3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第27話 怪しい男

「はぁ……」

 ここは冒険者ギルドに併設されている酒場。そのテーブルに頬杖をつきながらBランク冒険者である'氷の女王アイスクイーン'グレイスがナーバスな顔でため息を吐く。その滲み出るあまりの色気に、ギルドにいる男達が思わず目を向けた。だが、その人物が氷の女王であることに気が付くとすぐに視線を背ける。

「珍しいね、グレイスがそんな露骨にため息吐くなんて。何かあったの?」

「え? あぁ、気にしないで」

 隣でこちらを窺うエステルにグレイスが苦笑いを向けた。まさか無意識のうちにため息が出ていたなんて。まったくもって自分らしくない。

 それもこれもあの男のせいだ。

 颯爽と自分の前に現れ、親友と自分の窮地を救い、詳しいことは何も話さずに去っていた零の魔法師。とは言っても、そんな女の子が夢見るシチュエーションに巡り合い、エステルのように心奪われるほど自分は純粋ではなかった。ただ、気になる。なぜだかわからないけど気になってしまう。
 本来であれば、『男』という時点で興味を持つはずがないというのに、気づけばあの男の動向を探っている自分がいる。今日の試験の時だってそうだ。特に意識もしていなかったというのに、あの男が魔法を打つ時だけ、やけに注目してしまった。結果的に違和感を見つけることができたのだが、それは自分にとって不可解な行動である。他人に興味がないことを自負しているというのに、どうしてあの男の事ばかり考えてしまうのか、それがどうにももどかしかった。

「……また考え事してる」

 エステルがアイスティーをストローで吸いながら、心配そうにグレイスの顔を覗き込む。いけない……親友が一緒にいるのに、またあの男の事を考えてしまった。ここまでくると、理不尽だとは分かっているが苛立ちすら覚える。

「ごめんなさい。本当に大したことじゃないのよ。ただ、ちょっと気になることがあっただけ」

「……それってレイの事?」

 予想外の返しに、グレイスは目を見開いてエステルの顔を見た。彼女は何やら嬉しそうににやにやと笑っている。

「その顔を見る限り大当たりって事ね」

「……どうしてそう思ったの?」

「親友ですからね! グレイスが最近レイの事を目で追っているのなんて百も承知だったわ!」

 自信満々に若干未発達な胸を反らすエステル。まさか彼女に勘付かれるほど、あの男の事を見ていたとは自分でも驚きだ。

「それにしてもグレイスがあのレイをねぇ! 意外だわ!」

「……そんなんじゃないわ」

 困り顔のグレイスにエステルがウインクを投げる。

「わかってるわ、からかってみたかっただけ。グレイスがレイを見る目からはピンク色のオーラがまるで感じなかったもん!」

「ピンク色のオーラ?」

「恋の予感!」

 瞳を煌かせながら祈るように両手を組んだエステルを見て、グレイスが引きつったように笑った。まぁ、勘違いしていなければそれでいい。グレイスは咳ばらいを一つ挟むと、すっと席を立つ。

「そろそろ報告をしに行きましょうか」

「えっ? あっ! ちょ、ちょっと待って!!」

 慌ててケーキを口に運ぶエステル。彼女が食べ終わるのを待ってから、二人はいつも使っているギルドカウンターへと赴いた。そこには自分達の贔屓の受付嬢である猫人であるアリサと、見慣れない白衣を着た男が立っていた。アリサの顔を見る限り、どうやら厄介ごとらしい。

「……ですから、個人に売ることはできないんです」

「そこをなんとか! 金ならいくらでも払うから!」

「失礼するわね」

 押し問答を行っている二人の間にグレイスが躊躇なく入っていく。男の方はギョッとした顔で後ずさったが、アリサは二人を見て心底ほっとしたような笑みを浮かべた。

「おかえりなさい! グレイスさん! エステルさん!」

「ただいま! ……揉め事?」

 エステルが白衣の男をちらちらと見ながらアリサに尋ねる。アリサは困った顔で小さくため息を吐いた。

「魔物のコアを売ってくれとしつこくて……」

「魔物のコア? それってギルドと契約しているお店としか取引できないんじゃなかったかしら?」

 グレイスの言葉にアリサが頷く。冒険者ギルドは依頼を受け付ける事務手数料と冒険者から買い取った素材を他に売却することで発生する利ざや、そして、他の店から支払われる年会費が主な収入源となっていた。この年会費というのは、冒険者ギルドから素材を買い取るために必要なもので、それを支払っているお店にしか、基本的に冒険者ギルドは冒険者から買い取ったものを売ることができない。

「そう言っているんですけど、全然聞いてくれないんですぅ……」

 アリサのトレードマークでもある猫耳がしょんぼりと下を向いていた。彼女は自分達の担当でもあり、友人でもある。そんな彼女が困り果てているところを無視することなどできない。

