3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第77話 お礼

 御三家の娘を救出するという華々しい舞台を飾ってしまった日の翌日、特に変わらぬ登校風景がそこにはあった。昨日帰った時もファルとファラから何も言われなかったし、クロエと朝会った時も別段変わった会話はしていない。まぁ、昨日の事だからね。学校に行ったら色々と僕の話を聞く事になるだろうから、次に会った時はそうはいかないだろう。事実が歪曲していないといいけど。
 そんな事を考えながら一人で校門をくぐった僕は歩きながらなんとはなしに周りを見渡す。いつものように校舎の前で待っていると思っていたグレイスが、今日はなぜかいなかった。その代わり銀色タブルドリルが特徴的な美少女が一人、緊張した面持ちで佇んでいる。
 朝早くから彼女がこんな所にいる理由……学者じゃなくてもわかるよね。正直、もうビスマルク家には関わりたくないんだけど、無視するわけにはいかない。だって、ジッと僕の事を見ているからね。

「おはよう、ソフィアさん」

「お、おはようございますですわ」

 なるべく軽い調子で声をかけたら、もの凄いぎこちない挨拶が返ってきた。やっぱりぱたいたのはやり過ぎだったかな? 凄い怯えられている気がする。

「あー……足の方は大丈夫?」

 包帯が巻かれている足をチラリと見ながら聞くと、ソフィアは少し慌てた様子でその足を隠すように後ろへと回した。

「だ、大丈夫ですわ! これくらいなんともないです!」

「そう、それはよかった」

 僕が笑顔で答えると、彼女は僅かに頬を赤くしながら顔を俯ける。そして、身体をもじもじと動かしながら黙りこくってしまった。
 訪れる沈黙。これはかなりきつい。どっかの氷魔法が得意な誰かさんなら別に話さなくても気にならないっていうのに、この子の場合は胃が痛くなりそうだ。僕はため息が出そうになるのを必死に堪えながら、努めて柔らかい声音で話しかける。

「僕に何か用かな?」

「あっ……えーっと……その……」

 なんとも彼女らしくない。昨日まではあんなにも勝気で自分に並び立つ者などいないと言わんばかりの態度だったのに、今は街角に捨てられた子猫みたいだ。確かに、これまでの彼女は自分の実力を増長する節があったけど、これはこれであまり芳しくない事だよね。少し悩んだけど、僕は外面で塗り固めた仮面をちょっとだけ外す事にした。

「……反省することは大事だけど、自分の何もかもを否定するのは間違っているよ?」

「えっ?」

 ソフィアが顔を上げ、その大きな目で僕の顔を見つめる。

「君は過ちを犯した、それは紛れもない事実だ。その事を噛みしめ、自分を律することはとても大切なことだと思う」

「…………」

 僕の言葉を聞いたソフィアが落ち込んだように眉を落とした。それを見れば彼女が自分の行いをしっかりと悔い改めていることがわかる。それで十分だ。

「でも、それで君の魅力を殺してしまうのはよくない」

わたくしの魅力……?」

 恐々と聞き返してきたソフィアに僕は力強く頷く。

「昨日までのソフィアは御三家としての誇りを持ち、貴族らしい堂々とした振る舞いをしていたよ。でも、今の君は萎縮してしまってその面影がまるでない」

 まぁ、やり過ぎだった感は否めないけどね。それでも、それはソフィアの魅力だったとはっきり言うことができる。

「君は御三家の当主としていつか上に立つ立場になる。そんな人がおどおどしていたら、仕える人達が不安になってしまうよ?」

「…………」

 ソフィアは何も言わずに思案げな表情を浮かべた。僕の言った事を自分の中で噛み砕いているのだろう。彼女は頭が悪い子ではないから、きっとわかってくれるはず。

「…………そうですわね」

 呟かれた声は小さくもはっきりしたものだった。勢いよくあげた顔からは先程までの弱気な雰囲気は消え、以前の彼女と同じように自信に満ち溢れている。

「私としたことが、自分を見失いかけていましたわ! 私はビスマルク家の次期当主……一度のミスで落ち込んでいる暇などありませんわ!!」

「うんうん。でも、そのミスを綺麗さっぱり頭から失くしたらダメだよ?」

「わ、わかっておりますわ!」

 僕がしっかり釘を刺すと、ソフィアは罰が悪そうな顔で頷いた。そして、彼女は気を取り直すように二三度深呼吸をしてから、真剣な表情で僕に向き直る。

「レイさん、昨日は本当にありがとうございました。私の命を救うだけではなく、大切な事も教えていただきましたわ。……それを伝えるために今日はお待ちしておりましたのに、またしてもお説教をされてしまいましたね」

「説教だなんてそんな大したもんじゃないよ。生意気な平民が身分を顧みず、身勝手な文句を言っているだけさ」

「いいえ」

 僕が苦笑いして言った言葉を、ソフィアは穏やかな笑みを浮かべながら否定した。

「あなたの言葉は思いやりに溢れております。それこそ家族に向けて放つような……私に兄妹がおりましたら、きっと同じような温もりを感じると思いますわ。あなたのような兄がいたら、どんなに幸せだったことか……」

