3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜
第61話 レイ式女性の落とし方(天然)
「ザインさんだっけ? 一つ聞いてもいいかな?」
僕がそう言った瞬間、ぎょろりとカエルの目玉みたいな目をこちらに向けてくる。正直、薄気味悪い。
「あなたはアリサさんのどこが好きなの?」
「…………どこが好き?」
ザインはニタリと口を三日月状にすると、奇妙な声を出してケタケタと笑い始めた。
「そんなの決まっている! 全てだよ!!」
「全て?」
「そうだ!! その舐めまわしたい小さな顔も! 成長途中の控えめな乳房も! 吸い付きたくなるような柔らかな肌も!! 全部、全部全部! アリサを構成する全てのパーツを俺は愛しているのだ!! はーっはっはっは!!」
もはや狂気に近い笑い。アリサはあまりの恐怖で身をすくませてしまっている。なるほど、表現はあれだけど好きだっていうことは伝わってきた。……でも、それじゃ全部とは言えないね。
「それだけ?」
「…………は?」
「それだけなの?」
僕が至極平坦な口調で尋ねると、ザインは笑うのを止め、僕の事を凝視する。
「ザインさんの言ってることって身体的特徴だけだよね。それなら見た目がタイプって言えばそれで終わりでしょ? 全部ってことはそれだけじゃないよね。で? 他にはどんなところが好きなの?」
「なっ……!?」
なぜだかわからないけど、ザインが少し慌て始めた。あれ? なんか変なこと聞いちゃったかな?
「も、もちろん他にもあるに決まっているだろ! 彼女の笑顔は男を虜にする!!」
「それは可愛い顔の延長だよね?」
「い、いつも明るく接してくれる……!!」
「抽象的すぎる。具体的にはどう明るいの?」
「わ、笑って俺達冒険者を送り出して……!!」
「それって最初に言った笑顔と何にも変わらないよね?」
「お、俺達にとって太陽みたいな存在で……!!」
「だからなに? 意味が分からないんだけど」
「…………」
黙りこくってしまった。いつもの癖で尋問調になってしまったのが良くなかったのかもしれない。でも、これくらいで何も言えなくなるってことはその程度ってことだね。
「なんだ。結局、外見が好きなだけなんだ」
僕がつまらなさそうに告げると、ザインはギリッと下唇を噛みしめた。
「まぁ、確かにアリサさんは可愛いと思うよ」
「っ!?」
僕の手を握る彼女の手がビクッと震える。あぁ、ごめん。いきなりそんなこと言われても戸惑っちゃうよね。でも、枕詞のようなものだから我慢して欲しい。
「だけど、可愛い子がいいなら別に彼女じゃなくてもいいんじゃない? こんなに固執するってことは何か特別な理由があるんでしょ?」
「…………」
本当に見た目だけなんだ。逆にそれだけでここまで入れ込んだことが驚きだよ。
「……さっき冒険者を笑って送り出すって言ってたよね? その意味はわかってる?」
「……彼女が優しいからだ」
「そうだね、うん。その通りだと思うよ」
子供みたいな回答に思わずガクってなりそうになった。
「でも、ザインさんはその優しさの意味が分かっていない。そして、冒険者という職業も」
「なに?」
ザインが僕をキッと睨んできた。ただの虚勢にしか見えないので怖くもなんともない。
「冒険者っていうのはいつだって死と隣り合わせだ。高レベルの魔物に襲われるかもしれない、薬草を取りに行って足を滑らせ崖から落ちるかもしれない、誤って毒物を摂取してしまうかもしれない。今日上機嫌に酒を飲んでいた者が明日は土の下にいることだって珍しくない。だからこそ、彼女は笑顔で見送るんだよ。死の間際になって、笑って送り出されたことを思い出せるように、その人生に少しでも悔いが残らないように」
……って、感じだったらいいなぁ。直接聞いたわけじゃないから口から出まかせもいいとこだね。お願いだから突っ込まないで、って思いを込めてアリサの方を見たら、なぜか潤んだ瞳で見つめ返された。泣きそうになるほど違っていたのか。
「彼女が依頼をやんわり拒否するのもそう、体調を気遣うのもそう、明るい態度で接するのもそう。生きて帰ってきて欲しいっていう彼女の優しい願いが詰まっているんだ。……それはザインさんが言った薄っぺらい『優しさ』とは違うんだよね」
「…………だまれ」
「そんな事も理解せずに『好きだ』『愛してる』だなんて言われても滑稽なだけだよ」
「だまれ」
「上っ面しか見てないあんたに、彼女を好きになる資格なんてない」
