おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第582話

「…………ここに来るのはどれぐらいぶりなんだろうなぁ…………」

 薬品の独特な香りを嗅ぎながら見覚えのある病室で目を覚ました俺は、顔だけ下に動かして包帯でグルグル巻きになっている左手に少しだけ力を入れてみた。

「いっ……!はぁ……マジで泣きそう……」

 当然だが右足もまともに動かせそうにねぇし……つーか、アレからどんだけ時間が経ったんだろ……太陽の傾き具合から考えるに今は昼前ぐらいだと思うんだけど……

 なんて考えながら白いカーテンの掛かっている窓の方をぼんやりと眺めていると、扉の方からコンコンというノックの音が聞こえてきた。

「邪魔するぜぇ……って、九条のあんちゃん!良かった、意識が戻ったのか!」

「お、おう……って、ダールトン?どうしてアンタがこんな所に……」

「ん?覚えてねぇのか?九条のあんちゃんをここまで運んで来たのは俺なんだぜ?」

「……悪い、アンタが大暴れしてる姿は記憶にあるんだがそれ以降はどうにも……」

「ふーん、まぁ仕方ねぇさ。とりあえず、本当に無事で良かったぜ。」

「ははっ……この状態が無事って言えるのかは微妙だけどな……」

「がっはっは!そう言うなっての!医者が言うには傷が深ぇが後遺症が残るもんじゃねぇみたいだし、きちんとした治療を受ければさっさと退院出来るみたいだぜ。」

「そう、なのか?……ダールトン、貴重な情報をありがとな。」

「良いって事よ!それよりも九条のあんちゃん、俺に色々と聞きたい事があるんじゃないのか?例えばアンタが気を失ってから奴らはどうなったのかとか、仲間が無事に逃げられたのかとかさ。」

「えっ、アンタ何か知ってるのか?」

「おう!そんじゃまぁ、時間もある事だし1つずつ説明させて貰うとしようか。」

「た、頼む!あいつ等は……皆は無事に逃げ切れたんだよな?」

「勿論、嬢ちゃん達はカームが率いる護衛部隊が救助したぜ。安心したか?」

「あぁ……心の底からな……で、あの武装した連中は?」

「奴らなら一人残らずとっ捕まえてやったぜ!それなりに抵抗しちゃいたが、俺達の手に掛かれば楽勝だ!まぁ、一番の大物を九条のあんちゃんに取られた後だったからそうだったのかもしれねぇけどな!」

「……そう言われてもあんまり嬉しくねぇっつの。」

「がっはっは!そりゃそうか!思いっきりボロボロにやられちまってるもんな!」

「ったく、笑い事じゃねぇっての……後であいつ等に何て言われるか……」

「あいつ等?あぁ、お仲間の嬢ちゃん達か。そうだな、ちょっとばかし覚悟しといた方が良いかもしれねぇぞ。」

「ん?どういう事だよ。」

「いやさぁ、アンタを病院に担ぎ込んでから色々と大変だったんだぜ?金髪と銀髪の嬢ちゃんは凄ぇ勢いで何でだか俺に詰め寄って来るし、後から来たピンク髪の小さな嬢ちゃんはワンワン泣きながら九条のあんちゃんにしがみ付いてるし……はぁ……」

「あー……何と言うか……お疲れ様……?」

 さっきまでの覇気は何処へやらといった感じでガックシと肩を落としながら大きなため息を零しているダールトンを見ながら頭の中でその光景を想像した俺は、思わず苦笑いを浮かべてしまっていた……

「まぁ、それだけアンタの事を大事に想ってるって事だから文句はねぇけどな。」

「ははっ、そう言ってくれると助かる。この礼は必ずさせてもらうな。」

「おっ?そうかい?ならその時が来るのを楽しみにしてるからな!あっ、俺の希望はガチでやり合ってくれる事だからそこん所はよろしく頼むぜ!」

「いや、それだけはマジで勘弁してくれ……」

「おいおい!礼をしてくれるんじゃなかったのかよ!?」

「礼はする!だけど戦うのだけは絶対に嫌だからな!」

「何だよ、我儘な奴だなぁ!ちょっとぐらい良いじゃねぇかよ!アンタ、俺に勝った事があるんだぜ?それならさぁ……」

「買った事があるって、それはアンタが酔っ払ってた時の話だろうが!だから普通に勝負をしたら俺がボコボコにされる未来しか見えねぇんだよ!」

「ちぇ、男だったら売られた喧嘩ぐらい気持ちよく買ってくれよ。」

「断る!」

「はぁ……残念だなぁ……まぁそこまで言うなら分かったよ。礼についてはまた別の事で返してもらうわ。それで良いんだろ?」

「あぁ、そうしてくれ……」

 ようやく諦めてくれた事にホッとしてベッドに倒れ込んだその直後、ダールトンが体格に合わない小さな椅子から立ち上がって俺の事を見下ろしてきた。

「さてと、九条のあんちゃんの元気な姿も拝めた事だから俺はそろそろ失礼するぜ。あの事件の後処理で色々とやらなきゃいけない事があるからな。」

「……そうだったのか?悪かったな、引き止めちまって。」

「いや、気にしないでくれ。それじゃあまたな!」

「おう、またな。」

 片手を上げて颯爽と歩き去って行くダールトンを見送った後、静かになった病室のベッドに横たわっていた俺は急激な睡魔に襲われて再び意識を手放すのだった……

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