3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第51話 尾行

 あっという間に午後の授業が終わり、あまり歓迎できない放課後を迎える。朝に話して以来、グレイスが僕の所に寄って来るそぶりはなかった。もしかしたら屋敷に来ると言ったことを忘れてしまったのではないだろうか。そんな淡い期待を抱きつつ、僕は一人学園の屋上にいる。
 ファラには事前にクロエの護衛を任せているのでそちらは問題ない。理由を聞かれたときに適当にはぐらかしといたけど、別にいいよね?本当にグレイスが屋敷に来るかもわからないし。

「……っと、ターゲット発見」

 そんなことを考えていたら、校舎から出てくる藍色の髪の美少女が目に留まった。寮に向かわずに校門へと歩いているので外出するのは間違いない。と、いうことは一人で向かうつもりなのか?
 僕は暗殺任務をこなす時と同じように気配を消した。相手はレベルⅤのBランク冒険者。中途半端に気配を消してもすぐにばれるっていうのは朝の一件でわかった。やるからには徹底的にってことだ。
 僕はグレイスを視認しつつ、屋上からその辺に生えている木の上に飛び移る。音を立てることも、枝を揺らすことも、葉を落とすこともしない。僕の全力を持って彼女を尾行する。

 特に止められることなく校門をくぐったグレイス。しょっちゅう冒険者ギルドに行っているみたいだし、僕と一緒でほとんど顔パスなんだろう。さて、と。最大の難関がやってきたみたいだ。
 王家や帰属が御用達の学校なだけあって、そのセキュリティは王城に匹敵する。聞いた話だと、学園を一周するように魔道具が配置され、そこを人間が通れば瞬間的に緊急警戒モードに移行するらしい。それがどの程度のものなのかわからないけど、騒ぎなんて起こしたくない。僕の能力で魔道具の効果を消し去れば大丈夫かもしれないけど、魔道具に異常が生じた時点で緊急警戒モードに移行するのであれば目も当てられない。ということは、ここはやはり正々堂々校門を通っていくしかない。

 僕は気配を消したまま校門に近づき、守衛が待機している部屋の窓を軽く叩いた。そこにいたのは顔なじみのおじさんだったので、僕の顔を見るなり面倒くさそうに手を払う。これでオッケーなはずだ。

 最大限の周りに注意を払いながら校門を出た僕は、即座に物影へと身を潜めた。そして、隠れながら建物の上へとあがっていき、高いところから彼女を見つける。

 …………いた。

 特に周りを気にすることなく、迷いない足取りで街中を進んでいた。……ん? なんだ? 彼女の周りに微量な魔力を感じるぞ?学校にいる時はそんなものなかったのに……手厚く護られている揺り籠から外の世界に出たからだろうか?
 まぁでも、僕に気づいている素振りはないから気にしないでおこう。彼女の歩いている方向から察して城に向かっているのは間違いない。やはり一人で行くつもりなんだろうか? でも、流石に彼女だけでは勝手口にいる騎士は通してくれないと思う。

 そんなことを考えている間に、彼女はどんどん歩いていってしまう。そう、なぜか人がいない方向へと……これ、ばれてない?いや、自分の隠密スキルにはそれなりに自信がある。絶対にばれていないはずだ。
 周囲に全く人の気配がなくなったところで、彼女はふと立ち止まった。僕が今見ているのはどこぞの建物の上。かなり距離が離れているから顔も見えず、何を考えているか窺い知ることもできない。

 彼女が立ち止まってから五分が経過。何がしたいのかまるで分らない。もう少し近づいてみないと、こちらも動きが取れないぞ。……仕方ない、細心の注意を払って移動しよう。
 僕は壁伝いに建物を降りていくと、彼女の背後にある物陰に隠れた。我ながら見事な無音の移動術だったね。これなら万に一つも気づかれることは……。

「……そろそろかくれんぼは終わりにしてもらってもいいかしら?」

 ……まじでか。まじでバレてるのか。もしかしたら適当に言っている可能性も……ないね。なぜなら彼女はまっすぐにこちらを見ているからだ。これはかなりショックが大きい。僕は観念した顔で建物の陰から姿を現す。

「気づかれているとは思わなかった。完璧に気配を消していたつもりだったから」

「えぇ、まったく気配を感じなかったわ。この目で見るまで半信半疑だったのよ。流石は秘められた騎士団といったところかしら」

「だったらなぜ?」

「これよ」

 グレイスが手を前にかざすと、雪の結晶が浮かび上がりすぐさま消えていった。

「……なるほど。魔法を使ったのね」

「えぇ。空気中に私の魔力を練り込んだ微小な氷を散布したの。ある程度の距離までなら、人がいることを探知することができる便利な魔法よ」

 どうりで彼女の周りに魔力を感じたわけだ。その時点でもっと警戒すべきだった。

「私が学園を離れればあなたは尾行してくると思ったわ。だから、一応使っておいたのだけれど、どうやら正解だったみたいね」

 グレイスは僕を見ながらニッコリと笑みを浮かべる。あーぁ、完全にやられたよ。能力を使って魔法を阻止しても、僕が近くにいることは知られてしまう。まったく……魔法っていうのは厄介だよ、本当。

