3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第98話 出会い

 その男は突然現れた。

 最初に気づいたのは村の入り口近くで飲んでいた男だった。酒の飲みすぎで尿意を催した男は、用を足すため仲間達から少し離れた場所に移動し、今まさにズボンを下ろそうとした時、こちらに向かってくる人影に気が付いた。

「あぁん? なんだ?」

 ほろ酔い気分の男は眉をひそめて、こちらへと歩いてくる人物に目を凝らす。夜の闇に同化するような漆黒の鎧にからすを思わせる仮面。明らかに一般人とはかけ離れた姿。
 一瞬にして酔いが醒めた男は腰に携えていた手斧を抜き、こちらに近づいてくる者を睨みつけた。

「止まれ。何者だ、お前」

 男の言葉を素直に聞き入れ、仮面をつけた者はその場で立ち止まる。身体は大きくない、むしろ小柄な方だ。鎧も防御力よりも動きやすさを重視したものらしく、そのせいで身体の線が細いということが浮き彫りになっていた。

「……名乗るつもりはない。とりあえず、ヴォルフとかいう男を出してもらおうか?」

 仮面のせいで性別がよくわからなかったのだが、声を聞いて男だとわかる。その上、かなり若いように思えた。下手したら自分達の半分も生きていないのではないだろうか。そんな子供が夜更けにこんな辺鄙へんぴな村まで一人でやって来た。しかも、自分達の兄貴分に用があるとくれば、普通の客などではありえない。

「そんな男は知らねぇ。それより、悪いがお前を拘束させてもらう。大人しく──」

 言葉の途中で仮面の男の姿が視界から消えた。呆気にとられる山賊。その太い首を鎧をまとった腕が背後からがっちりと絞める。

「っ!? て、敵だっ!! がっ……!!」

 そのまま腕に力を込め、容赦なく男の意識を刈り取った。

「……まさか仲間に知らせる余裕があるとはね」

 自分の腕から崩れ落ちていく男を見ながらレイはため息を吐く。人間、驚くと意外に声は出せないもの。素早く背中に回り、意識を奪うまでに要した時間はほんの僅か。一般人であれば声も出せずに気絶するだろう。そういう意味で、今足元に倒れている男は優秀な門番だったといえる。

「やれやれ、これじゃ計画が台無しだよ」

 殺してはいけない、と女王から言われている以上、それを犯すことは許されない。そのため、誰にも気づかれないようにターゲットのもとまで行こうとしたのだが、予期せぬ遭遇のせいでそれも叶わなくなってしまった。

「敵はどこだ!?」

「あそこだっ!!」

「あいつらの仲間か!?」

 それまで楽しく酒を飲んでいた山賊達が武器を片手にこちらへ走ってくるのが見える。レイはうんざりしながらも、腰に差した剣を抜いた。それはレイが纏う鎧よりも更に黒い、亀裂模様と水波模様がそれぞれ入った双剣。第零騎士団の筆頭に就任した際にデボラ女王から賜った小刀、干将かんしょう莫邪ばくや
 レイは静かに息を吐き出し、顔から表情を消すと、干将・莫邪を構え駆け出した。そして、山賊達の間をするりするりと抜けていきながら、その身体を斬っていく。

「な、なんだこいつ!?」

「は、早く止めぐはっ!!」

 至極簡単な話だ。ここにいるのは自分以外すべて敵。ならば、視界に映った者はすべからく斬っても構わないということだ。強いて厄介な点を挙げるとするならば、致命傷とならないように浅く斬らねばならないという事だけ。

「くそがっ!!」

 振り下ろされたサーベルをひらりと躱し、レイは男の指を斬りつける。思わず武器を落とした男の腹部に問答無用で蹴りをお見舞いした。

「今だっ!!」

「殺せっ!!」

 他方に注意が向いている隙を突き、山賊達が一斉に襲い掛かってくる。彼は瞬時に周りを見渡し、スパイクの付いた金棒を振りかぶった男に目を留めた。それを恐怖のあまり動きが止まったと勘違いした男が凶暴な笑みを浮かべながら、金棒を振りぬく。レイはギリギリまでそれを引き付け、当たる寸でのところで、後方へと宙返りをした。結果、金棒が吹き飛ばしたのはレイに襲い掛かろうとしていた味方の山賊達だけ。

