《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

27-4.脱獄

 腹が痛いと言って、シャルリスは牢から出してもらった。


 クルスニク12騎士となって、シャルリスは多少の人望も集めていた。ゆえに、出してもらえたのだろう。


 そのさいに牢番の竜騎士を殴り倒して、逃亡をはかることにした。殴り倒すのは申し訳なかったが、昏倒しているだけだ。じきに目が覚めるはずだ。


「でかしたぞ。シャルリス! あとはワシに任せろ。ここから抜け出してやる。ドラゴンの餌になるなんて、2度とゴメンじゃからな」
 と、バトリが言った。


「あんまり暴れちゃダメっスよ。バトリが餌になるのも厭っスけど、みんながゾンビになるのも厭っスからね」
 と、シャルリスが応じた。


 牢屋内の石造りの通路を駆け抜けた。


 正直、これが正しいことなのかは、わからない。自分から牢屋に入っておいて、バトリの脱獄に手伝うというのは、独りよがりの行動だという自覚はあった。


 冷静に世界のためを考えるならば、会議の結果は正しいと思う。


 ゾンビ化している者たちをシャルリスが治癒して、餌をなくしたドラゴンたちには、バトリを餌として与えるべきなのだろう。


 納得がいかない。
 この世界はババ抜きだ、とシャルリスは言った。ずっとババを押し付けられてきたバトリだからこそ、そう言うのだろう。


 でも、シャルリスは、この世界に期待したいのだ。
 みんなが幸せに終える方法がある――と。


 牢屋を抜けた。
 内郭。中庭に出た。暗闇のなかから、急に陽光にふりそそぐ場所に出たので、まぶしかった。


 目がくらむ。


 牢屋は別棟の建物にあった。会議は本城で行われているので、そもそも別の建物になる。
 バトリはそんなところまで、耳を伸ばしていたことになる。あまりに奇怪な話だが、バトリならそれも不可能ではないのだろうと思う。


 中庭には、竜騎士たちが騎竜術を練習するための、ポールやら輪っかが置かれている。まだ若い竜騎士がポールに衝突して、中庭に転がり落ちていた。未熟なのだろう。もしかすると見習いかもしれない。


 シャルリスにも、そういう時期があったことを思うと、急に懐かしさに襲われた。卵黄学園にいたころは、自分がバトリに寄生されているなんて、思いもしなかった。


「なにをボーッとしておる。ワシの意思で動かしても良いのか」


「ダメっスよ。ちゃんとボクが動くっスから」


 いまやその気になれば、バトリはシャルリスのカラダを独占することが出来るのだ。


 肉の翼を広げて、コッソリとこの場所を抜け出そうとした。


 刹那。
 その肉の翼を、巨大な針が貫いた。
 針はシャルリスが閉じ込められていた塔の壁面に突き立っていた。


 これは――。
「アリエル? どうしてここにいるっスか?」


 立っていたのはアリエルだ。かつてツインテールだった髪は、いまやショートボブになっている。
 そうすることによって、すこし凛々しさを増した。


「【腐肉の暴食】の制御がきかなくなったと聞いていたので、万が一のためを思って見張りをしていたのです」


「そ、そうっスか」


 よりにもよって、アリエルが見張りにいたなんて思いもしなかった。


「どこに行くんですか。シャルリス」


「いや、ちょっと……トイレに行くだけっスよ」


「トイレなら、塔のなかにあるはずですよ」


「うっ」


 バトリに情を移してしまった――などと言えるわけがない。言っても、誰にも理解してもらえないだろう。これはずっとバトリと過ごしてきた、シャルリスならではの感覚だった。
 シャルリスは、バトリの記憶を覗きすぎたのだ。


