3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第40話 仕事のできる男

「急げっ!! あの化け物を倒すために全ての魔物を開放するぞっ!!」

 サリバンは必死に足を動かしながら怒鳴り声を上げた。まさかあんなにもあっさりグリズリーマザーを倒す人間がいるとは……未だに自分の目で見た光景が信じられない。
 やって来た男は見たことのない鎧を着ていた。限りなく薄く作られた黒い鎧、守る事よりも動くことに重点を置いた作りをしているそれは、貴族であるサリバンですら目にしたことがない一品。言動から騎士団であると思ったのだが、彼らの鎧はもっと頑強な白銀の鎧で、あんな人目を忍ぶようなものではなかったはずだ。
 だが、噂だけは聞いたことがあった。黒に身を包む第八の騎士、暗黒騎士団と呼ばれる部隊の話を。

「あれが……暗黒騎士団なのか……!!」

 サリバンはギリリッと奥歯を噛みしめる。その強さは完全に常軌を逸していた。正直な話、この研究所で最も強いグリズリーマザーを一刀のもとに斬り伏せたあの男を、例えここにいる魔物達を全てけしかけたところで倒すことができるかは怪しいところだ。だが、自分達が逃げる時間ぐらいは稼げるだろう。とにかくあの死神から逃げることさえできれば、まだ再起のチャンスはある。

「あの御方に報告することもできる……!! 我らの最大の敵となろう者達の存在を……!!」

 そうすれば今回の失態も水に流してもらえるかもしれない。一縷の望みをかけながら魔物飼育場の扉を開く。そこに広がる光景を見た瞬間、サリバンの頭は真っ白になった。

「ふー……おっ、やっとおでましか」

 そこには大量に積み上げられた魔物の死骸の上に座り、暢気に紫煙を燻らせる男が一人。自分に恐怖を植え付けた男と同じ黒い鎧を身に纏い、顔には狼の貌を模したハーフマスクをつけている。
 茫然自失の様子で魔物達を見るサリバン達の視線に気が付いたヴォルフがわざとらしく肩を竦めた。

「あんたらのペットだったか? そら悪いことしたな。一服するのに丁度いい椅子がなかったもんで」

 あまりのことに頭の理解が全く追いつかない。ただ一つはっきりしていることは、自分達はおしまいだ、という事であった。



 十分以上は泣いてただろうか?僕に抱きついている双子がようやく落ち着きを取り戻した。

「……そろそろ感動の再会に水を差してもいいかしら?」

 それを見計らったかのように後ろから声をかけられる。その瞬間、バッと僕から離れたファラが、そこに立っているシニヨンヘアーの美少女を見て口をあんぐりと開けた。

「な、なななな、なぜあなたがいるんですか!?」

「あら? いちゃいけなかった?」

 わなわなと震えながら指をさすファラに、グレイスが微笑を向ける。一方ファルは俺の身体にしがみつきながら、彼女の方を見た。

「あれー!? グレイっちじゃん! なんでなんで?」

「この場所を知ってるっていうから案内してもらったんだ。要するに二人を助ける手助けをしてくれたんだよ」

「そうなの!?」

 ファルはガバッと身体を起こすと、そのままの勢いでグレイスに抱きつく。

「グレイっち~! ボスを連れて来てくれてありがと~! 本当に助かったよ~!」

「そ、そう? 感謝してもらえたのならよかったわ」

 思わぬファルの行動に若干顔を引きつらせるグレイス。そんな彼女をファラが何とも言えない表情で見つめている。

「……ファラ?」

「……ご助力いただき、感謝いたします」

 小さい声で感謝を述べると、ファラは顔を俯けた。はて? ファラは素直にお礼が言える子だと思ったけど、なんでこんな感じなんだ?

「双子といっても随分性格が違うみたいね……まぁ、それは私も同じことか」

 猫のようにすり寄るファルと、まったく顔を合わせようとしないファラを見てグレイスは苦笑いを浮かべる。……私も同じ?

「さて……あなたに言われた通り、他の子達は施設の外まで誘導したわ。後はあなた達だけよ」

「え? あ、あぁ、そうだね。なら早いとこ退散しようか」

 少し気になるけど、今はこの胸糞悪い施設から双子を脱出させるのが最優先だね。こんな場所に長居したところで、二人は嫌な気分にしかならないだろうし。

 迷う事なく施設を抜けた僕達の目に飛び込んできたのは高くそびえ立つ氷の壁だった。この施設を取り囲むように連なっている。頼んだのは僕なんだけど、実際にこの目で見ると圧巻だな。事前に知っていた僕ですらこんなに驚いているんだから、何も知らない双子の驚きは半端じゃないだろうね。

「流石はレベルⅤだね」

「あなたの特異な能力には見劣りするわ」

 グレイスがあっさりと言ってのける。と、いう事は僕が"削減《リデュース》"を使ったところは見られちゃったみたいだね。これはやってしまったかもしれない……って、あれか。バートを捕まえる時も彼女達の前で使ってしまっているか。そうなってくると、今後悔しても遅い気がする。

