3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第23話 台風襲来

 だらだらと長いだけの歴史の授業を終え、やっとの思いで昼休みを迎える。どうして歴史の先生の声はあんなにも単調なのだろうか。子守唄なんかよりよっぽど睡魔を誘う。現に三十人ほどいるクラスの大半が机にへばりついていたからね。もはや、あれは魔法の域だよ。

「レイ、一緒にお昼でもどうだい?」

 僕が机の上にお弁当を出すと、ジェラールが声をかけてきた。その手には巾着袋が握られている。

「珍しいね。いつもはニックと食堂に行ってるのに」

「節制こそ人間の美徳だからね。本当はいつでも昼ご飯を持参したいんだけど、中々それは叶わないのさ」

「マルク商店はいつも忙しそうだもんね」

 あの店は営業時間が二十四時間なのだ。いつでもどこでもなんでも買える、をモットーにしているらしいのだが、店員さんはいつ寝ているんだろうか?過労死する人間が出ないか非常に心配で仕方ない。

「ニックは購買にパンを買いに走っていったから直に戻ってくると思うよ」

 ガラッ!!

 教室の扉が乱暴に開かれる。噂をすればなんとやら、だ。こんな風に扉を開けるのはクラスで一人しか思いあたら──。

「おーっす!! クロエっち!! 会いに来たよー!!」

 どうしよう、頭が痛くなってきた。いや、まだ声を聞いただけだ。別人という可能性も大いに考えられる。一国の姫に対してあれ程までに軽口を聞けるのがエステルやグレイス以外にいればいいんだけど。
 僕は一縷の望みをかけて扉の方に目を向ける。そこにはとびきりの笑顔を浮かべながら元気よく手を振っている茶色い髪をしたショートカットの美少女と、まったく同じ髪色をした眼鏡をかけている美少女が遠慮がちに立っていた。なるほど、これはダメかもしれない。

「ファル……もう少し静かに声をかけた方が……」

「えー! なんでー? 大きい声の方が気づいてくれるじゃん!」

 まったく悪気のない笑みを向けられ、ファラは諦めたように首を振る。

「これはこれは……元気なお客さんがやって来た」

 予想外の双子の登場に教室内がざわめいている中、ジェラールは楽し気な口調で呟いた。指名を受けた張本人は困ったような笑みを浮かべている。まぁ、そんな顔になるよね。

「あっ! いたいたー!」

 ファルはクラスの空気などお構いなしにずかずかと中に入ってくると、クロエの側へと移動する。ファラも仕方なし、といった感じでその後についていった。

「二人共……わざわざ教室まで来てくれたんだね」

「そうだよ! 一緒にご飯を食べようと思ってね!」

 ファルが嬉しそうにお弁当の包みを上に掲げる。

「すいません、クロエさん……本当はもう少し目立たないようにしようと思ったのですが……」

 そう言いながらファラがちらりと俺の方を見た。朝、自分にもっと素直になれ、と言った手前、僕も強く言うことはできない。幸か不幸かジェラールの目撃証言にクラスメートのほとんどが聞き耳を立てていたので、双子とクロエの関係は周知の事実だ。ここまでフランクな関係だとは思っていなかったであろうが、そこまで不思議に思う者はいないだろう。

「んで? こっちの可愛い女の人は誰?」

 ファルが隣で固まっているエステルに視線を向ける。

「こちらは私の友達のエステルだよ。……もう一人友達がいるんだけど、その子はどこかに行ってしまったみたい」

 氷の女王は不在のようだ。そういえば、お昼休みにグレイスが教室にいる姿を全然見たことないな。一体どこで何をしているんだろう。

「……衝撃的な登場過ぎて、私としたことが呆気に取られてしまったわ。初めまして、私はエステル・ノルトハイムよ」

「ファラと申します」

「ファルだよ! よろしくねーエステルっち!!」

 貴族然とした挨拶をするエステルに対し、ファルの態度は全く変わらない。その事実に若干顔を引き攣らせながら、エステルが双子と握手を交わす。

「それで、お昼ご飯を一緒に食べるって話だったよね」

「あっ、そうそう! ファラと二人でもいいんだけど、せっかくならと思ってさ!」

「そうなんだ……私は嬉しいけど、エステルは二人が一緒でもいい?」

「構わないわ。まだほとんど話してないけど、二人の事は好きになれそうだし」

「おっ! 話が分かるねぇ~!」

 エステルの返答を聞くや否や、その辺にあった机をガチャガチャと動かし、輪を作り始めるファル。うん、そこはあまりいじらないことを勧めるよ。僕の記憶が正しければ、そこは思春期真っ盛りのガルダン君とゆかいな仲間達の席だったはずだ。今はいないけど戻ってきたときに確実に面倒くさいことになる。
 まぁでも、彼は女子に弱いから平気かな。特にあの二人の容姿は姫様に負けず劣らず整っているし、そんなにひどい扱いは受けないと思う。とりあえず、念のため僕はこの場を離れておこう。