 肉の翼を貫いた裁縫針には白い糸が結ばれていた。アリエルは糸を引っ張って、裁縫針を手元に戻していた。


 アリエルの手元に裁縫針が戻っていったときには、肉の翼が塔に縫いとめられていた。
 その裁縫針をスッカリ使いこなしている。


「シャルリス。どういうつもりですか? 【腐肉の暴食】をここで逃がしてしまうわけにはいきません。もちろん、シャルリスもです」


「会議の内容を知っちゃったっスよ。ここの人たちは、【腐肉の暴食】をドラゴンの餌にしようとしているっス」


「ええ。肉の糸が、会議室のほうへ伸びていくのを確認しました」


「見られてたっスか」


「ええ。ですから、【腐肉の暴食】が何かしらのアクションを起こすのではないか……と、警戒していたのです」


「あんまりにもバトリが、カワイソウだと思わないっスか?」


 思いません――と、アリエルは頭をふった。


「【腐肉の暴食】は、これまで多くの人たちを、ゾンビ化してきました。報いを受けるときが来たというだけです」


「でも、そもそもバトリだって、ドラゴンの餌として造られた恨みがあったんっスよ」


 やって、やられての応酬なのだ。


「寄生されて、脳みそまで、【腐肉の暴食】にやられてしまったんですか?」


「そんなことは……」


 ない。
 これは、シャルリス自身の意思だ。
 断言できる。


「とにかくシャルリス。あなたをここから出すわけにはいきません。もちろん【腐肉の暴食】もです」
 と、アリエルはその手の裁縫針の先端を、シャルリスに向けてきた。


「ゴメン!」
 クチで言っても、理解してもらうことは出来ないだろう。


 糸で縫いつけられている部分の肉の翼を引きちぎった。この部分に痛覚はないのだ。簡単にちぎることが出来る。


 肉の翼を広げなおして、空へ飛び立つことにした。
 カラダが浮き上がった。


 アリエルが裁縫針を投擲しようとしている。あの針が放たれるよりも前に、射程外へ飛びあがる必要がある。


 思い切り上空へ――。
 が。
 瞬間。
 塔の上から、何かがシャルリスめがけて落ちてきた。
 あれは――。
 白銀の髪に、高い背丈。


「チェイテ!」


「行かせない」


 チェイテが大槌を振り下ろしてきた。


 アリエルからはまだ手加減を感じられたが、チェイテは容赦なかった。


 その大槌を、両肩から生やした肉の腕で受け止めた。が、受け止めた腕に大量の水泡ができたような案配になって、弾けとんだ。


「これは……」


 イーヴァルディの大槌。
 ミツマタの遺品だ。


 シャルリスは地面に叩きつけられることになった。落下の衝撃を、カラダから生やした肉の腕を緩和した。


「おい、ワシが変わるぞ」
 と、バトリがシャルリスのワキバラから顔を生やして、そう呼びかけてきた。


「いや。大丈夫っスよ。ここはボクがやるっスから」


 バトリに任せたら、何をしでかすか、わかったもんじゃない。バトリが餌にされるのも厭だが、チェイテやアリエルがゾンビになってしまうのも厭だった。


「そうは言うても、こやつら相手ではオヌシも、手加減してしまうではないのか?」


「すこし、話してみるっスよ」


 地面に叩きつけられたシャルリスは、緩慢に立ち上がった。チェイテの大槌は、凄まじい威力があった。


 足腰が震える。


 立ち上がったシャルリスの正面には、アリエルとチェイテが立ちふさがっていた。


「シャルリス。どういうつもり? まさか【腐肉の暴食】の肩を持つつもり?」
 チェイテが尋ねてきた。


「肩を持つというか、こんなの間違えてると思うんっスよ。会議の内容を聞いちゃったんっス。バトリを、また餌にする――って」


「トウゼンの報い」
 と、即答してきた。


「でも、きっとみんなが幸せになれる未来があると思うんっスよ。バトリを餌にするというのは、あんまりっスよ」


「もしもシャルリスが、【腐肉の暴食】の肩を持つというのならば、私はシャルリス相手でも手加減はしない」


 殺す、とチェイテはその大槌を構えた。
 チェイテの白銀の瞳が、ギラギラと輝いていた。
 これは。
 本気の殺気だ。


「どうしてそこまで……」
 と、思わずシャルリスは、一歩後ずさった。


 仲間から、本気の殺気を向けられることにショックがあった。背中が塔の壁面に当たる。石造りの冷たい感触を背中に感じた。


「私の兄、カルク・ノスフィルトは、【腐肉の暴食】に殺された。きっと今でもゾンビになって、この世界のどこかを彷徨ってる。私は【腐肉の暴食】を許しはしない」


 そう言えば、そうだった。
 チェイテはバトリに対して、個人的な恨みを持っているのだ。


 シャルリスはバトリに同情を覚えている。一方でチェイテはバトリに憎悪を抱いているのだ。


 それは決して分かり合えない壁だった。

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