3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜
第73話 風にそよぐ藍色の髪
放課後、僕は一人校舎の屋上に来ていた。ここは生徒の立ち入りが禁止されている場所だから、考え事をしたり身を隠したりするにはうってつけの場所だ。とは言っても、今回ここに来た目的はそのどちらでもない。いや、どちらでもある、と言った方が正しいかな?
盛大にやらかした昼休みの後、エステルから尋常じゃないくらい心配されてしまった。あんな口をきいて大丈夫なのか、とか本当に刺客を送られたらどうするのか、とかその他もろもろ。自分の事のように心配してくれる彼女にいたたまれなくなった結果、屋上に逃げてきたというのもある。
はっきり言って、そこら辺は僕にとって大した問題ではない。ビスマルク家にどう思われようが関係のないことだし、刺客云々はどうとでも対処できる。問題はソフィア・ビスマルクに対して感情の制御がきかないということだ。
本来の僕であればさっさとガルダン達を売っているだろう。別に彼をかばう義理もないし、相手が僕でなければ完璧にいじめが成立するような状況だった。まぁ、御三家といってもまだソフィアは家督を継いでいないし、継いでいたとしても子供のじゃれ合い程度で上級貴族を潰せるわけもない。ただ、抑止力としての効果は絶大に発揮するだろう。どちらにせよ、ガルダンが絡んでくることはなくなり、御三家に目をつけられることもなく、僕にはメリットしかなかったはずだ。
だけど、できなかった。頭では計算出来ていたのに、実行することは叶わなかった。
彼女を性根の腐った貴族にしたくない、という思いが生じたせいで、どう考えてもデメリットしかない選択肢を選んでしまった。我ながらバカげているとは思う。零騎士の仲間でもない、ましてやほとんど話したこともない少女を案じるとか、頭がどうかしてしまったとしか言いようがない。
………でも、その理由ははっきりしていた。
「はぁ……」
思わずため息が零れる。僕は屋上にある鉄柵に力なく寄りかかり、空を仰いだ。ふわりふわりと浮かんでいる雲を見て、少しだけ憧れる。あんな風に何にも縛られず、何にも考えず、風の赴くままに漂う事が出来たらどれだけ幸せだろうか。
「──あなたでもそんな露骨にため息を吐くことがあるのね」
そんな僕の耳に心地よい声が届く。僕は気怠そうに声のした方へと顔を向けた。
「ここは生徒立ち入り禁止だよ?」
「その言葉はそっくりそのままお返しするわ」
そう言うと、グレイスは微笑を湛えたまま僕の隣に移動する。そして、そこから見える景色をじっくり眺め始めた。
「……ここは静かだから私の数少ないお気に入りの場所なのよ」
「静かなのは同意するね。ここには普通誰も来ないだろうから」
「えぇ。だから先客がいたことに驚いたわ」
とても驚いているようには感じなかったけどね。彼女はそこで言葉を切ると、景色から視線を外し、ゆっくり僕の方へと顔を向けてくる。
「それ以上にお昼の件は驚いたのだけれどね」
「…………」
僕は静かに彼女から目を逸らした。探りを入れに来たってわけか。
「……僕があんなひどい言葉を吐くような奴だとは思わなかった?」
「いいえ。あなたがあの子に優しくしたことが意外だったのよ」
その言葉に、僕は思わずグレイスへと顔を向ける。彼女は真剣な目で僕を見つめていた。
「あれは罵詈雑言なんかじゃない、あの子を思っての発言だったわ。だからこそ驚いたのよ」
「僕が優しいことに?」
「あなたが優しいことは知っているわ。でも、それは身内に対してだけだと思っていた」
……本当に僕の事をよく理解していらっしゃる。恐ろしいくらいにね。こりゃ、心してかからないとボロが出てしまいそうだ。どうにも最近、彼女に対してガードが緩みがちなんだけど、彼女は零騎士ではないことをちゃんと肝に銘じておかなければならない。そんなに心を許していい間柄じゃないはずだ。今一度、気を引き締めなおした僕から彼女はどうでもよさそうに視線を外した。
「まぁ、あなたとビスマルクのお嬢さんの間に何があるのかなんて全然興味ないのだけれど」
「へっ?」
思わず間の抜けた声が飛び出す。この人、今興味ないとか言わなかった?
