3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第63話 御三家

「朝は時間がないと断られましたが、お昼休みが始まったばかりの今なら問題ないですわ! グレイスさん! わたくしと闘いなさい!!」

 教室に気の強い声が響き渡る。だか、ご指名の相手はここにはいない。教室中の注目を浴びながらソフィアは顔を顰めて周りを見渡した。

「……いない。逃げましたわね。絶対に逃しませんわっ!」

 そう吐き捨てると、ソフィアは勢いよく駆け出していく。僕は去っていく彼女を見送ってから、呆れた声で隣にいるジェラールに話しかけた。

「よくやるよ、本当」

「そうだね。ビスマルクのご令嬢は元気がいいようだ」

 楽しそうに笑いながら彼は弁当の中身に手を伸ばす。

「彼女と戦っても別にいいことなんて何もないだろうに」

「そうか? 強いやつと戦いたいって思うのは普通の事だろ?」

「ソフィア嬢の狙いは君とは少し違うと思うよ、ニック君」

 さも当然とばかりに言い放ったニックにジェラールが笑いかけた。その言葉を聞いたエステルが不思議そうに首を傾げる。

「その狙いって何よ?」

「おやおや、ノルトハイムのご令嬢には少し難しい問題だったかな? あんまり自分を鍛えてばかりだと、脳みそまで筋肉になってしまうよ?」

「なんですって!?」

「まぁまぁ落ち着いて、エステル」

 肩を怒らせるエステルを隣に座るクロエが微笑みながら宥めた。相変わらずエステルとジェラールは折り合いが悪いらしい。というより、エステルが苦手にしているって言った方がいいかな? ジェラールは彼女をからかって楽しそうだし。

「聡明なクロエ王女は彼女の目的が分かっているようだね。どうか我々下々にご教授いただけないでしょうか?」

「もう……やめてよジェラール君」

 ジェラールがワザとらしく頭を下げるとクロエは苦笑いを浮かべる。

「目的かどうかわからないけど、名誉のためじゃないかな? ビスマルク家の名を轟かせるって言っていたし」

「流石は姫様」

「ん? 名誉のため? いったいどういう事だ?」

 ジェラールは微笑みながら頷いたが、ニックはいまいちピンときていないようだ。まぁ、平民の彼はそういう事情に疎いのも仕方がない。

「ニック君、君は貴族の中でも力を持つ『御三家』というものをご存知かい?」

「バカにすんな、それぐらい知ってるっての。あれだろ? 偉い奴らだろ?」

 どや顔で言ってのけたニックを見てジェラールはため息を吐いた。

「あぁ、そうだね。幼子に説明するには最高の文句だよ。でも、もう少し詳しく説明させてもらうと、王家と並んでここアルトロワを築いた名家のことだよ。……本当は四帝家と呼ばれていたんだけど、そのうちの一家は衰退してなくなってしまったんだ」

「ふーん。要するにお偉いさんだろ?」

「……うん、もうそれでいいや」

 ジェラールが諦めたように首を振る。それに代わる形でエステルが口を開いた。

「魔力のビスマルク家、武力のブロワ家、財力のシャロン家。御三家はそれぞれ力のあり方が違うのよ」

「はー武力のねぇ……道理でうちの生徒会長は強いわけだ」

「そうね。イザベル会長のお父様はあの王国騎士団の総騎士団長だからその血を引いているってわけよ。あのソフィアって子もそうよ。グレイスと同じレベルⅤの魔法師だったし、流石はビスマルク家って事ね」

 流石はビスマルク家、か……。微妙な顔で話を聞いている僕に気が付かないままエステルは話を続ける。

「御三家は強大な権力を有している。そして、それは拮抗していた。そのおかげでどこか一家の力が突出し、国が脅かされるなんていう事態を免れていたのよ……最近まではね」

「最近までは?」

 ニックが問いかけるとクロエが気まずそうな顔で頷いた。

「エステルの言う通りよ。ビスマルク家は不幸な事件があってから、そのご当主であるグレゴ・ビスマルク様が体調を崩されてしまって……今は他の二家に比べてビスマルク家の力が弱まっているという事なの」

「ほぇー……貴族の世界は大変なんだな」

 ニックは割とどうでもよさそうに言いながら、持っているサンドウィッチにかじりつく。

「あんまり興味がなさそうだね?」

「そりゃそうだろ。俺はただの平民なんだぜ? どう転んでもそんなお偉方と関わることなんてないしな。レイもそうだろ?」

 事も無げに言うニックに僕は曖昧な笑みを向けた。僕だってできることなら関わり合いにはなりたくないんだけどね……特にビスマルク家には。

「そんな事より俺は帰りに決めるクラス対抗戦の代表の方が気になるぜ!」

 ニックの目がギラギラと輝き始める。あぁ、二ヶ月後の獅子の月に行われるやつか。こんなに早い時期に決めるんだっけ。

「代表は決まっているようなものさ。エステル嬢にニック君、それに姫様とガルダン氏だね。あとは……ガルダン氏のお付きであるグルート氏かチーザス氏辺りが妥当かな?」

「え? 私?」

「そうね。実力的にそうなるわね」

 驚くクロエとは対照的に、エステルは自信ありげな笑みを浮かべた。

「そんな決まりきったことより、次の時間の事を楽しみにしなさいよ!」

「次の時間?」

「えぇ! 次の実技の授業のことよ!!」

 なぜだか興奮した面持ちでエステルが立ち上がる。え?彼女のテンションが上がる事なんて何かあったっけ?

「次の授業では特別講師がやってくるそうよ! さっき実技の先生がこっそり教えてくれたの!」

「そうなのか?」

「えぇ! しかも現役バリバリの騎士団の人らしいわ!」

「まじかよ! 実戦経験の豊富な王国騎士と戦えるなんて最高じゃねぇか!」

 ニックも嬉しそうに笑いながら勢い良く立ち上がった。王国騎士の誰かが講師で招かれるなんて聞いてないぞ? とは言っても、つまはじきにされている第零騎士団僕達がその話を聞いてなくても何の不思議もないんだけどね。でも、わざわざ学園に来るような騎士なんているのかな。
 僕がちらりとクロエに目を向けると、彼女は困ったように笑った。どうやら誰が来るかは知っているけど、話すことはできないらしい。まぁ、次の時間に分かることだからあまり気にすることもないだろう。

「やれやれ……ほんの少し前は目も合わせられなかったというのに」

 楽しそうに次の実技の授業について話す二人を見て、ジェラールは軽く笑いながら言った。

「それほどまでに、ファラ嬢に心を奪われたという事かな?」

「あんなにエステルに夢中だったのにね」

 クロエが悪戯っぽくウインクをする。どうやら例に漏れずこういう類の話は好きらしい。王女様とはいえやっぱり女の子だね。

「でも、ファラかぁ……ニック君はとことんいばらの道を進むことになっちゃうなぁ」

「確かに。ファラが誰かを好きになるなんてあまり想像できないものね」

 僕が軽い口調で言うと、クロエに思いっきりジト目を向けられてしまった。なぜだ。

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