おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第198話

「ふむ、どうやらボスの部屋の中には明かりが灯っていない様だね。」

「あぁ、そうだな……」

大きな扉を通った直後にロイドとボス部屋の中をじっくりと見渡してみたんだが、窓も無く通路からの光も届かないせいで俺達の目には真っ暗な闇しか見えなかった。

「モンスターの気配は感じるけど、これじゃあ何処に居るか分からない。」

「うふふ、何だか怖くなってしまったので九条さんに近寄らせて貰いますね。」

「はっ?!ちょ、いきなり何すんだってぐはっ?!」

「えっ!?」

いきなり背中にピッタリとくっついて来たイリスに驚いて離れる様に2,3歩前に歩いたその次の瞬間、何かに両足を絡め取られた俺は地面に倒れてしまいそのままの状態で部屋の奥に引きずり込まれていた?!

(クソッ!?何が起きてるんだっていたたたたたた!?)

(ご主人様!早く何とかして下さい!)

(わ、分かってるけど倒れた拍子に武器を落としちまったんだよ!)

(そ、そんなっ?!それじゃあ魔法を使って下さいよ!)

(そうしたんだが体が痛くて魔力が上手く練れないってうおっ!?)

(ご主人様?!)

マホの悲痛な叫び声を聞きながらデコボコした床の上の引きずられていると、急に俺の体は逆さ釣りの状態で空中に浮かび上がった?!何が起こっているのか全然理解出来ないまま必死になって3人の安否を確認しようとしてみると……!

「ソフィ!魔法で部屋の中を照らすよ!」

「分かった。」

光り輝く魔方陣に照らされたロイドとソフィがこっちに向かって手を向けていた!その事に気が付いた直後、甲高い鳴き声が響き渡ってきて俺の真下…‥いや、真上?どっちでも良いが天井付近が急にぼんやりと光り出して部屋全体を照らしっ……?!

「うおわあああああああっ?!?!?!??!」

明るくなった部屋の中を目にした瞬間、俺は全身に鳥肌を立てながら年甲斐も無く叫び声を上がてしまった!でもしょうねぇって!だって壁や天井にビッシリとデカいクモのモンスターが無数に張り付いてるってマジで気持ち悪いんですけど!?!?!

しかも白いまゆみたいなのが幾つかあって、その中から干からびたモンスターの亡骸みたいなのが見え隠れしているんだが!?

(いやマジで何なんだよこの状況は?!)

(ご主人様!そんな事を言ってないで早くこの状況を何とかしないと!)

(そ、そうだった!えっとまずは足に絡みついてる何をどうにかしてっ?!)

「九条さん!上から何かが降りて来ているよ!」

「なにっ?!」

突然聞こえてきたロイドの叫び声を耳にして足元の先を見てみると、天井の方から下半身がクモの胴体をしていて上半身が裸の美女の姿をしている……うん、ちょっとエロいモンスターらしき何かがクモの糸の様な物を伝って俺の前に降りて来た………

「お、おぉ………」

(ご主人様のヘンタイ!何処を見てニヤニヤしてるんですか!)

(ばっ、別にニヤニヤなんかしてねぇですから!これはあくまで変異種モンスターに対する知的好奇心の探求と言うか……)

(嘘つかないで下さい!胸元ばかり見てたじゃないですか!えっち!)

(勝手な事を言うんじゃありません!そ、それよりも早く脱出をってうおっ!?)

(え、え?!)

マホからの追求から逃れる為に足に絡みついているクモの糸を魔法で斬ろうとしたその直後、美女の姿をしたモンスターの口から白い糸が吐き出されてぐるぐると俺の体に巻き付いてきやがった!!?

「待っててくれ九条さん!すぐ助けにって、くっ!?」

「……どいてっ!」

「チッ、ゴミ虫共がワラワラと邪魔しないで下さい……!」

(あわわわわ!ご主人様!)

(言われなくても分かってる!だけどこの糸のせいなのか知らねぇけど、さっきから魔力が練れなくて魔法が発動しねぇんだよ!)

(えぇ?!)

驚き戸惑うマホの声を聞きながら何度も魔法を発動しようとしていると、目の前のモンスターが俺の体をゆっくりと持ち上げて顔をジッと見つめて来た?!

(え、ちょ!な、何をする気なんだよ?!………はっ、まさか!?)

(バカな事を考えてないで早くこの状況を何とかして下さいよ!それともご主人様の初めてをモンスターに奪われても良いんですか!?)

(は、初めてじゃないですから!これまで何度もした事ありますしぃ!だから相手がモンスターでも別に……ってちょっと待って!口が裂ける相手に俺の初めてを捧げるのは絶対に無理です!!!!)

少しでも浮かれていた自分を殴り飛ばしたくなりながら必死に抵抗をしてみたが、どうあがいても糸が切れそうにないんですけど!?いやぁ!誰か助けてぇ!!!!

「ふっ!」

「ぐうぇっ!?」

金属同士がぶつかり合う様な音と甲高いモンスターの叫び声が聞こえてきた直後、俺の体は宙に投げ出されて重力に従いそのまま地面へと真っ逆さまに落ちて……!

