おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第624話

「はぁ……ここに来た時からもしかしたらって考えなかった訳じゃ無いけど、まさか本当にこの衣装を着させられる事になるとは……しかも相手がイリスって……マジで予想外にも程があんだろうが……」

 聖女らしき石像の前に戻ってきて独り言を呟きながらガクッと肩を落とした俺は、用意されていた純白のタキシード着ている自分の姿を改めて見つめながら何度目かも分からないため息を吐き出すのだった。

「あー……どうすっかなぁ……コレって絶対にそういうイベントだよな?って事は、やっぱりアイツが着て来るのは……っ!」

 ガチャリという扉の開く音が聞こえてきて反射的に顔を上げてみると……そこには俺と同じ……いや、俺とは違う純白の花嫁衣裳を身に纏《まと》ったイリスの姿が……

「うふふ、お待たせしてしまってすみませんでした九条さん。僕もこれまでに色々な服を着てきたんですけど、この衣装は初めてだったので手間取ってしまいました。」

「……………………」

「九条さん?どうかなさったんですか?」

「……へっ?あっ!わ、悪い!ちょっとボーっとしちまってな……ははっ……」

 あ、危ねぇ……!目の前に現れたイリスがあまりにも綺麗すぎて、頭の中が完全に真っ白になってた……ってか、同性相手に何を動揺してるんだ俺は!シッカリしろ!

「うふふ、大丈夫ですか?もしかして、僕の着ている衣装が似合ってなくて驚かせてしまいましたか?」

「い、いや!そんな事は無いって言うか……うん……良く似合ってると思うぞ……」

「そうですか?それなら良かったです。九条さんもその衣装、とっても似合っていて凄く素敵ですよ。」

「あ、あはは……そりゃどうも……」

 イリスの着ている衣装のせいなのか鼓動が倍以上に早くなっているのを感じながら後頭部を右手で触っていると、俺達が通って来た両扉の向こうから職員さん達が2人同時に姿を現して出入口の方に向かって行った。

 そしてそのまま外に通じている扉の前で立ち止まると、こっちを見ながらニコっと微笑みかけてきた。

「九条様、イリス様、これよりイベントを開始させて頂きますが心の準備はよろしいでしょうか?」

「えっ!?ちょ、ちょっと待って下さい!心の準備はって聞かれても、これから何をするのかまだ聞いて無いんですけど!?」

「ふふっ、それは私達が退出をすればすぐに分かりますよ。」

「は、はぁ……?」

「それでは九条様、イリス様、私達は外で待機をしておりますのでイベントにご満足頂けましたらお声掛け下さい。失礼致します。」

 ペコリとお辞儀をしてきた職員さん達が聖堂を出て行って扉を閉めてしまった後、俺達が互いの顔を見ながらどうして良いか分からず戸惑っていると……

『……聖堂を訪れた者達よ……』

「うぉっ!ビ、ビックリしたぁ……もしかして、今の声はこの石像からか……?」

「はい、そうだと思いますが……」

『……聞かせて下さい……貴方達の胸にある秘めたる想いを……嘘も偽りもなく……さすれば……貴方達に聖なる祝福を……』

 石像の中に埋め込まれてるスピーカーを通じて職員のお姉さんが喋ってる……って感じでもなく……本当に聖女が目の前に現れて俺達へ語り掛けている様な錯覚がした俺は、妙な胸のザワつきを隠しながら隣にいるイリスに声を掛けた。

「は、ははっ……コレが素敵な思い出が作れるイベントなのかねぇ……だとしたら、困っちまうよな。急に秘めたる想いを聞かせろなんて言われも……………イリス?」

「………………」

「お、おい。大丈夫か?」

「……九条さん……」

「ん?どうし……た……」

 聖女の石像をジッと見上げていたイリスがゆっくりとこっちを向いた瞬間……俺は呼吸をするのを一瞬だけ忘れてしまっていた……何故なら……

「……僕の抱いている貴方への想い……聞いてはくれませんか……?」

 俺を見つめてきたイリスの眼差しが真剣そのもので……その奥にある瞳が……引き込まれそうになるぐらい綺麗だと思ってしまったから……

「……分かった。」

 何時の間にか冷静さを取り戻していた俺は、小さく頷き返してから聖女の石像前でイリスと真正面から向かい合った。

 それから数秒……いや、数十秒か分からないがそれだけの時間が過ぎたその時……黙ったままだったイリスが静かに言葉を発し始めた。

「九条さん、覚えていますか?僕達が初めて出会った、あの日の事を……僕は今でもハッキリと思い出せます。だって……僕はあの時、本当に運命を感じましたから。」

「…………」

「母さんが作り上げた物語に登場する人達みたいな素敵な出会いが僕にも訪れた……そう考えると凄く嬉しくて、眠れない日もあるぐらいでした。そして運命の人にまた会う為にはどうしたら良いのかを毎日の様に考え続けました。そうしたら……」

「俺が……お姫様の執事として学園に現れた……と?」

「はい、僕は夢でも見ているんじゃないかと驚いてしまいました。でも、それが現実なんだと理解した時に更なる運命を感じました。あの人はきっと僕に会う為に学園にやって来たんだと……今になって考えると、恥ずかしい限りですけどね。」

