3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第90話 里帰り

 目を覚ますと、見慣れぬ部屋が俺の目に映った。ゆっくりと身体を起こし、昨日の記憶を呼び起こす。そうか……昨日も情報を集めるために一日中歩き回ったから、宿屋についた途端寝ちまったのか。
 雨で汚れたワイシャツを脱ぎ捨て、浴室に入る。鏡に映る金髪を見つめながら、肌にべったりと張り付く汗を洗い流した。

「ダメだな、こういう時は……きれいなお姉ちゃんが隣にいてくれないと、いい夢見れねぇな……」

 シャワーにうたれながら今見た夢を思い出す。いつぶりかな、あのころの夢を見るのは。零騎士の一員になった時から久しく見てなかったっていうのに、まさかこんなタイミングで再会する羽目になるとは。

「……いや、こんなタイミングだからこそか」

 懐かしい奴らの話を聞いちまったからな。思い出に迷い込んでも無理ねぇって話か。

 第六騎士団の団長であるジルベール・バーデンからカームの村に出た山賊の話を聞いた俺は、その翌日に零騎士の屋敷を離れた。目的はその山賊が俺の知っている連中なのか調べるためだ。とは言っても、俺が#山賊を辞めた__・__#のは五年以上も前の事。その時一緒に俺の仲間達も山賊から足を洗ったはずだ。だから、今騒ぎを起こしている連中が俺の知っている奴らである可能性は低い。

 ……だけど、調べずにはいられねぇよな? もし俺の知り合いだったら、ちゃんとけじめをつけなくちゃならねぇからさ。

 蛇口をひねり、シャワーを止める。俺はバスタオルで身体を拭きつつ浴室から出ると、部屋にある椅子に腰かけ煙草に火をつけた。王都を出てから一週間以上が立つ。連日、酒場や賭博場へと赴き、山賊の情報を集めた。そしてようやく昨日、それらしい情報を入手することができたんだ。

「黙って出てきたから怒ってるだろうなぁ……特に双子ちゃん達」

 あの二人が本気で来たら、半殺しじゃすまないだろうな。よくて虫の息、悪くてこの世から抹消ってところか。自嘲じみた笑みを浮かべながら、窓に目を向ける。外は生憎の雨模様。この街に来てからずっと雨に降られてるな。そういう時季だからしょうがねぇだけどさ、気分が滅入るってもんだ。
 俺は窓越しに街の景色を眺める。外では真昼間だっていうのに傘を差した娼婦が客引きをしていた。変わらねぇな、この街は。……って、懐かしむほどお世話になった覚えもねぇか。

 治安の悪さで言ったら国内一といっても過言じゃない薄汚れたこの街の名はクリムト。御三家の一角であるシャロン家が統治する街だ。そして、山賊が現れたと言われているカームの村に一番近い街でもある。まぁ、山賊なんていう後ろめたい連中には住みやすい街ってことだな。
 大きく息を吸い込み、煙を肺へと送り込む。それだけで俺の思考はクリアになっていった。あいつらがいる場所はわかったんだ。やるべきことははっきりしている。

「さて、と……」

 俺は灰皿に煙草を押し付け、持ってきていた新しい服に着替えると、そのまま宿を後にした。

 街道からはずれ、獣道をひたすら進んでいく。目指すはカームの村……じゃなくて、ファシールの村#だった__・__#場所。そこはクリムトから結構な距離がある辺鄙へんぴな田舎村だ。山のたもとにあるため、村に近づくにつれ道も険しくなってくる。でも、俺には関係なかった。しばらく足を運んでいなかったとはいえ、慣れ親しんだ道を移動するのに苦労なんてするはずがない。俺は傘を片手に、舗装されていない道を黙々と駆けて行った。

 かなりのハイペースで来たので、何とか日が沈む前にたどり着くことができた。正直な話、二度とここには来たくなかったんだけどな。ここを根城にしてるらしいから我慢するしかねぇ。……もし、ここにいるのがまったく知らない山賊共だったら、こんな不快な気分になった八つ当たりでもさせてもらうとするか。
 俺は完全に廃村となり果てている故郷を何の感慨もなく見つめながら、村へと入っていく。

「──止まれ」

 一歩踏み入れたところで鋭い声に止められた。中々どうして、セキュリティがしっかりしているじゃねぇか。俺は声のした方へゆっくりと顔を向ける。

「てめぇ……何者だ? ここがどこだかわかってんのか?」

 ガラの悪そうな男が三人、武器を片手にこちらを睨んでいた。……知らねぇ顔だな。これはハズレか?
 ちっ……山賊がいるって話は聞けたけど、具体的な情報は何もなかったからしょうがねぇか。まぁ、それなら話が早い。こいつらをぶっ飛ばして、クリムトの街で見かけた第六騎士団の奴らに引き渡したら俺の里帰りも終わり……。

