3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第53話 彼女が懐く理由

 ただひたすらに甘えていたイザベルも何かを感じたのか、急に身体を強張らせ、玄関へと続くリビングの扉の方を凝視する。数秒後、その扉が開き、茶色の髪をした二人の少女がノーチェと共にリビングへと入ってきた。いつも思うけど彼はいつの間に玄関へ行ったのだろうか?

「ただい…………あっ……」

 先頭で入ってきたファルが元気よく挨拶しようとして、僕の隣にいるイザベルに目が留まる。そして、そのまま後ろにいるであろうファラの方に振り返ったが、そこには誰もいなかった。

「相変わらず盛りの付いた猫のように、ボスにベタベタ引っ付いてますね。非常にうざったいです」

 いつの間にかイザベルの目前まで迫っていたファラが、イザベルの顔面目掛けて容赦なく蹴りを放つ。イザベルは咄嗟に僕から腕を離し、顔を守るように両腕をクロスさせた。そのまま蹴り飛ばされた彼女はひらりと宙で一回転して、不機嫌そうな表情を浮かべながら床に着地する。

「出会い頭に暴力とは……猪っぷりは変わっていないようだな、ファラ。レイ様の気苦労をお察しする」

「苦労を掛けているのはあなたですよ。ボスが嫌がっているのが分からないんですか?」

「仕方あるまい。貴様のように毎日レイ様に甘えるわけにはいかないからな」

「……私は別に甘えていません」

「よせよせ、隠しても無駄だ。ファラの顔から滲み出ているぞ。大好きなお兄ちゃんを取られたくない健気な妹の嫉妬が。貴様も可愛いところがあるのだな」

「なるほど……死にたいようですね」

 二人の間にバチバチと激しい火花が舞い散っていた。そんな中、ファルは特に気にした素振りもなく、僕の隣に腰を下ろす。

「あれー? グレイっちじゃん! どうしたの? 遊びに来たの?」

「そういうわけではないのだけれど……」

 ファルが少し驚きながら尋ねると、グレイスはチラチラと二人の方を心配そうに見ながら答えた。まぁ、普通は気になるよね。

「気にすることないよ。いつものことだから」

「いつものことって……」

 僕があっけらかんに言うと、グレイスは呆れ顔を向けてくる。そんな顔されても、イザベルが屋敷に来た時は大体こうなるからなぁ。僕はグレイスから視線を外し、二人に目を向けた。

「二人共、わかっていると思うけど、やるなら中庭でやってね。武器も魔法もなし」

「わかってます」

「はい♡ レイ様♡」

 堅物っぽい声と甘ったるい声が同時に返事してくる。二人はそのまま何も言わずにリビングから出て行った。
 静かになったところで、ノーチェが僕とファルの分の飲み物と軽くつまめるものを持ってきてくれた。お礼を言いつつそれを受け取ると、僕は香りを楽しみながらコーヒーをすする。うん、やっぱりこの香ばしい香りは病みつきになっちゃうよね。

「……大丈夫なの?」

「外なら家具が壊れることはないから平気でしょ」

「心配するところはそこじゃないと思うわ」

 グレイスは大きくため息を吐きながらジト目を向けてきた。いや、だってここで壊れたら自腹を切ることになるんだよ? 経費は落ちないんだよ?

「あの二人の事ならだいじょーぶ! 適当にじゃれあったら帰ってくるよ!」

 ファルが出されたクッキーを頬張りながら笑顔で言う。グレイスは「そう……」と小さく答えると、中庭の見える窓の方に目を向けた。

「どっちが強いか気になるの?」

「……気にならないと言えば嘘になるわね」

 まぁ、そうだろうね。強くなるためにここへとやって来た人が、学園最強と名高いイザベルと第零騎士団に所属するファラの喧嘩が気にならないわけがない。

「武器の使用がありなら確実にファラだろうね。でも、ステゴロ勝負だったらイザベルちゃんに分があるんじゃない?」

 ヴォルフが持っているモップを器用に身体の周りで回転させながら言った。そのモップの先から水が飛び散っているから、本気でやめてもらいたい。

「そうだねー。ファラはシューターだから近距離戦闘は苦手だしねー。それに対してイザベルっちはゴリゴリの脳筋ファイター。本当、いい勝負するよねー、あの二人」

 ファルがもう何枚目かわからないクッキーを口へと運ぶ。いや、食べるの速すぎでしょ。ノーチェが持ってきたお皿には山ほどクッキーが入ってたんだけど。もう二三枚しかないとか、もはや神業の領域だよ。

