おっさんの異世界生活は無理がある。
第335話
「すみません、わざわざ見送りに来て頂いちゃって……お店の方は大丈夫ですか?」
「えぇ、午前中は休業にしましたから安心して下さい。それよりもこうして皆さんとお話出来るのが今日で最後だと思うと、なんだか寂しいですね。」
「ふふっ、私達も同感ですがこれで最後になるとは限りませんよ。」
「そうですよ!また会える日は必ず来ます!クラリスちゃんもそう思いますよね?」
「うん!わたしもおねえちゃんたちやおじちゃんにまたあいたい!」
「ははは、嬉しい事を言ってくれるな……だけど、最後までおじちゃんって呼び方は変わらなかったか……!」
「まぁまぁ、これぐらいの子には大人は全てそう見えるもんじゃから仕方あるまい!そんな事でいちいち落ち込むでないわ!それよりもほれ、わし達……と言うよりも、お主を見送りに向こうから人が歩いて来るぞ。」
「はぁ?そんな人が居るはずがない……って、うぇっ!?ど、どうしてあの人が?!今日が帰る日だなんて教えてないぞ!?」
反射的に後ずさりして顔を引きつらせながら見つめたその先には、ニヤリと微笑みながらこっちに向かって来るドクターの姿が!?
「うふふふ、おはようございます。ウィルさんに皆さんがお帰りになるのが今日だと聞いてお見送りに来てしまいました。」
「あっ、そうなんですか!それはそれは、どうもありがとうございます!」
「いえいえ、折角お知り合いになれたんですから当然の事ですよ……ね?それとも、私が来てしまったらご迷惑でしたか?」
「い、いや……そんな事は無いですけど……って、何で近寄って来るんですか?!」
「うふふふ、お別れをする前に九条さんに私に関する記憶を匂いと一緒に植え付けておこうかと思いまして。」
「え、笑顔のまま怖い事をサラッと言わないで下さい!ちょっ!た、助けてくれ!」
「ふふっ、私としては美しい女性の願いを邪魔する訳にはいかないかな。」
「同じく。」
「……とりあえず、今だけはドクターさんの好きにさせてあげたらどうですか?」
「うむ、恥ずかしがらずに好意を受け取るが良い!」
「ぐっ、好き勝手言いやがって……!うおっ!?」
グイグイ迫って来るドクターから目を逸らしながら全員を睨んでいたら、いきなり首元に腕が回されて目の前に妖艶な笑みを浮かべる美女の顔が!?
「さぁ、皆さんのお許しが出ましたよ……うふふふ………」
「うわぁー………って、みえないよーまま!」
「クラリスにはまだ早いから見なくても良いの!」
「ドクター……前にも言いましたけど、クラリスが見ている所ではそういう事をするのは控えてほしいんですが……」
「ごめんなさいね、でも運命の人を前にしたら私も我慢が出来なくて……」
「いやいや!知り合ったばっかりで互いの事も良く知らないって言うのに運命も何もあったもんじゃないと思うんですけども?!」
「あら、それは違うわよ九条さん。私はこれまでに何十回と運命を感じてきたけれどそれは何時も出会ってすぐの事だったんだから。」
「ちょっ、どんだけ運命を感じてるんですか!?つーか、その人達は何処に行ったんですか!?」
「うふふふ………聞きたい?」
「………止めておきます。」
本能的にヤバいものを感じ取りそっぽを向きながらそう告げた直後、停まっている馬車の方からカランカランとベルを鳴らす音が聞こえてきた!
「もうそろそろ出発時間となりますので、王都行きの馬車にご乗車のお客様は荷台にお乗りになって下さーい。」
「おっと!残念ですがお別れの時間が来たみたいですねっ!」
「あぁん、そんなに慌てて離れなくても良いじゃない。もう少しだけこの時を楽しみましょうよ。」
「いえいえ、そういう訳にはいきませんよ!それでは皆さん!名残惜しいですけど、俺達はこれで失礼させて頂きますね!」
「はい、またお会い出来る日を楽しみにしています。」
「皆さん、道中お気を付けて。」
「またあそびにきてね!ぜったいだよ!」
「勿論、必ずまた来るよ。」
「それではお元気で!」
「ばいばい。」
「それではのう!」
「よしっ!そんじゃあ急いで馬車に乗り込むとしようぜ!御者さんもベルを鳴らして俺達を呼んでいるみたい……って、あれ?この音は………何だ?」
「ベルの音……では無いみたいだね。」
「そうですね、これは……鐘の音ですかね?でも、どうしてそんな音が急に……」
「ぐっ、うううぅぅぅ!」
「ウィルさん!?それにキャシーさんにクラリスもどうしたんだ?!」
急に聞こえてきた鐘の音に困惑しながら周囲を見回していたら、ウィルさん達……って言うか周囲に居た魔人種の人達が苦しみながら地面に倒れ込んでしまった!?
