3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第43話 エピローグ

 高価な家具や装飾品で飾られな豪奢な部屋。ここにある物を全て売却しただけで、下級貴族が持つ全財産並みの価値になるだろう。
 そんな行商人が持つ見たら垂涎ものの逸品が並ぶ部屋の中央に、男が一人肘掛け椅子に座っていた。一人で使うには広すぎるその部屋は分厚いカーテンによって薄暗くなっており、その男の顔を見ることはできない。ただ、その男お膝の上には毛艶のいいペルシャ猫が身体を丸めていた。

 トントン。

 部屋の広さに相応な大きさの扉がノックされる。

「……入れ」

「失礼します」

 男の声に返事をし、扉をあけて入ってきたのは黒い燕尾服を着た執事の男であった。

「旦那様、トーマス様がお見えになっております」

「通せ」

「かしこまりました」

 短い言葉で受け答えをし、お手本のようなお辞儀とともに執事の男が後ろにさがる。それと入れ替わる形で黒いローブに身を包んだ男がいそいそと部屋の中へ入ってきた。そのまま、椅子に座る男の近くまで来ると、膝をつき頭を深く垂らす。

「卿、至急お耳に入れたい事がございまして、ご無礼を承知で馳せ参じました」

「聞こう」

「サリバン・ウインザーが騎士団に捕らわれたようです」

 膝の上で寝ている猫を撫でていた手がピタリと止まった。

「……捕まえたのは?」

「現在調査中ですが、ほとんど情報がありません。ということはつまり……」

「女王の『影』、か」

 椅子に座る男が憎々しげな声で呟く。女王の『影』……女王の命により、どんな過酷な任務もこなすと言われている第八の騎士団。国のトップに君臨する者達ですらその詳細が分からないほど謎に包まれた部隊。

「やはり出てくるか……だが、収穫はあった。獣遊びに興じていた男を戯れに引き入れてみたが、存外役に立ったのだな」

「はい。サリバン氏は#いい敵情視察を果たしてくれました__・__#」

 目深にフードを被った男の口が三日月状に歪む。椅子に座る男は頭を巡らせながら、再び猫の身体を撫で始めた。

「サリバンから『影』についての情報を聞き出せ。念のため奴の研究所跡地にも人を送れ。……まぁ、無駄足になるだろうが」

 現場に一切の証拠を残さない裏仕事のプロフェッショナル。それでも、なにかしら手がかりがあるかもしれない。

「承知いたしました。……サリバン氏はどういたしますか?」

「奴は十分に仕事をこなした。もう休んでもいい頃合いだろう」

「……御意に」

 冷たい声で告げられた言葉に、頭を垂れたまま頷いたローブの男はその場で立ち上がり、そそくさと部屋を後にする。一人部屋に残された男はこれから起こすべき行動を頭の中で静かに組み立て始めた。



 セントガルゴ学院の一クラス丸ごと奴隷にされそうになった事件から数日。僕とファルとファラの三人はなぜか城の謁見の間にいた。
 その理由は身を呈して貴族の子達を守った双子を表彰するため。普段は僕達第零騎士団が何か功を立てても内密のまま処理されるのだが、今回双子はセントガルゴ学院の一生徒として事件に巻き込まれたから勲章を与えることができるらしい。
 当然、僕やヴォルフがした事は無かったことにされたから、僕がここにいるのは二人の保護者って立場なんだよね。絶対に必要ないだろ、このポジション。
 双子もそれほど乗り気じゃ無かったし、受勲なんて僕も気が進まなかったんだけど、女王様がノリノリだったからね。お主らに褒美を取らせるチャンスをみすみす逃す手はない!と、鼻息荒く言われたら断る事なんて出来なかった。
 ちなみに、当初はグレイスにも声がかかっていたんだけど、丁重にお断りしていたね。自分はただ道案内をしただけ、それにあの場に自分がいたと知れると面倒くさいことになるかもしれないって言ってた。名誉や勲章が三度の飯より好きな貴族じゃない限り賢明な判断だと言える。

「危険も省みず、未来を担う若者達を守り抜いたその功績を称え……」

 防衛大臣の決まりきった口上を僕は保護者席から聞いていた。呼ばれたといっても僕の場所はここ。双子のように玉座の前で跪くなんて事はない。それにしても長いなぁ。眠くなりそうだよ。……って、ファルが頭を下げながら完全に船を漕いでいるんだけどバレてないよね?

 ヒヤヒヤしながらぼくが見守っている中、特に何事もなく表彰式は終わった。

 列席していた国の重役や貴族達がいなくなり、謁見の間に残ったのは僕と双子、そしてデボラ女王だけになる。僕は保護者席から立ち上がると、話をしている三人の方へと歩いていった。

「お疲れ、二人とも」

「うぅ……肩が凝っちゃったよー」

「そうですね。慣れない事でしたので」

 二人が気疲れした様な顔でそう言うと、デボラ女王は苦笑いを浮かべる。

「とても名誉な事だとむせび泣く者もいるというのに、お主達には余計な事であったかな?」

「うーん……デボラ様に褒められるのは嬉しいんだけどねー」

「他の方からあぁやって注目を浴びるとなると、どうしても気が張ってしまうというか」

 ファルとファラが顔を見合わせながら微妙な表情を浮かべた。そんな二人の肩に僕は優しく手を置く。

「僕達は女王陛下のために動いていますから。名誉とかそういうのは興味がないんですよ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいのだがな……お主らがやってきた事を少しでも他の者に知ってもらいたいというのが親心なのだよ」

 デボラ女王から慈しむ様な笑みを向けられ、双子は顔を赤くしながら顔を下に向けた。二人ともデボラ女王を母親の様に慕っているからね。今の言葉は受勲なんかよりもよっぽど嬉しかったと思うよ。

「さて、じゃあ僕達の屋敷に戻ろう──」

 僕が二人にそう告げた瞬間、謁見の間の扉が開いた。自然と僕達の視線はそちらへと向く。そして、隊色である紺のラインが入った銀の鎧に身を包んだ一人の男を見て、僕はその場に凍りついた。

「第六騎士団、遠征からただいま戻りました」

 ……なるほど、そういえば総騎士団長のアレクシスが言ってたね。あいつが帰ってくるって。

 あぁ、もう。くそったれだ。

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