おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第494話

「…………」

「……九条さん、私達は先にマホと荷造りをしておくよ。」

「あ、あぁ……分かった………」

 ロイドとソフィが家の中に戻って行く姿を見送ってから数秒後、俺は目の前に居るヤン子……いや、フィオと無言のまましばらく視線を交わしていた。

「…………」

「えっと……何でここに居るんだ?その……学校は行かなくても良いのか?」

「……今日は休みだ。」

「あっ、そう言えばそうだったな……うん、悪い………」

「…………」

 うへぇ……気まず過ぎて息苦しくなってきた……!つーか、どうしてコイツは家の前で待ち伏せなんてしてやがったんだ?まさかとは思うけど、お礼参りなんて物騒な事をされる……はずも無い……よな?

「……ちょっと来てくれ。」

「へっ?お、おい!」

 いきなり背を向けて歩き出したフィオの後を慌てて追い始めてからしばらくして、俺達は家からかなり離れた所にある周囲に民家も何も無い場所にやって来ていた……

「…………」

「な、なぁ……どうしてこんな所に?もしかして、あの時の続きがしたいなんて……言ったりしないっ?!」

 心の中にある不安を直接ぶつけようとした瞬間、フィオは勢いよく振り返ると俺に向かって深々と頭を下げてきた!?

「………悪かった。」

「はっ?へっ?わ、悪かったって……?」

「これまでの事、全部……本当に……ゴメン……」

「あっ……」

 顔は見えないが全身から漂う空気……そして言葉に含められた感情で理解した……これは嘘ではなく……本心から出て来たモノである事を……だが……どうして……?

「自分勝手な理由で九条さんに嫌な思いをさせた事……謝っても許されない事ぐらい分かってる……けど、言えるのは今日が最後だから……本当に……悪かった……!」

「…………」

 突然の謝罪に言葉を失ってしまい頭の中が真っ白になっていると、フィオは曲げていた体を起こして真剣な眼差しで俺の目を見つけてきた。

「こんな事、今更だってのは理解してる……もし、オレが気に食わないって言うなら殴ってもらっても構わない……それで……九条さんの気持ちが晴れるなら……」

「はぁ……バカな事を言ってんじゃねぇよ。俺には女の子を殴る様な度胸はねぇし、そもそもお前に対して怒っている訳でもないからな。」

「っ……」

「……けど、それじゃあお前は満足しないんだろ?殴られるのを覚悟して、わざわざ俺の前に来た訳だからな……だからその代わりと言っちゃあなんだけど、何であんな俺に絡んで来たのか教えてくれるか?……まぁ、無理にとは言わないけどさ。」

「……分かった。それで九条さんが満足するって言うんなら……話すよ……」

「…………」

 ほの暗い影が差しているフィオの顔と強く握り締められた拳を見つめながら静かに口を閉ざした俺は、彼女の話を聞く為に意識を集中させるのだった。

「……九条さんは……オレの家族についてアイツから何か聞いてるか……?」

「……いや、オレットさんからは何も聞いてないよ。他人の家庭事情に首を突っ込む様な趣味は持ち合わせてないからな。」

「そうか……俺にはさ、お人好しの母親と弟と妹が居るんだよ……」

「……父親は?」

「……死んだ。とっくの昔にな。」

「……悪い。」

「いや、謝る必要は無い。オレは……アイツが死んでくれて、心の底から良かったと思ってるからな。」

 ……どう表現するのが正しいのか分からないぐらい歪んだ笑みを浮かべたフィオの顔を目の当たりにした俺は、胃がキリキリするのを感じながら口を開いた。

「それは、どうしてだ?」

「……オレのクソ親父はとんでもないクズ野郎でな。腕の良い冒険者だったが女癖の悪くて、母さんが居るのにも関わらず常に女と遊び歩いてる最低な奴だったんだ……家に帰って来る事もほとんど無くて……たまに帰って来たと思ったら母さんから金をたかる為だったとかな……」

「……部外者である俺が言うのもどうかと思うが、とんでもない人だな。」

「ははっ、だろ?それなのに、母さんは愚痴1つ零さずクソ親父に金を渡してな……オレは……そんな母さんも大っ嫌いだったんだ。」

「………」

「大金持ちの商人に甘やかされて育てられたから……だからそんな風にバカみたいに笑って金を渡してるんだろ……なんて、そんな事も言った事がある。まぁ、今思えば母さんの気持ちも理解出来なくはないんだが……あの時はどうしても無理だった……女を連れて家に帰って来てはオレ達を無視して遊ぶ金を奪っていくクズ野郎、そんなクズを笑顔で見送る母親……本当に……あの当時はずっと吐き気がしてた……けど、弟と妹が見ている前でそんな無様を晒したくなくて……ははっ、頭がどうにかなっちまうんじゃねぇかと何度も思ったよ。」