「ここはハリマオ親分率いる猛虎隊のアジトだぞ? それを承知でここまで来たってのか?」

 …………大当たりだよ、ちくしょうが。

 俺は盛大にため息を吐き、顔を顰めながら頭をかきむしる。そんな俺を見て、男達が訝しげな表情を浮かべた。

「あー……一つ聞いていいか?」

「なんだ?」

「お前ら、俺のこと知ってる?」

「はぁ?」

 やっぱり俺の記憶は正しいみたいだ。何を言ってるんだこいつ? みたいな顔で俺を見ているこいつらは俺の知らない奴らでいいらしい。

「……誰だか知らねぇが、今はお前なんかに構ってる暇はねぇんだよ! さっさと失せやがれっ!!」

「そうしたいのは山々なんだけど、そういうわけにもいかなくなっちまったんだよね。……とりあえず、お前らのボスを呼んでもらってもいい?」

「……はぁぁぁぁぁ!? 呼ぶわけねぇだろうが!!」

 俺の言葉に一瞬面食らった男達が、顔を真っ赤にしながら怒鳴り声をあげる。俺は困り顔で耳の後ろを掻いた。やっぱり素直に呼んできてはくれねぇか。いやはやどうしたもんか。

「おい、面倒だ。さっさと片付けちまおうぜ」

「そうだな。ちんたらしてたら若頭に大目玉食らっちまう」

「……というわけで兄ちゃん、恨むんならこんな所へノコノコやって来た自分てめぇを恨むんだな!」

 そう言いながら、男の一人が剣を構えこちらに突っ込んできた。カシラがこれを見たら「襲い掛かる前に大声を上げる意味が分からない。ハンデか何か?」とか言いそうだな。残念ながら、俺も同意見だ。
 俺は右足で剣を持っている男の手を蹴り上げた。宙に飛ばされた己の武器を目で追っているバカの顔面に、そのまま容赦なく上段蹴りをぶちかます。雨に濡れた地面を無様に滑っていく男を見ながら、呆れたように息を吐いた。

「丸腰相手に得物を振りかざすとはしつけがなってねぇな」

「なっ、なんだこいつ!?」

「くそが!! 死ねや!!」

 焦りを見せつつも、仲間の男がハンドアックスをこちらめがけて振り下ろす。俺は靴の踵でその刃を器用に受け止めると、身体を捻りながらその場で跳躍し、そいつの脳天に踵落としをお見舞いした。

「がっ……!!」

 泡を吐きながら男がその場に崩れ落ちる。ストンと軽やかに着地した俺は、残った一人をつまらなさそうに見た。

「あ、足だけで……!?」

「行儀悪くてすまんな。傘を置いて雨に濡れたくなかったもんで」

「くっ……て、敵だー!! 敵襲だー!!」

 俺の事を怯えた目で見ながら、男が大声を上げる。すると、廃屋と化していた村の家からぞろぞろと男達が出てきた。どいつもこいつも人相悪いったらねぇな。つーか、野郎しかいねぇじゃねぇか。露出度の高い服を着た美人な女山賊をさっさと連れてこいよ。

「どうした? 何事だ?」

「ブーカとダインがこいつにやられた!」

「こいつって……この金髪の男か?」

 集まった山賊達の視線が俺に集中する。すこぶる気分が悪い。

「おいおい……俺に熱い視線を送っていいのは魅力的な女性だけだって決まってんだよ」

「……何言ってんだこいつ?」

「気をつけろ。ふざけた事ぬかしているが、実力は本物だ」

「けっ! いくら強くたってこの人数差じゃ関係ねぇよ! さっさとたたんじまおうぜ!!」

 やれやれ……こいつは流石に雨を気にしている場合じゃねぇか。面倒くせぇけど、こいつら全員のしちまった方が早そうだな。

「お前ら!! 何をしてんだ!!」

 迎え撃とうと身構えたところで、凄まじい怒声が響き渡る。その瞬間、俺に向かってきていた山賊達の動きがピタリと止まった。ちょっと待て、今の声って。

「さっさと助けに行けって言っただろうが!! こんな所で何道草食ってんだよ!!」

「わ、若頭……!! い、いや敵が攻めてきまして……!!」

「敵?」

 若頭と呼ばれた男が俺に視線を向けてくる。そして、そのままの姿勢で凍り付いたように動かなくなった。褐色の肌に山のような巨体。綺麗に刈り上げた坊主頭に頬に走った刀傷。昔のまんまだな、おい。

「久しぶりだな、クマ。元気にしてたか?」

「ヴォ、ヴォルフの兄貴!!」

 クマは目に涙をためながら山賊達をかき分け、一直線に俺へと駆け寄ってきた。そして、そのまま暑苦しい抱擁をしてくる。

 あーぁ、まじで勘弁して欲しいんだけど。男に抱き着かれても、嬉しくもなんともねぇんだよ。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品