「だまれぇぇぇぇ!!」
ザインが怒声を上げながら腰に差さっていた剣を抜いた。……あーぁ、抜いちゃったか。
「レイさんっ!!」
アリサが焦った声を上げて僕の腕を強く引っ張る。そんなに強く掴まれていたら左手は使えないね。まぁ、片手でも問題ないでしょ。
「外野の分際でぺちゃくちゃとうるさいんだよ!! お前を殺して俺はアリサと添い遂げえるんだぁぁぁ!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
剣の切っ先をこちらに向けて走ってくるザインを見て、アリサが叫び声を上げる。僕は何の感情もない顔でそれを見つめていた。
「…………は?」
「…………え?」
「スピードもない。キレも鈍い。殺すっていう気概もまるで足りない。これでよく冒険者なんてやってられたもんだ」
自分の剣が二本の指で止められている様を見て、ザインは大きく目を見開いている。アリサも口に手を当てて驚いていた。てんで話にならないね。冒険者としても殺し屋としても男としても落第点だよ、まったく。素人に毛が生えた程度の男に本気を出すつもりなんて毛頭なかったけど、凶器を取り出してしまったんだ。……少し、怖い思いをしてもらわないといけないね。
「一つだけ忠告しておく」
完全に思考が停止したザインに、僕はありったけの殺気をぶつける。
「今度彼女の周りをうろついたり、少しでも怖い思いをさせたりしたら殺す。あんたにその気がなくても彼女がそう感じたら、だ。アリサから相談を受けた時点で殺す。あんたが美味しいご飯を食べているときでも、気持ちよくシャワーを浴びているときでも、いい女を抱いているときでも構わず殺しに行く。……肝に銘じておけ」
冷たい声でそう告げると、ザインはブルブルと震え始めた。その足元に黄色い水たまりができていく。あーあ、せっかく奇麗にしていた鎧が下半身だけ汚れてしまったね。
「う、あぁぁぁぁああぁぁ!!」
彼は持っていた剣を手放すと、半狂乱になりながら回れ右して駆け出した。その前に突如として現れる氷の壁。
「とりゃぁぁぁぁぁ!!」
そして、金髪ツインテールの女の子が威勢のいい掛け声とともに僕の横を飛んでいく。その声に振り向いたザインの顔に、エステルの膝が見事に食い込んだ。あれはかなり痛いぞ。せっかく僕が手を出さず穏便に済ましたっていうのに台無しだ。
「ご苦労様」
後ろから労いの声が聞こえた。振り返ると、グレイスが微笑を浮かべて立っている。
「こんなところでいいかな?」
「えぇ、十分よ。……それにしてもかなり怯えていたようだけど、一体何をしたの?」
「……それは僕とアリサさんだけの秘密だよ。ね?」
僕が笑いかけると、アリサさんは慌てて顔を下に向けた。少しだけ傷つく。
「僕はそろそろはけるよ。どうせ騎士団を呼ぶんでしょ? それなら僕はいない方がいい」
駆け付けた騎士団の中に僕を知っている人がいたら面倒くさいからね。どうせいい顔されないだろうし。
「わかったわ。後は任せて」
「頼んだよ。……アリサさん?」
繋いでいた手を離そうとしたが、なぜかアリサは強く握ったままだった。まだ怖いのかな?
「もう大丈夫だよ。あれくらい脅しておけば二度と近づかないだろうし、それ以前に彼は牢屋に入ることになるだろうしね。釈放されて身の危険を感じたらまた僕に言ってくれればいい」
それはグレイスのお願いに入っていないけど乗り掛かった舟だ。頼まれた依頼は中途半端にしてはいけない。
「あ、ありがとうございます! ほ、本当に助かりました!!」
「うん。…………あの、手」
「あっ!」
まだ僕の手をしっかりと握りしめているアリサの手を見ながら言うと、アリサは顔を真っ赤にしながら慌ててその手を離した。ふぅ、これでやっと帰れるよ。
「じゃあ、よろしくね」
「えぇ。また明日」
僕は笑顔のグレイスに見送られながらさっさとこの場を後にした。
*
「レイさん……」
アリサは自分の心に刻み込む様にその名を呟いた。初めてだった、自分の事をあんなにも理解してくれる人は。外見なんかではない、自分の仕事ぶりをしっかり見てくれた。評価してくれた。自分が冒険者に込める思いに気づいてくれた。
鼓動が高鳴る。頬が熱くなる。彼の声が、彼の笑顔が、彼の言葉が自分の胸を鷲掴みにして離さなかった。
「……罪な男ね」
熱に浮かされたような顔をしているアリサを見てグレイスがそっと囁く。だが、レイの事で頭がいっぱいになっている彼女の耳にその言葉は全く届かなかった。