「……そうか……」

 感情が抑えられないのかフィオの口から次から次へと言葉が溢れ出て来ていて……この手の話が苦手な俺は、たった一言そう呟くのが限界だった。

「だが、そんなある日……ウチに斡旋所の職員がやって来たんだ……クソ親父が……凶悪なモンスターに殺されたって報告をする為にな……」

「………」

「最初は何を言われているのか分からなかった……けど、血まみれになった装備品を目にした瞬間……理解出来た……アイツが……死んだんだってな……」

「……その時、母親は?」

「そうだな……多分、泣いてたんじゃねぇかな……悪い、あんまり覚えてねぇんだ。何と言うか……色々な感情がごちゃ混ぜになっちまってな。」

「それは……嬉しい……とかか?」

「……あぁ、それもある。けど……悲しいって気持ちもあった気がしてさ……そんな自分の感情に戸惑って……怒りが湧いてきて……まぁ、そんな感じだったんだ。」

「……その後は、どうなったんだ?」

「……実はさ、クソ親父の奴はそれなりに金を貯め込んでたらしくてな。遺産として受け取りの手続きだったり、葬儀だったり……色々とあった様な気もするが、記憶にそんな残ってねぇんだよな。とりあえず、全部終わった後に俺の中にあったのは……ようやくアイツから解放されたんだっていう感情だった気がする……」

「そっか……家族の方はどんな感じだった?」

「あー……弟と妹はいまいち理解してないっぽかったけど、問題は母親だったな……しばらくの間、メシもろくに食わないで……日に日にやせ細っていったよ……まぁ、今となっちゃ実家の仕事を取り仕切る商人をやってんだけどな。」

「……へっ!?い、いきなり話がぶっ飛んだな……今の話の流れなら、母親は病弱になったとかそういう展開が待ってるもんだと……」

「オレも最初の頃はその手の心配はしてたんだけどなぁ……心の内は分からないが、とりあえず今は吹っ切れたみたいだな。」

「そ、そうなのか……それは……良かったな……」

「あぁ、おかげ様で王立学園なんてオレには似つかわしくない場所に通う事が出来ている訳だからな。本当に感謝しかねぇよ。」

「だ、だな……だけどそうか……お前が俺……いや、複数の女の子を連れている奴を敵対視して理由ってのは……」

「……そうだ。死んじまったクソ親父と同じ野郎だと思ってたからだ。女を利用する事しか考えてないクズみたいな奴だってな……でも、そんな事は九条さんや他の奴にとっては1つも関係ない事……俺がただ単に身勝手だっただけの話だ……自分の中にあるムシャクシャを発散させたい……絡んだ理由は……ただそれだけだ……」

「……それで、少しはそのムシャクシャを発散する事は出来たのか?」

「……分からない。喧嘩をしている時は忘れられた気がする……でも、終わった後に待ってたのはもっと強い……ムカつきだけだった……」

「……だろうな……」

 自分の嫌っている親父さんと似た様な奴をボコボコにした所でストレスが無くなるぐらいなら、こんな事にはなってねぇもんな……

「……なぁ、オレはどうしたら良いんだ?何をしたら……オレの中に存在してるこの気持ちは無くなるんだ……?」

「……それは俺にも分からん。お前の気持ちは……お前だけのものだからな。」

「……そうだよな………ゴメン、変な事を聞いて………」

 今にも崩れ落ちそうな……消えて無くなりそうな……そんな危うげな気配を感じた俺は、後頭部をガシガシ掻きながら思いっきりため息を吐き出した。

「……まぁ、喧嘩してもムシャクシャが消えないって言うんなら別の趣味でも探してみたら良いんじゃないのか?例えば……紅茶を飲みながらラノベを読むとか。」

「……はっ?」

「他には一日中ベッドでゴロゴロするとか……あぁ、誰かと一緒に買い物に行くとかでも良いんじゃないか?ほら、昨日の連中。あいつ等はかなりのお人好しだからな。誘えばすぐについて来るぞ。」

「い、いや……急にそんな事を言われても……」

「……まぁ、とりあえず何でもやってみろよ。死んじまった親父さんとは違ってさ、お前にはやりたい事をやれるだけの時間があるんだから……なんて事、俺に言われた所で何とも思えないだろうけどな……とりあえず、自分の為に頑張ってみろ。まぁ、それでもしんどいって言うんなら……俺が……お前の喧嘩を買ってやるよ。」

「っ……どうして……そんな……」

「別に理由なんてねぇよ。俺がそうしたいからそうするだけだ。その方が後悔しない生き方が出来そうだからな。」

「………は、ははっ……何だよ……それ……」

 フィオは声を震わせながら笑い声をあげると……うつ向いて、右腕で目元を一拭いしてニカッと笑いながら顔を上げた。

「それじゃあ……覚悟してろよ?次は、ボコボコにしてやるからな!」

「……出来れば、手加減してくれると嬉しいんだけどなぁ。」

「ハッ、そいつは無理な相談だなっ!……それじゃあ、オレはもう行くぜ。荷造りの邪魔をする訳にはいかないからな。」

「……おう、それじゃあまたな。」

「……あぁ、またな。」

 フィオは力強く頷いて別れの言葉を口にすると、一度も振り返る事なく歩き去って行くのだった。

 その姿が見えなくなるまでその場でジッとしていた俺は……小さくため息を零すと皆が待っている家に帰って行くのだった。

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