3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第93話 選択肢

「久しぶりだな、ハリマオ」

「あぁ……五年ぶりくらいか?」

「元気してたか?」

「ぼちぼちってところだ」

 他愛のない会話をしながら、俺はハリマオの隣に立つ。みすぼらしい墓には白い小さな花束が置かれていた。

「お前が持ってきてくれたのか?」

「あぁ、なんたって兄弟の女が眠る場所だ。毎日とはいかねぇが、時間がある時はこうやって花を持ってお墓参りに来てんだよ」

「はっ……俺の知り合いの中で一番花が似合わなそうな顔してるお前がな」

「うるせぇ」

 軽く笑いながら言うと、ハリマオは少し照れたように鼻頭をかく。

「……だが、一つ間違えているぞ? オリビアは俺の女じゃねぇ」

「そうなのか?」

「あぁ。……俺が手を出せなかった女、だ」

 そう言いながら、俺は肩をすくめた。ハリマオはそんな俺の顔に目をやり、意外そうな表情を浮かべる。

「王都の『種馬』って呼ばれているお前がか?」

「ばーか。夜の貴公子って呼べよ」

「どっちにしろ盗人より手が早いお前が一緒に暮らしていた美人と何もなかったとはなぁ……」

 本気で驚いているハリマオを見て、俺は思わず苦笑してしまった。

「あの頃の俺は初心うぶだったのさ。……それに、本気で女に惚れると、男ってのは案外臆病になっちまう」

「けっ! 気障ったらしいところは変わっていないんだな」

「ほっとけ」

 僅かに顔を顰めた俺は口を閉じ、目の前に立つ十字架を見つめる。俺がここに墓を建てたのは、故郷であるファシールの村を自ら滅ぼした後……つまり、隣にいる強面の男と出会ってからすぐってことだ。

「初めて会った頃と比べて大分丸くなったか?」

「あ? ……そういうのは自分じゃわからねぇよ」

 俺の頭の中を読んだように、ハリマオが語り掛けてくる。丸くなった気もするし、今の仕事を考えればより冷酷になった気もする。そもそも、その頃の自分っていうのがいまいち記憶にない。

「あの時のお前は凄まじかったからな……血だまりの村の中でただ一人立つお前は、まさに血に飢えた狼みたいだった」

「血に飢えた狼ねぇ……まぁ、間違っちゃいねぇかもな」

 確かに血には飢えてたな。とにかく、俺から大切なものを奪った村人達あいつらをぶちのめしてやりたかったから。

「だからこそ、俺はお前を山賊に誘ったんだけどな。実際、この目で見た時は震えたぜ? こいつは山賊の王になれる器だってな」

「買いかぶり過ぎなんだよ、お前は」

「そんなことねぇだろ兄弟? 事実、今もなお'金狼'の名を聞いてビビらねぇ山賊はいねぇ。こっちの世界じゃお前は伝説なんだよ」

 ハリマオが俺の肩を軽く小突いていくる。それを聞いても俺には誇らしい気分など一切感じない。湧いてくるのは若かりし自分への後悔と羞恥心くらいだ。
 ポケットから煙草を取り出した俺を見て、ハリマオも煙草をくわえる。煙草の吸い方もこいつに教わったんだっけか? 村から追い出され、森の中で暮らしていた俺は、いつまでたっても世間知らずのガキんちょだった。酒も女遊びも知らない無垢な子供……そんなもの必要なかったんだよな。オリビアが側にいてくれることだけで俺は満足してたからさ。

「…………俺らの事、捕まえパクりに来たのか?」

 しばらく無言で墓を見ていると、ハリマオがぽつりと尋ねてきた。俺は緩慢な動作で墓から奴に視線を移す。

「お前らをパクる? 何言ってんだよ、別に悪いことなんてしてねぇだろ? まさか、山賊なんてアホな事をまたやり始めたわけでもあるまいし」

「……そういう嫌味なところも変わってねぇな」

 ハリマオは墓を見つめたまま力なく笑った。なんつーか、こいつらしくない顔だ。

「……お前もわかってんだろ? 山賊家業を再開したら地獄の使いよりもおっかねぇ男が首を狙ってやってくるってことを」

「あぁ。当時、年端もいかねぇガキに泣く子も黙る山賊団が揃ってブルっちまったことも覚えてる。……今はつるんでんだろ? 相変わらずか?」

「カシラは変わらねぇよ。最近、ガールフレンドができたせいかガードは甘くなってる気もするけどな。だがまぁ、仕事に関しちゃ冷酷無比だ。……むしろ、刃はより鋭く研ぎ澄まされている」

「……そいつはまじでおっかねぇ。ちびりそうだ」

 ハリマオが引きつったような笑みを浮かべる。クマ同様、この男の脳裏にも焼き付いているんだろう。夜の闇に紛れて忽然こつぜんと現れた破滅をつかさどカラスの姿を。

ぎつけるのも早いぞ? あの男は悪のにおいに敏感だ。気づかれたら最後、あの男を殺すか、あの男に殺されるかの二択しかねぇ」

「土下座して助けを乞うっていうのは?」

「はねやすい位置に首を持っていくだけだな」

 肺に溜まった煙を一気に吐き出す。ここのところ、あんまり煙草を美味く感じねぇ。

「……そうなると、ふんどし締めてかからねぇといけねぇわけだな」

 ハリマオは半分ほどの長さになった煙草を一気に吸い上げた。その眼光は獰猛な獣のように鋭い。俺は一瞬だけ顔を歪めながら吸殻を地面に落とし、踵でその火を消した。

「後戻りするつもりは?」

「ねぇな。そういう生き方は趣味じゃねぇんだ」

「そうか……」

 こいつはそういう男だった。自分の言った言葉は曲げない。自分に絶対の自信を持っている。五年前に山賊を解散しようっていう俺の言葉を素直に聞き入れたのが奇跡みたいなもんだからな。

「お前はどうすんだ?」

「え?」

「お前はどっちにつくんだ?」

 不意に投げかけられた問いに俺は閉口せざるを得なかった。まったく……昔っからこいつは答えにくいことをズバッと聞いてくるぜ。ここに来るまでは問答無用で潰すつもりだったさ。でも、クマやこいつの顔を見たら迷っちまったんだよ。

「お前の言う通り、俺達が山賊として暴れていることを知ったらお前の上司は確実にやってくるだろう。その時、お前はどっちの味方をする?」

「…………」

「俺達はあの男と交わした約束を破っちまった。だから、もうあがくことしかできねぇ。だが、お前はまだ何もしちゃいない……選択肢があんだろ?」

「約束ねぇ……」

 俺が、俺達があの男と交わした約束。

 木は朽ちかけ、結び目も緩くなっている古ぼけた十字架を見つめながら、俺はあの日の事を思い出していた。

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