僕がそう言った瞬間、ぎょろりとカエルの目玉みたいな目をこちらに向けてくる。正直、薄気味悪い。
「あなたはアリサさんのどこが好きなの?」
「…………どこが好き?」
ザインはニタリと口を三日月状にすると、奇妙な声を出してケタケタと笑い始めた。
「そんなの決まっている! 全てだよ!!」
「全て?」
「そうだ!! その舐めまわしたい小さな顔も! 成長途中の控えめな乳房も! 吸い付きたくなるような柔らかな肌も!! 全部、全部全部! アリサを構成する全てのパーツを俺は愛しているのだ!! はーっはっはっは!!」
もはや狂気に近い笑い。アリサはあまりの恐怖で身をすくませてしまっている。なるほど、表現はあれだけど好きだっていうことは伝わってきた。……でも、それじゃ全部とは言えないね。
「それだけ?」
「…………は?」
「それだけなの?」
僕が至極平坦な口調で尋ねると、ザインは笑うのを止め、僕の事を凝視する。
「ザインさんの言ってることって身体的特徴だけだよね。それなら見た目がタイプって言えばそれで終わりでしょ? 全部ってことはそれだけじゃないよね。で? 他にはどんなところが好きなの?」
「なっ……!?」
なぜだかわからないけど、ザインが少し慌て始めた。あれ? なんか変なこと聞いちゃったかな?
「も、もちろん他にもあるに決まっているだろ! 彼女の笑顔は男を虜にする!!」
「それは可愛い顔の延長だよね?」
「い、いつも明るく接してくれる……!!」
「抽象的すぎる。具体的にはどう明るいの?」
「わ、笑って俺達冒険者を送り出して……!!」
「それって最初に言った笑顔と何にも変わらないよね?」
「お、俺達にとって太陽みたいな存在で……!!」
「だからなに? 意味が分からないんだけど」
「…………」
黙りこくってしまった。いつもの癖で尋問調になってしまったのが良くなかったのかもしれない。でも、これくらいで何も言えなくなるってことはその程度ってことだね。
「なんだ。結局、外見が好きなだけなんだ」
僕がつまらなさそうに告げると、ザインはギリッと下唇を噛みしめた。
「まぁ、確かにアリサさんは可愛いと思うよ」
「っ!?」
僕の手を握る彼女の手がビクッと震える。あぁ、ごめん。いきなりそんなこと言われても戸惑っちゃうよね。でも、枕詞のようなものだから我慢して欲しい。
「だけど、可愛い子がいいなら別に彼女じゃなくてもいいんじゃない? こんなに固執するってことは何か特別な理由があるんでしょ?」
「…………」
本当に見た目だけなんだ。逆にそれだけでここまで入れ込んだことが驚きだよ。
「……さっき冒険者を笑って送り出すって言ってたよね? その意味はわかってる?」
「……彼女が優しいからだ」
「そうだね、うん。その通りだと思うよ」
子供みたいな回答に思わずガクってなりそうになった。
「でも、ザインさんはその優しさの意味が分かっていない。そして、冒険者という職業も」
「なに?」
ザインが僕をキッと睨んできた。ただの虚勢にしか見えないので怖くもなんともない。
「冒険者っていうのはいつだって死と隣り合わせだ。高レベルの魔物に襲われるかもしれない、薬草を取りに行って足を滑らせ崖から落ちるかもしれない、誤って毒物を摂取してしまうかもしれない。今日上機嫌に酒を飲んでいた者が明日は土の下にいることだって珍しくない。だからこそ、彼女は笑顔で見送るんだよ。死の間際になって、笑って送り出されたことを思い出せるように、その人生に少しでも悔いが残らないように」
……って、感じだったらいいなぁ。直接聞いたわけじゃないから口から出まかせもいいとこだね。お願いだから突っ込まないで、って思いを込めてアリサの方を見たら、なぜか潤んだ瞳で見つめ返された。泣きそうになるほど違っていたのか。
「彼女が依頼をやんわり拒否するのもそう、体調を気遣うのもそう、明るい態度で接するのもそう。生きて帰ってきて欲しいっていう彼女の優しい願いが詰まっているんだ。……それはザインさんが言った薄っぺらい『優しさ』とは違うんだよね」
「…………だまれ」
「そんな事も理解せずに『好きだ』『愛してる』だなんて言われても滑稽なだけだよ」
「だまれ」
「上っ面しか見てないあんたに、彼女を好きになる資格なんてない」
「だまれぇぇぇぇ!!」
ザインが怒声を上げながら腰に差さっていた剣を抜いた。……あーぁ、抜いちゃったか。
「レイさんっ!!」
