3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第88話 急転

「さて、これで任務達成だね。さっさとこの場を離れようか」

「わかりました。……その男はどうするんです?」

 ファラは仮面の中でずれた眼鏡を直しながら、壇上で伸びているロンドに目を向ける。

「ここに置きっぱなしってわけにはいかないから騎士団の詰め所に連れていくよ。……あぁ、騎士団っていってもまともな方ね」

「私達がまともじゃないみたいな言い方は止めてください」

「少なくとも、この惨状を見られたらまともじゃないって言われるだろうね」

 僕の言葉を聞いてファラは僅かに表情を曇らせた。魔物の群れに襲われたとしてもここまで凄惨な景色にはならないと思う。まぁ、今更変な噂が立とうが立たなかろうが、僕達の評判が変わることなんてないだろうけどね。

「ロンドは僕が担いでいく。ファラは周囲の警戒をお願い」

「承知しました」

 ロンドを肩に乗せ、会場を後にする。長い廊下を進み、階段を上がっていっても人っ子一人見当たらなかった。入り口にもガードマンの姿はなし。ちゃんと僕の忠告通り尻尾を巻いて逃げてくれたみたいでよかったよ。残党でもいようものなら、また後処理する人の仕事が増えてしまうからね。
 闇オークションの建物を出た僕達は人目を忍びつつ、来た時と同様、屋根伝いに城を目指す。今度は好奇心旺盛な金髪ツインテールと、呆れ顔で僕を見てくる藍色シニヨンの美少女二人組には会わずに済んだ。依頼も終わっているみたいだったし、再会しないよう、彼女がエステルをさっさと学校の寮へと連れて行ってくれたんだろう。
 特に何事もなく城へとたどり着いた僕達はそのまま七騎士の詰め所に向かう。それまで何の迷いもなく進んでいた僕達の足取りが、詰め所の前で佇む茶色いショートカットの髪型をした少女を見てピタリと止まった。その顔の上半分にはファラと色違いの赤い蝶の仮面が付けられている。僕達に気づいたその少女は頬を膨らませながらこちらに走ってきた。

「もぉー! ノー爺に聞いたよ!? ボスもファラもひどい! あたしを置いていくなんてさー!!」

 ファルはぷんすか、と怒りながら僕とファラを交互に睨みつける。僕とファラは何とも言えない表情で互いの顔を見合せた。

「いやぁ……今回の任務は楽そうだったし、僕とファラで十分だって思ってさ」

「そうですね。むしろ、私一人だけで事足りました」

「そうだとしても仲間外れにしないでよー!」

 子供のようにその場で地団太を踏むファルを見て、僕は僅かに口角を上げる。ヴォルフがいなくなってからこんなにファルらしい彼女を見たのは初めてだ。彼女も零騎士の一員、私情と任務を切り分ける心は会得している。もしかしたら彼女の場合、気を紛らわせるには任務に集中させた方が効果的なのかもしれない。

「悪かったよ。今度からファルも誘うことにするね」

「当然だよ! 私達は家族なんだから任務に同行するしないに関わらず声をかけてよね! ファラに関しては双子の妹をのけものにしないこと!」

「すいませんでした。これから気をつけることにします」

 ファラも僕と同じ気持ちなのか、心なしか優しい声だった。

「おいおい……こんな所に集まってお前さん達は何をやってんだ?」

 そんな僕達に誰かが声をかけてくる。ここは騎士団詰め所前、零騎士の僕達に話しかける輩などいないはず。不思議に思いながらそちらに目を向けると、第六騎士団の団長であるジルベール・バーデンが眉をひそめながらこちらに歩いてきていた。

「……あー、仲良くお散歩してるってわけじゃなさそうだな」

 僕の肩に担がれたロンドにチラリと目をやり、ジルベールは表情を引き締める。これはラッキーかもしれない。他の騎士団は僕と話すだけで嫌な顔をするのでやりづらいけど、彼なら会話が円滑に進む。さっさとこの伸びてる男を引き渡して、あの場所の後始末を頼もう。

「こんばんは、ジルベールさん。悪人をしょっぴいてきました」

「どうやらそうみたいだな。……何したんだ、こいつ?」

 僕が笑顔で告げると、仕事を押し付けられることを察してかジルベールはため息を吐きながら尋ねてきた。

「激レアグッズのたたき売りをしようとしていたんですよ。一般市民が行きかうメイン通りのすぐ傍でね」

「あちゃー……そいつはいただけねぇな。レア物求めて怖い人達が集まっちまうんだから、そういうのは部屋の隅っこでやらねーと」

「それは集まった人達にちゃんと伝えましたよ」

「伝えたって……それ意味あるのか?」

 ジルベールが怪訝な表情で僕を見てくる。彼は僕達の仕事が生易しいものではないことを知っている。だからこその疑問なのだろう。物言わぬむくろになったであろう者達に警告などした意味はあるのか、と。それがわかった僕は苦笑いをしながら軽く肩を竦めた。

