3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第78話 エピローグ

 数多の追求を躱し、やっとの思いで放課後を迎えた僕は脇目も振らずに校門を目指す。余計な事には首を突っ込まない。もうこれ以上の面倒事は勘弁して欲しいんだ。
 校門を出ると、茶色い髪をした双子がすでに待機していた。僕に気がついたファルが駆け足でこちらに近づいてくる。

「ちょっとちょっとー! ボス、聞いたよー! どうなってるのー!?」

「……ファル、落ち着きなさい。ボスが困っていますよ?」

 興奮した面持ちで僕に掴みかかるファルを、後からやって来たファラが静かな声で嗜めた。

「だってだってだってー! ファラも気になるでしょー!?」

「そうですね。訳の分からない噂が飛び交っていましたから」

 ファラがちらっと僕の顔を見る。

「……その噂っていうのを聞いてもいいかい?」

「……ボスが'氷の女王アイスクイーン'であるグレイスさんの命令で、ダンジョンに迷い込んだソフィアさんを助けた、と」

 スラスラと淀みない口調で答えたファラが眼鏡越しに鋭い視線を向けてきた。その目はさっさとこんな馬鹿げた噂を否定して欲しい、と雄弁に語っている。

「なるほど……その噂は間違ってるね」

「そうですよね!」

 僕の言葉を聞いたファラがホッとしたように笑った。ファルの方はつまらなさそうに唇を尖らせる。

「ちぇー、やっぱり出鱈目だったんだー」

「当然です! ボスがそんな目立つような事をするわけがありません! ましてや、グレイスさんの命令で縁もゆかりもないソフィアさんを助けるだなんて……」

「彼女は僕に命令なんてしないよ。僕が勝手にやった事さ」

「…………は?」

 見事にファラの目が点になる。対してファルは目をキラキラと輝かせ始めた。

「え!? ってことはなに!? ソフィアっちを助けるためにボスは単身でダンジョンに乗り込んだの!?」

「そうだよ。他の騎士団を待っている余裕なんてなかったからね」

「かっくいいー!! ヒーローみたいじゃーん!!」

「あ、あり得ない……!! ボスが女王の命令なしに助けるなんて……!?」

 ヒュー、と口笛を吹きながらファルはニカッと笑う。ワナワナと震えながら何やらぶつぶつと呟いているファラはとりあえず無視しておくことにした。

「お待たせ……って、どうしたの?」

 ようやくやって来たクロエがまるっきり対照的な顔をしている双子を見て目を丸くする。

「別に何もないよ。昨日の話を聞かれていただけ」

「あぁ、そういうことね」

 僕がさらりと答えると、クロエは合点がいったという顔をした。

「ねーねーボスー! 詳しく教えてよー!」

「勘弁して……」

 ただでさえ今日一日色んな人から聞かれたんだ。もうその話はしたくない。

「ニック君とジェラール君、それにエステルから質問攻めだったもんね」

「ジェラールは質問攻めにされている僕を見て楽しんでいただけだよ」

「そうだったかも」

 クロエがくすりと笑う。ジェラールはそんな感じだったけど、ニックはしつこかったなぁ。主にダンジョンの構造について知りたがっていた。僕がソフィアを助けたとかはどうでも良さそうだったね。

「とにかく帰ろう。今日は疲れたよ」

 話が聞きたくてうずうずしているファルと、未だに自分の世界から戻ってきていないファラを横目に、僕は城に向かって歩き始めた。

 その後、クロエを城へと送り届け、双子と一緒に第零騎士団の詰所に向かった。その頃にはファルも僕から話を聞くのを諦め、ファラもいつもの調子に戻っていた。

「ただいま戻りました」

「ただいまー!」

「レイ様、ファル様、ファラ様。お帰りなさいませ」

 屋敷の扉を開けると、中で待っていたノーチェが恭しく頭を下げる。

「レイ様、お客様がお見えになっております」

「お客様?」

「はい。第六騎士団団長のジルベール・バーデン様です」

「ジルベールさんが?」

 これは珍しい。アレクシス総騎士団長以外の騎士がこの屋敷に来ることなんてほとんどないのに。

「応接室でヴォルフ様が対応しております」

「あっ、ヴォルフは帰ってきたんですね」

 結構屋敷を空けていたけどやっと帰ってきたんだね。相変わらず根無し草みたいな男だ。

「わかりました。すぐに顔を出したいと思います」

 ジルベールが相手であれば学生服のままでいいだろう。彼は僕がセントガルゴ学院に通っている事を知っている。
 早速応接室に向かおうとした僕だったが、ある事を思い出しピタリと立ち止まった。そして、その場で振り返り、双子に目を向ける。

