3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第12話 エピローグ

「……そうか、ご苦労であった」

 第零騎士団の屋敷にある応接室でデボラ女王は一通り目を通した資料を机の上に置いた。夜なべしてまとめたっていうのに、割とあっさり読み終えてしまって何となくショックを受ける。

「昨日依頼をしてその日のうちに解決するとは……第零騎士団の団長は優秀この上ないな」

「団長になった覚えはありませんが?」

「だが、他の者達はそう思っているだろう?」

 デボラ女王は両肘を机に置くと、組んだ指の上に顎を乗せ、僕に試すような視線を向けてきた。確かに、一番最初に第零騎士団に所属した僕をみんなはボスだっていうけど……本当は嫌なんだよね。僕は人の上に立つような器じゃないし。

「とにかくターゲットはいなくなり、街に平和が訪れた。……まぁ、危機に瀕していたことを認知していた住民など皆無であろうがな」

 デボラ女王はアンニュイな表情を浮かべながら小さく息を吐く。

「いつもすまない。これほどの活躍をしておきながら、褒章や叙勲を与えられないとはな」

「別にいいですよ。そんなのより給料を上げてください」

「それは財務大臣に言うべきことだな」

 デボラ女王が魅惑的な悪戯っぽい笑みを向けてきた。まったく無茶なことを……財務大臣は僕達第零騎士団の事を目の敵にしているから、門前払いがおちだというのに。

「そういえば報告にあった学院の生徒は大丈夫だったのか?」

「問題ないですよ。怪我する前に助けましたし」

「そうではない。レイの正体についてだ」

 あぁ、そっちの方か。

「そちらも問題ありません。少しだけ話をしましたが、それを見る限り僕に気が付いている素振りは全くありませんでしたから」

「そうか……」

 なぜか残念そうな顔をするデボラ女王。え?正体はバレていないって言ったよね?

「あの……デボラ女王」

「なんだ?」

「なんで落ち込んでいるんですか?」

 不可解極まりない。ちゃんと第零騎士団のルールにのっとって正体を隠し通したっていうのに。デボラ女王は首を左右に振ると、ソファの背もたれに自分の背中を預けた。

「危ないところを助けたのが自分達の同級生とわかれば、恋の一つでも始まろうというのに……つまらんのう」

 我らが女王様は時折、意味が分からないことを口走る傾向がある。僕はため息を吐きつつ女王に呆れた視線を向けた。

「何を言っているのかわかりませんが、そういうのは求めておりませんので。僕が学院に通っている理由はデボラ様もご存知でしょう?」

「クロエの護衛か……」

「そうです。それ以上のことを学院でするつもりはありません」

 きっぱりとした口調で告げる。そもそも僕は学生であって学生ではないのだ。普通の学生が学院で興じる青春や恋愛なんかは僕には無縁の話。

「それに関しては助かっているが……少しは学生生活を楽しんでも罰は当たらんぞ?」

「どうでもいいことです。余計なものは必要ない」

 僕は立ち上がると応接室の出口に向かう。扉を開く瞬間、肩越しに女王の方に視線を向けた。

「僕はあなただけの剣だ。……それ以上でもそれ以下でもない」

 あなたが僕に生きる意味を与えてくれた時からずっと、その気持ちは変わらない。それだけ告げると、僕は応接室を後にした。



 一人応接室に残されたデボラは憂いを帯びた表情を浮かべながら、用意された紅茶をすする。

「……難儀な子に育ってしまった。母親としては嬉しい言葉だが、同時に心配でもある」

「お察しいたします」

 いつの間にやら後ろに立っていたノーチェが静かに声をかけた。突然、執事のような恰好をした男が現れても、デボラはさして気にした様子はない。

「確かにクロエの身を守ることがレイを学院に入学させた一番の理由ではあるが……あやつが同じ年頃の者達とコミュニティを築くことも隠れた目的ではあったのだ」

「レイ様は真面目な方ですからね。あなたがクロエ様を守れと命じれば、何を犠牲にしてもその任を全うしようとするでしょう」

「そうは言っても……妾が命じて友人を作らせるのは話が違うであろう?」

 おそらく、デボラが言えばレイは友達を作るだろう。あの男はそういう男なのだ。デボラの言葉を絶対犯すことのできない神の啓示か何かと思って遂行する。その危うさが彼女を不安にさせていた。

「第零騎士団の者達には心を開いていると思いますが?」

「それはわかっておる。だが、其方達は仲間というよりも家族であろう? レイにはかけがえのない仲間を作ってもらいたいのだ」

 第零騎士団に所属している者達の絆は深い。それぞれがハードな経験をしてきた訳アリの連中が集まっているため、互いの痛みが分かり、強いつながりを形成しているのだ。
 それはそれで嬉しいことなのだが、やはりレイには他にも頼れる者を……支えてくれる仲間が必要だとデボラは考えていた。できればずっと隣に立って道を示してくれるようなパートナーが。

