おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第324話

「へぇ、ここがイベントの開催場所か……遠目からでも分かっちゃいたが、こうして間近で見てみると本当にデカい建物だな。」

「そうですね!……ですがどうしましょうか?イベントの開催日が近づいているからなのか、皆さんとっても忙しそうにしていて声を掛けられる雰囲気では……」

困った様な表情を浮かべるマホと視線を交わしてから改めて会場の方に目を向けた俺は、慌ただしく動き回っている魔人種の方達を見ながらどうしたもんかとため息を零して後頭部をガシガシと掻くのだった。

「……とりあえずフラウさんが居るのかどうかだけ聞いてみて、答えが貰えなかった場合は諦めるしかないだろうなぁ。」

「うーん、折角ならご挨拶をしたかったんですけど……それしかなさそうですね。」

「2人共、どうやら諦める必要は無さそうだよ。ほら、あっちの方を見てごらん。」

「えっ?……あっ、見て下さいおじさん!フラウさんが会場から出てきましたよ!」

「おぉ!よしっ、それじゃあ早速って……あれ?フラウさんの隣に居るのは……」

「わぁー!ローザおねえちゃんだー!おーい!」

ロイドに教えられて会場の正面口から歩いて来るフラウさんと警備隊のお姉さんを見つけたその直後、クラリスが大きく手を振りながら2人に呼びかけだした。

周囲に思いっきり響き渡ったクラリスの声がしっかりと耳に届いたらしい警備隊のお姉さんは目を見開いて俺達の方を見て来ると、小走りでこっちに駆け寄って来た。

「クラリス、それにウィルさんとキャシーさんとお前達まで……一体こんな所で何をしているんだ?」

「あぁいや、俺達はちょっと知り合いに会いに来たんですけど……」

「知り合いだと?……そう言えば……」

眉をひそめながらお姉さんがクルッと振り返ると、そこにはニコっと微笑みながら小さく会釈をしてくれたフラウさんの美しい姿があった……!

「皆さん、お久しぶりです。またお会いする事が出来て本当に嬉しいです。」

「えへへ!私も同じ気持ちですよ!それとフラウさん、今回はイベントにご招待してくれてありがとうございます!」

「いえいえ、こちらこそ来て下さってありがとうございます……そう言えば、後ろに居る方達は?」

「あぁ、どうも初めまして。私はウィル・リザークと申します。九条さん達とは王都から戻る時の馬車で知り合いになりまして、そのご縁で明日のイベントの主役であるフラウさんにご挨拶をさせて頂ければと思いこうして足を運ばせてもらいました。」

「あら、そうだったんですね。それでは……初めまして、私はフラウ・レジアントと言います。2日後、こちらの会場でイベントを開催させて頂く事になりました。」

「しってるよ!わたしたちもみにいくから!」

「うふふ、それはどうもありがとうございます。それでは……はい、お近づきの印にこのお花をどうぞ。」

フラウさんは指をパチンと鳴らして綺麗な花を手の中に出現させると、クラリスにそれをそっと手渡すのだった。

「うわぁ!すごいすごい!ねぇ、いまのどうやってやったの!?」

「それはですね……ひ・み・つ・です。」

「えぇー!」

「こら、クラリス。きちんとお礼を言わないとダメでしょ?」

「あっ、そうだね!おねえちゃん、おはなありがとう!」

「どういたしまして。それで、そちらの女の子は……」

「わしの名はレミ、九条達の連れじゃ!よろしくのう!」

「はい、よろしくお願いします。」

さ、流石はフラウさんだぜ……こんなに小生意気なレミの態度に怒る訳でもなく、穏やかに微笑み続けるだなんて……流石は俺にとっての女神様だぜ!!って、感動をしてる場合じゃなかったな。

「フラウさん、王都でお土産を買ってきたから迷惑じゃなければ貰ってくれるか。」

「えっ、良いんですか?ありがとうございます!是非、受け取らせて………あら?」

「……ん?どうかしたのか?って、んなっ!?!!!!?!」

「フ、フラウさん!?いきなり何を?!」

「おやおや、これまた随分と……」

「積極的だね。」

お土産の入った紙袋を受け取ろうとしていたフラウさんは俺から視線を逸らしつつ首を傾げると、突然グッと首元に向かって顔を近づけて来たんですけど!?!?!!

ヤバい!フラウさんの方からメチャクチャ良い香りがしてきて心臓がバクバクするんだって言うかコレは一体全体どういう状況なんですか!?意味が全然分からなくて俺はどうするのが正解なんだよ!!?こ、これは抱きしめたりしても………!?!?

