3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜
第28話 研究所
連れてこられたのは床も天井も壁もすべて同じ色、汚れ一つない無機質な白。だが、決して綺麗だとは思えない部屋だった。
「ここが我らの研究所ですよ」
アクールはきょろきょろとあたりを見回しているエステルを見ながら、少し自慢げな口調で告げる。とは言うものの、見た限りこの部屋には何も置かれていない。ここと同じ真っ白な通路が四方に伸びているだけだった。
「研究所っていう割には殺風景なところね」
「あまりお二人には馴染みがないでしょうが、どこもこんなものです。研究対象以外の無駄なものはすべて排除するとこうなってしまうんですよ」
「へー……」
グレイスが興味なさげな様子で答える。それにしても、無駄を省きすぎではないのだろうか。窓や扉も無駄の中に含まれてしまっているみたいだ。
「それで? あなた達が一体何を研究しているのか聞いてもいいかしら?」
それまで物珍しそうに部屋を見ていたエステルがその言葉に反応し、グレイスと共にアクールの方に顔を向けた。彼は少しだけ考えるそぶりを見せると、ニコニコと生暖かい笑みを浮かべる。
「ここでは魔物の研究をしているんですよ」
「魔物の研究?」
「えぇ、そうです」
そう言いながらアクールが手をぱんぱんと叩くと、どこからともなく彼と同じ白衣を着た男がやって来た。彼はその男に何やら耳打ちすると、やって来た白衣の男は頷いて、元来た道を足早に戻っていく。
「大概の魔物は我々人間にとって害を及ぼす。畑の作物を食い荒らしたり、家畜を襲ったり、中には人間の命まで狙う魔物だってたくさんいます」
アクールは二人を中心として、ゆっくりと円を描くように部屋の中を歩き始めた。
「我々の研究はそんな魔物の脅威から人間を守るにはどうしたらいいのか、という考えから始まりました。なぜ魔物は発生するのか、魔物を駆逐することは可能なのか……結論的には何もわからなかったんですけどね」
アクールが苦笑いを浮かべながら肩を竦める。
「ですが、研究の過程で面白い効果を見つけることができたのです。それが魔物のコアによる魔物の抑制効果」
「魔物の抑制……コアによって魔物を抑制することができるっていうの?」
怪訝な表情でエステルが言うと、アクールは柔らかな表情で首を縦に振った。
「偶然の産物だったんですがね。魔物のコアに含まれるエネルギーを一定量魔物に流し込むことによって、その凶暴性を抑えることができるということを発見したのです!」
どことなく恍惚とした表情を見せるアクール。エステルは少し引き気味であったが、グレイスは至極冷静であった。
「……つまり、その研究のために魔物のコアを集めているってことかしら?」
「そういうことですね。抑制効果は確かにあるのですが、まだまだ実験データが不足しており、実用段階には至っていない。どのような条件で抑制されるのかも、まだはっきりとはわかっていない状況です。……ですが、この研究がうまくいけば人々は魔物の脅威に怯えなくて済む時代がやってくるのです!」
神のお告げを代弁したかのように感極まっているアクールをグレイスはどうでもよさそうに見つめる。エステルにいたっては若干及び腰になっていた。
そんな話をしている間に、先ほどアクールから耳打ちをされた男が、ぱんぱんに膨れた麻の袋をもって戻ってきた。アクールはそれを受け取ると、最初と同じように仮面のような笑みを向けてくる。
「我々の偉大な研究に協力してくださるグレイスさんとエステルさんに敬意を表し、ささやかですが色を付けさせていただきました。どうぞ、お納めください」
エステルが恐る恐るのぞき込むと、麻の袋の中は金貨でいっぱいであった。それを見たエステルはギョッとした表情を浮かべ、そのままグレイスに顔を向ける。彼女も袋の中身を一瞥し、何事もなかったかのようにニコッと笑いかけた。
「申し訳ないけど、これは受け取れないわ。人間の未来が明るくなる研究をしてくれている人達からお金なんて……むしろ、こっちが払いたいくらい」
研究一筋に生きてきた男ですらポーっと見惚れてしまうほどの美貌。一瞬頭の中が真っ白になったアクールであったが、小さく首を左右に振るとぎこちない笑みを浮かべる。
