おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第438話

「ふぃ~……い~い湯だ~な~……んふふ~………」

 皆が寝静まった深夜頃、寝室を抜け出して部屋に備え付けてあった露天風呂に足を運んだ俺は綺麗な満月と静かに降り続けている雪を眺めながら至福とも言える一時を過ごしていた。

「あ~……最っ高……街にある温泉も良かったが、これもまた格別だぜ……」

 何よりもこうやって高い所から街の灯りを見渡せるとか……いやぁ、マジで人生の成功者にでもなった気分だな……こんな事ならもっとこの温泉に入っとけば良かったかもしれないぜ……

「なんて後悔した所でもう遅いか……とりあえず今は、この幸せな時間をのんびりと楽しむとしますかねぇ……」

 吹雪も収まったから風も心地良いし、お湯の流れていく音もまた風流な感じがして俺の大人としての色気を際立たせてくれるし、それに何処からともなく聞こえてくるガラガラという音も………………ガラガラ?

「やぁ、お邪魔するよ九条さん。」

「……………………………へっ?」

 頭の中が真っ白になった状態のまま……無意識で声がして来た方へ顔を向けた俺の視界に飛び込んで来たのは…………月明かりに照らされたタオル姿の……っ!?!?

「ばっ!?ロ!ロイ!?なっ?!どっ?!!??!?!」

「あぁ、驚かせてしまってすまないね。私がどうしてここに居るのかだろう?実は、水を飲もうと部屋を出たらこの温泉に向かって行く九条さんの後姿が見えたんだよ。それでお礼をするいい機会だと思って後を追いかけて来たのさ。」

「は、はぁっ!?お、お礼って何の事だって、そんなのはどうでも良いからさっさと出て行け!お前、こんな所を誰かに見られでもしたら!!」

「大丈夫、私達以外は寝ているよ。それよりも九条さん、背中を流してあげたいからこっちに来てくれるかい。」

「いや、いやいやいやいや!行く訳ないだろ!ってか頼むから早く出て行ってくれ!お前、自分が女だって自覚あんのか!?」

「ふふっ、そんなに慌てなくても良いじゃないか。これは仲間同士の絆を深める為の交流みたいなものなんだからさ。」

「アホか!こんなバカげた交流があってたまるか!それにだ!仮に親睦を深める為に交流をするんだとしてもそれは女同士でやるもんだろ!?男女で一緒に温泉なんて、万が一の事があったら……いや、誤解するな!俺は何にもしないからな!絶対に!」

「ふふっ、それなら問題は無いんじゃないかな。」

「い、いやそれは!」

「さぁ九条さん、こっちに来てくれるかい。この格好のまま風にあたり続けるのは、流石に私も辛いからね。」

「え、おぉうぇ………」

 バシャ……と、ロイドが自分の体にお湯を掛ける音を聞きながら腰掛け用の椅子に座った俺は……腰に巻いたタオルが死んでも外れない様に強く強く握り締めていた。

「それでは始めるよ、洗い足りない所があったら行ってくれるかな。」

「……はい……」

 一体コレは……どういう状況なんだろうか……?もしかして俺は、夢でも見ているのだろうか……?それとも……へへっ……死ぬのかな………ははは………

「ふふっ、こうして改めて見るとやっぱり男性の背中だね。広くて逞しいよ。」

「……ありがとうな……そう言えばロイド……お礼って何の事だい?」

「あぁ、それは勿論……私の事を命懸けて救ってくれた事のお礼だよ。」

「……ん-?おかしいな……そのお礼は……この旅行って事なんじゃないのかい?」

「いや、この旅行は父さんと母さんからのお礼だ。私個人としてのお礼はまだ渡していないよ。」

「そうかそうか……なるほどねぇ……つまり、コレがお前からのお礼って訳だな……はっはっは……」

「うん、そう思ってくれて構わないよ。それより九条さん、さっきと比べて喋り方がゆっくりになっているがどうかしたのかい?」

「いや、別に何でもないよ……だからもう、背中を洗うのは終わりに………えっ?」

 目を閉じて何も考えない様にしながら逃げ出そうとした次の瞬間、脱衣所に通じる扉がガラガラっと音を立てて開きやがって……

「……2人共、こんな時間に何をしてるの。」

「……ふぇ……」

 ロイドと同じ様にタオルを巻いたソフィが姿を現して……無表情のまま俺達の方へ鋭い視線を送りつけてきた訳でしてぇ………

「おや、ソフィじゃないか。そっちこそどうしたんだい。」

「……目を覚ましたらロイドが居なかったから探してた。そうしたら、温泉の方から2人の話し声が聞こえてきたから来た。」

「ふむ、そうなのか。でも、どうしてその恰好なんだい?」

「……ぱぱとの件、九条さんにお礼をしたかったから。」

「あぁ、なるほどそういう事か。つまりは私と同じ理由だね。」

「……同じ?」

「うん、私も九条さんにお礼がしたくてここに来たんだよ。」

「……そうだったんだ。それじゃあ次は私の番。」

「了解、それじゃあ変わるね。」

「ありがとう。」

「………………」

 コレは……一体どういう状況なんだ……って、もう分かっちまったな……要するに今のこの状況は……神様が俺に与えてくれた……最後の時間だという事なんだ……!

「九条さん、寒いの?」

「いや……いや……!気にしないで……くれっ……!」

 ダメだ……どう考えてもエリオさんとガドルさんにバレる未来しか見えない……!いや、それ以前にリリアさんとライルさんにバレたら……俺は確実に殺される……!

「九条さん、ソフィに背中を流してもらったら一緒に温泉に入ろうじゃないか。」

「……3人で一緒にお風呂、えへへ……」

 楽しそうなロイドの声とソフィの微笑む声……その2つを耳にした瞬間、俺の中で何かがプツンとキレる音がして……

「………俺はまだ………死ぬ訳にはいかないんだっ!!!」

 大声でそう叫んで桶を手に立ち上がった俺は温泉の湯を勢いよく浴びると、脱兎の如く脱衣所に突入して着替えを手にするとそのまま寝室に戻りベッドに飛び込んだ!

「アアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!!!!!」

 そして自分の体を両腕を使って力いっぱい抱きしめると、びしょ濡れ状態の全身に電撃の魔法を食らわせて奇声を上げながら気絶をするのだった……!

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