オペラ座の変人

朽木桜斎

オペラに行こう!

「次の日曜日、オペラをにいきましょう!」

彼女のその一言が、僕を奈落に突き落とした。

地獄の釜底かまぞこひらいて、黄泉よみの国の亡者もうじゃたちが手招てまねきしているように錯覚さっかくした。

「でも、一週間後じゃ、チケットとか……」

「大丈夫! もう二人分、取ってありますから!」

二枚のチケットをひらひらとちらつかせてほほえむ彼女は、さながら鉄壁てっぺきの完全武装をした海兵隊マリーン彷彿ほうふつとさせた。

「演目はモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』。問題ないですよね!?」

「え、はい……」

何が問題ないというのか。

だが「右向け右!」な彼女上官に対し、二等兵が「いや、そうではない!」などとのたまえるはずもない。

「じゃあ、チケットはお渡ししておきますから、一週間後の日曜日、国立歌劇場『スーパーエッグ』で!」

彼女はたそがれの雑踏ざっとうの中に、むように消えた。

残された僕は、人ゴミの中ポツンと、そしてポカンとほうけていた。

しばらくして、幽鬼ゆうきのごとくふらふらとあゆみはじめた。

日は次第しだいに落ちてきて、どんよりとくもった雲が、僕の心を映しているようだった。

とにもかくにも僕は次の日曜日、わが人生におけるオペラ・デビューをすることとあいなった。

このようにして、僕の長い長い一週間は、幕をけたのである。

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