「お、おいおい!これは何がどうなってんだよ!?」
「そ、そんなの分かりませんよ!クラリスちゃん!しっかりして下さい!」
「あ、あたまがいた……ぐ、う、あああああああ!!!」
「クラリスちゃん!」
「マホさん場所を変わって!」
「ド、ドクターさん!クラリスちゃんが!それにウィルさんやキャシーさんも!」
「分かっているわ!それにしても、彼らに起こっているこの症状は……まさか!?」
「おい、お前達!これは一体どういう状況なんだ?!」
「ロ、ローザさん!?」
ドクターが苦しそうにしているクラリスと周囲を見回して戸惑いの表情を浮かべたその直後、背後から警備隊の方達を引き連れたローザさんが走り寄って来て怒声にも似た声でそう問いかけてきた。
「もう一度聞く!これはどう言う状況なんだ!?」
「そ、それが俺達にも……いきなりこの鐘の音が聞こえてきたと思ったら皆さんって言うか魔人種の人達が一斉に苦しみだして!」
「何だと!?おいローザ!彼らの身に何が起こっているんだ?!」
「隊長さん、非常にマズイ事態になるかもしれないわ。今すぐに街を封鎖して!」
「何ッ?!いきなりそんな事を言われてもだな……」
「急ぎなさい!それと貴方達は彼らからすぐに距離を取りなさい!」
「ど、どうしてそんな!?皆さんをこのまま放ってはおけませんよ!」
振り返ったドクターに悲痛な面持ちのマホが反論した次の瞬間、クラリスが左手を勢いよく上げたのを目にして嫌な予感がした俺は瞬間的に走り出すと彼女を抱きしめながら背中を打ち付ける様にして後ろの方に飛んで行った!
「ぐっ!?」
「きゃあ!」
「おじさん!」
「九条さん!」
「だ、大丈夫だ!それよりも……」
ドクターを抱えながらゆっくりと立ち上がって真正面を見つめてみると、そこには苦しそうに呻きながらも立ち上がろうとしているウィルさん達の姿があった……!
「ふむ、どうやら正気を失いつつあるみたいじゃな。もしくはこの鐘の音に操られているのか……いずれにせよ、マズい状況である事には変わらんじゃろう。」
「クソっ!?どうすりゃ良いんだよ!?」
「落ち着いて九条さん、今度は私が何とかしてみせるわ。」
ドクターは凛とした声でそう言って一歩前に踏み出すと、白衣のポケットの中から透明な瓶を取り出すと蓋を外して中に入っていた液体を周囲に撒き始めた?
何をするつもりなのかドクターに尋ねようとした直後、地面に落ちて行った液体が薄くて白色の霧状になって舞い上がり始めて周囲をゆっくりと包み込んでいった……
「う、うぅぅ……おねえちゃ……ん………」
「っ!?ク、クラリスちゃん!?」
「あっ、おい待て!」
胸を押さえながら苦しそうに膝から崩れ落ちていったクラリスの方に走って行ったマホの後を慌てて追いかけた俺は、その途中で他の魔人種達も同じ様にしている事に気が付くのだった。
「ドクター、この霧は何なんだい?」
「これは魔人種の中に流れるモンスターの血を一時的に抑制させる効果のある薬よ。まだ試作段階の物だし成功するかどうかも賭けだったけれど、どうにか上手くいってくれたみたいね。」
「そうなのか……ドクター、この薬の効果範囲は?」
「この広場を覆うので精一杯よ。それにさっきも言ったけど試作段階のものだから、量もそんなにある訳じゃないの。だから街全体に行き届くかどうか……」
「……分かった、そういう事なら今は私達が出来る最善を尽くすとしよう。お前達!すぐに部隊を編成して住民の保護を急げ!その後は冒険者達にこの事態を収める為に協力を仰ぐのだ!それと危害を加えて来る者に関しては反撃を許す!彼らを人殺しにする訳にはいかない!だがしかし、決して命は奪うな!私達は彼らを護る者だという事を心に刻んで行動を始めろ!」
「「「「「ハッ!」」」」」
ローザさんに指示された警備隊の方達はビシッと敬礼をすると、即座に散り散りになって行くのだった。
その姿を見送ったローザさんは俺達の方に向き直ると、腰にぶら下げたポーチの中から小型のグレネードランチャーみたいな物を取り出して右手に持つと大きな銃口を空に向けて赤色の光弾を撃ち出した!?
