おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第362話

「どうも皆さん、昨日ぶりですね。」

「………」

「ガドルさん……それに……」

 サラさんの後に続いて大通りを進み数日前にも訪れた闘技場前までやって来ると、そこにはこれまでと変わらない笑みを浮かべているガドルさんと大きなバッグを持ちながらうつ向いている状態のソフィが揃って並び立っていた。

「ソフィさん!どうして……どうしてなんですかっ!あんなお手紙だけ残して居なくなっちゃうなんて……どうして!」

「マホさん、あんまりソフィを責めないで下さい。これはただ、貴方達とは進みたい道が違ったというだけの話なんですから。」

「っ!そ、そんな……ソフィさん……本当……なんですか?」

「……ごめんなさい……」

「……ソフィ、私達は謝罪の言葉が聞きたい訳では無いんだ……君が本当にその道を選んだと言うなら喜んで見送ろう。だがそれは……本当に、君の本心なのかい?」

「………」

 ロイドの問いかけにソフィは返事をしないままで……静かに背負っていたバッグの持ち手を握り締めるばかりだった……

 そんなソフィの様子を隣で見守っていたガドルさんはわざとらしくため息を零すとヤレヤレといった仕草をして……

「ふぅ、どうやら皆さんに此方《こちら》まで来て頂いたのは正解だったみたいですね。」

「……正解……?」

「えぇ……九条さん、私達がどうしてまだこの街に居るのかは聞きましたか。」

「いえ、それはまだですが……どうしてなんですか?」

「ははっ、そんなの決まっているじゃないですか。ソフィがまだ、私達と貴方達との間で揺れ動いているからですよ。こうして荷物を纏《まと》めて出て来たにも関わらずね。」

「っ……」

 おいおい……何なんだよあの冷たい視線は……あんなの、自分の娘に対して向けて良いもんじゃねぇだろうが……!

「……ガドルさん。」

「おっと、すまなかったね……さて、それでは早速ですが本題に入りましょうか。」

「本題……それはもしかしなくても、私達をここに呼び出した理由かな?」

「はい。とは言え、ご用件があるのは九条さんになんですけどね。」

「……俺、ですか?」

「えぇ、九条さん…………私と、闘技場で戦って頂けませんか?」

「……はっ?」

 ニコッと微笑みかけてきたガドルさんの突然の申し出に思わずそんな声が漏れ出た次の瞬間、彼の隣に立っていたソフィが目を見開いて驚きの表情を浮かべていた。

「待ってぱぱ……そんな話……私、聞いてない……!」

「あぁ、だってソフィには言ってないからね。」

「ど、どうして……ままは知ってたの?」

「ごめんなさいね、ソフィちゃん。」

「な、何で……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!どうしておじさんとガドルさんが戦わなくちゃいけないんですか!?」

「うーん、その理由は……ソフィの抱えている迷いを、断ち切る為ですかね。」

「……それはもしや、私達に対する想いの事を言っているのかい。」

「はい、その通りです。このままでは、ソフィは貴方達の事を引きずり続けてしまい修行どころではなくなってしまいます。それでは私達と共に来る意味が無い。だからこの場で、貴方達への想いを断ち切らせます……九条さんを斬り伏せる事で。」

「や、やめて……!」

「ははっ、それは出来ない相談かな。まぁ、九条さんが断ると言うならば無理強いをしたりはしないけどね。」

「く、九条さん……!」

「………」

「いかがでしょうか九条さん。ソフィの所属していたギルドのリーダーとして、私の申し出を受けてはもらえませんか?」

「ダメ……!受けちゃダメ、九条さん……!」

 ガドルさんが俺を斬り伏せたらソフィの迷いが断ち切れる、どうしてそうなるのか理屈としてはサッパリ分からないが……

「……分かりました、その勝負を受けます。」

「そ、そんな……!?」

「どうもありがとうございます。それでは、受付で手続きを済ませて下さい。私は、先に試合会場へ向かいますから。」

「ま、待って……!こんなのダメ…‥!だって……」

「……ソフィ。」

「っ!」

「君は……サラさんと一緒に客席に向かっていなさい。」

「………」

「ソフィちゃん、行きましょう。」

 サラさんにそっと背中を押されて歩き出したソフィと一瞬だけ目が合ったんだが、
その時の瞳は今にも泣き出してしまいそうなぐらい不安に満ちているものだった……

「それでは九条さん、また後でお会いしましょう。」

 その後に続いて闘技場の中に入って行ったガドルさんが見えなくなるまでその場に立ち尽くしていると、両隣にマホとロイドがやって来た。

「おじさん……大丈夫なんですか?」

「相手はBランク闘技場の王者に君臨し続けている程の猛者だ。あまりこういう事を言いたくは無いが……」

「……分かってるよ。だけど、やれるだけの事はやってみるさ。それにあの人には、一太刀ぐらいぶち込んでやらなきゃ気が済まねぇからな。」

「……それもそうですねっ!おじさん、頑張って下さい!」

「ふふっ、客席から応援させてもらうよ。」

「おう!」

 左手の平に拳を叩きつけて口角を上げながら2人と顔を見合わせた俺は、闘技場を静かに見上げてから腹をくくって受付に向かって行くのだった!

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