「なっ!?」

「手助けしてくれてありがとう」

 軽い口調で言いながら金棒男との距離を一瞬で詰めると、莫邪の柄頭を身体にめり込ませた。そのまま泡を吹いて倒れた金棒男から距離を取り、レイは今の状況を確認する。
 不意打ちのような形で倒した山賊が十数人ほど。そして、突然の襲撃者に慌てふためいていたが落ち着きを取り戻した山賊が三十人弱。その中で、中々に手強そうなスキンヘッドの男が一人。こういう場合、リーダーを先んじて沈黙させるようにとノーチェから教わっているレイはすぐさまそれを実行に移した。

「っ!? チィ!!」

 獣のように襲い掛かってくるレイを前に、クマは咄嗟に背中に携えてたバトルアックスを手に取り、身体の前に持ってくる。そして、迫りくる双牙を何とか弾き返し、威嚇するようにバトルアックスを身体の周りで回した。

「てめぇの相手はこの俺だ!! かかってこい! 仮面野郎!!」

 回転させた勢いのままクマはバトルアックスを振りぬく。それを避けつつ、レイは周囲の山賊に注意を払っていた。一人で多勢を相手にする時は常にその事を頭に入れておかなければならない。強敵に夢中になって、他の者から致命傷を受けたら元も子もないからだ。特に遠距離からの魔法の類は最大限に警戒する。幸い、この山賊達は魔法の習熟が甘いのか、それをやってくる者はいなかったが、なにも遠距離攻撃は魔法だけではない。
 クマが力任せに振り下ろしたバトルアックスが地面を抉る。それを足場にし、反転しながら跳躍すると、レイは後方から放たれた矢を双剣で斬り落とした。

「なっ!?」

 弓を構えた山賊が驚愕の表情を浮かべる。狙撃手の位置を確認したレイは地面に着地するや否や即座にそちらへと移動し、剣の腹でその男の喉元を殴った。

「がはっ……!!」

 小さく息を漏らしながら男が倒れ込む。それを見届けることなく、レイは再びクマと相対しようとした。だが、振り返ったその先にはもう既にバトルアックスを高くかざしたスキンヘッドの男の姿があった。

「死ねやぁぁぁぁぁ!!」

 怒声と共に自分目掛けて振り下ろされる処刑のギロチン。だが、レイの頭は冷静だった。この程度の死の気配はノーチェとの鍛錬で嫌というほど味わっている。彼は滑らせるようにして干将・莫邪をバトルアックスに添えた。恐らく、真っ向から力勝負を挑めば剣もろとも叩き切られるだろう。だが、軌道を変えることは造作もないことだ。
 そのまま空を切り、地面にめり込んだバトルアックスを見て目を見開いているクマの顔に、レイが容赦なく斬りかかる。咄嗟に横にずらしたクマの頬に一筋の赤い線が刻まれ、そこから血が噴き出した。
 だが、レイの攻撃は止まらない。この男はかすり傷程度では意味がないと判断した彼は地面を蹴り、間髪入れずに向かっていく。これほどまでに鍛えられた筋肉であればそう簡単に致命傷には至らないだろう。そう考えたレイは自己制御を解除し、手加減なしで斬りかかろうとした。その殺気に充てられたクマの顔に恐怖の色が浮かぶ。

 ドゴォ!!

 突然、目の前から対象の姿が消えた。レイはピタッと動きを止め、後方へと下がると、飛び蹴りにより仲間の窮地を救った男に目を向ける。

「ギリギリセーフってところか……悪いな、クマ。こうする他助ける方法がなかったんだ」

 優雅に着地した男は、予想外の攻撃に受け身もとれぬまま地面を滑っていきそのまま気絶したクマを見て申し訳なさそうに頭を掻いた。そして、ゆっくり息を吐き出し、自分達の敵に視線を向ける。

 これが、第零騎士団の筆頭であるレイと、'金狼'ヴォルフが初めて出会った瞬間であった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品