おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第538話

「う~ん!私、りんご飴って始め食べたんですけどこんなに美味しかったんですね!それにあの射的?っていう遊びも、最初は難しかったんですが何度かやっている内にどんどんコツを掴めてきて……あっ、すみません!1人で盛り上がったりして……」

「あぁいえ、ルゥナさんが屋台巡りを楽しんでくれているみたいで良かったです。」

「う、うぅ……お恥ずかしい限りです……」

 右手に食べかけのりんご飴を持ってデフォルメ化されたモンスターのお面を付けたルゥナさんが恥ずかしそうにしている姿を目にした俺は、彼女の気分が何とか晴れてきたことに対してホッと胸を撫で下ろしていた。

「ははっ、そんなに恥ずかしがる必要も無いんじゃないですか?だって俺達の周りに居る人達もかなり盛り上がっているみたいですから。」

「そ、それもそうですが……やはり王立学園に務めている教師としては生徒の見本になる様な姿を普段から心掛けていたいと言いますか……こんなに浮かれてきっている所を皆に見られてしまったら絶対にからかわれてしまう気がして……!」

「あー……確かにそうかもですねぇ……特にオレットさんとかは、ここぞとばかりにカメラのシャッターを押しまくる気がしますよ。」

「はい……そうなったら最後、夏季休暇明けの校内新聞にこの姿の私が一面を飾ってしまうに決まっています!と、とりあえずこのりんご飴だけでも急いで食べてしまわなければ……んぐっ!」

「だ、大丈夫ですか?!ちょ、ちょっと待って下さい!そこの屋台で飲み物を買ってきますから!」

 りんご飴を喉に詰まらせてむせ始めたルゥナさんの為にちょっくらひとっ走りしてきてから数分後、俺達は海辺の近くにある公園のベンチに腰を下ろしていた。

「はぁ……はぁ……あ、ありがとうございました九条さん……」

「いえいえ、どういたしまして。それよりも大丈夫ですか?」

「え、えぇ……おかげ様で何とか落ち着きました……あの、飲み物の代金はお幾らでした?詳しく見ていなかったもので……」

「あぁ、別に気にしないで良いですから。ってか、ここでお金を返されらた男としてかなり情けない感じになっちゃいますんで遠慮なく貰っといて下さい。」

「そ、そうですか?……では、そうさせてもらいますね。」

「はい、お願いします。いやぁ、それにしても見つかりませんねぇ。多分、大通りの端から端まで歩いたとは思うんですが……一体何処をふらついているのやら。」

「うーん……屋台は大通りを外れた所にもあるみたいなので、もしかしたらその辺りまで行ってしまっているのかもしれません。」

「なるほど、その可能性も考えられますねぇ。フィオやクリフなんかは率先してそういった所に向かいそうですし……人込みなんて歩いてられるか!とか言って……」

「ふふっ、その言葉に戸惑ってしまうエルアさんの姿が思い浮かんできます。そしてその様子をニコニコしながら見守っているイリスさんの姿も。」

「えぇ……そこでジーナとかがシッカリしてくれれば良いんですが……まぁ、かなり望みは薄いでしょうね。レミとユキも普通とはかなりズレてる奴なんで……」

「へぇ、そうなんですか?」

「はい。本人達は自分達を常識人みたいな感じて言ってますけど……俺からしたら、メチャクチャぶっ飛んでる奴らですね。」

「ふふっ、そんな事を言っているのがバレたら後で怒られちゃいますよ?」

「ははっ……それじゃあこの話は内緒って事で……良いですか?」

「うーん、そうですねぇ……後でかき氷を奢ってくれたら秘密にしてあげます。」

「そうきましたか……分かりました、喜んで買わせて頂きます。」

「はい、よろしくお願いしますね。九条さん。」

「えぇ、お任せ下さい。」

 ……アレ?もしかしなくてもこのやり取り、何だかリア充っぽくないだろうか?!目の前には浴衣を着た可愛らしい大人の女性が居て、俺に向かって楽し気に微笑んでいて……ま、まさか!我が世の春が来たとでも言うのか!?今は夏だけどもさっ!!

「……九条さん?」

「はっ、へっ!?ど、どうかしましたか?」

「いえ、何だかボーっとしていたみたいでしたから……大丈夫ですか?もしかして、熱気に当てられてしまいましたか?」

「い、いえいえ!問題ありません!ピンピンしておりますともです!」

「そ、そうですか?それなら良いんですけど……気分が悪くなったら、すぐに教えて下さいね。九条さんに何かあったら困りますから。」

「は、はいっ!!」

 くっ!変に意識しだしたら妙に緊張してきやがった……!落ち着け、こういう時は素数を数えるって何かの本に……ダメだ!そもそも素数が何なのかよく分かんねぇ!

 頭の中でテンパりながらどうにか不審にならない様に心掛けようとしたその直後、大通り沿いに設置されていたスピーカーからノイズ音の様な物が聞こえてきた。

『花火大会にお越しの皆様、長らくお待たせ致しました。間もなく花火が打ち上がる時刻となりますが、大通りでは立ち止まらずにゆっくり歩きながらご覧になって頂く様にお願い申し上げます。」

「あっ、どうやらそろそろみたいですね。」

「は、はい!えっと……このままここに居て良いんでしょうか?」

「えぇ、多分ですけどここからでも充分に楽しめると思いますよ。」

「そ、そうですか……うぅ、何だか緊張してきました……!」

「ははっ、そんなに体を固くしなくても……っと、始まったみたいですね。」

 静かにそう呟いた次の瞬間、夜空に綺麗な花が咲いて周囲に居た人達が大きな声で歓声をあげ始めた……その声に耳を傾けながらチラッと視線を横に向けてみると……

「………うわぁ…………」

 思わず見惚れてしまいそうになるぐらい綺麗な笑みを浮かべたルゥナさんが、瞳をキラキラさせながら花火に見入っている姿が視界に入って来た。

 ……まぁ、当初の予定とはかなり違っちまってるけど……ルゥナさんが喜んでいるから今日の所はコレで良しとしますかねぇ。

 そんな事を考えながら改めて視線を夜空に向けた俺は、ルゥナさんが漏らす感嘆の声を聞きながら花火を楽しむ事にするのだった。

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