《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
27-4.脱獄
腹が痛いと言って、シャルリスは牢から出してもらった。
クルスニク12騎士となって、シャルリスは多少の人望も集めていた。ゆえに、出してもらえたのだろう。
そのさいに牢番の竜騎士を殴り倒して、逃亡をはかることにした。殴り倒すのは申し訳なかったが、昏倒しているだけだ。じきに目が覚めるはずだ。
「でかしたぞ。シャルリス! あとはワシに任せろ。ここから抜け出してやる。ドラゴンの餌になるなんて、2度とゴメンじゃからな」
と、バトリが言った。
「あんまり暴れちゃダメっスよ。バトリが餌になるのも厭っスけど、みんながゾンビになるのも厭っスからね」
と、シャルリスが応じた。
牢屋内の石造りの通路を駆け抜けた。
正直、これが正しいことなのかは、わからない。自分から牢屋に入っておいて、バトリの脱獄に手伝うというのは、独りよがりの行動だという自覚はあった。
冷静に世界のためを考えるならば、会議の結果は正しいと思う。
ゾンビ化している者たちをシャルリスが治癒して、餌をなくしたドラゴンたちには、バトリを餌として与えるべきなのだろう。
納得がいかない。
この世界はババ抜きだ、とシャルリスは言った。ずっとババを押し付けられてきたバトリだからこそ、そう言うのだろう。
でも、シャルリスは、この世界に期待したいのだ。
みんなが幸せに終える方法がある――と。
牢屋を抜けた。
内郭。中庭に出た。暗闇のなかから、急に陽光にふりそそぐ場所に出たので、まぶしかった。
目がくらむ。
牢屋は別棟の建物にあった。会議は本城で行われているので、そもそも別の建物になる。
バトリはそんなところまで、耳を伸ばしていたことになる。あまりに奇怪な話だが、バトリならそれも不可能ではないのだろうと思う。
中庭には、竜騎士たちが騎竜術を練習するための、ポールやら輪っかが置かれている。まだ若い竜騎士がポールに衝突して、中庭に転がり落ちていた。未熟なのだろう。もしかすると見習いかもしれない。
シャルリスにも、そういう時期があったことを思うと、急に懐かしさに襲われた。卵黄学園にいたころは、自分がバトリに寄生されているなんて、思いもしなかった。
「なにをボーッとしておる。ワシの意思で動かしても良いのか」
「ダメっスよ。ちゃんとボクが動くっスから」
いまやその気になれば、バトリはシャルリスのカラダを独占することが出来るのだ。
肉の翼を広げて、コッソリとこの場所を抜け出そうとした。
刹那。
その肉の翼を、巨大な針が貫いた。
針はシャルリスが閉じ込められていた塔の壁面に突き立っていた。
これは――。
「アリエル? どうしてここにいるっスか?」
立っていたのはアリエルだ。かつてツインテールだった髪は、いまやショートボブになっている。
そうすることによって、すこし凛々しさを増した。
「【腐肉の暴食】の制御がきかなくなったと聞いていたので、万が一のためを思って見張りをしていたのです」
「そ、そうっスか」
よりにもよって、アリエルが見張りにいたなんて思いもしなかった。
「どこに行くんですか。シャルリス」
「いや、ちょっと……トイレに行くだけっスよ」
「トイレなら、塔のなかにあるはずですよ」
「うっ」
バトリに情を移してしまった――などと言えるわけがない。言っても、誰にも理解してもらえないだろう。これはずっとバトリと過ごしてきた、シャルリスならではの感覚だった。
シャルリスは、バトリの記憶を覗きすぎたのだ。
肉の翼を貫いた裁縫針には白い糸が結ばれていた。アリエルは糸を引っ張って、裁縫針を手元に戻していた。
アリエルの手元に裁縫針が戻っていったときには、肉の翼が塔に縫いとめられていた。
その裁縫針をスッカリ使いこなしている。
「シャルリス。どういうつもりですか? 【腐肉の暴食】をここで逃がしてしまうわけにはいきません。もちろん、シャルリスもです」
「会議の内容を知っちゃったっスよ。ここの人たちは、【腐肉の暴食】をドラゴンの餌にしようとしているっス」
