おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第584話

 意識も吹き飛ぶぐらい刺激的な薬での治療が始まってから2週間後、信じられないぐらいのスピードで手足に負った傷が塞がっていき自力で動ける様にまでなってきた俺は先生と話をして少し早めに退院させてもらう事にした。

 本当ならもうちょい経過観察をした方が良いと言われていたんだが、今回の一件に責任を感じたポーラが治療費から入院費までの全てを自分が支払うと言い出して……

 俺としては断りたかったんだけどポーラの勢いに負けて受け入れはしたんだけど、やっぱりそこに甘えて悠々自適な入院生活を送る訳はいかないからな!……決して!これ以上は治療に耐えられそうじゃ無いからって事ではない!

「……って、俺は誰に言い訳をしてんだか……」

 あまりにやる事が無いので1人脳内会話を繰り広げる事が癖になってしまっていた俺は、ため息を零しながら傷が完治するまで使ってくれと渡された塗り薬をポーチに仕舞うと退院した事を報告する為に自宅へと帰ろうとした。

「おっ、そこに居るのは……オイオイ、九条のあんちゃんじゃねか!」

「ん?……ダールトン、アンタこんな所で何してんだよ。」

「いやいや、それはこっちの台詞だぜ!アレだけの大怪我したってのにどうして外を出歩いてんだよ?……まさか、もう退院したってのか?」

「あぁ、怪我した所はまだ少しだけ痛むけど日常生活に戻る分には問題無いって先生から言われたからな。それと完治するまで使い続けろっていう塗り薬も貰ったしな。それで?アンタはここで何を?もしかして見舞いにでも来てくれたのか?」

「おう!実は近々この街を離れる事になってな。その前に九条のあんちゃんの様子を見ようかと思ってたんだが……」

「そうだったのか……わざわざ来てくれたってのに悪いな。」

「がっはっは!謝る事じゃねぇよ!アンタが元気になってくれたのなら何よりだぜ!でもそうだなぁ……九条のあんちゃん、今からちょっとだけ時間はあるか?」

「ん?まぁ、これから家に帰るだけだったから時間はあるっちゃあるけど……」

「そりゃ良かった!それなら一緒に来てくれるか?退院祝いとしてアンタとやりたい事があるんだよ!」

「やりたい事?何だよそれ。」

「それはまぁ、到着してからのお楽しみってな!さぁ、俺について来てくれ!」

「あ、あぁ……んん?」

 意気揚々と歩き始めたダールトンについて行く事を決めてから30分後……俺は、自分の判断を……メチャクチャ後悔する事になっていた……っ!

「オラオラオァ!!そんなんじゃまだ病院に逆戻りだぞ九条のあんちゃん!」

「くっ!こっちは退院したばっかりの怪我人なんだぞ?!アンタ、手加減って言葉を知らねぇのか?!」

「がっはっは!何を言ってやがんだよ!バッチシ手加減してやってるだろうがっ!」

「うおっ?!こ、これの何処が手加減なんだよ!?バカじゃねぇのか?!」

「あぁん?!誰がバカだこの野郎っ!」

「ちょっ、アニキ!冷静に!冷静になって下さいっす!カームさん!いい加減にあの2人を止めなくて良いんっすか?!」

「ふふっ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。ダールトンも本気で九条さんの事を倒そうとしている訳ではないでしょうし……」

「そ、そうっすかねぇ……?」

「うおらっ!!」

「うひぃ!?あっぶねぇな!こんちきしょう!!」

 あぁもう、どうして俺はロイドの実家にある訓練所でダールトンと戦ってんだ?!いや、理由は明白だ!コイツの誘いに乗っちまった俺がバカだったんだ!!

「九条のあんちゃん、ずっとベッドに寝転がってたから体が鈍ってるだろ?良ければ俺と軽く手合わせでもやらねぇか?大丈夫、安心しろって!ちゃんと手加減してやるからよ!」

 クソっ!ダールトンの笑顔と手加減してくれるならまぁ……なんて考えていた少し前の自分をぶん殴ってやりたい!って言うかカームさん!?貴方も壁際に立って俺の事を微笑みながら見守ってないで助けに来てくれても良いんですよ?!割とマジで!

 そんな事を考えながら繰り出されて来るバカでかい拳をギリギリの所で避け続けていると、ダールトンが地面を踏みしめながら拳を右腰の辺りで構えやがった?!

「っ!」

「はあああああああああああっ!!!」

 どう逃げても必ず距離を詰められて攻撃を食らっちまう!……本能的にそう感じた俺は全神経を集中させて真正面からダールトンを見据えると、奴が動き出した瞬間に前に出てカウンターを放つ覚悟を決めた……その時だった!

「終了っ!」

「うおっ?!」

「……やれやれ、5分ってのはあっという間だな。ようやく盛り上がってきたのに、もう終わりかよ。」

「ダールトン、本来の目的を忘れていませんよね?」

「わぁーってるよ!だから九条のあんちゃんがギリギリの所で攻撃を避けられる様に手加減してたんだろうが。」

「……えっ、マジでアレが手加減だったのか?」

「おうよ!いやぁ、それにしても驚いたぜ!九条のあんちゃん、病み上がりとは思えないぐらいの動きだったな!流石、俺の見込んだ男だぜ!がっはっはっは!」

「……笑い事じゃねぇっての、ったく……」

「九条さん、大丈夫っすか?コレ、飲み物っす。受け取って下さい。」

「あぁ、どうも……すみません、変な事に巻き込んでしまって。」

「いえいえ!お気になさらないで下さいっす!ほらアニキ、もう満足したっすよね?そろそろ皆の所に戻らないとマズいっすよ。」

「ん?もうそんな時間か?俺としては、もう少し九条さんのリハビリに付き合っても良いと思ってるんだが……」

「それはアニキが九条さんと戦いたいだけっすよね?ほら、行きますよ!九条さん!カームさん!それでは失礼しましたっす!」

「あっ、おい引っ張るなっての!そ、そんじゃあまたな2人共!」

 ダールトンと彼の仲間が歩き去って行く姿を呆然としながら見送った後、俺は床に座り込んで思いっきり息を吐き出すのだった……

「はぁ……コレ、どう考えても退院してすぐの奴がやる運動じゃないですよね……」

「ふふっ、お疲れ様でございました。九条様、ご入浴されていきますか?」

「……すみませんがお願いします……後、皆への連絡も……」

「かしこまりました。それではこちらへどうぞ。」

 まさかの展開に驚かされながらも急遽用意されたリハビリを何とかこなした俺は、カームさんに案内された広々とした浴室で汗を洗い流すのだった。

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