おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第656話

 薄暗くて落ち着いた雰囲気のある居酒屋にやって来て親父さんとグラスを合わせた俺は久々に口にする酒を喉の奥に流し込むと、体の中に溜まっている疲れを吐き出す様にため息をゆっくりと零した。

「ふぅ……親父さん、そんなに飲んじゃって大丈夫ですか?そろそろ止めにしないと明日に響いちゃうんじゃないですか?」

「ははっ、大丈夫ですよ。これぐらいじゃ悪酔いしませんから……それに、こうして酔っていないと恥ずかしくてお伝え出来ませんからね。九条さんや皆さんに対する、感謝の気持ちを……」

「えっ?感謝の……気持ち?」

 いきなり飛び出してきた言葉を耳にして思わず驚いてしまっていると、親父さんは手にしたグラスに入ったお酒をグビッと飲んでこっちに視線を送って来た。

「……九条さん、改めて言わせて下さい。本当にありがとうございます。」

「……あーえっと……その、急にありがとうございますと言われても何の事だか……別に俺、親父さんに感謝される様な事は何も……」

「いえ、そんな事はありませんよ。今回の旅行の件もそうですが、九条さんや皆さんには今まで本当にお世話になりっぱなしですからね。」

「そ、そうですか?旅行に関してリリアさんのおかげだと思いますけど……」

「はい、確かにこんな風に家族で旅行が出来ているのは彼女のおかげです。しかし、この街で楽しく過ごせているのは皆さんのおかげである事は間違いないと思います。その他にもジーナや私がお願いした素材を集めて頂いたり……感謝しています。」

「は、はぁ……あはは、何だかそこまで改めって言われると照れ臭いですね……」

 何だろう、異性に褒められる時とはまた違う気恥ずかしさに襲われたんだけど……コレってもしかして新手の拷問なのかしら?正直、今すぐにでも逃げ出したい……!

「それにわざわざ王都にある大きな加工屋では無くて、ウチの様な小さな店を贔屓にして頂いて……」

「あぁいや、だってそれは当然の事じゃないですか?だって……」

「いえ、当然の事ではありませんよ。九条さんもご存知だとは思いますが、トリアル周辺に出現しているモンスターは弱い個体ばかりです。だからウチで取り扱う素材も低級品の物ばかりで……そんな時、皆さんが私達の前に現れてくれたんです。」

「……それってもしかして、ボスの素材を持っていったあの日の事ですか?」

「はい、そしてそれからなんです。ジーナがやる気になって本格的に修行に取り組む様になったのが……恐らく上質な素材を目にして血が騒ぎだしたんだと思います。」

「ははっ……だとしたら元々持っていた職人としての気質が目覚めただけでは?」

「えぇ、そうかもしれません。ですが、それを目覚めさせたのは九条さん達がウチにボスの素材を持ってきてくれたからです。だから……ありがとうございます。」

「ちょっ、親父さん……」

 テーブルに両手を突いて深々と頭を下げてきた親父さんの姿を目の当たりにして、どう反応して良いのか困っていると……

「……九条さん、1つだけお聞きしたい事があるんですが良いですか?」

「は、はい……何ですか?」

「……九条さんはウチの娘……ジーナの事をどう思っているんですか?」

「へっ?ど、どう思っているって急にそんな事を言われても……明るくて良い奴だと思いますけど……」

「そうではなくて……女として、どう思っているのかという事です。」

「うぇっ!?お、女としてって……いきなりどうしたんですか?」

「答えて下さい……九条さんはジーナの事……好きなんですか?」

「えー……あーいや……嫌いって事はないんですけども……」

「で、あるならば……生涯を共にしたいと……?」

「そ、それは話がぶっ飛びすぎですよ!……親父さん、本当に大丈夫ですか?まさか結構酔っていらっしゃるんじゃ……そろそろ宿屋に帰りましょう?ね?」

「……その前に私の質問に答えて下さい……九条さんの本当にお気持ちを……」

 真剣な眼差しを向けながらそんな事を聞いてきた親父さんとしばらく見つめ合った俺は……イリスの父親に聞かせたのと同じ様に自分の気持ちを伝える事にした。

「……正直な所、ジーナの事は素敵だと思います。でも、だからと言ってお付き合いしたいかと問われるとそれはまた違います。それに俺は……人を好きになるって事がどういう事なのか、いまいちよく分かっていませんから。」

「……それは……」

「別に深刻な話じゃありませんよ。ただその……今までの人生で片思いばっかりしていたので、恋愛とかそういうものに対して極端に距離を取る様になってしまって……自分の感情が何処から来ているのかがよく分からないんです。」

「…………」

「いい歳して情けないですよねぇ……まぁ、そんな訳なんであんまり心配をしないて下さい。ジーナも俺をからかって遊んでいるだけでしょうからね。それよりもほら、時間も時間ですしそろそろ帰りましょうか……よっこいせっと。」

 席を立ちあがって伝票を手にした俺は親父さんを無理やり抱え上げて会計をするとそのまま冷たい風の吹き抜ける外に出て行った。

「……九条さん。」

「はい?どうかしましたか?」

「……貴方は……自分が思っているよりも立派な人です……だから……もっと自信を持って良いと思います……」

「……はい、ありがとうございます。」

 親父さんの言葉を聞いて少しだけ頬を緩ませながら宿屋に帰って行った俺は、皆を起こさない様に寝室に戻ると着替える事も無くそのまま眠りにつくのだった。

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