「今回は#おいた__・__#を注意した程度ですよ。主犯は連れてきましたが、他は逃げるように促しました」

「……お前さん達にしては珍しいな。ってことは、穏便に済んだってことか?」

「大多数の人達はそうですね」

「……やっぱそうなるよな」

 ジルベールががっくりと肩を落とす。

「闇オークションに参加するような連中が、得体のしれない男から逃げろと言われたところで、全員が全員大人しくその指示に従うわけがねぇよな」

「そういう事です。というわけで後始末の方よろしくお願いします」

 僕がにこやかに笑うと、ジルベールは再び盛大にため息を吐いた。あの現場を片付ける指揮を取らなければいけないって考えると、若干の同情は禁じ得ない。

「場所は口で説明するよりも案内した方が早そうですね。僕が一緒に行きますよ」

「……心遣い痛みいるぜ」

 僕からロンドを受け取りながら、ジルベールは落胆の表情を見せる。そんなに落ち込むなんて、どれだけひどい現場を想像しているんだろう。……まぁ、それがひどければひどいほど、想像と現実の差は確実に埋まっていくんだけど。

「……ったく、タイミングが悪すぎるんだよな。いつもだったらこういうのはシアンに押し付けてトンズラかましちまうっていうのによ」

 ジルベールの愚痴のような独り言に、僕達三人は顔を見合わせた。

「シアンさんはいらっしゃらないのですか?」

 ファラが僕達の疑問を代表して聞いてくれる。もし、あの駄犬が王都にいないのであればこれ以上幸せなことなどない。

「ん? あぁ、シアンっていうか、第六騎士団が急な任務でたった今王都を発ったんだ。俺はその見送り」

 やばい、嬉しすぎて笑みを浮かべそうになった。何とか堪えないと。

「それは残念ですね」

「レイ、顔がにやけているぞ?」

 くっ……感情を抑えつける術は心得ているというのに、顔に出てしまうとは。でもまぁ、仕方がないよね。あの駄犬がいなくなったんだから。

「ジルベールさんは同行されないんですね」

「あー、ちぃとばかし迷ったがな。少々厄介な事になりそうだから、俺は城で待機ってわけだ」

 ファラの問いかけにジルベールはさらりと答えた。騎士団長が城で部下の報告を待つ、というのは別に珍しいことではない。むしろ、詰所から一歩も出ない騎士団長もいるくらいだ。ジルベールはフットワークが軽い方だといえる。

「連絡係が来るまで久しぶりにゆっくり休めると思ったんだが、お前さん達のおかげでどうにもそういうわけにはいかなくなっちまったよ」

「よかったじゃないですか。労働は尊いものですよ?」

「けっ、ありがとよ!!」

 投げやりな感じで答えると、ジルベールはロンドを脇に抱え重い足取りで詰所へ歩いて行った。その背中を見つめていた僕は不意に胸騒ぎを覚える。

「ジルベールさん、一つ聞いて言いですか?」

「ん? なんだ?」

 その場で立ち止まり、くるっとこちらに首を向けたジルベールを見て、言い知れない不安に襲われた。

「……第六騎士団に入った急な任務ってなんですか?」

 口の中がやけに乾いている。任務の内容を聞きたいという思いと同じくらい、聞きたくないという気持ちがせり上がってきた。

「えーっと……いいのか?」

 少しだけ戸惑った様子のジルベールが一瞬だけファルの方へと視線をやる。その瞬間、僕は尋ねたことを後悔した。

「ジルさん、教えて」

 ファルが硬質な声で言う。彼女の鋭い視線を真っ向から受けるジルベールは逡巡した後、諦めた顔で静かに口を開いた。

「……俺達が追っている山賊に動きがあってな。その報告を受けたから急遽俺の隊が出動したんだ」

 ……やっぱり、山賊絡みか。ジルベールが話すのを躊躇ったのは、以前山賊の話をしたときにファルが過敏に反応したからだね。本当に何をやっているんだ僕は。あいつが王都を離れた理由なんて、彼女がいないときに聞けばいいっていうのに。

「……ファルが山賊にどんな思い入れがあるか知らないけど、心配すんな。ちゃんと全員お縄にしてやるからさ」

 自分の言葉を聞いて黙りこくったファルにジルベールが柔和な笑みを向ける。だが、その優しさは少々的外れと言わざるを得ない。別にファルは山賊を捕まえて欲しいわけじゃないからだ。

「ファル……まだあいつが関係しているって決まったわけじゃないから」

「……うん」

 ジルベールには聞こえないよう、なるべく小声で話すと、ファルは僅かに首を縦に振った。そうは言っても、ヴォルフの失踪の後に動き出した山賊達。否が応にも結びつけてしまうのは仕方がないというもの。

「それにしてもこんな夜に出ていくなんて、よっぽど派手な暴れ方でもしたんでしょうね」

 とにかく話題を変えようと、僕が適当に話を振る。だが、これが間違いだった。さっさと会話を切り上げて零騎士の詰め所に戻るべきだったんだ。ジルベールの口から告げられた言葉を聞いて僕は激しく後悔することになる。

「いやぁ、街に置いて来たうちの分隊がたった一人の山賊にやられたみたいなんだ。顔は妙なお面をしていて確認できなかったみたいだが、相当な手練れだったらしいぞ? その金色の髪をした山賊は」

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