「ええ。肉の糸が、会議室のほうへ伸びていくのを確認しました」
「見られてたっスか」
「ええ。ですから、【腐肉の暴食】が何かしらのアクションを起こすのではないか……と、警戒していたのです」
「あんまりにもバトリが、カワイソウだと思わないっスか?」
思いません――と、アリエルは頭をふった。
「【腐肉の暴食】は、これまで多くの人たちを、ゾンビ化してきました。報いを受けるときが来たというだけです」
「でも、そもそもバトリだって、ドラゴンの餌として造られた恨みがあったんっスよ」
やって、やられての応酬なのだ。
「寄生されて、脳みそまで、【腐肉の暴食】にやられてしまったんですか?」
「そんなことは……」
ない。
これは、シャルリス自身の意思だ。
断言できる。
「とにかくシャルリス。あなたをここから出すわけにはいきません。もちろん【腐肉の暴食】もです」
と、アリエルはその手の裁縫針の先端を、シャルリスに向けてきた。
「ゴメン!」
クチで言っても、理解してもらうことは出来ないだろう。
糸で縫いつけられている部分の肉の翼を引きちぎった。この部分に痛覚はないのだ。簡単にちぎることが出来る。
肉の翼を広げなおして、空へ飛び立つことにした。
カラダが浮き上がった。
アリエルが裁縫針を投擲しようとしている。あの針が放たれるよりも前に、射程外へ飛びあがる必要がある。
思い切り上空へ――。
が。
瞬間。
塔の上から、何かがシャルリスめがけて落ちてきた。
あれは――。
白銀の髪に、高い背丈。
「チェイテ!」
「行かせない」
チェイテが大槌を振り下ろしてきた。
アリエルからはまだ手加減を感じられたが、チェイテは容赦なかった。
その大槌を、両肩から生やした肉の腕で受け止めた。が、受け止めた腕に大量の水泡ができたような案配になって、弾けとんだ。
「これは……」
イーヴァルディの大槌。
ミツマタの遺品だ。
シャルリスは地面に叩きつけられることになった。落下の衝撃を、カラダから生やした肉の腕を緩和した。
「おい、ワシが変わるぞ」
と、バトリがシャルリスのワキバラから顔を生やして、そう呼びかけてきた。
「いや。大丈夫っスよ。ここはボクがやるっスから」
バトリに任せたら、何をしでかすか、わかったもんじゃない。バトリが餌にされるのも厭だが、チェイテやアリエルがゾンビになってしまうのも厭だった。
「そうは言うても、こやつら相手ではオヌシも、手加減してしまうではないのか?」
「すこし、話してみるっスよ」
地面に叩きつけられたシャルリスは、緩慢に立ち上がった。チェイテの大槌は、凄まじい威力があった。
足腰が震える。
立ち上がったシャルリスの正面には、アリエルとチェイテが立ちふさがっていた。
「シャルリス。どういうつもり? まさか【腐肉の暴食】の肩を持つつもり?」
チェイテが尋ねてきた。
「肩を持つというか、こんなの間違えてると思うんっスよ。会議の内容を聞いちゃったんっス。バトリを、また餌にする――って」
「トウゼンの報い」
と、即答してきた。
「でも、きっとみんなが幸せになれる未来があると思うんっスよ。バトリを餌にするというのは、あんまりっスよ」
「もしもシャルリスが、【腐肉の暴食】の肩を持つというのならば、私はシャルリス相手でも手加減はしない」
殺す、とチェイテはその大槌を構えた。
チェイテの白銀の瞳が、ギラギラと輝いていた。
これは。
本気の殺気だ。
「どうしてそこまで……」
と、思わずシャルリスは、一歩後ずさった。
仲間から、本気の殺気を向けられることにショックがあった。背中が塔の壁面に当たる。石造りの冷たい感触を背中に感じた。
「私の兄、カルク・ノスフィルトは、【腐肉の暴食】に殺された。きっと今でもゾンビになって、この世界のどこかを彷徨ってる。私は【腐肉の暴食】を許しはしない」
そう言えば、そうだった。
チェイテはバトリに対して、個人的な恨みを持っているのだ。
シャルリスはバトリに同情を覚えている。一方でチェイテはバトリに憎悪を抱いているのだ。
