3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第48話 第六騎士団の団長

 ノーチェ相手にたっぷり汗を流した僕は、屋敷でシャワーを浴びた後適当な服に着替えて、ヴォルフ達が待っている酒場に向かう。ヴォルフが双子を労っての飲み会らしいから遅れて参加なんてしたくなかったんだけど、あの駄犬のせいで溜まった鬱憤は晴らさないわけにはいかなかった。

「よぉ、レイ」

 騎士が使う勝手口から出たところで、名前を呼ばれた僕はそちらに目を向ける。そこには壮年の男が笑いながらこちらに手を振っている姿があった。

「ジルベールさん、お出かけですか?」

「それはこっちのセリフだよ。その格好を見る限りプライベートか?」

 ジルベールの近くに行き声をかけると、彼は気さくな感じで尋ねてくる。

「えぇ。一つ任務を終えたので、その慰労会です」

「なんだ、みんな考えることは同じなんだな。ってことは街に行くんだろ? 俺もそうだから途中まで一緒に行かないか?」

「いいですよ」

 僕は笑顔で答え、ジルベールの隣を歩き始めた。勘違いしてもらっては困るが、僕は第六騎士団の人達が嫌いなわけではない。むしろ好感の持てる人が多いとすら思っている。特に、このジルベールは騎士団の中でも第零騎士団に理解があり、器が広く団長に見合った実力を兼ね備えているため、尊敬の念すら抱いているほどだ。

「聞いたぞ? また活躍したんだってな」

「活躍したのはファラとファルの二人です。僕は少しだけ手助けしただけですよ」

「謙遜するなって。部下の手柄は上司の手柄だろ?」

 ジルベールが楽し気な口調で告げる。上司といわれても、僕にそんな気はさらさらない。だが、それは彼も承知の事。冗談に近い軽口のようなものだろ。

「そちらも大変だったようですね。三ヶ月もの長い遠征、お疲れ様でした」

「ありがとさん。……でも、全然だめだぜ。期間だけ費やしただけで何の成果も出せなかったんだからな」

 そう言いながら、ジルベールは苦笑いを浮かべ僅かに生えた無精ひげをなぞった。確か、シャロン家が有する領地で被害報告を受けたから、現地調査に向かったんだよね。

「相手は魔物ですか?」

「いいや、山賊だ」

「山賊……」

 僕の心臓が僅かに高鳴った。確か、調査に行ったのはカームの村って言いていたよね。

「何も情報は得られなかったのですか?」

「ん? いや、そんな事はないぞ? 三ヶ月も汗水たらして働いた結果、誰一人として捕まえられなかったんだ。短絡的な山猿なんかじゃなくて、遥かに頭の回る相手だってことだ」

「山賊なのに、ですか?」

「そういうことだ」

 山賊というのは社会に適合できなかった連中の集まりだ。そのほとんどが、普通に生きている者達を羨み、嫉妬と欲望のままに略奪を繰り返す。だから、騎士団が街にやって来たからといって、大人しくできるのは二三日が限度だ。三ヶ月もの間息を潜ませるなど、普通の山賊にしてはあり得ない。

「被害の出方もおかしいんだ。金銭を奪うってのは山賊らしいんだが、どうにも何か別の目的があるような動きをしているんだよな」

「別の目的?」

「あぁ。……なにか探し物をしているみたいでね」

「探し物……」

 そんな山賊は聞いたことがないね。もし本当にジルベールの言うとおりであるのならば、それはもう山賊ではないんじゃないか。どちらにせよ、その山賊はただの賊ではないってことだけははっきりしている。

 いつのまにか真面目な顔をしていた僕をジルベールが意外そうに見た。

「随分山賊に興味があるみたいだな?」

「……屈強な第六騎士団の目を欺く山賊ですからね」

 僕は涼しい顔で答える。別に普通じゃない『山賊』でも興味があるんだけどね。その手の話に敏感な男が僕の近くにいるから。

「屈強なのは部下達だけさ。俺はもう年なのかねぇ……なんだか衰えを感じるよ」

「'隼の剣'と謳われるあなたが何を言っているんですか? まだまだお若いですよ」

 ジルベール・バーデン。その剣の腕前はアレクシス総騎士団長も舌を巻くほどだと聞く。愛用の細剣から繰り出される太刀筋は、まるで隼が空を舞うように素早く優雅で、見る者の目を奪いさっていくとして有名だった。

「いやいや、もう鈍ってきちまってるって。今じゃ、隼っていうより亀って感じだよ、まったく。……そろそろ若いのに立場を譲って引退する頃合いなのかもな」

「ジルベールさん以外に癖の強い第六騎士団はまとめられる人がいるとは思えませんね。特にあの駄け……シアンはあなたの言う事しか聞かないでしょう?」

「言うことを聞かないも何も、俺がいなくなったらあいつが騎士団長になるわな」

 あの駄犬が騎士団長? そうなってしまえば第六騎士団は終わりと言っても過言ではない。露骨に嫌そうな顔をする僕を見て、ジルベールは楽しそうに笑った。

「あいつ絡みの話になると、いつも冷静なお前さんにしては珍しく感情が顔に出るな」

「……ジルベールさんには申し訳ありませんが、あいつは騎士団長の器じゃありません。人を不快にする言動ばかりで、気に入らないとなるとすぐに暴力で解決するような男ですよ? 今はジルベールさんが手綱を握ってくださっているおかげで、ギリギリ騎士としてやっていけているだけなんですから。あなたがいなくなったら鎖から解放された猛犬です。近づきたくもない」

