3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第54話 急報

「……さて、と。俺は二階の掃除でもしてこようかね。さぼってると更にペナルティを課せられそうだ」

 微妙な空気を嫌ったのか、ヴォルフはさっさと掃除用具をまとめてリビングから出て行った。丁度、そのタイミングで土埃で汚れたファラとイザベルが戻ってくる。

「少し動きがよくなったんじゃないか? 女王陛下から勲章を授かって一皮むけたな」

「イザベルさんは素直過ぎるんです。そんな直線的だと簡単に読まれちゃいますよ?」

 この二人の不思議なところはここだよ。仲がいいのか悪いのかわからない。今の会話の中にさっきまでの刺々しさは一切感じられないんだよね。ファルの言った通り、喧嘩というよりはじゃれあいっていう意味合いの方が強いんだろう。

「おっかえり~」

「お疲れ様」

「ただいま戻ったぞ」

「戻りまし……えっ?」

 さらっと部屋に入ってきたイザベルに対して、ファラは笑顔で労いの言葉をかけてくるグレイスを見てその場で固まった。そして、眼鏡の奥にある目をこれでもかと大きく見開き、わなわなと震える指で彼女を差す。

「な、なっ……!!」

「そういえばなんでグレイスっちがここに来たかは聞いてなかったよねー」

「い、いつ」

「学園から帰ってきた時には既にいたよ。ファラはイザベルっちにしか目がいってなかっただけ」

「ボ、ボスが」

「ボスは許可を出しているよ。というか女王様がここに来ることを許可しちゃってるから」

 流石は双子。事前に言いたいことを察知して、スラスラと疑問に答えている。一通りファルが説明し終わったところで冷静さを取り戻したのか、ファラがグレイスに鋭い視線を向けた。

「ちなみにグレイスはここへ鍛錬をしに来たようだぞ。流石は我が学年の中でも屈指の実力者、自分の才に溺れて鍛えることを怠る愚か者共とは違うようだな」

 感心した様にうんうんと頷くイザベルを横目で見ながら、なおもファラの目は厳しいままだ。初めて会った時からそうだけど、どうにもファラは彼女が嫌いのようだ。正直、なんでそうなのかはまるで分らない。

「それならば丁度いいですね。私が相手をしてあげますよ」

 殺気を隠すつもりもない双子の姉を見てファルがため息を吐く。グレイスは少しの間ファラを見つめていたが、困ったように髪をかき上げた。

「私はあなたと仲良くなりたいと思っているのに、なぜか嫌われてしまっているみたいね」

「な、仲良く!?」

「えぇ。ファラのように口だけじゃない人は好きよ?」

 グレイスが優し気な笑みを向けると、ファラは僅かに顔を歪め唇を噛む。

「……こういうところもあの女に似ている」

「え? 何か言った?」

「なんでもないです」

 ファラはきっぱり言い放つと、眼鏡を指で上げ不機嫌そうに顔を背けた。やれやれ……どうにもファラとグレイスは相性が悪いみたいだ。

「随分とまぁ険悪な雰囲気じゃないか。私だけでなくグレイスにも牙をむくとはそういう年頃か?」

「……あなたには関係ありません」

「まぁ、そんなにむくれるな。みんな仲良しでいいじゃないか。……というわけで、私は早速レイ様のお傍に……」

 イザベルが言い終わる前に不貞腐れたままファラが僕の隣に座る。それを見て眉を顰めたイザベルであったが、今のファラには何を言っても仕方がないと判断したのか、諦めたように息を吐き、グレイスの隣に腰を下ろした。

「あぁ、そうだ」

 イザベルは何かを思い出したようにポンっと手を打ち、ファルに視線を向ける。

「随分派手にやっているようじゃないか。貴様の活躍は生徒会長の私の耳にもしっかり届いているぞ」

「ほえ?」

 ファラとグレイスの修羅場も終わり、ホッと一息クッキーを食べようとしていたファルが間の抜けた声を上げた。

「気に入らない相手を蹴散らすのは結構だが、流石に限度というものがある。私も黙っているわけにはいかないな」

「ちょ、ちょっと待ってよ!! あたしだけじゃなくてファラも一緒にやってたじゃない!?」

「ファラはお前と違って要領がいいんだ。問題にならない程度に痛めつけているからな」

「当然です。考えなしに暴れるどっかのお馬鹿さんとは違います」

 ファラが呆れたような顔をファルに向ける。いや、昨日酒場で暴れた罰で夜通し草むしりをしていたのはどちらさんでしたっけ?

「生徒会長として学園の治安を乱すファルにはそれ相応の罰を与えなければならない。と、いうわけで百枚だな」

「百枚?」

「反省文」

「ふぁっ!?」

 ファルが声にならない悲鳴をあげた。ふむ、身体を動かすのが得意なファルにはもってこいの罰だね。今度から僕もそうしようかな。

「お、お慈悲を!! 生徒会長様、お慈悲をください!!」

「慈悲はない。諦めろ」

 生徒会長の顔になったイザベルにお涙頂戴は通用しない。僕の前ではデレデレな彼女も本質は他人にも自分にも厳しい武人なのだ。

「百枚なんて無理無理ィ! せめて二枚にして!!」

 二枚って。減りすぎだろ。

「何を言っている? 貴様の暴れっぷりを加味すると千枚でも少ないくらいなのだぞ?」

「せ、せせせせ千!? そんなの死んじゃう~!!」

 ファルが涙目になりながらイヤイヤと激しく頭を振る。だが、イザベルの表情は変わらない。

「お願いだよ~!! あたしとイザベルっちの仲でしょ!?」

「聞く耳持たんな」

「良いものあげるから~!!」

「ふんっ! 正しき騎士は賄賂など受け取らん!」

 なにやらごそごそとやり始めたファルにイザベルが冷たい視線を向けた。流石は総騎士団長の娘。気高い騎士の血を引いているというわけか。

「ほら! ボスの脱ぎたて!!」

「仕方がない。今回は大目に見ることにしよう。次からは気をつけるのだぞ」

 ファルが取り出した僕の下着が、一瞬にして彼女の手の中から消える。そして、気が付けば目の前に座る変態の手にしっかりと握られていた。ツッコミどころが多すぎるんだけど。なんで僕の下着をファルが持ってるの? ってか、どっから出したの? どうやってイザベルは身動き一つせずにファルの手からそれを奪ったの?

「……あなた達のやり取りは見ていて楽しいけど、そろそろ私の目的を果たしてもいいかしら?」

 花のにおいを嗅ぐようにスーハーと僕の下着に顔をうずめているイザベルを気味悪そうに見ながらグレイスが言った。彼女の言う通り、この人達の相手をしていたら日が暮れてしまうね。

「……レイ様」

 僕がグレイスに話しかけようとした瞬間、ノーチェが僕を呼んだ。全員がそちらに向くと、彼は申し訳なさそうに頭を下げる。その手に握られている赤い封書を見たファルとファラの顔つきが変わった。

 どうやら、彼女の相手をしている場合ではなくなったというわけだ。

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