3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第57話 ビスマルク家のご令嬢

 整った顔立ち、自信に満ち溢れた表情、そして、銀髪縦ロール。見紛うことなき貴族のご令嬢が教室中の視線を一身に浴びつつも全く動じた様子もなく、腕を組みながら強気な笑みを浮かべていた。

「皆様、お騒がせして申し訳ありませんわね。目的を達成したならばすぐにお暇させていただきますので。さぁ! ファルとファラ! 出ていらっしゃい!!」

 そう言いながら銀髪の少女はずかずかと教室内へ入ってくる。僕は内心ため息を吐きながら、隣で隠れているファラに目を向けた。

「……お呼びのようだけど?」

「……関わりたくないんです」

 ファラは小さな声でそう言うと、さらに身を縮める。結果的にニックと触れ合う面が増えたせいで、彼の全身が茹蛸の様になってしまった。これ、早く見つけてくれないとニックが身体中から血を噴出してしまうのではなかろうか。

「……ふぇーっくしょん!! あいたっ!!」

 どうやらその心配はないらしい。机の下に隠れていたファルがくしゃみと同時に、ガコンッと大きな音を立てて机の裏に頭をぶつけた。それを耳にした銀髪の少女がこちらに目を向け、ニヤリと笑う。

「こちらにいらしたのですね。……おや?」

 僕達の方に近づいてきた銀髪の少女は座っている面々を見渡し、クロエの所で視線が止まった。

「まぁ! わたくしとしたことが全然気づきませんでしたわ! 大変失礼いたしました!」

 そそくさとクロエの隣に移動すると、スカートの裾を掴み、優雅にお辞儀をする。

「お久しぶりでございます、姫様。城で催されたパーティ以来でしょうか?」

「そうですね。ご丁寧にありがとうございます。……でも、ここは学校なんだからそんなに固くならないでソフィアちゃん?」

 その場で立ち上がり、手慣れた所作で挨拶を返すと、クロエは優しげな笑みを向けた。それを見て少し驚いた様子のソフィアと呼ばれた少女。

「パーティの時は毅然とした王女様でしたが、学園ではこんなにも人当たりが柔らかいのですね。御見それいたしました」

 少しあどけなさは残るものの気品溢れる笑みを返すと、ソフィアは他の人達に視線を移す。

「よくよく確認いたしますと、このテーブルにいるのは有名な方達ばかりですわね」

 クロエとパーティで会っているということはかなりいいとこの出なのだろう。その名前に聞き覚えがあったのか、エステルは必死に記憶をたどっているようだった。

「エステル・ノルトハイムさん。上級貴族はその地位に甘んじて自己研鑽を怠る者が多いというのに、あなたは自ら冒険者となり、日々精進している。素晴らしいと思います。……まぁ、冒険者という野蛮な職業が貴族に合っているかは甚だ疑問ではありますが」

「は、はぁ……」

 微妙な顔で返事をするエステルにソフィアは柔和な笑みを向けた。

「ご挨拶が遅れましたわね。私、次期ビスマルク家当主、ソフィア・ビスマルクと申しますわ」

「ビ、ビスマルク!?」

 彼女が名乗った瞬間、教室に衝撃が走る。思った通り正体を知っていたジェラールとよくわかっていないニックを除く全員が口をあんぐりと開けてソフィアを見た。

「エステル・ノルトハイムと申します! よろしくお願いいたします!」

 慌てて立ち上がり貴族の挨拶を返すエステル。だが、ソフィアほど様になっていないところを見ると、あまり慣れていないようだ。それを見たソフィアはニッコリと笑みを浮かべる。

「姫様もおっしゃっていた通りここは学び舎。そして、私はあなた方の後輩にあたりますわ。そんなにかしこまらないでくださいまし」

 なんというか、大人っぽいな。エステルと比べてどっちが年上か分からないね。

「それと、あなたはジェラール・マルクさんとニックさんですわね」

「ご存知いただけていたとは、光栄の限りですね」

 少し演技かかった仕草で返事をするジェラールに対して、ニックの反応は薄かった。というより、ソフィアよりも気になることがあるんだろう。具体的にはぴったりと寄り添ったままのファラの事とか。

「今や王都だけでなく、他の街にも支店を有するナンバーワン商店の麒麟児。それに、平民にしてレベルⅢの魔法師でもあり、その若さでCランクまで上り詰めた脳き……冒険者。知らない方が不思議ですわ」

 へー、ニックはCランクになってたんだ。確か、第三学年に上がったときはDランクだった気がするけど、知らない間に頑張っていたんだね。

「お二人も固くならずに、先輩として色々とご指導していただけると嬉しいですわ」

「それではお言葉に甘えて。よろしくね、ソフィア嬢」

「ん? お、おう。よろしく!」

 フランクすぎたニックの挨拶にエステルは冷や汗を流したが、ソフィアはあまり気にしていない様子であった。

「そして……申し訳ないけど、あなたの事は存じ上げませんわね」

 そう言いながら、彼女が見極めるように僕の事を真っ直ぐ見つめてくる。僕は愛想笑いを浮かべながら、おずおずと立ち上がった。

「僕はここにいるみなさんとは違って何の特徴もない一般人です。レイって言います。よろしくお願いします」

「レイ……やはり聞いたことがありませんわね」

 ソフィアが口元に手を当て、眉を顰める。当然だよ。ここで聞いたことがあったのなら、僕が今まで目立たないようにしてきたことが無駄だったってことになる。

「……まぁ、いいですわ。よろしくお願いしますわね」

 何とも腑に落ちない顔でソフィアが言った。多分、このそうそうたるメンツに僕なんかがいるのが不可解なのだろう。僕もそう思うよ。
 でも、意外だったな。あの御三家の一つであるビスマルク家のご令嬢であれば、もっと子供っぽくてわがまま娘なんだと思ったけど、ただの平民の僕に挨拶することができるほど大人だったなんて驚いたよ。