「他の人達は?」

「氷の外に待機させているわ。あれと一緒にしておきたくないでしょ」

 彼女の視線の先には縄で縛られたこの研究施設の職員達がゴロゴロと転がっていた。その中には闇奴隷商のエタンもいる。普段は適当なヴォルフだけど、仕事は早いから助かるよ。ここに姿が見えないってことはまだ施設の中にいるんだろうけど、すぐにお土産を持って戻ってくるだろうね。

「おやおや~? いつもは小綺麗な格好をしている双子ちゃんがボロボロになっちゃってるじゃありませんか~」

 ほら、来た。噂をすればなんとやら、だ。

 僕達が施設の入り口に目をやると、縄でぐるぐる巻きになっているサリバンとアクールを連れた金髪のチャラそうな男がニヤニヤと笑いながらこちらに近づいてきていた。顔の半分以上がマスクで隠れているというのに、イケメンオーラが滲み出ているから流石としか言いようがない。

「おまけに目元が腫れているところを見ると、カシラに泣きついちゃったのかな?」

「むぅ……ヴォルにいの意地悪!」

「油断さえしなければこんなことにはなりませんでした」

「駄目だぜ? プロなんだから油断を言い訳にしたら。それで死んだら自分のせいだっていうのはファラもわかってんだろ?」

「くっ……!!」

 ファラが悔しそうに歯噛みをする。だが、言っていることが正しいだけに言い返すことができないみたいだ。

「それこそ、こんな屑共に殺されたら死んでも死にきれねぇだろう、よ!!」

 最後の言葉と同時に、ヴォルフはサリバンとアクールの尻を蹴っ飛ばした。二人共両腕が縛られているため、受け身も取れずに顔から地面に倒れる。

「……無抵抗な貴族に手を出すなっていつも言ってるでしょ?」

「出したのは足っすよ」

 ヴォルフがあっけらかんと言い放った。どうやら二人の姿を見て、相当お冠のようだ。みじめにもがいているサリバン達をどうでもよさそうに一瞥すると、ヴォルフはファルとファラの頭に手を置く。

「まぁ、これに懲りたら隙を見せないようにするこった。例え楽しい学園生活の間でもな」

 露骨に嫌そうな顔をしている二人を見て笑いながら、その頭をぐりぐりと乱暴に撫でまわした。

「もう! 子ども扱いしないでよー!!」

「あなたに頭を撫でられるとイラっとします」

「ははっ、そう言うなって。……まぁでも、あれだ」

 ヴォルフは顔からからかいの色を消すと、両腕をそれぞれ双子の首の後ろに回し、力いっぱい引き寄せる。

「無事でよかった、本当に」

「っ!?」

 優しさと安堵が入り混じったような声音。それを聞いた双子の涙腺がまたしても崩壊した。

「おいおい……俺の一張羅が涙で使えなくなっちまうだろうが」

「ヒクッ……ヴォ、ヴォルフ兄さんが悪いんです! な、泣かせるようなこと言うからぁ!!」

「うあぁぁぁん!! ヴォル兄のバカァァァァァ!!」

 ヴォルフは双子をあやすようにポンポンと頭を叩きながら軽く笑う。そして、その光景を温かい目で見ていたグレイスに視線を向けた。

「それにしてもレベルⅤの魔法師っていうのはすごいんだな。ここら一帯、真冬の景色になっちまってんだから」

「あなたも同じでしょ?」

 グレイスがヴォルフの手の甲を見ながら言う。そこには彼女同様『Ⅴ』の文字が刻まれていた。その視線に気が付いたヴォルフは困ったような笑みを浮かべる。

「……俺はアブノーマルだから。ね? カシラ?」

「そうだね。ヴォルフはアブノーマルだね。見境ないし」

「意味が違うっすよ!」

 あれ? 違ったのか。それは申し訳なかったね。

「だから、純粋な魔法が使える人に憧れるんだよ」

「あんなにも手際よく研究所の職員を捕縛していったあなたに褒められるのであればとても光栄なことね」

「中々イケてたでしょ? どう? 今度二人で食事でも?」

「ありがたいお誘いだけれど、遠慮させていただくわ」

「かー! やっぱ君みたいな美人は簡単には靡かないか!」

 残念そうに首を振るヴォルフだが、その実本気で落ち込んでいるわけではない。この男にとっては口説くまでが日常会話みたいな感じだ。グレイスほどの美人であれば、誘わないわけがない。
 ヴォルフはいつものこととして、驚きなのはグレイスの方だ。男嫌いで有名だというのに、ヴォルフと話している彼女からはまるで嫌悪感を感じなかった。むしろ会話を楽しんでいる節まである。クラスの男子と話すときは'氷の女王アイスクイーン'の名にふさわしい空気を醸し出すというのに……そういえば、僕に対してもそこまで冷たい態度をとってこないな。なぜだろう。

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