「すまないが、これから街を封鎖させてもらう。事態が収束するまでファントリアスから出られないという事を覚悟しておいてくれ。」
「は、はい!分かりました!」
「ふぅ、流石にこの状況で俺達だけ逃げ出そうと思わなあああばばばば!?!!?」
「はっ!?えぇっ?!」
ため息を零しながらシリアス顔で逃げ出す意思が無い事をローザさんに告げようとしたその時、いきなり糸の様な物に拘束された俺は物凄い勢いで地面を引きずられて何処かに連れてえええええええ?!?!?!!
「ぶべらああああっ!?」
ガラガラと音を立てながら落ちてきた巨大な鉄格子に挟まれるかどうかギリギリの瞬間に何とかその下を潜り抜けられた俺は、頭が混乱したまま荒くなっている呼吸と激しく動いている鼓動を落ち着かせる為に深呼吸を繰り返して周囲を見渡し…て……
「うふふ、お久しぶりね九条さん。貴方にまた会う事が出来て嬉しいわ。」
「お、おまっ!?おまえっ!?ど、どうして、こ、ここに!?」
目の前に現れた仮面を付けた怪しい女を見て嫌な思い出が蘇ってきた俺が後ずさりしながらそう聞いた直後、鉄格子の向こう側に皆が集まって来た!
「お、おじさん!大丈夫ですか……って、えぇ!?あ、貴女は……仮面のメイドさんじゃないですか?!ど、どうしてこんな所に!?」
「そ、その変な格好をしているやつは誰なんじゃ?お主達の知り合いか?」
「私達……と言うよりも、九条さんの知り合いかな?」
「ほほぅ、おかしな知り合いが居るもんじゃな。」
「いやいや!知り合いでもなんでもねぇから!って言うか質問に答えてもらおうか!お前がどうしてここに居るのか!それと何で俺を拘束したのかっつうかさっさと俺を解放してくれませんかねぇ!?」
「そんなに慌てなくてもすぐに拘束は解いてあげるわよ。それよりも……あら、また初めましての人がこちらに来たみたいね。」
「おい、九条透!一体何が……お、お前は……何だ?」
「あらあら、随分と奇抜は服装をしている方が居るみたいね。」
「うふふ、白衣を着て出歩いている貴女には言われたくないわね。」
「おい!そんな事で言い争っている場合じゃないだろ!それよりこの鐘の音を急いで何とかしないとだろうが!」
「あぁ、それもそうだったわね。ローザさん、この鐘は私と九条さんがどうにかするから貴女には街の中の事をお願いしても良いかしら。」
「何だと!?貴様にそんな事を命令される筋合いは無い!この件は私達で収めるからお前達の方こそ保護下に入れ!」
「あら、それはダメよ。警備隊の中心とも言える貴女がこの街を離れる訳にいかないでしょうし、それにこの街はそれなりに広いのよ?住民の方達の安全を護る為には、別の所に割く人手なんて無いんじゃないかしら。」
「そ、それは……だがしかし!」
「さぁ、それを理解したのなら行動を始めましょう。」
「ちょっ、待ってくれ!そんな事を言われても武器は荷台に積み込んでるんだぞ!?まさか丸腰であの城に行けって言うんじゃないだろうな!」
「それは大丈夫よ、九条さんの武器はちゃんとここにあるからね。」
ニコッと微笑みかけてきた仮面のメイドが右手をグッと握り締めて何かを引く様な仕草をした瞬間、茂みの中から俺のショートブレードと刀が飛び出て来た!?