「そんな事より、あたしはグレイっちがここにいることの方が気になるよー!」

「ブロワ家のご令嬢がいたことは気にしないのに?」

「イザベルっちはたまーに来るからねー。それに、アレクシスおじさんの娘ってことで、一応騎士団関係者だしー。でも、グレイっちは騎士団に縁のある人でもないでしょー?……よくボスが許したなーって」

 そう言いながら、ファルはチラッと僕の方を見る。

「……この前お会いした時に、女王陛下が彼女に言ったんだよ。『いつでもここへ来るがいい』ってね」

「あー……それで納得。ボスは女王の命令には絶対だから。イザベルっちがボスにぞっこんなのもそれが原因だしね」

「そうなの?」

「あぁ、あれはひどかったな」

 グレイスの疑問に答えたのは、いつの間にやら湯呑を片手に隣に座っていたヴォルフだった。

「二年くらい前だっけか? 確かイザベルちゃんがカシラ達が通っているなんちゃら学院に入学するから紹介したいってんで、アレクシスの旦那と女王陛下と一緒にここに来たんだよな」

「セントガルゴ学院ね。そうそう! 今でも覚えているなー! ものすごい高慢で高飛車な女がきた! って思ったもん!」

「高慢で高飛車……」

 俄かに信じがたいグレイスがこちらに目を向けてきたので、僕ははっきりと首を縦に振る。
 当時のイザベルは実直で誠実な今の彼女とは程遠く、簡単に言ってしまえば天狗になったお嬢様だった。幼少の頃よりアレクシスから剣を習っていた彼女は当然同年代に敵はなし。時折父親に連れられて参加していた騎士団の訓練でも、総騎士団長の娘ということで色々と#接待__・__#を受けていたせいもあり、かなりの勘違いをしていた。まぁ、鬼神と呼ばれる父親の血を引き、武の才能があったのは間違いないし、厳しい鍛錬をこなしてきたから無理もないのだが、それでもここにやって来た彼女の態度は目に余るところがあったのは確かだ。

「多分、アレクシスの旦那も学院に入るにあたって心配だったんだろうな。入学したらクラスメートや他の者達に対して馬鹿にした態度をとってしまうのではないか、ってね。現に、初めてここに来たイザベルちゃんは俺達の事を完璧に舐め切ってたからね」

 ヴォルフがの言葉に、ファルが首をぶんぶん振って賛同する。

「凄かったんだからー! どうしてこんな下賤な者達しかいない場所に私が来なければいけないんだ、みたいな顔でずっと腕を組んでたんだよ!」

「みたいな顔っていうか、実際にそのセリフを言っていたよね」

 それを聞いた瞬間、ファラとファルが飛びかかろうとしたのを、僕とヴォルフが懸命に抑えたっけ。あの頃の双子は血の気が多かっ……今もそんなに変わらないか。

「アレクシス総騎士団長はなぜイザベルをここへ連れてきたの?」

「カシラと手合わせさせるためさ」

「彼と? ……なるほど。彼女は自分に敵はいないと思っていたから」

「そういう事。良くも悪くもイザベルちゃんの実力は本物だったからね。彼女を負かすには騎士団の中でも中堅クラスを用意しなければならなかった。でも、それじゃ意味ねぇんだよな。自分の倍くらい生きている奴らに負けても、大きくなったら勝とう、って暢気に誓いを立ててしまいだ。大事なのは同じくらいの年齢であること」