それは決して分かり合えない壁だった。
クルスニク12騎士となって、シャルリスは多少の人望も集めていた。ゆえに、出してもらえたのだろう。
そのさいに牢番の竜騎士を殴り倒して、逃亡をはかることにした。殴り倒すのは申し訳なかったが、昏倒しているだけだ。じきに目が覚めるはずだ。
「でかしたぞ。シャルリス! あとはワシに任せろ。ここから抜け出してやる。ドラゴンの餌になるなんて、2度とゴメンじゃからな」
と、バトリが言った。
「あんまり暴れちゃダメっスよ。バトリが餌になるのも厭っスけど、みんながゾンビになるのも厭っスからね」
と、シャルリスが応じた。
牢屋内の石造りの通路を駆け抜けた。
正直、これが正しいことなのかは、わからない。自分から牢屋に入っておいて、バトリの脱獄に手伝うというのは、独りよがりの行動だという自覚はあった。
冷静に世界のためを考えるならば、会議の結果は正しいと思う。
ゾンビ化している者たちをシャルリスが治癒して、餌をなくしたドラゴンたちには、バトリを餌として与えるべきなのだろう。
納得がいかない。
この世界はババ抜きだ、とシャルリスは言った。ずっとババを押し付けられてきたバトリだからこそ、そう言うのだろう。
でも、シャルリスは、この世界に期待したいのだ。
みんなが幸せに終える方法がある――と。
牢屋を抜けた。
内郭。中庭に出た。暗闇のなかから、急に陽光にふりそそぐ場所に出たので、まぶしかった。
目がくらむ。
牢屋は別棟の建物にあった。会議は本城で行われているので、そもそも別の建物になる。
バトリはそんなところまで、耳を伸ばしていたことになる。あまりに奇怪な話だが、バトリならそれも不可能ではないのだろうと思う。
中庭には、竜騎士たちが騎竜術を練習するための、ポールやら輪っかが置かれている。まだ若い竜騎士がポールに衝突して、中庭に転がり落ちていた。未熟なのだろう。もしかすると見習いかもしれない。
シャルリスにも、そういう時期があったことを思うと、急に懐かしさに襲われた。卵黄学園にいたころは、自分がバトリに寄生されているなんて、思いもしなかった。
「なにをボーッとしておる。ワシの意思で動かしても良いのか」
「ダメっスよ。ちゃんとボクが動くっスから」
いまやその気になれば、バトリはシャルリスのカラダを独占することが出来るのだ。
肉の翼を広げて、コッソリとこの場所を抜け出そうとした。
刹那。
その肉の翼を、巨大な針が貫いた。
針はシャルリスが閉じ込められていた塔の壁面に突き立っていた。
これは――。
「アリエル? どうしてここにいるっスか?」
立っていたのはアリエルだ。かつてツインテールだった髪は、いまやショートボブになっている。
そうすることによって、すこし凛々しさを増した。
「【腐肉の暴食】の制御がきかなくなったと聞いていたので、万が一のためを思って見張りをしていたのです」
「そ、そうっスか」
よりにもよって、アリエルが見張りにいたなんて思いもしなかった。
「どこに行くんですか。シャルリス」
「いや、ちょっと……トイレに行くだけっスよ」
「トイレなら、塔のなかにあるはずですよ」
「うっ」
バトリに情を移してしまった――などと言えるわけがない。言っても、誰にも理解してもらえないだろう。これはずっとバトリと過ごしてきた、シャルリスならではの感覚だった。
シャルリスは、バトリの記憶を覗きすぎたのだ。
肉の翼を貫いた裁縫針には白い糸が結ばれていた。アリエルは糸を引っ張って、裁縫針を手元に戻していた。
アリエルの手元に裁縫針が戻っていったときには、肉の翼が塔に縫いとめられていた。
その裁縫針をスッカリ使いこなしている。
「シャルリス。どういうつもりですか? 【腐肉の暴食】をここで逃がしてしまうわけにはいきません。もちろん、シャルリスもです」
「会議の内容を知っちゃったっスよ。ここの人たちは、【腐肉の暴食】をドラゴンの餌にしようとしているっス」
「ええ。肉の糸が、会議室のほうへ伸びていくのを確認しました」
「見られてたっスか」