「そこのお嬢さん達、僕達もご一緒していいかな?」

 この学園の中でも屈指の美少女四人を前に男子達が牽制し合っていた中、無謀にも声をかけた男がいた。いや、いたって言うかすぐ隣にいる。そして、クラスにいる全ての視線がこちらに向いたのも感じる。これは良くない兆候だ。なぜなら、僕がいることに全然気が付いていなかったファルが、その存在を認知してしまったからだ。

「あれー? ボスもいるじゃん! 一緒に食べようよー!」

 ……やってくれたね。

 さっきまではジェラールを中心に向いていた視線が、今度は僕に突き刺さる。突き刺さる……うん、その表現が正しいね。みんな目から槍か何かを飛ばしているんじゃないだろうか。

 とりあえず状況を整理しよう。エステルは驚愕の表情を浮かべ、ジェラールは興味深げに僕を見ている。クロエはどうしたらいいのかわからない、といった感じでファラはかなり冷や汗をかいているみたいだね。そして、ファルは……満面な笑みで僕に手を振っている。さて、どうしたもんか。

「ボス?」

 ジェラールが好奇な目で僕を見てきた。この感じ、否定は通用しない。それなら嘘で塗り固めるしかないね。

「……実は黙っていたんだけど、僕もあの二人と同じ孤児院で世話になってるんだ」

 わざと少し大きめな声で言う。双子が孤児院で生活しているっていう設定も、僕が苦し紛れにその話に乗っかったって事も全然話してないけど、ファラには伝わるはず。一を聞いて十を知る彼女は、十を聞いて百聞き流すファルとは違うんだ。

「へーそうなんだ。なら問題ないよね?」

 それを聞いたジェラールが涼しげな笑みを浮かべた。この状況で深く追求してこないのがこの男の恐ろしいところだと思う。

「いいんだけどさ……どうして急にこんな事を言いだしたのかは少し気になるかな?」

「だって楽しそうじゃないか! エステル嬢とファラ嬢……二人を前にしたニックの反応が見れるのならば、僕はクラスの男子諸君を敵に回したって構わないよ!」

 なるほど、想像以上にジェラールらしい理由だった。確かにあの二人に淡い気持ちを抱くニックが、その二人と一緒にご飯を食べたらどうなるか観察するのは面白いかもしれないね。僕はどうでもいいけど。

「というわけで、ご一緒してもいいかな?」

 柔らかい声と共にジェラールが女性を虜にするような甘いスマイルを向ける。

「……今日は驚かされてばっかよ。まさか、噂の双子とレイが知り合いどころか、同じ場所に住んでいるなんてね」

「それはオッケーと受け取っても構わないかい?」

「……あんたがいる事は気に入らないけどね!」

 不服そうな顔でエステルが見てくるが、ジェラールは相変わらずニコニコと笑ったまま双子に顔を向けた。

「僕はジェラール・マルク。数少ないレイの友人だよ。よろしくね」

「ファルだよ! ボスの友達ならあたしの友達でもあるね! よろしくぅ!」

「……ファラです。よろしくどうぞ」

 ビシッとサムズアップを決めるファルの隣で、ファラが緊張しながら頭を下げる。あれは人見知りじゃなくて、隣にいる爆弾がいつ口を滑らせるかヒヤヒヤしてるって感じだな。僕も同じ気持ちだよ、ファラ。

「自己紹介も済んだところで、早速ご飯を──」

 ガラッ!!

 先ほどと同じような感じで教室の扉が開いた。自然とそちらに集まる視線。

「いやー、購買が混んじまってたぜ! 待たせて悪かった…………えっ?」

 そこにはいっぱいにパンが詰まった袋を片手に、信じられない光景を前にして固まるニックの姿があった。

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