「そ、そうは言ってもあなた達の持っている魔物のコアが必要なわけで……どうしてもこのお金を受け取ってもらわないと……」
「だから、お金なんかいらないわ。この魔物のコアをあなたに寄付する」
「「え?」」
アクールとエステルが同時に間の抜けた声を上げた。そんなことはお構いなしに、グレイスはエステルから袋を取り上げると、何のためらいもなくアクールに渡す。
「これで魔物に襲われる人が少なくなるのであればこれ以上の幸せはないわ。その代わり、絶対に研究を成功させてね?」
「も、もちろん! 我が命に代えても!」
完全にのぼせ上っているアクールにグレイスはニコッと微笑んだ。
「では、研究の邪魔をしたくないのでこの辺で失礼させていただくことにするわ。帰りの転移石をいただけるかしら?」
「あっ……も、もしよければ研究所の中でも見て行って」
「いいえ、帰るわ」
グレイスはまだ微笑んだままである。にも拘らず、有無を言わさぬ口調で告げられた言葉に冷たい何かを感じたアクールはブルリと身体を震わせると、ポケットから二つの転移石を取り出す。
「こ、これでアルトロワ王国の近くに転移できます」
「そう、ありがとう」
グレイスは先ほどまでの笑顔が嘘のように無表情になると、アクールの手からひったくるように転移石を取り、一つをエステルに渡した。
「帰るわよ」
「え? あっ、うん」
状況にあまりついていけてないエステルだったが、グレイスに言われるがまま、転移石に魔力を流し込む。一瞬の暗転。気づいたらアルトロワ王国の城門のすぐそばに立っていた。
「ふー……なんだかよくわからなかったわ」
正直、展開が急すぎて理解が追いつかない。いつも通りクエストをこなしてギルドに戻ってきたと思ったら、謎の施設に連れていかれ、魔物を抑制することができるという話を聞かされた。理解しろという方が無茶なのかもしれない。
「でも、良い事しようとしてるんでしょ? なら、別に気にすること」
「何言ってるのよ。あの施設はかなりやばいわ」
「えっ?」
エステルが顔を向けると、グレイスが渋い顔をしていた。
「やばいってどういうこと?」
「だってあの施設は……」
説明しようとしたグレイスだったが、何を思ったのか口を開いた状態でピタリと止まる。そして、少しだけパクパクと口を動かすと、小さく頭を振った。
「……あんな風に隠れて研究しているってことはあの研究を狙っている敵がいるかもしれないって事よ」
「え!? 敵っ!?」
予想外の発言にエステルが目を丸くする。
「だから、深入りすると私達まで狙われる可能性があるのよ」
「むー……」
エステルが腕を組みながら唸り声をあげた。彼女の考えていることは手に取るようにわかる。エステルがグレイスのことを知っているように、グレイスもエステルのことをよく理解しているのは当然の事。
「……あの研究所を悪の手から守ろうなんて考えてないわよね?」
「ギクッ!」
わかりやすい反応を見せる親友にグレイスがジト目を向ける。
「バート・クレイマンの時に反省したでしょ? 危ない橋は渡らないって」
「……わかってるわよ」
グレイスが呆れた顔で言うと、渋々といった様子でエステルが頷いた。そのまま王都へと歩き始めた彼女を見ながら、グレイスは一人物思いにふける。
さきほどエステルに言おうとして止めた言葉。
『だってあの施設は……死臭に満ち溢れていたわ』
そんな事を言えば、好奇心の塊である彼女はあの研究所を調べたがるに決まっている。そんな危険は事はさせたくないし、そんなことは自分達の役目ではないのだ。
なんらかの事件が発生した時のために、一応あの施設には『ムシ』を置いてきた。何かあれば、騎士団にでも話せばいいだろう。何もなければそれでよし。本当にあの施設は人間の未来を考えた研究がおこなわれている施設なのかもしれないし、自分が感じた死臭は魔物の実験によるものかもしれない。
……だが、もしあの死臭が魔物のものではなかったとしたら?それより先をグレイスは考えたくなかった。
自分はただの冒険者。民衆の安全を守るのは騎士団の役目。
そう自分に言い聞かせながら、グレイスは前を歩くエステルの背中を追った。
*
「……どうして簡単に帰らせた?」