「……詳しい話を聞きに来たんじゃないの?」
「あら、厄介ごとに巻き込まないで欲しいわ。極秘の騎士団と御三家との関りなんて知って得することは何一つないわね」
いや、おっしゃる通りなんだけども。発言と行動が一致していないよね?
「だったらなんでここまで来たのさ?」
「そうねぇ……」
少し考える素振りを見せると、彼女は僅かに口角を上げる。
「珍しく落ち込んでいる誰かさんの顔を見に来ただけよ」
そして、そのまま悪戯っぽい笑みを向けてきた。
「私を対抗戦に巻き込んだ罰が当たったのね。ざまあみろってところかしら?」
そよ風に藍髪をたなびかせ、嬉しそうに笑うその顔に、一瞬だけ見惚れてしまった自分がいた。
僕は彼女から視線を切ると、脱力したように鉄柵へ身体を預け、苦笑いを浮かべる。
「……相変わらずいい性格しているよ」
「そんなに褒められると照れてしまうわ」
僕は内心ほっとしていた。言いたくないことを言わなくて済んだってこともその理由にはあるけど、一番は彼女が人の過去を詮索するような覗き屋でないことが分かったからだ。なんだかんだ言って彼女と軽口を叩き合えるこの関係を気に入っているんだと思う。僕は彼女にゆっくりと向き直り、柔和な笑みを浮かべた。
「いつか本気で照れさせてみたいね」
少しだけ意外そうな顔をした彼女は、微笑みながら視線を景色の方へと戻す。
「……手ごわいと思うわよ?」
「そうじゃないと困るな」
僕が軽い口調で言うと、グレイスは景色を見たまま小さく笑った。
それからしばらく、僕達は何も言わずに屋上で佇んでいた。零騎士の仲間達以外で無言が苦痛ではないと思えたのはいつぶりだろうか? もう長いことそんな人に出会っていない気がする。……三年ぶりってところか。
「……なんだか様子がおかしいわね」
少しだけ過去の出来事を思い出していた僕の耳に、グレイスの声が不意に届く。ちらりと目を向けると、彼女は校庭の方を見ていた。すぐさま僕もそっちに視線を走らせる。そこでは結構な数の生徒達が例のダンジョンの前でどよめいていた。
「騒がしすぎる気がするわ」
「ダンジョンを見に来た、って感じではなさそうだね」
恐らく昼間の段階でダンジョンに対する熱はそこそこ収まっているはずだ。放課後になってこんなに盛り上がりを見せるなど考えられない。しかも、遠目だからはっきりとはわからないが、ダンジョンを前にしてテンションが上がったのとは違う気がする。
「……とりあえず様子を見に行ってみるしかない」
「厄介ごとに首を突っ込むかもしれないのに?」
「万が一クロエが巻き込まれていたら大変だからね」
「勤勉な騎士様ね」
苦笑しながらそう言うと、グレイスは軽々と鉄柵を越え、颯爽と屋上から飛び降りた。僕も慌ててその後に続く。校舎の壁を巧みに利用して降りていく僕とは裏腹に、彼女は一直線に降りていった。そして、地面が近くなったところで彼女の身体に魔力が滾る。
「"大空を舞う氷翼"」
グレイスが魔法を唱えた瞬間、彼女の背中から氷でできた翼が生えた。そのまま落下の勢いを殺していき、地面に軟着陸する。
「……本当に魔法ってずるいと思う。なんでもありだよね」
「その魔法を消してしまう誰かさんも十分反則だと思うわよ? さぁ、行きましょう」
少し遅れて降りてきた僕が不満げな顔で言うと、彼女は涼しげな表情でダンジョンに向かって歩き始めた。言いようのない敗北感に苛まれながら、仕方なく彼女の後についていく。
「っていうか、君は別に行く必要ないんじゃない?」
「私だって自分の学校で何か起きていたら気になるわ」
「……そうですか」
諦めたように息を吐く。そんな僕に彼女は微笑を向けてきた。
「クロエが巻き込まれていたらちゃんと手を貸すわよ。あの子はあなたの護衛対象であると同時に私の大切な友達だからね」
ふむ……それは悪くないかもしれない。例え僕がやりすぎたとしても彼女がやったことにすれば大抵のことは誤魔化しがきく。この口ぶりなら協力してくれそうだし。