「んー……やっぱり、間違いありませんね。」

「な、なな、何の……話だ…‥?」

「九条さん……ここに来る前に、ドクターさんの所に寄ってきましたね。」

「…………へっ?」

上体を反らしながら思わず素っ頓狂な声を上げていると、フラウさんは満足そうに微笑みながら後ろに下がって行った……

「九条さん、お洋服にドクターが愛用している香水の匂いが移っていますよ。」

「はっ、えっ!?そ、そうなのか?自分では全然分からないんだが……」

「うふふ、きっと香りに慣れてしまったせいですね。それに移っていると言っても、ほんの少し漂ってくるぐらいの感じですから分からないのも無理ありませんよ。」

「そ、そうか……」

おかしいな……ただの報告を聞いているだけなのに、フラウさんがニコニコとしているせいで変な恐怖を感じるぞ?

「九条さん、気を付けて下さいね。そんな風に女性の香りをお洋服に残していると、遊び人だと思われてしまいますから。」

「お、おう……これからは気を付けるよ………」

引きつった笑みを浮かべながら返事をした俺は背中に嫌な汗を掻きながら落ち着く為にそっとため息を零していると、キャシーさんがクラリスと手を繋ぎながら難しい顔をしている警備隊のお姉さんの方を見た。

「そう言えば、ローザさんはどうしてこちらに?いつもだったら警備隊の方達と街の巡回をしている時間ですよね?」

「はい。ですが今日は、警備隊の隊長として明後日に行われるイベントの警備計画の最終確認をする為にここまで足を運んだんです。」

「あぁ、そういう事だったんですね。」

「ご不安にさせてしまったのならすみません。しかし、街の巡回についてはしっかり行っていますので安心して下さい。」

「うふふ、警備隊の皆さんの事は信頼していますからそんな心配はしなくても大丈夫ですよ。」

「そう言って頂けると嬉しいです。これからも、その信頼を裏切らない様に警備隊を率いていきます。」

ビシッと姿勢を正してそう宣言したお姉さんをポカンとしながら見つめていると、いきなりキッとした目つきで睨みつけられた!?

「え、えっと……何か?」

「……さっきから何か言いたげにこっちを見ていたが、もしや女である私が警備隊の隊長をしているのが気に食わないのか?」

「そ、そんな事はありませんって!女の人が警備隊の隊長だなんてちょっと珍しいなって思っていただけです!」

「ふん、それなそうと言えば良いだろう。男の癖にハッキリとしない奴だな。」

「す、すみません……」

「まぁまぁ、それくらいで勘弁してくれないかな。それよりもここでこうして再会をしたのも何かの縁だから、自己紹介をさせてもらっても良いかな。」

「……好きにするが良い。」

「それではまずこちらから……私の名前はロイド・ウィスリムだ。よろしくね。」

「あ、あの!私の名前はマホです!よろしくお願いします!」

「ソフィ・オーリア。」

「レミじゃ!よろしくのう!」

「く、九条透です……」

「……私はこの街の警備隊を率いる隊長、『ローザ・グレンダ』だ。」

「ふむ、それならローザと呼んでも構わないかな。」

「勝手にしろ。それよりもフラウさん、もうそろそろリハーサルが始まる時間になるのではないか?」

「あっ、教えてくれてありがとうございますローザさん。それでは皆さん、もう少しお話していたかったんですが失礼させて頂きますね。」

「いえ!こちらこそ突然お邪魔してしまってすみませんでした!」

「うふふ、謝らないで下さいマホさん。それでは私はこれで……あっ、そうだ!もし皆さんがよろしければ、明日お会い出来ませんか?」

「えっ、明日か?」

「はい、お時間があればなんですけど……」

「そんな、勿論あるに決まっているじゃないですか!ねっ!」

「ま、まぁそうだけど……でも、どうして?明後日が本番なんだろ?」

「えぇ、だからこそ時間のある内に皆さんと街中を見て回りたいなって思ったんですけれど……ダメですか?」

「い、いやいや!ダメなんて事は無いって!えっと、それじゃあジョッシュさん達も一緒に……」

「すみません、私達は店を開けなくてはいけないので……」

「えぇー!わたしもみんなといっしょにおでかけしたいよー!」

「クラリス、我儘を言ったらダメでしょ。」

「あ、あの!もしよければ、クラリスちゃんの面倒は私達が見ますよ。」

「えっ、でも皆さんのお邪魔する訳には……」

「ふふっ、邪魔だなんて事は無いよ。むしろクラリスが居てくれた方が賑わうだろうからもっと楽しめるはずさ。」

「えっと……無理にとは言いませんけど……いかがですか?」

「……それでしたら、クラリスの事をお願いしてもよろしいですか?」

「はい、分かりました。責任を持ってお預かりします。」

「クラリスちゃん、明日も一緒にお出掛けできますね!」

「わーい!おねえちゃん、やったね!」

「うふふ、それでは明日の待ち合わせ場所と時間を簡単に決めてしまいましょう。」

「……手短にな。」

フラウさんの予定を遅らせる訳にもいかないのでザックリ集合場所と時間を決めた俺達は2人に別れを告げてその場を後にすると、陽が暮れるまで大通りをブラブラと歩き回ってから宿屋に帰って行くのだった。

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