「………あれ?」

目を閉じて歯を食いしばりながら地面にぶつかる衝撃に耐える覚悟をしていたはずなんだが………そんな衝撃が訪れる事は無く、俺の体は誰かに抱き抱えられていた?何が起きたのか確かめる為にゆっくりと目を開けてみるとそこには………

「イ、イリス……?」

「うふふ、ご無事で何よりです九条さん。」

ニッコリと微笑みながら俺の顔を見下ろしているイリスの姿があった………うん、こんな状況だけど改めて思うわ……コイツの顔マジで美少女過ぎじゃないですか?!もう何か色々とありすぎて心臓の動きがヤバいぐらい速いんですけど!?

(ほらご主人様!助けて貰ったんですからきちんとお礼を言わないと!)

(あ、あぁ……そうだったな。)

「えっとイリス、助けてくれてありが」

「……うふふ、うふふふふふ。」

「………へ?」

羞恥心を感じて顔を逸らしながら礼を言おうとした瞬間、頭上から背筋が凍る様な笑い声が聞こえて思わずイリスの方を見てみると………ひぃ?!

「九条さん!イリス!大丈夫かい!」

「無事?」

「ロ、ロイド……ソフィ……今すぐ俺を助けてくれ………」

圧倒的な力で周囲のモンスターを蹴散らしながらこっちに来たロイドとソフィは、俺の言葉を聞いてイリスの正面側に回り込んで来た……そして………

「おや、これはこれは……」

「……わーお。」

2人は瞳孔ガン開きで微笑んでいるメチャクチャ恐ろしいイリスの表情を見ると、それぞれ似た様な反応をっていうかマジで怖いから早く助けてくれませんかね?!

「うふふ……僕の九条さんに危害を加えるだけでは飽き足らず、その唇まで奪おうとするなんて万死に値しますよねぇ………」

「いや、普通に捕食されそうになっただけだと……って、誰が何だって?」

「ロイドさん、ソフィさん、九条さんの事をお願いしますね。僕は耳障りな鳴き声を出している害虫をグチャグチャにして叩き潰して来ますから。」

イリスはそう告げると抱き抱えていた俺を地面にそっと降ろすと、不気味に微笑みながら斧を握り締めてモンスターに襲い掛かって行った!?その直後、俺達の周囲をうごめていたモンスターが一斉にイリスに向かい始めた!

「ちょ、流石にあの数を相手にするのは無謀だって!」

「九条さん、私はイリスの援護に行ってくる!ソフィ、後の事は任せたよ!」

「了解。」

変異種モンスターと戦い始めたイリスをサポートする為に駆け出したロイドの姿を見送った俺は、体に絡まっている糸を何とかしようともがいてみたんだが……!

「あぁもう!マジで頑丈すぎるぞこの糸!どうやったらほどけんだちきしょう!」

「九条さん、私のショートブレードで斬ろうか。」

「そうして欲しいのは山々なんだが、この糸って物凄い密着してんだよ!だから少しでも刃を入れると恐らく俺の体ごと斬る可能性が……いやでも、そんな事を言ってる暇もないだろうし……!」

(……ご主人様、こんな時に言うのも何なんですけどちょっと良いですか?)

(なんだ、どうかしたのか!)

(いえ、ああやってご主人様を奪い合って戦っているイリスさんを見ていると、随分モテる様になったんだなぁと思って……)

(……この状況がモテていると言うのなら俺は一生こんなのゴメンだけどな!)

(……でもあの2人……2人?が九条さんを巡って戦ってるのは事実。)

(急に話に入って来たと思ったら何を言ってんだよ?!そんな事より早い所ロイドとイリスを助けに行くぞ!)

(そ、そうでした!それじゃあご主人様、ここはソフィさんの腕を信じて糸を斬って貰いましょう!それが一番手っ取り早いですよ!)

(……あぁ分かったよ!それにちょっとぐらいの斬り傷なら薬を塗れば良いしな!)

「よしソフィ!俺の体に巻き付いた糸をさっさと斬って」

「大丈夫、もっと簡単な方法を思いついた。」

「は?簡単なって……おいおい、待て待てちょっと待てぇ!!」

そんな叫びなど無視して俺を見降ろしながらこっちに手を向け魔方陣を出現させたのソフィは、そこから炎を出して体に巻き付いた糸に火をつけやがった!?

「あっちちちちち!?!」

「消火。」

「ぶべばっ!?」

燃え上がった糸の熱さに一瞬だけ悶えていると、今度は物凄い量の水が俺の全身に降り注いで来やがった!

……そのすぐ後、全身に巻き付いていた糸は跡形も無く消え去ったがその事に安堵する余裕も無く俺は両手両膝と地面について荒い呼吸を繰り返していた。

「ハァ……ハァ……‥し、死ぬかと思った………!」

「うん、無事に糸も無くなったから援護に行ってくる。それじゃあ。」

「おい!援護に行く前に火だるまになって水責めにされた俺の何処か無事だったのか言ってみろ!こらぁ!」

(ご主人様!怒るのは後にして今は目の前の事に集中して下さい!さっきからクモのモンスターがこっちを睨んでますから!)