そんな事を考えているうちにダンジョンの近くまでやって来た。ファルとファラの告白騒動程ではないけど、かなりの生徒がいるから前に行くのは骨が折れそうだ。僕は存在感を消しながらするりするりと人の隙間を縫っていく。その後ろにぴったりとグレイスがついてきた。
そして、やっとこさ一番前まで来たところで僕の目に飛び込んできたのは、学校の倉庫にある剣や斧で武装した三人の生徒が教師に激しく問い詰められている姿であった。それだけ見ればダンジョンに入ろうとして叱責を喰らっている場面に見えなくはないが、その三人の顔面は一様に蒼白で氷風呂に入ったかのようにブルブルと身体を震わせていることから、それほど単純ではないことを察する。
「おい! 残り一人はどうした!?」
「し、しし知らない……」
「ととと、突然、ま、魔物がたくさん……」
「に、逃げるのに必死で……」
なるほど。教師の目を盗んでダンジョンに入ったはいいけど、魔物が怖くなって逃げだしたってわけね。しかも、一人を残して。……でも、待てよ?なんでこっそり入り込んだのに教師達は人数を把握しているんだ?
「……どうやらクロエは関係ないようね」
「そうみたいだね」
なんにせよクロエがそんな事をするわけがないので彼女がダンジョンに取り残されたという事はない。つまり、僕には関係のない話だってことだ。
「もうすぐ騎士団の人達が来るから大丈夫でしょ?」
「それまで中に残った子はもつかしら?」
「それはわからないね」
一緒にダンジョンに潜った連中を見る限り、残った生徒も冒険慣れしていなさそうだ。しかも第一学年みたいだし、魔法も武術も付け焼刃程度の心得しかないと思う。相当運が良くなければ助からないだろうね。
「でも、僕が助けに行く義理はないよ」
「いいの? 市民を守る騎士団さん?」
「脚光を浴びて人を助けるのは他の騎士団の仕事。僕達は人知れず陰から民を救うのが役割だ。こんなに注目を浴びていたら助けに行くわけにはいかないね。……それとも君が行く?」
「……年長者の助言に従わず、自ら危険に飛び込んだ子を助けるのは気が進まないわね」
「そりゃごもっともだ」
自業自得という便利な言葉がある。今の状況がまさにそれ。
「そうと決まればさっさとこんな人が多い所からは……」
「おい! どうする!? ダンジョンに入るか!?」
「もうすぐ騎士団が来る! その指示を仰いだ方がいいだろう!」
「そんな悠長なことを言っていられないだろ!! ソフィア・ビスマルクはまだ中にいるんだぞ!?」
ピクッ。
偶々耳に飛び込んできた教師達の会話。その内容を理解する前に僕の身体は動いていた。
「……ソフィア・ビスマルクが中にいるんですか?」
「な、なんだお前は!? 今はお前に構っている時間なんて……!!」
「時間がない。答えろ」
僕は射殺すような視線で尋ねると、教師の男は口を噤みブンブンと首を縦に振る。それを確認した僕はすぐに腰砕けになって座り込んでいる三人の生徒に目を向けた。
「どうやって中に入った?」
「ぼ、僕達は何も……」
「御託は言い。要点だけ言え」
ギロリと睨みつけると、三人の身体が空気の抜けた風船のように縮こまる。
「ソ、ソフィア様が……ビ、ビスマルク家の名前を出して教師達に命令をして……」
…………はぁ。だからこの人達はダンジョンに入った生徒の人数を把握していたわけね。でも、彼らを責めることはできない。一雇用者である彼らが天下の御三家に命令されたら従わないわけにはいかないのだ。結局ここでも間違った力の使い方をしたわけか。
「……手伝いましょうか?」
いつの間にか背後に立っていたグレイスが声をかけてきた。僕は一瞬迷ったのち、首を左右に振る。
「いや、大丈夫。君は騎士団がきたら事情を説明しておいて」
「わかったわ。こっちの事はまかせて」
「これ、借りるよ」