二人の冒険者が転移石で研究所を離れた後すぐに寸胴体系の男が扇子を仰ぎながら現れた。その少し後ろにもみ手をしている小汚い格好の男が立っている。
「あのツインテールの小娘はレベルⅢ。藍髪の方はレベルⅤの冒険者なのだろ?」
「……だからこそですよ」
アクールがどうでもよさそうな口調で答える。
「あれ程までに警戒されていたら手の出しようがない。それはエタンさんが一番よくわかってるんじゃないですか? 国が動き出している以上、下手なことはできませんよ」
そう言うと、アクールは寸胴な男の後ろに立っている小汚い男に目を向けた。
「……アクールさんの言う通りですね。あのレベルになると隙をつかなきゃ『隷属』させられませんぜ? そして、その隙を見つけることはあっしには無理だ。なんせしがない奴隷商ですから」
「ふんっ!」
寸胴な男がつまらなさそうに鼻を鳴らしながらエタンと呼ばれた男を睨みつける。
「まぁ、いい。もうじき餌は手に入る。……マジックアカデミアの教師を一人買収したのでな」
「それはそれは。あそこは才能溢れる若人達がたくさんいますからね。……でも、いいのですか?」
「なにがだ?」
「それをすれば流石に国の犬どもが嗅ぎつけてくるでしょう。慎重派なサリバン様らしくない」
アクールの言葉にサリバンと呼ばれた寸胴な男はニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「……そろそろ私も表舞台に躍り出るころだとは思わんか? これまで貴族として地味な役回りを演じ続けたこの私が」
「ならば国に知られるのは覚悟の事なのですね」
サリバンが口端を歪めながら頷く。
「これが済んだら最終段階だ。そうなれば国にばれるのは時間の問題……あの御方が動き出せば女王など恐るるに足りぬ。この作戦が上手くいくかどうかはお前にかかっているのだからな、エタン」
「へへっ……まかせてくだせぇ。世間知らずのお嬢ちゃん、お坊ちゃんならわけないですよ」
「せいぜい期待させてもらうとしよう」
媚びへつらうように笑いながらもみ手を擦り続けるエタンに冷たい声でそう告げると、寸胴の男は踵を返し、真っ白な通路を歩いていった。
「ここが我らの研究所ですよ」
アクールはきょろきょろとあたりを見回しているエステルを見ながら、少し自慢げな口調で告げる。とは言うものの、見た限りこの部屋には何も置かれていない。ここと同じ真っ白な通路が四方に伸びているだけだった。
「研究所っていう割には殺風景なところね」
「あまりお二人には馴染みがないでしょうが、どこもこんなものです。研究対象以外の無駄なものはすべて排除するとこうなってしまうんですよ」
「へー……」
グレイスが興味なさげな様子で答える。それにしても、無駄を省きすぎではないのだろうか。窓や扉も無駄の中に含まれてしまっているみたいだ。
「それで? あなた達が一体何を研究しているのか聞いてもいいかしら?」
それまで物珍しそうに部屋を見ていたエステルがその言葉に反応し、グレイスと共にアクールの方に顔を向けた。彼は少しだけ考えるそぶりを見せると、ニコニコと生暖かい笑みを浮かべる。
「ここでは魔物の研究をしているんですよ」
「魔物の研究?」
「えぇ、そうです」
そう言いながらアクールが手をぱんぱんと叩くと、どこからともなく彼と同じ白衣を着た男がやって来た。彼はその男に何やら耳打ちすると、やって来た白衣の男は頷いて、元来た道を足早に戻っていく。
「大概の魔物は我々人間にとって害を及ぼす。畑の作物を食い荒らしたり、家畜を襲ったり、中には人間の命まで狙う魔物だってたくさんいます」
アクールは二人を中心として、ゆっくりと円を描くように部屋の中を歩き始めた。
「我々の研究はそんな魔物の脅威から人間を守るにはどうしたらいいのか、という考えから始まりました。なぜ魔物は発生するのか、魔物を駆逐することは可能なのか……結論的には何もわからなかったんですけどね」
アクールが苦笑いを浮かべながら肩を竦める。
「ですが、研究の過程で面白い効果を見つけることができたのです。それが魔物のコアによる魔物の抑制効果」
「魔物の抑制……コアによって魔物を抑制することができるっていうの?」