「二人も一緒に来て」

「ほえ?」

「私達もですか?」

 不思議そうな顔をしている二人に向かって僕ははっきりと首を縦に振った。

「この前の酒場の事、忘れているわけじゃないよね?」

「「あっ……」」

 綺麗に二人の声がハモる。双子が酒場で暴れた尻拭いは全部ジルベール団長がやってくれたっていうのに、感謝も謝罪もしていないからね。僕は気まずそうな顔をしている二人を引き連れて応接室に入っていった。

「お待たせしました」

「やぁ、レイ。お邪魔させてもらっているよ」

 僕達が入っていくと、ジルベールは柔和な笑みを向けてきた。やっぱり彼は人格者だね。僕達みたいな騎士団の爪弾きに対しても、変わらず接してくれる。

「やっと帰ってきたんすか。遅いっすよ」

「その言葉はそっくりそのまま君に返すよ」

 ソファで踏ん反り返っているヴォルフにジト目を向けながら、ジルベールの向かいに腰を下ろした。その横にファルとファラがちょこんと座る。それと同時にノーチェが僕の前にコーヒー、双子には紅茶を置いた。

「……流石にお酒は飲んでいないようだね」

「何言ってんすか? 真昼間から酒なんて飲むわけないでしょ!」

 よく言うよ。相手がアレクシスや女王だったら躊躇なく酒盛りを始めるくせに。

「俺は酒でもよかったんだがな」

「おっ、ジルベールの旦那は結構いける口? だったら今度はコーヒーじゃなくてウィスキーでも出さなきゃ失礼にあたるわな」

「……応接室は酒場じゃないんだよ?」

 呆れながら僕が言っても、ヴォルフはヘラヘラと笑っているばかり。暖簾に腕押し糠に釘だね。僕はため息を吐くと、ジルベールに向き直った。

「それで、ジルベールさんがこんな場所にいらした理由を聞きたいところなんですが……」

 ここで言葉を切り、ファラ達に目を向ける。その意図を汲み取った二人が神妙な顔で頭を下げた。

「この間は申し訳ありませんでした。ボスから聞きましたが、ジルベールさんが色々と手を回してくださったようで助かりました」

「ごめんなさいとありがとうございます……」

 突然の謝罪に驚いた様子のジルベールであったが、すぐにニヤリと悪ガキのような笑みを浮かべる。

「結構な暴れっぷりだったみたいだな。うちの奴らが戦慄していたぞ?」

「あの……その……」

「そうだねー。結構暴れちゃったかな?」

 赤面して顔を俯けるファラに比べ、ファルは頭の後ろに手を回しながら言った。多分、この子はあんまり反省をしていない。

「あぁ、いいんだいいんだ。一番最初に手を出したのはうちのバカ副団長だし、うちの奴らにとっていい刺激になったしさ。こちらが礼を言いたいくらいだよ」

「あ、はい……そう言っていただけると救われます」

「お礼なんて別に痛っ!! ……救われます」

 もう既に他人事のように思っているファルの脳天に手刀を叩き落とすと、彼女は涙目で頭頂部をさすりながら頭を下げた。それを見たジルベールが苦笑いを浮かべる。

「こっちの大将は随分厳しいみたいだな。俺も見習わないといけないわな」

「見習うだなんてそんな……ジルベールさんの方が団長として第六騎士団をまとめて成果を出しているじゃないですか?」

「そんな大層なことじゃないって。優秀な部下達に恵まれただけだ」

「優秀な部下……」

 それは当然あの駄犬も入ってくるんだろうね。認めたくはないけど腕だけは立つし。そんな僕の心内を読み取ったのか、ジルベールは困った顔で笑った。

「本当にお前らは難しい関係だなぁ……聞いたぞ? 酒場で暴れた罰って事で俺がデボラ女王に進言して学院の特別講師としてあのバカを送ったら、担当したクラスがレイのクラスのところだったんだろ?」

「……あいつが学校に来たのはそういうわけがあったんですね」

 おかしいとは思っていた。僕達と違って普通の騎士は訓練、調査、警固と仕事がてんこ盛りだ。いくら学生のメリットになるとはいえ何の理由もなく女王が騎士団を学院に派遣するわけがない。