「い、何時の間に!?」
「これで問題は無いでしょう?」
「うっ、ぐっ、だけど……こいつ等をこんな危険な所に残して行く訳には……」
どっちの方が危険とかって話じゃねぇけどさ、俺の目の届かない場所で傷つくかもって考えたらどうしても……
「……ふふっ、九条さん。私達の事を少しは信頼して欲しいな。」
「……えっ?」
「これまで一緒に冒険をして来たんだから、私達の実力は知っているだろう?それにここには仲間が居るんだ、安心して鐘の音を止めてきてくれ。」
「私達に任せて。誰も傷つかせないし、傷つけないから。」
「そうじゃそうじゃ!お主は色々と心配性すぎるぞ!それに……ドクターよ、さっき使っていた薬を1つで良いからわしに渡してくれるか?」
「ん?えぇ、構わないけれど……どうかしたの?」
「ふっ、街に薬を行き届かせる為に協力しようと思っただけじゃよ。」
そう言って笑いながら俺の方をチラッと見てきたレミと目を合わせた俺は、彼女が旅行前に行っていた事を思い出した。
「……任せても、良いんだな?」
「あぁ、ところでドクターよ。薬の効果時間は?」
「そうね……長めに見積もっても1時間が限界ね。それ以上は効果が薄れてまた暴走してしまう可能性があるわ。」
「なるほどのう。それならばモタモタしている暇は無いぞ!ほれ、わし達を救う為に急いで鐘の音を止めてこんか!」
「……はいはい、分かったよ!行けば良いんだろ行けば!」
「お、おい!何を勝手な事を!」
「ローザさん!すみませんが皆の事をよろしくお願いします!」
「ぐっ……あぁもう仕方あるまい!ここで議論するのも時間の無駄だ!お前達、必ず無事で戻って来いよ!」
「うふふ、私が戻って来るかは保証できませんけどね。でも、分かりました。」
「よぉし!そんじゃあ山頂にある城に……って言うかその前に拘束を解きやがれ!」
……こうして皆を残してファントリアスを離れて行った俺は、仮面のメイドと共に山頂で鐘を鳴らし続けている城へと向かって行くのだった。
「えぇ、午前中は休業にしましたから安心して下さい。それよりもこうして皆さんとお話出来るのが今日で最後だと思うと、なんだか寂しいですね。」
「ふふっ、私達も同感ですがこれで最後になるとは限りませんよ。」
「そうですよ!また会える日は必ず来ます!クラリスちゃんもそう思いますよね?」
「うん!わたしもおねえちゃんたちやおじちゃんにまたあいたい!」
「ははは、嬉しい事を言ってくれるな……だけど、最後までおじちゃんって呼び方は変わらなかったか……!」
「まぁまぁ、これぐらいの子には大人は全てそう見えるもんじゃから仕方あるまい!そんな事でいちいち落ち込むでないわ!それよりもほれ、わし達……と言うよりも、お主を見送りに向こうから人が歩いて来るぞ。」
「はぁ?そんな人が居るはずがない……って、うぇっ!?ど、どうしてあの人が?!今日が帰る日だなんて教えてないぞ!?」
反射的に後ずさりして顔を引きつらせながら見つめたその先には、ニヤリと微笑みながらこっちに向かって来るドクターの姿が!?
「うふふふ、おはようございます。ウィルさんに皆さんがお帰りになるのが今日だと聞いてお見送りに来てしまいました。」
「あっ、そうなんですか!それはそれは、どうもありがとうございます!」
「いえいえ、折角お知り合いになれたんですから当然の事ですよ……ね?それとも、私が来てしまったらご迷惑でしたか?」
「い、いや……そんな事は無いですけど……って、何で近寄って来るんですか?!」
「うふふふ、お別れをする前に九条さんに私に関する記憶を匂いと一緒に植え付けておこうかと思いまして。」
「え、笑顔のまま怖い事をサラッと言わないで下さい!ちょっ!た、助けてくれ!」
「ふふっ、私としては美しい女性の願いを邪魔する訳にはいかないかな。」
「同じく。」
「……とりあえず、今だけはドクターさんの好きにさせてあげたらどうですか?」
「うむ、恥ずかしがらずに好意を受け取るが良い!」
「ぐっ、好き勝手言いやがって……!うおっ!?」
グイグイ迫って来るドクターから目を逸らしながら全員を睨んでいたら、いきなり首元に腕が回されて目の前に妖艶な笑みを浮かべる美女の顔が!?
