3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第85話 潜入

 グレイス達と別れてから十分程空の散歩をしたところで僕達はやっと目的の場所にたどり着いた。どこかの商人が商売を営んでいた建物だろうか。かなりの広さがあるようだ。ただ、あまり手入れをされていないところを見ると使われなくなって結構な時間が経っていると思う。
 それにしても……。僕は屋上から視線を横に向けた。そこにいるのは表の住人。裏の世界など知る由もない人達が疲れた表情で街を歩いている。なるほど、これは確かに悪党の道理を弁えていないね。こんなに一般市民の側で悪巧みをしようとしたら目をつけられても仕方がないって話だ。

「とりあえず下に降りてみよう」

「はい」

 僕とファラは建物の陰に紛れて地面へと降りていった。そして、物陰から入り口の様子を探る。

「……零騎士の格好をしている私達が普通に歩いて行っても不思議がられることなく入れそうですね」

「そのようだね」

 ファラの言う通りある意味浮いている格好をしている僕達が出ていっても違和感はなさそうだった。闇オークションなだけあって、あの建物に入っていく人達はみんな黒系統の服を着ている。僕達と同じように仮面で顔を隠している人も多々見受けられた。

「……入り口でボディーチェックを受けているようだけど、招待状とかはなさそうだ」

「興味のある方は手ぶらでお越しくださいってことですか……学園祭かなにかと勘違いしているんじゃないですか?」

 ファラが呆れたように告げる。全くもって僕も同意見だ。これだと場所も相まって興味を持ったお調子者の市民が簡単に参加できてしまうじゃないか。そういうフィルターはしっかりかけてくれないと困る。

「もしかしたら僕達の知らないサインがあるのかもしれない。胸ポケットにハンカチを入れておかなければいけないとか、決められた合言葉を言わなければいけないとか」

「それは……どうですかね?」

「とにかく、行ってみればわかる話だ」

 本当は入るのに必要なものをそれらしい人から#拝借__・__#するつもりだったんだけど、それがないのでは仕方がない。ダメもとで行ってみて門前払いを喰らったら大人しく引き返そう。

「……待て」

 僕とファラが入り口をくぐろうとしたら、そこに立っていたガードらしき男に呼び止められる。

「ここは子供が来るようなところではない。……何が行われるのかわかっているのか?」

「……子供という年齢ではないんだけどね。顔を見せれば納得してもらえるだろうけど、生憎こんな場所で素顔をさらす善良な市民はここに入る資格なんてないでしょ?」

「…………」

 僕の言葉にガードの男が閉口する。これは戻る必要なさそうかな?

「ここで行われることならもちろん知っているよ? 楽しい博覧会だ。それこそ普通の生活なんてしていたらお目にかかれないような素晴らしい物が待っている、ね。……あぁ、一つ確認したいんだけど、当然後払いはできるよね?」

「……なるほど。おい」

 僕がニヤリと笑いかけると、男はゆっくりと頷いた。そして、後ろに控えていた仲間の女性に顎で指示を出す。

「お客様とは知らずにご無礼を働きました。念のため、ボディーチェックをさせていただきます」

「構わないよ。ただ、僕の連れはレディなんだから丁重によろしく」

「心得ております」

 そう言いながら男は僕の身体を調べ始めた。ちらりと横に目を向けると、女性のガードがファルの身体を同じように調べている。一瞬、ファラの持っている小さなポシェットに目を留めたが、手のひらサイズの鞄に凶器など入る余地もないだろうと思ったのか、特に触れることはなかった。

「お待たせいたしました。危険物などの持ち込みがないことを確認しましたので、どうぞ中へとお入りください。お客様に素敵な出会いがございますように」

「ありがとう」

 僕はさらりとお礼を告げ、ファラと一緒に中へ入っていく。しばらく廊下を進むと、地下へ続く階段を見つけた。

「……驚くほどに杜撰な警備でしたね」

 階段を降りながら、なんとも言えない表情を浮かべながらファラが小声で言う。

「そうだね。でも、接し方は丁寧だったよ。ここで雇われる前はそういう仕事をしていたんじゃないかな? ……あぁ、まっとうなガードっていう意味ね」

「まっとうなガードを入口に立てている時点でこの闇オークションの底が知れますね」

「普通の闇オークションであればこんな簡単に入れないだろうしね。……それ以前にこんな城に近い場所でやらないよ」

 それこそ王都でやるなら自由区ぐらいだね。裏ストリートだとちょっとした悪事なら万が一騎士団に見つかっても逃げ切れるだろうが、闇オークションみたいにでかい催しだとそうはいかない。とは言っても、ここは裏ストリートのとば口だからそもそも論外なんだけどね。

 階段を下り終えると、再び長い廊下が現れた。この様子じゃ、前にここを使っていた商人は非合法な取引をしていたに違いない。だから、空き家になったのかもね。ここの持ち主が暗い塀の中でお勤めすることになってしまったから。

「おい、来てみろよ。こんなところに迷子がいるぞ?」

 僕達が廊下を進もうとすると、お世辞にも育ちがいいとは言えないような三人組が行く手を阻んできた。

「僕ちゃん達、デート? 残念だけどここじゃ夜景なんて見れないよ~?」

「それとも社会科見学かな? ちょっと危ない大人な仕事場を見に行こうってか?」

 男の言葉に他の二人が声を上げて笑う。今のってそんなに面白いのか? むしろ、ところどころギザギザしているあんた達の服装の方がよっぽど面白いんだけど。まぁ、こんな脳みそが豆腐で出来ているような連中の相手をしている暇はないし、騒ぎを起こしたくもない。ここは適当にあしらった方がいいかもね。

「ぼ、僕達はその……母とはぐれてしまって……」

 そう言いながら僕は弱弱しい笑みを浮かべた。演じるキャラは貴族の兄妹。これなら脳みそが豆腐な彼らでも迂闊に手を出すことはできないだろう。貴族にちょっかいかけることは、下手したら死に直結する場合がある。

「んん? 母親と? ってことはお前らいいとこのボンボンかい?」

「こりゃ金になるんじゃねぇか?」

「誘拐して身代金がっぽがっぽってか?」

 僕達が貴族だと思い込んだ彼らはなぜか逆にはしゃぎ始めた。こんなにも豆腐に申し訳ないと思ったことはない。豆腐もこんなバカ達の脳みそに例えられてさぞ憤慨していることだろう。

「すいません……先を急ぎますので……」

 これ以上は相手をしていても無駄だ。僕はファラの手を握り、三人の間を通り抜けようとする。だが、それは叶わなかった。

「ちょっとちょっと、そんなに急ぐことないんじゃない?」

「そうだよ! 俺達がこんなおっかない所よりもっといい場所に連れて行ってやるよ!」

 三人組が僕の肩をガシッと掴んでくる。はぁ……もう鬱陶しい。少しの間お寝んねしてもらった方がいいかな?
 僕が合図をするためにファラへ目を向けると、彼女は少しだけ顔を赤くして俯いていた。これはまずい。闇オークションが始まる前にこの廊下を血の海ブラッドバスにするわけにはいかない。早急に手を打たないと。

「──てめぇら、その辺にしておけ。死ぬぞ?」

 僕がどうしようか悩んでいたら、突然、廊下にドスの利いた声が響き渡った。全員がそちらに目を向けると、スキンヘッドの男が鋭い眼光でこちらを見据えている。明らかにここにいるポンコツ達とは一線を画する本物の『悪』。まともな生活をしていたら絶対に出会うことはないであろう裏の住人。だが、僕はこの男に見覚えがあった。

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