「さて……一通り挨拶が済んだところで、そろそろ出てきなさい」

「ヒィッ!!」

 ソフィアが机の下を覗き込むと、ファルが幽霊でも見たかのような声を上げる。ファラもため息を吐きつつ、渋々といった感じで姿を現した。

「あのぉ……ソフィアちゃん? ファルとファラに何の用があるのかな?」

「あら。姫様はこのお二人をご存知なんですね。それなら話が早い、私の目的は単純明快ですわ」

 机からのそのそ出てきたファルを見ながら、ソフィアは得意げな表情を見せる。

「第一学年最強と名高い双子に勝利し、私がトップに躍り出るためですわ!!」

 前言撤回。大人っぽいって言ったけど、あれは間違いだね。ただの脳筋娘だ。

「だ~か~ら~戦わないって言ったじゃんか~!」

「私達の不戦敗で構いません。ソフィアさんがナンバーワンですよ」

「そんなの何の価値もありませんわ! ちゃんとした場で戦い、あなた達に勝利することで、初めてビスマルク家の名を轟かせることができるのですわ!!」

 そういえばファラが言ってたね。ビスマルク家のご令嬢にファルが付きまとわれているって。いつの間にかファラもターゲットに入っていたのか。

「女王様から勲章をいただいたあなた達を倒せば、私の強さが知れ渡るという事ですわ!」

 なるほど。前の事件で双子の知名度が上がったから、ファラも含めてより一層執着するようになったわけね。やっぱり目立つと碌なことがないって事さ。

「さぁ!今すぐに外に出て私と……」

「……騒がしいと思ったらやっぱりあなた達ね。トラブルを呼び込む才能でもあるんじゃないかしら?」

 ヒートアップしていたソフィアの言葉に重なるように、透き通るような声が教室内に響き渡る。全員がそちらに目を向けると、呆れた顔で'氷の女王アイスクイーン'が立っていた。ってか、ものすごいジト目を向けられてるんだけど。この騒ぎは僕のせいじゃないっていうのに。

「藍色の髪……曇りのない氷のような美貌……圧倒的な魔力……間違いないですわ……!!」

 彼女を見たソフィアは額から一筋の汗を流しながら、僅かに口角を上げる。おや? これはターゲットが変わったか?

「Bランク冒険者グレイス! いざ尋常に決闘を申し込みますわ!!」

 ソフィアはビシッとグレイスを指さしながら凛とした声を上げる。対するグレイスは怪訝な表情を浮かべた後、僕に目を向けてきた。

「……説明を」

「彼女はソフィア・ビスマルク。名を上げたいみたい」

 これだけ言えば彼女なら理解するだろう。なんとなくニックとエステルの視線が気になるけど、今は無視しておこう。

「なるほどね」

 案の定、大体の状況を把握したグレイスがソフィアに柔和な笑みを向ける。そのあまりの美しさに一瞬呆けたソフィアであったが、ぶんぶんと首を振り、彼女に鋭い視線を向けた。

「この学院唯一のレベルⅤと言われているようですが、それも今日までですわ!」

 そう言うと、ソフィアは意気揚々と右手の甲を見せつける。そこには『Ⅴ』の文字がしっかりと刻みつけられていた。

「へぇ……流石は魔術に名高いビスマルク家ね」

 グレイスが感心したような声を上げる。これには僕も驚きだよ。レベルⅤっていうのはそうポンポン出てくるもんじゃないんだ。それこそ十年に一人の逸材と言っても過言じゃないくらいに。

「残念だけれど、私は決闘とか受けるつもりはないわ。それに、もうお昼休みも終わってしまうわよ?」

「はっ! 確かに! 早く教室に戻らないと、授業に遅れてしまいますわ! さぁ、二人共!戻りますわよ!」

「クラスが違うのに、なんであたし達まで……」

「文句言わずに行きますよ。遅れるのは確かなんですから」

 ブツブツ呟いているファルを連れてさっさとファラは教室を後にした。ソフィアは入口のあたりで振り返り、軽く笑いながらクラスに向けてお辞儀をする。

「大変お騒がせいたしましたわ。本日はこの辺で失礼させていただきますが、またお邪魔させていただくつもりなので、よろしくお願いいたしますわ」

 最後にグレイスを一瞥してからソフィアも自分の教室へ戻っていった。それを見てグレイスはうんざりしたようにため息を吐く。

「また来るって言ってたわね」

「こういうのって初めてじゃないでしょ? レベルⅤの魔法師に挑もうとする人は結構いるだろうし」

「そうね。でも、そういうのは全部断ってきたわ。きりがないから」

「今回は骨がいりそうだね。ソフィアさんは中々しつこそうな気がしたよ」

「はぁ……誰かさんの妹達のせいでとんだとばっちりを受けたわ」

「それは僕に言われても困る」

 グレイスは再度ため息を吐きつつ、自分の席に座った。僕はソフィアの登場のせいでほとんど食べていないお弁当を急いで胃に流し込む。そんな僕に、ニックとエステルが訝しむような視線を向けていたが、僕は素知らぬ顔で気づかないフリを貫き通した。

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