「おいおい……随分な言いようだな」

 ジルベールが僕の言葉を聞いて僅かに顔を引きつらせる。おや?かなりオブラートに包んだと思っていたが、彼の反応を見る限りそんなことはなかったらしい。

「シアンじゃなくて他に相応しい誰かを騎士団長に推薦するべきだってレイは言うのか?」

「もし本当に引退なさるのであればそうなりますね」

「なら、今副団長をやっている奴らに片っ端から声をかけなきゃいけなくなるな」

「それはダメですね。あいつは自分より強いか、尊敬できる相手でないと従わない奴です」

 まったくもって面倒くさい男だ。部下には絶対欲しくないタイプの人間。上司としてもまっぴら御免被るけど。

「ってことはつまり、副団長レベルじゃシアンの相手にはならないと?」

「なりませんね。……あぁ、フリードさんは別ですよ?」

 僕は当然とばかりにそう言い放つと、最後に言葉を付け加える。あの人は騎士団長でもおかしくない強さだからね。駄犬とやりあったらどっちが勝つかわからない。そんなことを考えていたら、ジルベールが面白そうに僕の顔を見てきた。

「そこまできっぱりと言い切るか……やっぱり、お前ら二人は変わってんな」

「え?」

「互いに毛嫌いしてるくせに実力は認め合ってんだからよ」

「…………」

 その言葉に僕は思わず閉口してしまう。そんな僕を見て彼は口を押えながら愉快そうにくっくっく、と笑った。この感じはあまりよろしくない。なんとか話を変えないと。

「そういえば妹さん、結婚なさったんですよね。おめでとうございます」

「おっ、清々しいほどに話題を逸らしてきたな? 嫌いじゃねーぞ、そういうの」

 からかう様な目で見てくるジルベールを軽くスルーする。彼は僕から視線を外し前を向くと、少しだけ遠い目をしながら小さく笑った。

「まさか俺より早く妹が結婚することになるとはなぁ……俺達はかなり年が離れていてよ。あいつは俺の半分くらいの年だから、丁度レイやシアンと同じくらいか」

「そうですね。嫁ぎ先は上級貴族のヴィドー家でしたか?」

「おうよ! まさに玉の輿ってやつだ! 下級貴族でしかないあいつを娶ってくれるなんてカーティス・ヴィドーの器は計り知れないってことだな」

 嬉しそうに話すジルベール。彼がとても妹思いなのは知っていた。だからなのだろう、幸せそうな表情の陰に切なげな表情も垣間見えている。

「……幸せになれるといいですね」

 多分、クロエや双子が嫁に行くときに僕もこんな気持ちになるんだろうな、と思いながらジルベールに優しく笑いかけた。少し驚いた様子の彼だったが、すぐに快活な笑顔を返してくる。

「あぁ……俺と違って真面目な奴だからな。幸せにならないと罰が当たるってもんだ」

 僕も一度だけ会ったことがあるが、とても落ち着いていて物腰の柔らかい人だった。あぁいう人は幸せになるべきだと、僕も心の底から思う。

 そうこうしているうちに目的地が見えてきた。だというのに、なぜか僕はまだジルベールと一緒に歩いている。

「……というか、レイ。お前もしかして気を遣って一緒についてきてないか? こっちの方にはあんまり店がないぞ?」

「いえ、そんなことは……。僕の仲間が言ってた酒場はこの先にあるみたいなんです」

「この先?ってことは、俺が向かっている酒場と一緒かもしれないな」

 これは驚いた。まさか僕と彼が向かっている酒場が同じだったとは……ってことはあいつがいるって事だね。これは着いたら店を変えるように提案した方がいいかもしれないな。

「頼むから揉めてくれるなよ?」

 店の前に立った所でジルベールが冗談半分、本気半分といった様子で僕に言ってきた。

「大丈夫ですよ。TPOは弁えています」

「いや、弁えていたら女王の前であんな風にやり合わないだろ?」

「あの時は部外者がいませんでしたからね。だけど、今回は違います。大人な態度で彼と接しますよ」

 僕がさらりと言ってのけると、ジルベールは肩を竦めながら笑う。

「案外、もう既にどんちゃん騒ぎになっていたりしてな?」

「まさか。彼らは僕みたいに子供じゃないですから、お店で騒ぐようなことはないですよ。静かに飲んでいると──」

 そう言いながら扉に手をかけ、ゆっくりと開いた瞬間、顔めがけて勢いよく酒瓶が飛んできた。僕は反射的に顔を横に動かし、左手でそれを掴む。

「……子供じゃないから、なんだって?」

「すいません。さっきの言葉は全て忘れてください」

 僕は静かに酒瓶を持った手を降ろすと、めちゃくちゃになった店内の中心で暴れている双子を見て盛大にため息をついた。

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