アリサが焦った声を上げて僕の腕を強く引っ張る。そんなに強く掴まれていたら左手は使えないね。まぁ、片手でも問題ないでしょ。
「外野の分際でぺちゃくちゃとうるさいんだよ!! お前を殺して俺はアリサと添い遂げえるんだぁぁぁ!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
剣の切っ先をこちらに向けて走ってくるザインを見て、アリサが叫び声を上げる。僕は何の感情もない顔でそれを見つめていた。
「…………は?」
「…………え?」
「スピードもない。キレも鈍い。殺すっていう気概もまるで足りない。これでよく冒険者なんてやってられたもんだ」
自分の剣が二本の指で止められている様を見て、ザインは大きく目を見開いている。アリサも口に手を当てて驚いていた。てんで話にならないね。冒険者としても殺し屋としても男としても落第点だよ、まったく。素人に毛が生えた程度の男に本気を出すつもりなんて毛頭なかったけど、凶器を取り出してしまったんだ。……少し、怖い思いをしてもらわないといけないね。
「一つだけ忠告しておく」
完全に思考が停止したザインに、僕はありったけの殺気をぶつける。
「今度彼女の周りをうろついたり、少しでも怖い思いをさせたりしたら殺す。あんたにその気がなくても彼女がそう感じたら、だ。アリサから相談を受けた時点で殺す。あんたが美味しいご飯を食べているときでも、気持ちよくシャワーを浴びているときでも、いい女を抱いているときでも構わず殺しに行く。……肝に銘じておけ」
冷たい声でそう告げると、ザインはブルブルと震え始めた。その足元に黄色い水たまりができていく。あーあ、せっかく奇麗にしていた鎧が下半身だけ汚れてしまったね。
「う、あぁぁぁぁああぁぁ!!」
彼は持っていた剣を手放すと、半狂乱になりながら回れ右して駆け出した。その前に突如として現れる氷の壁。
「とりゃぁぁぁぁぁ!!」
そして、金髪ツインテールの女の子が威勢のいい掛け声とともに僕の横を飛んでいく。その声に振り向いたザインの顔に、エステルの膝が見事に食い込んだ。あれはかなり痛いぞ。せっかく僕が手を出さず穏便に済ましたっていうのに台無しだ。
「ご苦労様」
後ろから労いの声が聞こえた。振り返ると、グレイスが微笑を浮かべて立っている。
「こんなところでいいかな?」
「えぇ、十分よ。……それにしてもかなり怯えていたようだけど、一体何をしたの?」
「……それは僕とアリサさんだけの秘密だよ。ね?」
僕が笑いかけると、アリサさんは慌てて顔を下に向けた。少しだけ傷つく。
「僕はそろそろはけるよ。どうせ騎士団を呼ぶんでしょ? それなら僕はいない方がいい」
駆け付けた騎士団の中に僕を知っている人がいたら面倒くさいからね。どうせいい顔されないだろうし。
「わかったわ。後は任せて」
「頼んだよ。……アリサさん?」
繋いでいた手を離そうとしたが、なぜかアリサは強く握ったままだった。まだ怖いのかな?
「もう大丈夫だよ。あれくらい脅しておけば二度と近づかないだろうし、それ以前に彼は牢屋に入ることになるだろうしね。釈放されて身の危険を感じたらまた僕に言ってくれればいい」
それはグレイスのお願いに入っていないけど乗り掛かった舟だ。頼まれた依頼は中途半端にしてはいけない。
「あ、ありがとうございます! ほ、本当に助かりました!!」
「うん。…………あの、手」
「あっ!」
まだ僕の手をしっかりと握りしめているアリサの手を見ながら言うと、アリサは顔を真っ赤にしながら慌ててその手を離した。ふぅ、これでやっと帰れるよ。
「じゃあ、よろしくね」
「えぇ。また明日」
僕は笑顔のグレイスに見送られながらさっさとこの場を後にした。
*
「レイさん……」
アリサは自分の心に刻み込む様にその名を呟いた。初めてだった、自分の事をあんなにも理解してくれる人は。外見なんかではない、自分の仕事ぶりをしっかり見てくれた。評価してくれた。自分が冒険者に込める思いに気づいてくれた。
鼓動が高鳴る。頬が熱くなる。彼の声が、彼の笑顔が、彼の言葉が自分の胸を鷲掴みにして離さなかった。
「……罪な男ね」
熱に浮かされたような顔をしているアリサを見てグレイスがそっと囁く。だが、レイの事で頭がいっぱいになっている彼女の耳にその言葉は全く届かなかった。
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