「何クラスかあるうちのレイのクラスにドンピシャでぶつかるなんて、偶然ってのはすごいよな。お前ら、運命の赤い糸で結ばれているんじゃないか?」

「もし、そうなら死に物狂いでその糸をぶった切ってやりたいですね。……それに偶然や運命なんかじゃないですよ。ねぇ? ノーチェさん?」

 僕が視線を向けると、ノーチェは朗らかに笑い返してきた。

「流石はレイ様ですね。女王様からは口止めされていましたが、勘付かれてしまったのなら仕方ない。彼女からレイ様の授業のスケジュールを聞かれました」

 やっぱりね。あの人は僕とあのバカを事あるごとにぶつけようとする。まったく……戯れが過ぎる女王にも困ったものだ。僕は呆れた様子でカップを手に取り、コーヒーをすする。

「そろそろジルベールさんがいらした理由を伺ってもいいですか?」

「ん? あぁ、そうだったな。うっかり本題を忘れる所だった」

 ジルベールが照れたように頬をポリポリと掻く。

「ここに来たのはレイにお礼を言おうと思ってさ」

「お礼ですか?」

「あぁ。ダンジョンに取り残されたお偉いさんを助けてくれただろ? あのダンジョンの調査を命じられたのは俺達第六騎士団だからよ」

「なるほど……そういう事ですか」

「俺達に落ち度があろうとなかろうと、御三家の娘が命を落としたとなればその責任は免れない。そうなったら俺の首一つじゃ全然足らなかっただろうな」

 ジルベールが笑いながら天気の話をするような気安さで言った。ふむ、実際彼の言う通りだろう。はっきり言ってソフィアの命はそれほどに重い。首一つっていうのは団長をクビになる、という事ではなく文字通りの意味だろうね。

「お礼を言われるほどのことはしていませんよ。騎士団としての仕事を全うしただけですから」

 多分、今の言葉をグレイスが聞いたらすごい顔をしそうだな。現に第零騎士団の面々はありえないモノを見るような目で僕を見ているし。

「そんな騎士団の鑑のような発言をされちまったらこっちの立つ瀬がないだろうに。まぁ、そんなお前さんに感謝を込めて耳寄りな情報を持ってきたってわけだ」

「耳寄りな情報?」

 僕が聞き返すと、ジルベールはカップに口をつけながら軽く頷いた。

「ほら、興味を持っていただろ? カームの村の山賊について」

 ガチャンッ!!

 その瞬間、隣でカップの落ちる音がした。僕が目を向けると、ファルが茫然自失の表情でジルベールの顔を見つめている。自分がカップを落としたことも気づかずに。

「い、今なんて!?」

「え? い、いや俺達が追っている山賊に以前レイが興味を持っていたからさ」

 ファルの変貌ぶりにジルベールは動揺を隠せないようだった。かくいう僕は自分の失態に思わず内心舌打ちをする。

「カームの山賊……」

 独り言のように呟くと、ファルはハッとした表情でヴォルフに目を向けた。ヴォルフは特に変わった様子もなく、タバコに火をつける。

「なんて顔してんだよ、ファル。可愛い顔が台無しだぞ?」

「ヴォ、ヴォル兄……!!」

「ばーか。もう気にしてねーよ」

 優しい声でそう言うと、ヴォルフはゆっくりとタバコを吸った。まだ何か言いたげだったファルだったが、口を閉じると神妙な顔で下を向く。

「えっとー……」

 なんとも言えない雰囲気に戸惑っているジルベールに僕は笑顔を向けた。

「すいません、ジルベールさん。大変申し訳ないのですが、その話はまた後日にしてもらってもいいですか?」

「……その方がよさそうだな」

 ジルベールはヴォルフとファラを交互に見ると、申し訳なさそうに頭をかく。はぁ……その話は僕以外の零騎士の面々にはしないように、事前に言っておくべきだった。

 何となく気まずい感じになったジルベールは差しさわりのない話をしてから帰っていった。彼は別に悪くない。こちらの内情を知らないのだから仕方がないことだ。
 その後、少しだけ身体を動かしてからノーチェの用意してくれた夕食をとる。ヴォルフはいつも通りだったが、ファルはその間一言も言葉を発しなかった。ずっと思い悩んだ様子で食事は半分も手を付けていない。大食漢の彼女がご飯を残すなんて余程の事だ。とりあえず変わった様子のないヴォルフは置いておいて、ファルのフォローに回った方がいいだろう。

 だが、僕の認識は間違っていた。自然に振舞うことこそが不自然であることに気が付かなかった僕はそれを知る事になる。

 翌朝、ヴォルフの姿は屋敷から忽然と消えていたのだった。

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