おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第498話

 王都でのクエストが無事に終わってから数週間後、梅雨が明けたトリアルの街には本格的な夏が訪れていて外に出るのも億劫になるぐらいの暑さが襲い掛かっていた。

 そんなある日の事、リビングのソファーに寝転がって溜まっていたラノベを読むという至福の時間を過ごしていると、ソレを邪魔するかの様に2人の神様が何の連絡も無しにいきなり我が家へと押しかけて来やがった……

「へぇ、ここがアンタ達が暮らしてる家なのね。思っていたより良い所じゃない。」

「うむ、エリオの屋敷よりも狭いがやはり居心地は悪くないのう。」

「そりゃどうも……ほら、ご要望のアイスティーだ。」

「おっ、わざわざすまんのう。」

「……ふーん、結構良い茶葉使ってるじゃない。」

「まぁ、それなりに上等な物を手に入れられる機会は多いからな。口に合ったのなら何よりだよ。」

 借りていた家からパクッて……じゃなくて頂いてきた茶葉で淹れた紅茶がゴクゴク飲んでいく神様達の姿をボーっと眺めていると、ティーカップを空にしたレミが俺の顔を見た後にキョロキョロと周囲を見回し始めた。

「……そう言えば九条、皆の姿が見えんがどうしたんじゃ?買い物か?」

「いや、買い物って訳じゃない。」

「買い物じゃない?……あっ、もしかしてあの子達にいやらしい事をしようと思ったらそのまま逃げられちゃったとか?」

「ア、アホが!俺がそんな事するはず無いだろうが!つーか、そんな真似したら逆にこっちがボコボコにされてお終いだっての!……そうじゃなくて、あいつ等はロイドファンクラブの子達と一緒にミューズへ旅行に行ったんだよ。」

「「……?」」

 2人揃って小首を傾げながらこっちを見てきているレミとユキに、俺はトリアルに戻って来てから昨日までの流れをざっくりと説明してやった。

 事の始まりはリリアさんがロイドに相談を持ち掛けてきたあの日、その内容はここ最近ファンの子達がロイドとの交流が減った事を悲しんでいるという事だった。

 いやはや、人気者は辛いなぁ……なんて話を聞いた時は思っていたんだが、問題となっているのはこの先で……ロイドと会えなくなったのはギルドリーダーであるこの俺が原因だとファンの子達の間で噂される様になっているらしい……って、何で!?

 突然の犯人扱いに驚いてその理由を聞いてみると、旅行やクエストが重なっていたせいでトリアルを離れる事が多くなりその結果……という話みたいだが……それって俺のせいってだけでも無くないですかね!?

 なんて反論をその子達に言った所でもう手遅れ……このままでは、いずれ暴走したファンの子達に俺が襲われてしまうかも……という事で、ロイド様には是非!私共とご一緒にご旅行を!それも長期に渡って滞在出来る程のお時間を頂きたいのです!

「……って事で、数日前にようやく時間の調整が出来たみたいでな。そんでまぁ……リリアさんはどうせならば皆さんもご一緒にいかがですかと言ってくれたんだが……俺は丁重にお断りして留守番をしているって訳だ。理解したか?」

「ふむ……皆がこの場に居ない理由は分かった。しかし、何故お主は皆と共に旅行へ行かなかったんじゃ?折角の機会じゃと言うのに勿体無い。」

「はぁ……あのな、俺が女の子しかいない旅行にノコノコついて行くと思うのかよ?どう考えても厄介事にしかならないし、そんな事をする根性は持ち合わせてねぇ。」

「ぷっ、確かにアンタには無理な話よね!」

「……そこで笑われるのは腹が立つが、まぁそういう事だよ。さて、そんじゃあ次は俺が質問する番だな……お前達、今日は一体どういう用件でウチに来たんだ?まさかただ単に遊びに来ましたって訳でもないんだろ。」

「はっはっは、流石は九条じゃな!察しが良いではないか!やはり、こういう事には鼻が利くのかのう。」

「……あぁ、嫌って言うぐらいには経験しまくってきたからな。」

「うむ、それならば話が早い!九条、わし達と共にクアウォートへ行くぞ!」

「うん、断る。」

「そうかそうか!断る……なっ!断るじゃと!?」

「おう、断る。要件はそれだけか?よしっ、そんじゃあさっさと帰ってくれ!」

「ちょっと待ちなさいよ!アンタ、こっちの話も聞かずに断るつもり?」

「当然だろうが!そもそも俺はあいつ等が帰って来るまで家を護り抜く義務がある!つまり家から出られない!出たくない!暑い外には出たくないっ!だから旅行なんて絶対に行きたくない!分かったか?分かったらさっさと帰れ帰れ!!」

「な、何じゃ……!今日の九条からは断固として家から出たくないという強い意志を感じるぞ!」

「……それ、人としてどうなのよ?」

「うるせぇい!折角手に入れたこの平穏……邪魔をすると言うのなら例え神であろうとも容赦はしない!!」

「くぅ!そこまでの決意だとは……しかし、わしとて負ける訳にはいかんのじゃっ!神としての力を一番蓄えられるこの時期に里帰りは欠かせん!それにクアウォートへ帰るならばお主達を連れて行けとエリオとカレンにも言われておるからのう!さぁ、諦めてわし達と出掛けるんじゃ!」

「い・や・だ!俺はこの快適な家の中でゴロゴロしまくるんだい!」

「えぇい!そんなのは許さん!」

「……お取込み中の所で申し訳ないんだけど、ちょっと良いかしら?」

「なんだ!?」
「なんじゃ!?」

「……玄関の扉、さっきからノックされてるわよ。」

「……へっ?」

 心底呆れたという表情を浮かべながら廊下に通じる扉の方へ親指をクイっと向けたユキの言葉を聞いてちょっとした沈黙がリビングに流れた直後……コンコン、という控えめなノック音が確かに耳に届いてきた。

「誰が来たのか知らないけど、さっさと対処してあげないといけないんじゃないの。外、かなり暑くなってるわよ。」

「お、おう……!」

「あっ、待たんか九条!逃げるとは卑怯じゃぞ!」

「だぁもう!後で相手をしてやるからちょっと待っててくれ!ユキ、悪いけどレミの事を頼んだ!」

「はいはい、分かったから早く行きなさい。」

 レミを羽交い絞めにしたユキに促されて急いで玄関まで向かって行った俺は、鍵をバッと外して扉を開いていった。

「すみません。ちょっとドタバタしていたもん……で…………?」

「おはようございます、九条さん。突然お邪魔してしまって申し訳ありません。今、少しだけお時間よろしいでしょうか?」

 ……真っ白なワンピース……大きな麦わら帽子……そんな何処かのご令嬢みたいな恰好をしている美しい女性がニコリと微笑みながらそう告げてから数秒間……俺は、いきなり目の前に現れたルゥナさんに思わず見惚れてしまうのだった……

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