怪訝な表情でエステルが言うと、アクールは柔らかな表情で首を縦に振った。
「偶然の産物だったんですがね。魔物のコアに含まれるエネルギーを一定量魔物に流し込むことによって、その凶暴性を抑えることができるということを発見したのです!」
どことなく恍惚とした表情を見せるアクール。エステルは少し引き気味であったが、グレイスは至極冷静であった。
「……つまり、その研究のために魔物のコアを集めているってことかしら?」
「そういうことですね。抑制効果は確かにあるのですが、まだまだ実験データが不足しており、実用段階には至っていない。どのような条件で抑制されるのかも、まだはっきりとはわかっていない状況です。……ですが、この研究がうまくいけば人々は魔物の脅威に怯えなくて済む時代がやってくるのです!」
神のお告げを代弁したかのように感極まっているアクールをグレイスはどうでもよさそうに見つめる。エステルにいたっては若干及び腰になっていた。
そんな話をしている間に、先ほどアクールから耳打ちをされた男が、ぱんぱんに膨れた麻の袋をもって戻ってきた。アクールはそれを受け取ると、最初と同じように仮面のような笑みを向けてくる。
「我々の偉大な研究に協力してくださるグレイスさんとエステルさんに敬意を表し、ささやかですが色を付けさせていただきました。どうぞ、お納めください」
エステルが恐る恐るのぞき込むと、麻の袋の中は金貨でいっぱいであった。それを見たエステルはギョッとした表情を浮かべ、そのままグレイスに顔を向ける。彼女も袋の中身を一瞥し、何事もなかったかのようにニコッと笑いかけた。
「申し訳ないけど、これは受け取れないわ。人間の未来が明るくなる研究をしてくれている人達からお金なんて……むしろ、こっちが払いたいくらい」
研究一筋に生きてきた男ですらポーっと見惚れてしまうほどの美貌。一瞬頭の中が真っ白になったアクールであったが、小さく首を左右に振るとぎこちない笑みを浮かべる。
「そ、そうは言ってもあなた達の持っている魔物のコアが必要なわけで……どうしてもこのお金を受け取ってもらわないと……」
「だから、お金なんかいらないわ。この魔物のコアをあなたに寄付する」
「「え?」」
アクールとエステルが同時に間の抜けた声を上げた。そんなことはお構いなしに、グレイスはエステルから袋を取り上げると、何のためらいもなくアクールに渡す。
「これで魔物に襲われる人が少なくなるのであればこれ以上の幸せはないわ。その代わり、絶対に研究を成功させてね?」
「も、もちろん! 我が命に代えても!」
完全にのぼせ上っているアクールにグレイスはニコッと微笑んだ。
「では、研究の邪魔をしたくないのでこの辺で失礼させていただくことにするわ。帰りの転移石をいただけるかしら?」
「あっ……も、もしよければ研究所の中でも見て行って」
「いいえ、帰るわ」
グレイスはまだ微笑んだままである。にも拘らず、有無を言わさぬ口調で告げられた言葉に冷たい何かを感じたアクールはブルリと身体を震わせると、ポケットから二つの転移石を取り出す。
「こ、これでアルトロワ王国の近くに転移できます」
「そう、ありがとう」
グレイスは先ほどまでの笑顔が嘘のように無表情になると、アクールの手からひったくるように転移石を取り、一つをエステルに渡した。
「帰るわよ」
「え? あっ、うん」
状況にあまりついていけてないエステルだったが、グレイスに言われるがまま、転移石に魔力を流し込む。一瞬の暗転。気づいたらアルトロワ王国の城門のすぐそばに立っていた。
「ふー……なんだかよくわからなかったわ」
正直、展開が急すぎて理解が追いつかない。いつも通りクエストをこなしてギルドに戻ってきたと思ったら、謎の施設に連れていかれ、魔物を抑制することができるという話を聞かされた。理解しろという方が無茶なのかもしれない。
「でも、良い事しようとしてるんでしょ? なら、別に気にすること」
「何言ってるのよ。あの施設はかなりやばいわ」
「えっ?」
エステルが顔を向けると、グレイスが渋い顔をしていた。
「やばいってどういうこと?」
「だってあの施設は……」
説明しようとしたグレイスだったが、何を思ったのか口を開いた状態でピタリと止まる。そして、少しだけパクパクと口を動かすと、小さく頭を振った。