「さぁ、皆さんのお許しが出ましたよ……うふふふ………」
「うわぁー………って、みえないよーまま!」
「クラリスにはまだ早いから見なくても良いの!」
「ドクター……前にも言いましたけど、クラリスが見ている所ではそういう事をするのは控えてほしいんですが……」
「ごめんなさいね、でも運命の人を前にしたら私も我慢が出来なくて……」
「いやいや!知り合ったばっかりで互いの事も良く知らないって言うのに運命も何もあったもんじゃないと思うんですけども?!」
「あら、それは違うわよ九条さん。私はこれまでに何十回と運命を感じてきたけれどそれは何時も出会ってすぐの事だったんだから。」
「ちょっ、どんだけ運命を感じてるんですか!?つーか、その人達は何処に行ったんですか!?」
「うふふふ………聞きたい?」
「………止めておきます。」
本能的にヤバいものを感じ取りそっぽを向きながらそう告げた直後、停まっている馬車の方からカランカランとベルを鳴らす音が聞こえてきた!
「もうそろそろ出発時間となりますので、王都行きの馬車にご乗車のお客様は荷台にお乗りになって下さーい。」
「おっと!残念ですがお別れの時間が来たみたいですねっ!」
「あぁん、そんなに慌てて離れなくても良いじゃない。もう少しだけこの時を楽しみましょうよ。」
「いえいえ、そういう訳にはいきませんよ!それでは皆さん!名残惜しいですけど、俺達はこれで失礼させて頂きますね!」
「はい、またお会い出来る日を楽しみにしています。」
「皆さん、道中お気を付けて。」
「またあそびにきてね!ぜったいだよ!」
「勿論、必ずまた来るよ。」
「それではお元気で!」
「ばいばい。」
「それではのう!」
「よしっ!そんじゃあ急いで馬車に乗り込むとしようぜ!御者さんもベルを鳴らして俺達を呼んでいるみたい……って、あれ?この音は………何だ?」
「ベルの音……では無いみたいだね。」
「そうですね、これは……鐘の音ですかね?でも、どうしてそんな音が急に……」
「ぐっ、うううぅぅぅ!」
「ウィルさん!?それにキャシーさんにクラリスもどうしたんだ?!」
急に聞こえてきた鐘の音に困惑しながら周囲を見回していたら、ウィルさん達……って言うか周囲に居た魔人種の人達が苦しみながら地面に倒れ込んでしまった!?
「お、おいおい!これは何がどうなってんだよ!?」
「そ、そんなの分かりませんよ!クラリスちゃん!しっかりして下さい!」
「あ、あたまがいた……ぐ、う、あああああああ!!!」
「クラリスちゃん!」
「マホさん場所を変わって!」
「ド、ドクターさん!クラリスちゃんが!それにウィルさんやキャシーさんも!」
「分かっているわ!それにしても、彼らに起こっているこの症状は……まさか!?」
「おい、お前達!これは一体どういう状況なんだ?!」
「ロ、ローザさん!?」
ドクターが苦しそうにしているクラリスと周囲を見回して戸惑いの表情を浮かべたその直後、背後から警備隊の方達を引き連れたローザさんが走り寄って来て怒声にも似た声でそう問いかけてきた。
「もう一度聞く!これはどう言う状況なんだ!?」
「そ、それが俺達にも……いきなりこの鐘の音が聞こえてきたと思ったら皆さんって言うか魔人種の人達が一斉に苦しみだして!」
「何だと!?おいローザ!彼らの身に何が起こっているんだ?!」
「隊長さん、非常にマズイ事態になるかもしれないわ。今すぐに街を封鎖して!」
「何ッ?!いきなりそんな事を言われてもだな……」
「急ぎなさい!それと貴方達は彼らからすぐに距離を取りなさい!」
「ど、どうしてそんな!?皆さんをこのまま放ってはおけませんよ!」
振り返ったドクターに悲痛な面持ちのマホが反論した次の瞬間、クラリスが左手を勢いよく上げたのを目にして嫌な予感がした俺は瞬間的に走り出すと彼女を抱きしめながら背中を打ち付ける様にして後ろの方に飛んで行った!