僕は地面に落ちている安物の剣を二本拾い上げると、全速力でダンジョンの中へと入っていった。
盛大にやらかした昼休みの後、エステルから尋常じゃないくらい心配されてしまった。あんな口をきいて大丈夫なのか、とか本当に刺客を送られたらどうするのか、とかその他もろもろ。自分の事のように心配してくれる彼女にいたたまれなくなった結果、屋上に逃げてきたというのもある。
はっきり言って、そこら辺は僕にとって大した問題ではない。ビスマルク家にどう思われようが関係のないことだし、刺客云々はどうとでも対処できる。問題はソフィア・ビスマルクに対して感情の制御がきかないということだ。
本来の僕であればさっさとガルダン達を売っているだろう。別に彼をかばう義理もないし、相手が僕でなければ完璧にいじめが成立するような状況だった。まぁ、御三家といってもまだソフィアは家督を継いでいないし、継いでいたとしても子供のじゃれ合い程度で上級貴族を潰せるわけもない。ただ、抑止力としての効果は絶大に発揮するだろう。どちらにせよ、ガルダンが絡んでくることはなくなり、御三家に目をつけられることもなく、僕にはメリットしかなかったはずだ。
だけど、できなかった。頭では計算出来ていたのに、実行することは叶わなかった。
彼女を性根の腐った貴族にしたくない、という思いが生じたせいで、どう考えてもデメリットしかない選択肢を選んでしまった。我ながらバカげているとは思う。零騎士の仲間でもない、ましてやほとんど話したこともない少女を案じるとか、頭がどうかしてしまったとしか言いようがない。
………でも、その理由ははっきりしていた。
「はぁ……」
思わずため息が零れる。僕は屋上にある鉄柵に力なく寄りかかり、空を仰いだ。ふわりふわりと浮かんでいる雲を見て、少しだけ憧れる。あんな風に何にも縛られず、何にも考えず、風の赴くままに漂う事が出来たらどれだけ幸せだろうか。
「──あなたでもそんな露骨にため息を吐くことがあるのね」
そんな僕の耳に心地よい声が届く。僕は気怠そうに声のした方へと顔を向けた。
「ここは生徒立ち入り禁止だよ?」
「その言葉はそっくりそのままお返しするわ」
そう言うと、グレイスは微笑を湛えたまま僕の隣に移動する。そして、そこから見える景色をじっくり眺め始めた。
「……ここは静かだから私の数少ないお気に入りの場所なのよ」
「静かなのは同意するね。ここには普通誰も来ないだろうから」
「えぇ。だから先客がいたことに驚いたわ」
とても驚いているようには感じなかったけどね。彼女はそこで言葉を切ると、景色から視線を外し、ゆっくり僕の方へと顔を向けてくる。
「それ以上にお昼の件は驚いたのだけれどね」
「…………」
僕は静かに彼女から目を逸らした。探りを入れに来たってわけか。
「……僕があんなひどい言葉を吐くような奴だとは思わなかった?」
「いいえ。あなたがあの子に優しくしたことが意外だったのよ」
その言葉に、僕は思わずグレイスへと顔を向ける。彼女は真剣な目で僕を見つめていた。
「あれは罵詈雑言なんかじゃない、あの子を思っての発言だったわ。だからこそ驚いたのよ」
「僕が優しいことに?」
「あなたが優しいことは知っているわ。でも、それは身内に対してだけだと思っていた」
……本当に僕の事をよく理解していらっしゃる。恐ろしいくらいにね。こりゃ、心してかからないとボロが出てしまいそうだ。どうにも最近、彼女に対してガードが緩みがちなんだけど、彼女は零騎士ではないことをちゃんと肝に銘じておかなければならない。そんなに心を許していい間柄じゃないはずだ。今一度、気を引き締めなおした僕から彼女はどうでもよさそうに視線を外した。
「まぁ、あなたとビスマルクのお嬢さんの間に何があるのかなんて全然興味ないのだけれど」
「へっ?」
思わず間の抜けた声が飛び出す。この人、今興味ないとか言わなかった?