(ぐっ!絶対に後で説教してやるからな!)

ソフィが去り際に置いてった愛用の武器を手にして立ち上がった俺は、襲って来たモンスターを斬り倒しながら変異種モンスターと戦闘を繰り広げているイリスの援護に向かった!

「くそっ!こいつら大して強くもない癖にワラワラと湧いて来るんじゃねぇよ!」

「ハァッ!……流石にこれだけの量を相手にすると疲れてしまうね!」

「……これだとイリスの援護に回れない。」

「確かにそうだが、劣勢なのはどうやらモンスターの方みたいだぞっと!」

モンスターから襲い掛かる鋭い手足やクモの糸をかわしながら反撃を繰り返していた俺は、徐々に変異種モンスターを追い詰めていってるイリスの事を横目で見ていた。

「ほらほらどうしたんですかぁ!そんなんじゃ、僕に傷1つ付けられませんよっ!」

圧倒的な力を振るって攻撃を続けるイリスとは対照的に、モンスターは全身に傷を負いながら防戦一方といった感じになっていた。

「うふふふふ、いい加減この鳴き声も聞き飽きてきたのでそろそろ終わりにしてあげますねぇ。」

……おかしいなぁ、相手はモンスターのはずなのにイリスの方が悪役に見えるぞ?もしかして上半身が美女に見えるからそう思うのかしら?………まぁどっちにしろ、こうやって容赦なく戦えるイリスが居てくれて本当に良かった!俺だったらあの姿に惑わされる可能性が…………ほんの少しだけあったからな!うん!

そんな事を考えながら襲ってくるモンスターを次々と倒していると、突然うるさいぐらいの鳴き声が部屋全体に響き渡った!?何事かと思って声が聞こえた方に視線を向けてみると、斧を振り下ろしてモンスターの両腕を斬り落としてるイリスの姿が!

「うふふ、何とも呆気ない終わり方ですねぇ……」

冷めた笑みを浮かべながら落下するモンスターと共に地面に着地をしたイリスは、斧を軽く振りながらこっちに振り返って!?

「イリス、まだだ!」

「え?」

イリスの背後で不気味な色の血を流しながら目を血走らせながら睨むモンスターを目にした瞬間、嫌な予感がした俺はモンスターの間をすり抜けながら全力でイリスの方に向かって駆け出して行った!

その直後、モンスターの口から糸では無くドロっとした液体が吐き出された!俺はイリスを抱き抱えるとそのまま横の方に飛んでその液体を間一髪でかわした!

「ハァ……ハァ……だ、大丈夫かイリス。」

「は、はい……っ!」

「お、おい!」

腕の中で苦悶の表情を浮かべたイリスの全身を慌てて見てみると、足元にさっきの液体が少しだけ掛っていた!?

「イリス、ちょっと滲みるけど我慢しろよ!」

「ぐっ……うっ……!」

俺は急いで起き上がりイリスの足元に手を向けると魔力を練り上げて、そこに水を流して液体を洗い流していった!……その時、背後からモンスターが空気も読まずに襲い掛かってきやがった!

「邪魔すんじゃねぇ!」

イラつきながらモンスターの胴体を蹴って吹き飛ばすと、ロイドとソフィが驚きの表情を浮かべながらこっちに走り寄って来た。

「おや、随分とご立腹の様だね。」

「……自分の不甲斐無さと、空気読まずに襲って来たアイツに対してな。それよりもイリスは大丈夫か?」

「は、はい……ちょっと足が痺れますが………」

「そうか……ロイド、イリスの事を頼めるか?」

「あぁ、解毒薬と傷薬を塗って治療しておけばいいんだろ?」

「その通りだ。」

俺は武器を強く握り直すとソフィと並んでこっちを睨みつけているモンスター達を眼前に捉えてため息を零した。

「はぁ……さっき吐き出したのが資料に載ってた液体通りだとしたら、モンスターの凶暴性がかなり上がったって事だろうな。」

「うん、間違いないと思う。殺気が膨れ上がってる。」

「だろうなぁ……まぁ良いや、どうせやる事は変わらないしな。」

「あ、あの………」

「少しだけ待ってくれイリス。目の前のモンスターを今から1匹残らず駆除してやるからな。」

「うん、任せて。」

「イリスが変異種モンスターの気を引いてくれたおかげで、それ以外のモンスターは十数匹程度しか残っていないからね。」

「そう言う事だ。美味しい所を持って行って悪いとは思うが、後は休んでてくれ。」

(それじゃあご主人様!ソフィさん!イリスさんの為に張り切って行きましょう!)

(おぉ!)

(了解。)

マホの声に返事をしたその瞬間、俺は群れとなっていたモンスターに向かって行きソフィは瀕死状態の変異種モンスターと戦闘を開始した!

……とか何とか色々格好をつけては見たんだが、数少ないザコと瀕死のモンスター相手に俺とソフィが苦戦する訳も無く………あっと言う間に戦闘が終わってしまい、何とも言えない空気感がボス部屋の中に漂う事になるのだった………



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