「……まぁ、そうかもな。けど、ソレのおかげで俺の家を突き止めたんだろ?」

「えぇ、ミアさん教えてもらって……本当の意味で九条さんとお知り合いになる事が出来た僕は………僕は…………」

「………イリス?」

 穏やかな笑みを浮かべながら過去を懐かしんでいたイリスが、不意に口を閉ざしてうつ向いてしまったのでどうしたのかと思って近寄ろうとしたその瞬間……彼の手が聖女の石像と同じ様な形になって少しだけ震えているのに気が付いた。

「……九条さん……僕は……貴方に初めて出会った頃……九条さんの事を……ただの運命の人だとしか思っていませんでした……本当に……ただそれだけでした……」

「…………」

「でも……でも……九条さんと同じ時を重ねる内に……その想いが……気持ちが……何時の間にか……どんどん大きくなっていって……」

「っ……お前……泣いて……?」

 初めて見たイリスの泣き顔に……言葉を失ってしまっていると……瞳に涙を溜めたイリスが……一歩ずつ……俺の方へ歩み寄って来て……

「九条さん……僕は……誰にも……世界中に誰にも負けない程に……貴方の事を……愛しています……だから今だけ……この瞬間だけ……嘘でも……偽りでも構いませんから……僕の想いを……受け取ってはくれませんか………?」

 イリスはそう言いながら俺の胸に額を軽く押し付けて来た……そして静寂の訪れた聖堂の中でステンドグラスをジッと見つめたまま固まっていた俺は……ずっと下げていた両腕をゆっくりと上げていくと………

「………悪い………お前の気持ちには……応える事が出来ない……」

 イリスの両肩を掴んで体をそっと引き離すと……そのまま頭を下げて謝罪の言葉を彼に伝えた……

「……僕が……男だから……ですか?」

「違う。そうじゃない。そんな事は関係ない……これは……俺の我が儘だ。」

「…………」

「お前の気持ちは痛いぐらいに伝わってる……でも……いや、だからこそ……お前が真正面からぶつけて来てくれた大切な想いに……嘘や偽りを返したくない……そんな事をしたらきっと……俺は、永遠に消えない傷を心に負ってしまう気がするから……だから……本当にすまない……」

 謝る事しが出来ない俺はこのままイリスに嫌われて二度と会う事が出来なくなるという覚悟も決めて、そのまま頭を下げ続けた。

「……うふふ、分かっていましたよ九条さん。貴方なら、そう言うだろうって。」

「……えっ?」

 頭上から聞こえてきた何時もの声に驚いてゆっくり顔を上げてみると、瞳から涙を流したまま微笑んでいるイリスの姿があった。

「心の何処かでこうなる予感はしてたんです。でも、何故でしょうか。あの声を耳にした瞬間、今ここで伝えないと後悔をする気がして……」

「……あの声って……もしかして……」

「はい。不思議ですね。もしかしたら本当に聖女さんの声だったんですかね。」

「……それは……」

「うふふ、本当の所は分かりませんが僕は良かったなって思っています。確かに悲しかったですけど、それと同時にホッとしましたから。」

「……ホッと?」

「えぇ、これも予感ではあるんですけど……九条さんが今ここで、僕の気持ちを受け取ってくれたら……その瞬間、僕の恋は終わってしまう……そんな予感です。」

「…………」

「だから……ありがとうございます九条さん。僕の想いに応えてくれて……本当に、貴方の事を好きになって良かったです。」

「っ……いや……」

 この想いが何処から来ている物なのかは今の俺には分からないが……イリスの事を少しだけ愛おしいだなんて思ってしまった俺は、気恥ずかしさを誤魔化す様に視線を明後日の方向に向けるのだった。

「それに僕の気持ちを素直に伝えた事で、九条さんから良い事も教えてもらいましたからね。」

「え、良い事?」

「はい。僕が男かどうかは関係ない……つまり、何時かは僕に振り向いてくれるかもしれないって事ですよね?」

「あっ!そ、それはだな!」

「うふふ、コレは僕達の将来設計を練り直す必要がありそうですね。」

「ちょっ、僕達のって勝手に俺を巻き込んでんじゃ………って、何だぁ!?」

「聖女の石像が……光ってる?」

 ステンドグラスから差し込んできている夕陽のせいではなく、石像自体がいきなり輝き出した事に驚いていると今度は聖堂内が淡く光り始めてっ!?

『貴方達の想い、しかと聞き届けました。汝らに、女神の祝福を……』

 そんな言葉が聞こえてきたかと思ったら、今度は何も無い天井から白く綺麗な羽が幾つもひらひらと舞い降りてきた?!

「お、おいおいおい……コイツはどうなってんだ……?」

「うふふ、どうやら女神様から祝福されてしまったみたいですね。」

「いや……えぇ………」

 まさかまさかの展開をアッサリと受け止めやがったイリスと視線を交わした俺は、色々な意味でドッと疲れてしまい近くにあった長椅子に倒れ込むのだった……

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