「ええ。ですから、【腐肉の暴食】が何かしらのアクションを起こすのではないか……と、警戒していたのです」
「あんまりにもバトリが、カワイソウだと思わないっスか?」
思いません――と、アリエルは頭をふった。
「【腐肉の暴食】は、これまで多くの人たちを、ゾンビ化してきました。報いを受けるときが来たというだけです」
「でも、そもそもバトリだって、ドラゴンの餌として造られた恨みがあったんっスよ」
やって、やられての応酬なのだ。
「寄生されて、脳みそまで、【腐肉の暴食】にやられてしまったんですか?」
「そんなことは……」
ない。
これは、シャルリス自身の意思だ。
断言できる。
「とにかくシャルリス。あなたをここから出すわけにはいきません。もちろん【腐肉の暴食】もです」
と、アリエルはその手の裁縫針の先端を、シャルリスに向けてきた。
「ゴメン!」
クチで言っても、理解してもらうことは出来ないだろう。
糸で縫いつけられている部分の肉の翼を引きちぎった。この部分に痛覚はないのだ。簡単にちぎることが出来る。
肉の翼を広げなおして、空へ飛び立つことにした。
カラダが浮き上がった。
アリエルが裁縫針を投擲しようとしている。あの針が放たれるよりも前に、射程外へ飛びあがる必要がある。
思い切り上空へ――。
が。
瞬間。
塔の上から、何かがシャルリスめがけて落ちてきた。
あれは――。
白銀の髪に、高い背丈。
「チェイテ!」
「行かせない」
チェイテが大槌を振り下ろしてきた。
アリエルからはまだ手加減を感じられたが、チェイテは容赦なかった。
その大槌を、両肩から生やした肉の腕で受け止めた。が、受け止めた腕に大量の水泡ができたような案配になって、弾けとんだ。
「これは……」
イーヴァルディの大槌。
ミツマタの遺品だ。
シャルリスは地面に叩きつけられることになった。落下の衝撃を、カラダから生やした肉の腕を緩和した。
「おい、ワシが変わるぞ」
と、バトリがシャルリスのワキバラから顔を生やして、そう呼びかけてきた。
「いや。大丈夫っスよ。ここはボクがやるっスから」
バトリに任せたら、何をしでかすか、わかったもんじゃない。バトリが餌にされるのも厭だが、チェイテやアリエルがゾンビになってしまうのも厭だった。
「そうは言うても、こやつら相手ではオヌシも、手加減してしまうではないのか?」
「すこし、話してみるっスよ」
地面に叩きつけられたシャルリスは、緩慢に立ち上がった。チェイテの大槌は、凄まじい威力があった。
足腰が震える。
立ち上がったシャルリスの正面には、アリエルとチェイテが立ちふさがっていた。
「シャルリス。どういうつもり? まさか【腐肉の暴食】の肩を持つつもり?」
チェイテが尋ねてきた。
「肩を持つというか、こんなの間違えてると思うんっスよ。会議の内容を聞いちゃったんっス。バトリを、また餌にする――って」
「トウゼンの報い」
と、即答してきた。
「でも、きっとみんなが幸せになれる未来があると思うんっスよ。バトリを餌にするというのは、あんまりっスよ」
「もしもシャルリスが、【腐肉の暴食】の肩を持つというのならば、私はシャルリス相手でも手加減はしない」
殺す、とチェイテはその大槌を構えた。
チェイテの白銀の瞳が、ギラギラと輝いていた。
これは。
本気の殺気だ。
「どうしてそこまで……」
と、思わずシャルリスは、一歩後ずさった。
仲間から、本気の殺気を向けられることにショックがあった。背中が塔の壁面に当たる。石造りの冷たい感触を背中に感じた。
「私の兄、カルク・ノスフィルトは、【腐肉の暴食】に殺された。きっと今でもゾンビになって、この世界のどこかを彷徨ってる。私は【腐肉の暴食】を許しはしない」
そう言えば、そうだった。
チェイテはバトリに対して、個人的な恨みを持っているのだ。
シャルリスはバトリに同情を覚えている。一方でチェイテはバトリに憎悪を抱いているのだ。
それは決して分かり合えない壁だった。
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