「…………そっか」

 予想外の言葉に、僕は淡白な返事しかできない。自分の言った事の意味がわかったのか、ソフィアは顔を赤くしながら手をパタパタと振った。

「べ、別に兄になって欲しいって頼んでいるわけじゃありませんわよ!? あなたのような口うるさいお兄様など、御免被りますわ!!」

「当然だよね。僕みたいな得体の知れない平民が君の兄になるなんておこがましい事この上ないと思うよ」

「あっ……いや、そういうつもりで言ったわけでは……」

 しどろもどろになる彼女を見て僕は内心笑みを浮かべる。なんともからかいがいのある子だ。尤も、御三家である彼女をからかおうなんて輩はこの学校に僕ぐらいしかいないだろうけどね。

 コホン、と咳払いを挟み、ソフィアはなんとか体裁を整える。だが、その頬はまだ赤みがさしていた。

「と、とにかく私がお伝えしたかったのは感謝の念でございますわ! こうやって人目を忍んだのは、大勢の前で私からお礼を言われたら、あなたに迷惑がかかると思ってのことです!」

 へぇ……僕の事を考えてくれたのか。彼女の言う通り、教室でこんな話をされようもんなら、またしても針の筵になる事は間違い無いからありがたいな。

「それともう一つ……」

 ん? まだ何かあるのかな?

「助けていただいたお礼をさせていただこうと思いますわ!」

 ……なにやら雲行きが怪しくなってきたね。何故か勝ち誇った顔をしている彼女を見ていると、僕の不安が激しくかき立てられるんだけど。

「……お礼なんてしなくていいけど、そういうわけにはいかないんだよね?」

「当然ですわ! 我がビスマルク家は恩を感じて素知らぬ顔をしているような薄情な家ではありませんのよ!」

 むっ……そう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。こうなったらそのお礼とやらが出来るだけ穏便である事を願うことしかできない。

「具体的な内容を聞いてもいい?」

「もちろん! お礼の中身に関しては色々と悩みましたわ! ……あなたは身分的にあまり目立ちたくないと思いますし」

 そう言いながら彼女はチラリと僕の顔色を窺った。そっか、ソフィアはぼくが普通の平民じゃない事を知っているのか。詳しく聞いてこないのは流石御三家と言える。自分が知らない事を知る事がいかにリスキーであるかをちゃんと把握しているんだね。これならそんなに身構える事はないかな?

「そこで名案を閃いたのです! 人の目に触れる事なくお礼をする方法を!!」

 ソフィアは自信たっぷりの顔でビシッと僕の事を指さした。うん、そんなに悪くないかも知れないね。目立たないならどんなお礼でも……。

「夏季休暇の時に、あなたをお忍びでビスマルク家へとご招待いたしますわ!」

 …………前言撤回。考えうる限り最悪のお礼だ。

「ソフィアさん……それは」

「みなまで言わなくても大丈夫ですわ!」

 全力で断ろうとした僕の言葉を手で遮りながら、彼女は首を左右に振った。

「聞いた話によると、あのグレイスさんも協力していただいたらしいですね!だから、あの方もご招待いたしますわ! それなら、お一人で来るわけじゃないので気が引ける事はございませんわよね?」

「いや、そうじゃなくて……」

「安心してください! お迎えに上がる時も最大限人目につかないようにいたしますわ!」

「だから……!!」

「確か、夏季休暇の前にはクラス対抗戦もありましたわね! 私はそれに参加いたしますので、是非とも私の勇姿をご覧になってくださいまし!」

 だめだ。全く話を聞いてくれない。

「それではこの辺で失礼させていただきますわ!」

 そう言うと、ソフィアは肩を揺らしながら校舎の中に入っていった。残された僕は完全に途方に暮れている状態。

「……朝、僕がここを通る事を君が教えたんでしょ?」

 誰もいないはずの背後に話しかける。すると、藍髪の少女がスッと物陰から姿を現した。

「あなたの真似事をしてみたけど、中々面白いわね」

 言葉とは裏腹にその表情は浮かない。その理由は恐らく僕と同じだろう。

「あまりにも熱心にあなたと二人っきりになれる場所はないか、って聞かれたからね。答えないわけにはいかないでしょ? ……それとも、みんなの前で可愛い後輩からお礼を言われたかったかしら?」

「いや……それはないね。感謝しているよ」

 そんな事になろうもんなら火に油を注ぐ事になる。誰もいないこの場で話をしてくれたのはありがたい限りだ。……でも、はっきり言ってそれは些細な問題だったかも知れない。最後に投下された爆弾に比べれば。

「……夏季休暇の予定が決まった気持ちはどう?」

「……最高だね、本当」

 力の無い問いかけに、力の無い笑みで答える。僕とグレイスは同時に深いため息を吐いた。

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