3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第84話 予期せぬ遭遇

 時刻は午後七時を回ったところ。季節的にこの時間になってもまだ空は仄かに明るい。人の目を忍びたい僕達にとってはもう少し遅い時間になってから動き出したいところではあるが、後一時間もすれば目的の闇オークションが始まってしまうので動き出さないわけにはいかない。

「そろそろ行こうか」

「はい」

 僕の声に蝶を思わせる青い仮面をつけたファラが答えた。その服装は零騎士御用達である漆黒の軽鎧で、小さな斜め掛けのポシェットを身に付けている。当然、僕も仮面をつけて黒鎧を着ているけど、愛用の双剣である干将かんしょう莫邪ばくやは持ってきてはいない。闇オークションの会場に侵入する際に手荷物検査でもされたら厄介だからね。一番見つからないところに隠しているよ。

「とは言っても、まだ人通りが激しいんだよね」

 狭い路地裏から様子をうかがっているけど、人波が途切れることはない。今は一番街に人がいる時間帯だ。仕事を終えて家に帰る人や、依頼を終えて街に戻ってきた冒険者で溢れかえっている。

「それなら上から行くしかないんじゃないですか?」

「そうなるね。ついて来れる?」

「……誰に言っているんですか?」

 憤慨した様子でファラが僕を睨みつけてきた。まぁ、そうだよね。彼女はただの少女ではないのだ。僕は僅かに肩を竦め、建物の壁を利用して上へとあがっていった。途中でちらりと下に目を向けたが、ファラも問題なく僕の後についてきている。
 建物の屋上にたどり着いた僕達はそのまま屋根伝いに目的地を目指した。やはりこの移動法は楽でいい。時間帯関係なく全くといっていいほど人目がないからだ。昼間では偶に屋根の修理をしている人がいたりするが、流石に陽が沈んでいるこの時間には人の影など一切ない。
 ただ一つ問題なのは方向感覚がわからなくなることだ。見えるのは建物の一部と夜空だけ。目印を作ろうにも、景色ほとんど変わらない。しばらく進んだら少しだけ下を見て、僕達が今街のどの辺にいるのかを把握しなければならない。……あの少し広い屋上のある建物でいったん確認しよう。
 僕は後ろにいるであろうファラに手ぶりで合図して、建物の屋上に着地する。さてさて、ここは街のどの辺……。

「……え!? も、もしかしてゼロ様!?」

 瞬間、僕の身体が凍り付いた。背中に冷たいものが流れるのを感じながら恐る恐る振り向いた僕の目に飛び込んできたのは、猿を抱きながら驚きに目を見開かせている金髪の美少女と、同じく驚いている藍髪のBランク冒険者だった。

「…………」

 少し遅れて屋上にたどり着いたファラが二人を見て一瞬動揺したが、すぐに無言で僕に視線を向けてきた。そんな目で見ないでくれ。僕だって混乱しているんだ。

「ゼロ様ですよね!? わぁ……!! こんな所で再会できるなんてびっくり!!」

 僕の内心など知る由もないエステルがはしゃぎながらトレードマークのツインテールを揺らしてこちらに駆け寄ってくる。その後ろからグレイスが僕を見ながらゆっくりと近づいて来た。彼女の目は「どうしてこんな所にいるんだ?」と雄弁に語っている。はっきり言ってそれは僕のセリフだ。

「……誰だ、お前ら?」

 とりあえず知らないていを装う。僕がこの姿で二人に会ったのはほんの一時だ。覚えている方が違和感を感じるに違いない。
 僕の言葉に一瞬寂しげな表情を浮かべたエステルだったが、すぐに眩しい笑顔を僕に向けてきた。正直、眩しすぎて直視できない。

「あ……やっぱり覚えていませんよね。前にバート・クレイマンに襲われていたところを助けていただいたエステルと言います! こっちは親友のグレイスです!」

「……その節はお世話になったわね」

 元気のいい声のエステルに対して平坦な声で告げるグレイス。その顔を見る限り、この場をどう凌ぐか考えてくれているみたいだ。ならば僕も差しさわりのない話でもしながら打開策を見つけるしかない。