「それでおじさんが目を付けたのがボスってわけだよー!」

 今考えてもはた迷惑な話だよ、まったく。増長した娘を躾けるのは親の役目でしょうに。

「アレクシスの旦那が『娘と手合わせしてやってくれ』って言った時のイザベルちゃんの顔は強烈だった。人ってあそこまで他人を小馬鹿に出来るもんなんだと感心したよ」

「ねー!! ボスも盛大に顔を引きつらせていたよね! 確かに、ボスってぱっと見はあまり強そうに見えないから、イザベルっちが鼻で笑うのも無理ないかなー」

 悪かったね、弱そうで。筋肉ムキムキのマッチョマンで、その実大した実力も持ち合わせていない人よりはいいでしょうが。相手の油断も誘えるしね。

「……当時のあなたを知らないから何とも言えないけど、今とそう変わらないのであれば、そんな頼み適当な理由をつけて断りそうだけど?」

「へー……グレイスちゃんは中々カシラの事、理解しているんだね」

 ヴォルフが彼女に興味深げな視線を向ける。

「まぁでも、カシラを理解しているのはアレクシスの旦那も一緒だってことだ」

 ……あの人は本当に煮ても焼いても食えない男だよ。だから、あまり得意じゃないんだ、僕は。

「そのために女王陛下を一緒に連れてきたんだよ」

「デボラ女王を……あぁ」

 僕が投げやりな口調で言うと、グレイスは合点がいったように頷く。その隣にいるヴォルフが一気にお茶を飲み干し、ニヤリと笑みを浮かべながら机に湯呑を置いた。

「渋る頭カシラに女王がただ一言命じたんだ。『完膚なきまで叩きのめせ』ってな」

 ヴォルフはそう言い放つと、ソファの背もたれに身を預けた。なんでちょっとどや顔しているんだよ。

「その後は……まぁ、ひどかったね」

「あの時のボスは怖かったなー。本当に容赦がなかったよ」

 ファルがオレンジジュースを飲みながらブルっと身体を震わせる。そんなにひどいことなんてしてないんだけどな。

「命令通り、完膚なきまでに叩きのめしたのかしら?」

「いやー、流石のカシラも世間知らずの少女をフルボッコってわけにはいかなかったみたいでさ。どうするか迷った挙句に心を叩きのめすことにしたみたいよ?」

 グレイスが真剣な顔で問いかけると、ヴォルフが耳の裏をかきながら苦笑した。なんかファルとヴォルフに任せると事実が歪曲しそうだから、ありのままやったことを話そう。

「別に大したことはしてないって。ひたすらイザベルの攻撃を躱し続けただけだよ」

「時間にして約五時間くらいだったか? 半べそかいて剣を振り回すイザベルちゃんをあざ笑うかのように、ずっと目の前に立ち続けたっすよね?」

「まいった、ってイザベルっちが言っても関係なかったよねー。『まだ僕は一太刀も浴びてないけど?』って、止めることを許さなかったんだよー。女王様が軽々しく『完膚なきまでに』とか言っちゃうからあんなことになっちゃったんだよねー」

 ヴォルフとファルが力なく笑いながら話した言葉を聞いて、完全にグレイスは引いていた。いや、おかしい。素人と言っても差し支えない年下の女の子相手に手をあげるのは違うな、ってことでそういう手法を取っただけなのに、どうしてそんな顔をされなければいけないんだ。激しく納得がいかない。

「……彼が女王の命に忠実なのは分かったわ。でも、そんな仕打ちを受けたイザベルが彼に惚れ込んでいるのはどういう事かしら?」

 グレイスが当然の疑問を口にすると、ファルとヴォルフは顔を見合わせる。そして、何とも言えない表情を浮かべながらグレイスに視線を戻した。

「いやー……それに関してはイザベルっちが少し変わっているっていうか……」

「そうだな。拷問みたいな手合わせのせいで心身ともに疲弊しきった彼女は突然おかしなことを言いだしたんだ」

「おかしなこと?」

「あぁ。……『あなた様の強さに惚れ込みました! 私の伴侶になってください!!』ってな」

 リビングに沈黙が流れた。このいたたまれない空気って僕のせいなのかな。

「……変わっているわね。彼女は」

 ぼそりと呟いたグレイスの言葉が、ここにいるみんなの気持ちを代弁しているように思えた。

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