「ぐっ!?」
「きゃあ!」
「おじさん!」
「九条さん!」
「だ、大丈夫だ!それよりも……」
ドクターを抱えながらゆっくりと立ち上がって真正面を見つめてみると、そこには苦しそうに呻きながらも立ち上がろうとしているウィルさん達の姿があった……!
「ふむ、どうやら正気を失いつつあるみたいじゃな。もしくはこの鐘の音に操られているのか……いずれにせよ、マズい状況である事には変わらんじゃろう。」
「クソっ!?どうすりゃ良いんだよ!?」
「落ち着いて九条さん、今度は私が何とかしてみせるわ。」
ドクターは凛とした声でそう言って一歩前に踏み出すと、白衣のポケットの中から透明な瓶を取り出すと蓋を外して中に入っていた液体を周囲に撒き始めた?
何をするつもりなのかドクターに尋ねようとした直後、地面に落ちて行った液体が薄くて白色の霧状になって舞い上がり始めて周囲をゆっくりと包み込んでいった……
「う、うぅぅ……おねえちゃ……ん………」
「っ!?ク、クラリスちゃん!?」
「あっ、おい待て!」
胸を押さえながら苦しそうに膝から崩れ落ちていったクラリスの方に走って行ったマホの後を慌てて追いかけた俺は、その途中で他の魔人種達も同じ様にしている事に気が付くのだった。
「ドクター、この霧は何なんだい?」
「これは魔人種の中に流れるモンスターの血を一時的に抑制させる効果のある薬よ。まだ試作段階の物だし成功するかどうかも賭けだったけれど、どうにか上手くいってくれたみたいね。」
「そうなのか……ドクター、この薬の効果範囲は?」
「この広場を覆うので精一杯よ。それにさっきも言ったけど試作段階のものだから、量もそんなにある訳じゃないの。だから街全体に行き届くかどうか……」
「……分かった、そういう事なら今は私達が出来る最善を尽くすとしよう。お前達!すぐに部隊を編成して住民の保護を急げ!その後は冒険者達にこの事態を収める為に協力を仰ぐのだ!それと危害を加えて来る者に関しては反撃を許す!彼らを人殺しにする訳にはいかない!だがしかし、決して命は奪うな!私達は彼らを護る者だという事を心に刻んで行動を始めろ!」
「「「「「ハッ!」」」」」
ローザさんに指示された警備隊の方達はビシッと敬礼をすると、即座に散り散りになって行くのだった。
その姿を見送ったローザさんは俺達の方に向き直ると、腰にぶら下げたポーチの中から小型のグレネードランチャーみたいな物を取り出して右手に持つと大きな銃口を空に向けて赤色の光弾を撃ち出した!?
「すまないが、これから街を封鎖させてもらう。事態が収束するまでファントリアスから出られないという事を覚悟しておいてくれ。」
「は、はい!分かりました!」
「ふぅ、流石にこの状況で俺達だけ逃げ出そうと思わなあああばばばば!?!!?」
「はっ!?えぇっ?!」
ため息を零しながらシリアス顔で逃げ出す意思が無い事をローザさんに告げようとしたその時、いきなり糸の様な物に拘束された俺は物凄い勢いで地面を引きずられて何処かに連れてえええええええ?!?!?!!
「ぶべらああああっ!?」
ガラガラと音を立てながら落ちてきた巨大な鉄格子に挟まれるかどうかギリギリの瞬間に何とかその下を潜り抜けられた俺は、頭が混乱したまま荒くなっている呼吸と激しく動いている鼓動を落ち着かせる為に深呼吸を繰り返して周囲を見渡し…て……
「うふふ、お久しぶりね九条さん。貴方にまた会う事が出来て嬉しいわ。」
「お、おまっ!?おまえっ!?ど、どうして、こ、ここに!?」
目の前に現れた仮面を付けた怪しい女を見て嫌な思い出が蘇ってきた俺が後ずさりしながらそう聞いた直後、鉄格子の向こう側に皆が集まって来た!