「あぁ、あの時の奴らか。相変わらず随分と辺鄙へんぴな場所にいるんだな。また犯罪者でも見つけてこんな所まで追っかけて来ちまったっていうのか?」

「い、いえ! 今日はこの子を探していたんです!」

「……猿を?」

「はい! 冒険者ギルドからそういう依頼を受けたもので!!」

 エステルは嬉しそうに抱いている猿を僕に見せてきた。猿探しの依頼……冒険者ギルドの依頼っていうのがどんな感じのものなのか知らないけど、そういうのって新人冒険者の仕事じゃないのかな? 少なくともDランクとBランクの冒険者が二人でこなす依頼ではないと思うけど。

「……こういう探し物の依頼は冒険者に不人気なのよ。労力のわりに見返りが少ないからね。でも、この子はそういう依頼を見つけると率先してこなそうとするのね」

 僕が疑問に思っていると、それを察したのかグレイスが説明してくれた。

「だ、だって! 見つからなくて困っている人がかわいそうじゃない! 迷子になったこの子も!!」

「だから、私も文句を言わずにいつも付き合っているでしょ?」

 必死に訴えかけるエステルにグレイスが柔和な笑みを浮かべる。なるほど、そういう事か。彼女らしい理由だ。

「立派なことじゃねぇか。困っている奴を助ける冒険者の理念に則ってるんだな」

「あ、ありがとうございます!! ……えーっと、そちらの方はお仲間さんですか?」

 一瞬照れ臭そうに笑ったエステルであったが、横にいるファラに視線を向けながらおずおずと僕に聞いてきた。

「ん? あぁ、そうだよ。仲間のトレスっていうんだ」

「……よろしく」

 僕が紹介するとファラはぼそぼそと呟くように言う。僕が『ゼロ』にシフトした様に彼女も口数の少ない不愛想な『トレス』に自分を変えていた。

「へぇ……お仲間がいるんだぁ……ということは、何かの秘密組織に属しているとかってことですか?」

「さぁ……どうだろうな?」

「あっ、詳しいことを言えるわけないですよね! 無神経ですいません! でも、ゼロ様みたいな御方が所属しているなんて、さぞかし凄い組織なんだろうなぁ……」

 エステルはそう言いながら憧憬の眼差しを向けてくる。これは良くない兆候だ。彼女が僕に……というよりもゼロに好意を抱いていることは知っている。クラスでクロエにそんな内容の話をしているのを聞いているし、当のエステルからも直接言われているからね。
 彼女の身体から「もっと話をしたい!」っていうオーラが出ているのも気のせいではないだろう。いくら認識阻害の効果のある仮面をつけているとはいえ、これ以上一緒にいたらその効果が薄まって正体がバレる危険性がある。

「……目の前にいる素敵な仮面をつけた男性にお熱のようだけど、憧れのシアン様の事はいいのかしら?」

「お、おおお、お熱だなんて!! …………あっ」

 顔を真っ赤にしながらグレイスの言葉を否定しようとしたエステルであったが、何かを思い出した表情を浮かべた。そして、浮気がバレた時のように気まずい顔でグレイスの方に目をやる。グレイスは小さく息を吐くと、僕とエステルを交互に見た。

「命の恩人ともっと話したい気持ちもわかるけど、どうやら彼は多忙みたいよ?」

「……そうだな。今は取り込み中だからこれ以上嬢ちゃん達に構っている暇はねぇ」

 僕はグレイスの華麗なトスに乗っかる形でエステルに告げた。彼女は残念そうにまつげを伏せ、上目遣いで僕を見てくる。

「そ、そうですよね……お忙しい身なのに引きとめてしまってごめんなさい……」

「なーに、謝る事なんてねぇよ。俺もお前らと話をしてリラックスできたしな。また今度時間がある時に会ったら続きを話そうや」

「っ!! は、はい!!」

 元気よく笑顔で返事をしたエステルを見てから、僕はファラに目で合図する。そして、その場で駆けだすと違う建物の屋上へと飛び移った。まだ背中に視線を感じるものの追ってくる気配はない。ほっ……どうにか切り抜けられたようだ。彼女にはまた借りができてしまったね。

「……随分と仲がいいんですね」

 僕の隣にぴったりとついたファラが不機嫌そうな声で言ってきた。

「それはエステルのこと?」

「違います」

 短い言葉で否定すると、プイッと顔を背けて僕の前を駆けていく。どうやらまたしても彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。思春期の女の子っていうのは複雑でどうにも僕には理解できないよ。

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