おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第476話

 メチャクチャ広々としている戦闘訓練所に引っ張り込まれてから数分後、俺はこの手のイベントが発生すると何故か集まって来るギャラリーに混じって目立たない様にひっそりと端の方に移動して行った。

 そしてこれまたどういう風に説得されてここまで来たのか分からないルゥナさんと学園長が勝負を見守るという流れになった中、気配を消した俺はユートがどうやってヤン子とのフラグを建てるのかをワクワクしながら待っていた……訳なんだけどッ!

「「「「「「「うおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」

「ぐっ!」
「ユート!!」
「お兄ちゃん!!」

 大勢の生徒達が興奮して歓声を上げていたその時、両手で頭を抱えた俺は目の前で起こっているまさかの展開を受け止めきれずにいた!

「うぉおおおおおいっ!?あんだけ格好付けて登場した癖に3分も経たずに敗北ってどうなってんだよ?!これじゃあお約束が台無しじゃねぇか!」

 特に良い所も無く呆気なく敗北して膝をついてくれやがったユートに美少女2人が駆け寄って行くと、ヤン子が見下す様な視線で3人を見下ろして……

「ハッ、その程度の実力でオレに勝負を挑んでくるとかマジで舐めてんのかよ?」

「っ!」

「ルカ、止めるんだ……お前の敵う相手じゃない。」

「で、でもお兄ちゃん!」

 うんうん、美しい兄妹愛はとても素晴らしいと思うよ!それに君達の隣に居る子もジッとヤン子を睨んでいるね!悔しいって感じているのがヒシヒシ伝わってくるよ!

 そしてコレが他人事だったらきっと俺はオタク根性を発揮してニヤニヤとしながら君達のやり取りを観察していただろうさ!けど……今はそう言う状況じゃねぇ!

(……マホ、逃げるぞ!)

(えっ!?そ、そんな事して大丈夫ですか?)

(そんな事は知らん!だが、あいつ等に気を取られている内にここを抜け出さないと今度は……!と、とりあえず腹が痛かったとか言ってだな)

「オイ!コイツとの勝負は決着が付いたぞ……隠れてねぇでさっさと出て来い!」

「……おぉふ……」

 訓練所の出入口までもう少しという所でヤン子の叫び声が室内に響き渡り、全生徒から注目を集めてしまった俺はその場で身動きが取れず苦笑いを浮かべていた……

「ほら、邪魔な奴は居なくなったからこっちに来い。」

「えっ……いや、そのぉ…………が、学園長!少しよろしいでしょうか!」

「おや、どうしましたか?」

「あのですね!私自身としましては、こちらに在籍している大切な生徒さんと怪我をしないとは言え戦闘をするのはどうかと思うのですがいかがでしょうか!?」

 頼む学園長!俺の意図を読み取ってこの場を何とか収めてくれ!貴方の口で確かにそうですねと言ってくれればヤン子もきっと納得して……くれるはずですから!

「ほっほっほ、確かに冒険者として確かな腕のある九条さんと勝負をすると言うのは無謀な事なのかもしれません。」

「そ、そうですよね!」

「オイ!ふざけんじゃねぇぞ!オレはソイツを!」

「まぁまぁ、話は最後まで聞いて下さい。」

「……へっ?」

 が、学園長?そのご立派な髭を撫でながらどうして不敵な笑みを?何だかとっても嫌な予感がしてくるのですが?

「ですが、勝負と言うのは最後まで何が起こるか分かりません。それに実力も確かな冒険者の方と手合わせをするというのも生徒にとっては良い経験となるでしょう。」

「はっ?いやいや、何を言って……?」

「そういう訳ですので、是非とも彼女と戦ってあげて下さい。」

「……………」

「……フッ、そういう事だ。もう逃げられねぇぞ……ほら、早くこっちに来いよ。」

「…………マジかよ。」

「が、学園長!本当によろしいんですか?!」

「ほっほっほ、ルゥナ先生がご心配なさるお気持ちも分かりますよ。ですが先ほども言った様に、これは良い経験となるはずですよ。」

「そ、それは……でも!」

「ルゥナ先生、九条さんは立派な冒険者です。生徒に怪我を負わせる様な危ない事はしないと信じて大丈夫ですよ。」

「……はい……」

 いやいや、全っ然大丈夫じゃないですからね!?って言うか何ですかその無責任な信頼は?!勝手に安心されても困るんですけども!!

(……ご主人様、どうしますか?)

(どうしますも何も……)

 この状況で逃げ出そうものなら俺だけじゃなくてロイドやソフィにも迷惑が……!あぁもう!こんな事になるんだったら2人の試合が始まった時点でとっとと逃げりゃ良かったよ!

「オイ、何時までそこで突っ立てるつもりだよ。まさか逃げ出そうなんて考えている訳じゃないだろうな。言っとくけど、そんな事は許さないからな。」

「……はぁ……」

 どうあがいても逃げ出せない現状に対して思わず息が零れだしていると、生徒達の間をすり抜けてルゥナさんが俺の目の前にやって来た。

「すみません九条さん……あの、ご迷惑でしたら断って頂いても……」

「……いえ、俺の事なら大丈夫ですよ。お気遣い、どうもありがとうございます。」

「そ、そんな……」

 申し訳なさそうにうつ向いてしまったルゥナさんに若干の罪悪感を抱きながら顔を上げた俺は、大きく息を吸い込むと学園長の方に視線を送った。

「学園長!この試合、次の授業の関係もあるので制限時間は5分で良いですか?」

「ほっほっほ、私は構いませんよ。君もそれでよろしいですか?」

「……あぁ、それだけあれば充分だ。」

 2人の了承を得た瞬間に内心でガッツポーズを決めた俺は、訓練用の武器が置いてある倉庫の方をジッと見つめて……

(あの、ご主人様。もしかして本当にあの子を倒してしまうつもりなんですか?)

(はっはっは、そんな事する訳ないだろ?これだけ大勢の生徒が見ている目の前で、そんな事したらガチで冷ややかな目線を食らう事になるわ。あの人は手加減する事も出来ない大人げない人だ!ってな。)

(えっと……それじゃあ、わざと負けてあげるんですか?)

(いや、それはそれで冒険者の癖にって陰口を叩かれる可能性が大きい。それに……アイツは俺に勝ったって確実にキレる。わざと負けやがってな。)

(そ、そんな!だとしたらやりようがない……あっ、まさか!)

(ふっふっふ、そういう事だよ。実力を示しつつこの場を収める方法……それ以外に考えつかないだろ?まぁ、これはこれでキレられる可能性はあるんだけどなぁ……)

(……はぁ、ご主人様ってどうしてこんな事に巻き込まれてばっかりなんですか?)

(そんなの俺が知りてぇよ……っと、そろそろ行かないとキレられちまうな。)

 武器庫からパッと視線を逸らしてヤン子が待っている闘技場よりも少しだけ小さい戦闘会場に目を向けた俺は、道を開けてくれた生徒達に見られながら真っすぐ歩いて行くのだった。

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