「二年も学院に通ったというのに、そういった話はクロエからも聞いたことがない。まったく……妾のせいだということはわかっているが、思い通りにはならないものだな」

「……そう考えるのは早計かもしれませんよ?」

 自嘲するように笑うデボラにノーチェが意味ありげな視線を向ける。

「……どういうことだ?」

「まだ時間はある、ということです。昨晩、新たな出会いを果たしたようですし」

「何か思惑でも?」

 デボラがちらりと顔を見上げるが、ノーチェは何も言わずにニコニコと笑うばかり。だが、第零騎士団一のくせ者がそう言うのであれば何かあるのだろう。それがレイにとっていいことなのかわからないが、もう少し様子を見るのもいいかもしれない。

 そんな事を考えたデボラは僅かに口角を上げながら、完全に冷め切った紅茶をゆっくりと飲み干した。



 いつものようにクロエ王女が登校する様を、少し離れたところから見守る。昨日の今日だから普段よりも警戒心高く周りに気を配っていたけど、特に問題はなさそうだ。

 基本的に学生は寮に住んでいるため、校門に向かっているのはクロエぐらいしかいない。門をくぐり、校舎へと向かっていった彼女を見て、僕はホッと安堵の息を吐いた。

 今日も平和に過ごせそうだ。普段と何も変わらないのが一番。

 校門に近づき、守衛に学生証を差し出す。流石に三年も通っていれば顔を覚えられており、ほとんど顔パスで中へと入ることができた。学院にさえ来てしまえば、あまり心配することないだろう。余程のことがあったとしても、その時は騎士団が駆けつけるからその隙にクロエを逃がせばいい。

 これから帰りの護衛まではいつもの時間が始まる。適当に授業を聞き流し、貴族の坊ちゃんたちにいいように使われ、目立たないよう息を潜める退屈な時間が。

 そんな事を考えながら校舎へと歩いていると、前から誰かがこちらに近づいていることに気が付いた。

 艶のある藍髪、すれ違う男の視線を奪うプロポーション、息を呑むほど整った顔立ち……そして、腰から吊り下がった美しい騎士剣。

 この学園に通うものであれば知らない者はいないほどの有名人。レベルⅤの魔法師であり、'氷の女王アイスクイーン'の二つ名を持つ男嫌いのBランク冒険者。

 なんとなく嫌な予感がした僕は、歩調を変えずにその横を歩いていく。

「……灰色の髪なんて珍しいからまさかとは思ったけど、驚きね」

 ぽつりとこぼれた言葉にピタッと僕の足が止まった。

「ねぇ、知ってる? 冒険者は魔物を討伐する際、ある魔道具を使うのよ」

「…………」

 背中越しに聞こえる言葉に僕は答えない。話の方向性が分からない限り、下手に返事をするのは愚策だ。

「それは『ムシ』と呼ばれる小型の魔道具。冒険者が道に迷わないよう通った道に残しておく道しるべの役を担う魔道具なのよ。『ムシ』に流れる微量の魔力をこの『カゴ』が探知して教えてくれるってわけ。まぁ、使用者の魔力を媒体にしているから本人にしか使えないけど、二週間くらいはもつんじゃないかしら?」

 グレイスはそういいながら、手のひら大の平たく丸い物体を僕に見せた。そこには十字に引かれた線があり、その中心で黄色い点が点滅している。

「でも、私達冒険者の『ムシ』の使い方は普通とは違う。魔物を狩るとき、それをターゲットにつけることで、万が一逃がしてもその動向を追えるようにするのよ。……まぁ、動いているものに『ムシ』を付けたら二、三日で取れてしまうこともあるんだけどね。これが開発されてから魔物を仕留めそこなうことは減ったらしいわ」

 背中に冷や汗が垂れるのを感じる。なぜ、いきなりそんな魔道具の話をし始めたのか、その理由を考えてしまったらそっちに顔を向けることなどできるわけがない。

「人間相手に使ったのは初めてだったけど、効果は上々だったようね」

 対象の位置がわかる? そんな卑怯な魔道具が存在していいのか?

 僕が錆びついたからくり人形の様にギギギッと音をさせながら振り向くと、そこには思わず見とれてしまうような妖艶な笑みを浮かべた美少女の姿があった。

「昨日はお世話になったわね。……ゼロの魔法師さん?」

 ……どうやら、平凡で退屈な学生生活は終わりを迎えたようだ。

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