「何とかできないかな?」

 エステルが懇願するような目でこちらを見てくる。エステルほどのお人よしではないにしろ、グレイス自身も知らない仲ではないアリサの手助けをしてあげたいとは思っていた。少しばかり考え込んだグレイスは徐に魔物のコアが入った袋をカウンターに置く。

「今日の成果よ。依頼通りワイルドボアを山ほど退治してきたから確認して」

「あっ、は、はい!」

「……ちょっと待って」

 慌てて袋を持って裏に行こうとするアリサをグレイスが呼び止めた。

「今日は魔物のコアを売らないわ。討伐の証として持ってきただけ」

「え?」

「確か冒険者は倒した魔物の素材を冒険者ギルドに売るか、自分で使用するかは自由のはずよね?」

「それはできますけど……あっ!」

 グレイスの思惑に気が付いたアリサが口元に手を当てながら声を上げる。そんな彼女にグレイスが柔和な笑みを向けた。

「グレイスさん、ありがとうございます……すぐに依頼完了の手続きをしてきちゃいますね!」

 少しだけ涙目になりながらアリサが裏へと走っていく。その背中を見送りながら、グレイスは白衣の男の方に向き直る。

「ということで、私は魔物のコアをそれなりに持っているわ。高額で買い取ってれる人がいるっていうのはあなたの事かしら?」

「なるほど……そういう事か」

 一瞬、呆気にとられた表情を浮かべていた男は、すぐにそれをうさん臭い笑顔に切り替えた。

「私の名前はアクール。しがない研究者をやっております。……あぁ、お二人の自己紹介は結構です。この冒険者ギルドであなた達の事を知らないとしたら、それはもぐりの冒険者だ」

 アクールがよろしくの意を込めて手を前に出すが、エステルもグレイスも微動だにしない。行き場を失った自分の手を不思議そうに見つめた彼は、またしても心のこもっていない笑顔を二人に向けた。

「……無駄話はお嫌いのようだ。さっさと本題に入りましょうか。早速ですが、あなたが持っている魔物のコアをすべて譲っていただきたい」

「そのつもりで魔物のコアをギルドに売らなかったんだから構わないわ」

「話が早くて助かります。さて……金額交渉の事もありますし、二人を我が研究所へと案内したいのですがよろしいですか?」

 研究所。気になる単語が出てきた。グレイスがちらっと目をやると、エステルが硬い表情で頷く。

「あまり遅くなっても困るんだけど?」

「お時間は取らせません」

 恭しく頭を下げるアクール。グレイスは値踏みをするように彼を見つめると、その話を了承した。



 アリサから何度もお礼を言われながら返された魔物のコアを手に持っているエステルが前を歩く白衣の男を慎重に観察する。

「ごめんなさいね、エステル。勝手に魔物のコアをあんな男に売ってしまって」

「いいわよ、別に。アリサも助けることができたわけだし、グレイスが謝ることじゃないわ。……それにしても怪しさが身体中から滲み出ているような男ね」

 声を潜めながら、エステルは顔を顰めた。

「信頼できない男であることは確かね。まぁ、信頼できる男なんて私は知らないけど」

「それはグレイスが男嫌いなだけでしょ」

 ひそひそと話しているうちにも、白衣の男はどんどん人気のない場所へと歩いていく。バート・クレイマンのトラウマがあるエステルは少しだけ緊張した面持ちを浮かべた。そんな彼女を安心させるように、グレイスが笑顔を向ける。

「大丈夫よ。今度はあんなへましない。……それとも、またピンチになってエステル愛しのゼロ様に助けてもらった方が幸せかしら?」

「もう! グレイスったら!」

 エステルが顔を赤らめながら頬を膨らませた。だが、芽生えかけていた恐怖心は払拭されたようだ。

「この辺でいいでしょう」

 前を行くアクールが突然立ち止まると、こちらに振り返り、小さな石を二人に渡した。

「これは……転移石?」

「そうね、そう見えるわ」

「流石は冒険者として活躍しているお二人だ。よくご存じで」

 転移石……転移岩の欠片。その名の通り、その石に魔力を込めると、母体である転移岩の近くに転移することができる貴重な鉱石。そう、貴重なのだ。場合によっては金や銀よりも価値が高いとされている。そんな希少鉱石をさらりと取り出すあたり、目の前の男が益々もってきな臭くなってきた。

「それでは準備はいいですかな?」

 アクールがそう言うと、エステルが生唾を飲み込みながらグレイスに手を伸ばし、その手をギュッと握りしめる。グレイスはそれを優しく握り返し、エステルの顔を見つめた。そして、互いに頷くと同時に持っている転移石に魔力を流し込む。

 次の瞬間、二人の間に飛び込んできたのは一面の白だった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品