「お、おじさん!大丈夫ですか……って、えぇ!?あ、貴女は……仮面のメイドさんじゃないですか?!ど、どうしてこんな所に!?」
「そ、その変な格好をしているやつは誰なんじゃ?お主達の知り合いか?」
「私達……と言うよりも、九条さんの知り合いかな?」
「ほほぅ、おかしな知り合いが居るもんじゃな。」
「いやいや!知り合いでもなんでもねぇから!って言うか質問に答えてもらおうか!お前がどうしてここに居るのか!それと何で俺を拘束したのかっつうかさっさと俺を解放してくれませんかねぇ!?」
「そんなに慌てなくてもすぐに拘束は解いてあげるわよ。それよりも……あら、また初めましての人がこちらに来たみたいね。」
「おい、九条透!一体何が……お、お前は……何だ?」
「あらあら、随分と奇抜は服装をしている方が居るみたいね。」
「うふふ、白衣を着て出歩いている貴女には言われたくないわね。」
「おい!そんな事で言い争っている場合じゃないだろ!それよりこの鐘の音を急いで何とかしないとだろうが!」
「あぁ、それもそうだったわね。ローザさん、この鐘は私と九条さんがどうにかするから貴女には街の中の事をお願いしても良いかしら。」
「何だと!?貴様にそんな事を命令される筋合いは無い!この件は私達で収めるからお前達の方こそ保護下に入れ!」
「あら、それはダメよ。警備隊の中心とも言える貴女がこの街を離れる訳にいかないでしょうし、それにこの街はそれなりに広いのよ?住民の方達の安全を護る為には、別の所に割く人手なんて無いんじゃないかしら。」
「そ、それは……だがしかし!」
「さぁ、それを理解したのなら行動を始めましょう。」
「ちょっ、待ってくれ!そんな事を言われても武器は荷台に積み込んでるんだぞ!?まさか丸腰であの城に行けって言うんじゃないだろうな!」
「それは大丈夫よ、九条さんの武器はちゃんとここにあるからね。」
ニコッと微笑みかけてきた仮面のメイドが右手をグッと握り締めて何かを引く様な仕草をした瞬間、茂みの中から俺のショートブレードと刀が飛び出て来た!?
「い、何時の間に!?」
「これで問題は無いでしょう?」
「うっ、ぐっ、だけど……こいつ等をこんな危険な所に残して行く訳には……」
どっちの方が危険とかって話じゃねぇけどさ、俺の目の届かない場所で傷つくかもって考えたらどうしても……
「……ふふっ、九条さん。私達の事を少しは信頼して欲しいな。」
「……えっ?」
「これまで一緒に冒険をして来たんだから、私達の実力は知っているだろう?それにここには仲間が居るんだ、安心して鐘の音を止めてきてくれ。」
「私達に任せて。誰も傷つかせないし、傷つけないから。」
「そうじゃそうじゃ!お主は色々と心配性すぎるぞ!それに……ドクターよ、さっき使っていた薬を1つで良いからわしに渡してくれるか?」
「ん?えぇ、構わないけれど……どうかしたの?」
「ふっ、街に薬を行き届かせる為に協力しようと思っただけじゃよ。」
そう言って笑いながら俺の方をチラッと見てきたレミと目を合わせた俺は、彼女が旅行前に行っていた事を思い出した。
「……任せても、良いんだな?」
「あぁ、ところでドクターよ。薬の効果時間は?」
「そうね……長めに見積もっても1時間が限界ね。それ以上は効果が薄れてまた暴走してしまう可能性があるわ。」
「なるほどのう。それならばモタモタしている暇は無いぞ!ほれ、わし達を救う為に急いで鐘の音を止めてこんか!」
「……はいはい、分かったよ!行けば良いんだろ行けば!」
「お、おい!何を勝手な事を!」
「ローザさん!すみませんが皆の事をよろしくお願いします!」
「ぐっ……あぁもう仕方あるまい!ここで議論するのも時間の無駄だ!お前達、必ず無事で戻って来いよ!」
「うふふ、私が戻って来るかは保証できませんけどね。でも、分かりました。」
「よぉし!そんじゃあ山頂にある城に……って言うかその前に拘束を解きやがれ!」
……こうして皆を残してファントリアスを離れて行った俺は、仮面のメイドと共に山頂で鐘を鳴らし続けている城へと向かって行くのだった。
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