「じゃあ、エスコートしてくださるかしら?」

「……NOとは言えないね。こんなに敗北感を味わったのは久々だから」

「そもそもなんで姿を現さなかったのよ? 学園を出た時点で声をかけるでしょ、普通」

 グレイスが首を傾げながら問いかけてくるが、僕は答えない。まさかこの状況で、今朝は気配を悟られたから、なんて口が裂けても言えるはずがない。

「……意外と負けず嫌いなのね」

 言わなくても伝わることもある。どうにも彼女を相手にしているとペースが崩されて困るよ。

 なんだかんだ彼女の後を追っていたら城の付近まで来ていたので、そんなに時間はかからなかった。勝手口にいる騎士がグレイスを見てピクっと片眉を上げた以外は、特に何事もなく城の敷地に来ることができた。

「……そういえば一つ聞いていいかな?」

「なにかしら?」

 極力、他の騎士に見られないような道を選んで歩きながら、僕はグレイスに話しかける。

「どうして屋敷に来るの?」

「それって尾行をする前に聞くことじゃないかしら」

 グレイスが呆れ顔で僕を見てきた。そんなこと言われても仕方がない。聞くタイミングがまるでなかったんだから。

「それは……あなたに興味を持った理由にあるわね」

「僕に興味?」

「えぇ。初めてあなたに会った時……いえ、ちょっと語弊があるわね。初めて騎士としてのあなたに会った時に知ったのよ。あなたは強いってことをね」

 おそらくはぐれ魔法師のバート・クレイマンを追っていた時の事だろうね。でも、あの時は煙幕使って逃げられただけのような気がするけど。

「ほんの少ししか見ていないけど、それでもあの身のこなしは只者ではないと思ったわ」

 そういえば、一回だけ斬りかかったっけ。得意げに話している最中に不意打ちみたいな形で。

「だからってそれは屋敷に来る理由にはならないよね?」

「あら、そんなの決まってるじゃない。学園ではあなたの強さを見れないけど、あそこでなら問題ないでしょ?」

 グレイスは少しずつ見えてきたオンボロ屋敷に目を向けながら言った。

「僕と戦いたいってこと?」

「少しニュアンスが違うわね。あなたから戦いの手ほどきを受けたいのよ。……もっと強くなるためにね」

 なるほど。なんか思ったよりまともな理由だった。こんな事ならもっと早くに聞いておくんだったよ。それなら今日一日あんな胃が痛い思いをし続けなくても済んだのに。

「それなら僕よりも適任がいるよ。後で紹介するね」

「それは嬉しいわね。でも、あなたともお手合わせ願いたいわ」

「まぁ、準備運動の相手をするくらいなら」

 心の重荷が随分軽くなった僕は笑いながら言った。彼女もそれで満足だったのか、笑みを返してくる。

「確かに、君のレベルだと学園で相手になる人はほとんどいないもんね」

「そうね。自分で言うのもなんだけど、あまり思いつかないわ。あなたとあなたの仲間である双子さんは話が別だけど」

「後、ぱっと思いつくのはイザベルくらいか」

 彼女も学生のレベルを逸脱している。グレイスと戦ったらかなり面白いことになるだろうね。

「……ここで生徒会長の名前がスッと出てくるとは思わなかったわ。知り合いなの?」

「ん? あー、知り合いの娘さんだね」

「知り合いの娘……そうよね。あなたは第零騎士団の筆頭なのだから、総騎士団長と面識があってもおかしくないわね」

 少し驚いた様子のグレイスだったが、すぐに納得した様に頷いた。

「あの人は最高の相手だとは思うんだけど、なんとなく私とは合わない気がするのよ」

「あー……そう言われてみるとそうかもね」

「でも。すごいとは思うのよ? 質実剛健を体現しているような振舞い、生徒会長として生徒達をまとめ上げる資質、それに見合った実力。おまけに女の私でもハッとするほど綺麗だし、そんな完璧超人な彼女には男女問わずたくさんのファンがいるみたいじゃない。あなたもそうなのかしら?」

 からかうような視線を向けてきたグレイスに、僕はしかめっ面で返す。

「……僕はむしろ苦手な部類だよ」

「そうなの? それは意外ね。好きかどうかは別として、苦手になる要素はないように思えるけど?」

「その理由はこの扉を開けたらわかる」

 やっとこさ屋敷の前までたどり着き、ドアノブに手をかけながらグレイスをチラッと見た。怪訝な表情を浮かべている彼女を無視して、僕は勢いよくそのドアを開けた。

「レイ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 先ほどは大変失礼をいたしましたぁぁぁぁぁぁ!!」

 その瞬間、光の速さで誰かが地面に頭をこすりつけてくる。よく見ると、それは黒い髪をポニーテールにしている女の子だった。ポカンと口を開けてその様を見ているグレイスに、僕は力なく笑いかける。

「ね? だから言ったでしょ?」

 苦手なんだよ、僕は。

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