「……詳しい話を聞きに来たんじゃないの?」
「あら、厄介ごとに巻き込まないで欲しいわ。極秘の騎士団と御三家との関りなんて知って得することは何一つないわね」
いや、おっしゃる通りなんだけども。発言と行動が一致していないよね?
「だったらなんでここまで来たのさ?」
「そうねぇ……」
少し考える素振りを見せると、彼女は僅かに口角を上げる。
「珍しく落ち込んでいる誰かさんの顔を見に来ただけよ」
そして、そのまま悪戯っぽい笑みを向けてきた。
「私を対抗戦に巻き込んだ罰が当たったのね。ざまあみろってところかしら?」
そよ風に藍髪をたなびかせ、嬉しそうに笑うその顔に、一瞬だけ見惚れてしまった自分がいた。
僕は彼女から視線を切ると、脱力したように鉄柵へ身体を預け、苦笑いを浮かべる。
「……相変わらずいい性格しているよ」
「そんなに褒められると照れてしまうわ」
僕は内心ほっとしていた。言いたくないことを言わなくて済んだってこともその理由にはあるけど、一番は彼女が人の過去を詮索するような覗き屋でないことが分かったからだ。なんだかんだ言って彼女と軽口を叩き合えるこの関係を気に入っているんだと思う。僕は彼女にゆっくりと向き直り、柔和な笑みを浮かべた。
「いつか本気で照れさせてみたいね」
少しだけ意外そうな顔をした彼女は、微笑みながら視線を景色の方へと戻す。
「……手ごわいと思うわよ?」
「そうじゃないと困るな」
僕が軽い口調で言うと、グレイスは景色を見たまま小さく笑った。
それからしばらく、僕達は何も言わずに屋上で佇んでいた。零騎士の仲間達以外で無言が苦痛ではないと思えたのはいつぶりだろうか? もう長いことそんな人に出会っていない気がする。……三年ぶりってところか。
「……なんだか様子がおかしいわね」
少しだけ過去の出来事を思い出していた僕の耳に、グレイスの声が不意に届く。ちらりと目を向けると、彼女は校庭の方を見ていた。すぐさま僕もそっちに視線を走らせる。そこでは結構な数の生徒達が例のダンジョンの前でどよめいていた。
「騒がしすぎる気がするわ」
「ダンジョンを見に来た、って感じではなさそうだね」
恐らく昼間の段階でダンジョンに対する熱はそこそこ収まっているはずだ。放課後になってこんなに盛り上がりを見せるなど考えられない。しかも、遠目だからはっきりとはわからないが、ダンジョンを前にしてテンションが上がったのとは違う気がする。
「……とりあえず様子を見に行ってみるしかない」
「厄介ごとに首を突っ込むかもしれないのに?」
「万が一クロエが巻き込まれていたら大変だからね」
「勤勉な騎士様ね」
苦笑しながらそう言うと、グレイスは軽々と鉄柵を越え、颯爽と屋上から飛び降りた。僕も慌ててその後に続く。校舎の壁を巧みに利用して降りていく僕とは裏腹に、彼女は一直線に降りていった。そして、地面が近くなったところで彼女の身体に魔力が滾る。
「"大空を舞う氷翼"」
グレイスが魔法を唱えた瞬間、彼女の背中から氷でできた翼が生えた。そのまま落下の勢いを殺していき、地面に軟着陸する。
「……本当に魔法ってずるいと思う。なんでもありだよね」
「その魔法を消してしまう誰かさんも十分反則だと思うわよ? さぁ、行きましょう」
少し遅れて降りてきた僕が不満げな顔で言うと、彼女は涼しげな表情でダンジョンに向かって歩き始めた。言いようのない敗北感に苛まれながら、仕方なく彼女の後についていく。
「っていうか、君は別に行く必要ないんじゃない?」
「私だって自分の学校で何か起きていたら気になるわ」
「……そうですか」
諦めたように息を吐く。そんな僕に彼女は微笑を向けてきた。
「クロエが巻き込まれていたらちゃんと手を貸すわよ。あの子はあなたの護衛対象であると同時に私の大切な友達だからね」
ふむ……それは悪くないかもしれない。例え僕がやりすぎたとしても彼女がやったことにすれば大抵のことは誤魔化しがきく。この口ぶりなら協力してくれそうだし。
そんな事を考えているうちにダンジョンの近くまでやって来た。ファルとファラの告白騒動程ではないけど、かなりの生徒がいるから前に行くのは骨が折れそうだ。僕は存在感を消しながらするりするりと人の隙間を縫っていく。その後ろにぴったりとグレイスがついてきた。
そして、やっとこさ一番前まで来たところで僕の目に飛び込んできたのは、学校の倉庫にある剣や斧で武装した三人の生徒が教師に激しく問い詰められている姿であった。それだけ見ればダンジョンに入ろうとして叱責を喰らっている場面に見えなくはないが、その三人の顔面は一様に蒼白で氷風呂に入ったかのようにブルブルと身体を震わせていることから、それほど単純ではないことを察する。
「おい! 残り一人はどうした!?」
「し、しし知らない……」
「ととと、突然、ま、魔物がたくさん……」
「に、逃げるのに必死で……」
なるほど。教師の目を盗んでダンジョンに入ったはいいけど、魔物が怖くなって逃げだしたってわけね。しかも、一人を残して。……でも、待てよ?なんでこっそり入り込んだのに教師達は人数を把握しているんだ?