「……あんな風に隠れて研究しているってことはあの研究を狙っている敵がいるかもしれないって事よ」
「え!? 敵っ!?」
予想外の発言にエステルが目を丸くする。
「だから、深入りすると私達まで狙われる可能性があるのよ」
「むー……」
エステルが腕を組みながら唸り声をあげた。彼女の考えていることは手に取るようにわかる。エステルがグレイスのことを知っているように、グレイスもエステルのことをよく理解しているのは当然の事。
「……あの研究所を悪の手から守ろうなんて考えてないわよね?」
「ギクッ!」
わかりやすい反応を見せる親友にグレイスがジト目を向ける。
「バート・クレイマンの時に反省したでしょ? 危ない橋は渡らないって」
「……わかってるわよ」
グレイスが呆れた顔で言うと、渋々といった様子でエステルが頷いた。そのまま王都へと歩き始めた彼女を見ながら、グレイスは一人物思いにふける。
さきほどエステルに言おうとして止めた言葉。
『だってあの施設は……死臭に満ち溢れていたわ』
そんな事を言えば、好奇心の塊である彼女はあの研究所を調べたがるに決まっている。そんな危険は事はさせたくないし、そんなことは自分達の役目ではないのだ。
なんらかの事件が発生した時のために、一応あの施設には『ムシ』を置いてきた。何かあれば、騎士団にでも話せばいいだろう。何もなければそれでよし。本当にあの施設は人間の未来を考えた研究がおこなわれている施設なのかもしれないし、自分が感じた死臭は魔物の実験によるものかもしれない。
……だが、もしあの死臭が魔物のものではなかったとしたら?それより先をグレイスは考えたくなかった。
自分はただの冒険者。民衆の安全を守るのは騎士団の役目。
そう自分に言い聞かせながら、グレイスは前を歩くエステルの背中を追った。
*
「……どうして簡単に帰らせた?」
二人の冒険者が転移石で研究所を離れた後すぐに寸胴体系の男が扇子を仰ぎながら現れた。その少し後ろにもみ手をしている小汚い格好の男が立っている。
「あのツインテールの小娘はレベルⅢ。藍髪の方はレベルⅤの冒険者なのだろ?」
「……だからこそですよ」
アクールがどうでもよさそうな口調で答える。
「あれ程までに警戒されていたら手の出しようがない。それはエタンさんが一番よくわかってるんじゃないですか? 国が動き出している以上、下手なことはできませんよ」
そう言うと、アクールは寸胴な男の後ろに立っている小汚い男に目を向けた。
「……アクールさんの言う通りですね。あのレベルになると隙をつかなきゃ『隷属』させられませんぜ? そして、その隙を見つけることはあっしには無理だ。なんせしがない奴隷商ですから」
「ふんっ!」
寸胴な男がつまらなさそうに鼻を鳴らしながらエタンと呼ばれた男を睨みつける。
「まぁ、いい。もうじき餌は手に入る。……マジックアカデミアの教師を一人買収したのでな」
「それはそれは。あそこは才能溢れる若人達がたくさんいますからね。……でも、いいのですか?」
「なにがだ?」
「それをすれば流石に国の犬どもが嗅ぎつけてくるでしょう。慎重派なサリバン様らしくない」
アクールの言葉にサリバンと呼ばれた寸胴な男はニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「……そろそろ私も表舞台に躍り出るころだとは思わんか? これまで貴族として地味な役回りを演じ続けたこの私が」
「ならば国に知られるのは覚悟の事なのですね」
サリバンが口端を歪めながら頷く。
「これが済んだら最終段階だ。そうなれば国にばれるのは時間の問題……あの御方が動き出せば女王など恐るるに足りぬ。この作戦が上手くいくかどうかはお前にかかっているのだからな、エタン」
「へへっ……まかせてくだせぇ。世間知らずのお嬢ちゃん、お坊ちゃんならわけないですよ」
「せいぜい期待させてもらうとしよう」
媚びへつらうように笑いながらもみ手を擦り続けるエタンに冷たい声でそう告げると、寸胴の男は踵を返し、真っ白な通路を歩いていった。
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