついているもんだとばっかり思ってたよ」

「どういうこと? あんたは自分が生まれ育った村を滅ぼしたってこと?」

「そうだよ。……別に驚くことじゃねぇだろう、よ!!」

 そう言うや否やヴォルフがレイに向かって行った。背水の陣、防御することなど頭から吹っ飛んだような攻め一辺倒いっぺんとうの構え。僅かに生まれた違和感を心に抱えながら、レイは冷静にそれを受け流していく。

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