「……どうやらクロエは関係ないようね」
「そうみたいだね」
なんにせよクロエがそんな事をするわけがないので彼女がダンジョンに取り残されたという事はない。つまり、僕には関係のない話だってことだ。
「もうすぐ騎士団の人達が来るから大丈夫でしょ?」
「それまで中に残った子はもつかしら?」
「それはわからないね」
一緒にダンジョンに潜った連中を見る限り、残った生徒も冒険慣れしていなさそうだ。しかも第一学年みたいだし、魔法も武術も付け焼刃程度の心得しかないと思う。相当運が良くなければ助からないだろうね。
「でも、僕が助けに行く義理はないよ」
「いいの? 市民を守る騎士団さん?」
「脚光を浴びて人を助けるのは他の騎士団の仕事。僕達は人知れず陰から民を救うのが役割だ。こんなに注目を浴びていたら助けに行くわけにはいかないね。……それとも君が行く?」
「……年長者の助言に従わず、自ら危険に飛び込んだ子を助けるのは気が進まないわね」
「そりゃごもっともだ」
自業自得という便利な言葉がある。今の状況がまさにそれ。
「そうと決まればさっさとこんな人が多い所からは……」
「おい! どうする!? ダンジョンに入るか!?」
「もうすぐ騎士団が来る! その指示を仰いだ方がいいだろう!」
「そんな悠長なことを言っていられないだろ!! ソフィア・ビスマルクはまだ中にいるんだぞ!?」
ピクッ。
偶々耳に飛び込んできた教師達の会話。その内容を理解する前に僕の身体は動いていた。
「……ソフィア・ビスマルクが中にいるんですか?」
「な、なんだお前は!? 今はお前に構っている時間なんて……!!」
「時間がない。答えろ」
僕は射殺すような視線で尋ねると、教師の男は口を噤みブンブンと首を縦に振る。それを確認した僕はすぐに腰砕けになって座り込んでいる三人の生徒に目を向けた。
「どうやって中に入った?」
「ぼ、僕達は何も……」
「御託は言い。要点だけ言え」
ギロリと睨みつけると、三人の身体が空気の抜けた風船のように縮こまる。
「ソ、ソフィア様が……ビ、ビスマルク家の名前を出して教師達に命令をして……」
…………はぁ。だからこの人達はダンジョンに入った生徒の人数を把握していたわけね。でも、彼らを責めることはできない。一雇用者である彼らが天下の御三家に命令されたら従わないわけにはいかないのだ。結局ここでも間違った力の使い方をしたわけか。
「……手伝いましょうか?」
いつの間にか背後に立っていたグレイスが声をかけてきた。僕は一瞬迷ったのち、首を左右に振る。
「いや、大丈夫。君は騎士団がきたら事情を説明しておいて」
「わかったわ。こっちの事はまかせて」
「これ、借りるよ」
僕は地面に落ちている安物の剣を二本拾い上げると、全速力でダンジョンの中へと入っていった。
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